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「マイ・ブロークン・マリコ」(2022年 日本映画)

2022年11月09日 | 映画の感想・批評


 2020年に発売された原作本は、文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞をはじめ各賞を受賞。発売日当日に原作を読んだタナダユキ監督が映画化を切望したと聞くが、監督の熱い思いが伝わってくる作品である。
 ブラック企業の営業職のシイノトモヨ(永野芽郁)は26歳。ある日昼食に入った店のテレビニュースで親友イカガワマリコ(奈緒)の死を知る。マンション5階からの転落死。彼女の死を受け入れられないシイノだったが、子どもの頃より父親(尾美としのり)に虐待を受け恋人に暴力を振るわれていた彼女が、葬儀も行わずにすぐに火葬されたと知り、ある行動に出る。鞄に包丁を隠しマリコの実家に乗りこんだシイノは、父親の背中を突きとばし遺骨を奪い取る。そして、その遺骨と共にマリコが行きたがっていた「まりがおか岬」へ。こうして最初で最後の二人旅が始まる。旅の途中で出会ったマキオ(窪田正孝)を巻きこみ、シイノとマリコの旅は前途多難である。
 何と言っても永野芽郁が魅力的だ。今までにない役どころで、代表作と言っても過言ではない。遺骨を奪取した後、ベランダから遺骨を抱えたまま飛び降りるシーンは圧巻だ。一人で宙に舞ったマリコを弔う追体験と捉えると、シイノが無傷で済んだ設定も頷ける。かなり練習したと思われる煙草の吸い方も様になっていて、向こう見ずな行動が爽快だと思わせるものがある。
 マキオは救世主として登場する。ひったくりに遭い無一文になったシイノを助け、ススキの茂る岬で二人の旅の最後を見届ける。彼もまた、この岬で自殺を図った一人である。顔に生気がなく、淡々としたマキオと情動過多なシイノの取り合わせが面白い。
 シイノとマリコは中学時代からの親友である。回想シーンとシイノ宛のマリコの手紙により二人の関係が綴られていく。「おばあちゃんになってもずっとシイちゃんと一緒にいる」と言うが、それは難しいとマリコ自身がわかっていたはずだ。「シイちゃんから生まれたかった。シイちゃんの子どもになりたかった」の言葉は痛切だが、シイノもマリコを親友だと思いながらも、マリコの存在を面倒だとも思っていた。シイノ自身も崖っぷちに立っていたのだ。二人の共依存関係はいずれは破綻する予感をはらんでいた。
 この作品は食事のシーンが印象に残る。まず冒頭がシイノの昼食の場面。岬に行く途中で牛丼を食べるが、遺骨にも牛丼を供え、結局二人前平らげる。帰りの駅で見送るマキオがシイノに弁当を持たせる。電車に乗りこみ席に着いたとたん、シイノはもう弁当に手をつけている。ホームでマキオが呆れているが、クスッと笑える場面だ。人はどんなに悲しく辛い時でも、食べることを止めない。食は人を生きていく方向に連れて行ってくれる。
 ラストシーンが冴えている。観終わったあとに、ちょっと元気が出る作品だ。(春雷)

監督:タナダユキ
脚本:向井康介、タナダユキ
原作:平庫ワカ
撮影:高木風太
出演:永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊