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スライサー事件!

2024年11月30日 | 楽しいお話し

 今年もあと1か月となりましたが、私はいまだに「服の入れ替え」を完了していません
 以前は「装いは、ちょっと季節を先取りしたほうがオシャレさん」という昭和の観念?で、綿100%のワンピースなどは、11月の頭に早々と片付けたものですが… 今年は、そんなコットンワンピースの上にウール混のベストを羽織れば、まだまだ十分に着られる日もありますからね もちろん、かと思えば「冬を思わせる気温の日」もあったりして…
 コロナが明けたと思ったら、今度は如実な気候の変化 人とお目にかかった時の「気候のあいさつ」のバリエーションは広がりましたね

 さて。
じつは私は21日の夜、スライサーで右手の親指の先っぽを「スライス」してしまいました 皮を剥くためのピーラーや、おろし金、「なます」を作る時の細い千切りにはスライサーを使ういますが、包丁を使うことが好きな私は、ほとんどのものは自分で切ったり刻んだりします。なので、滅多に単純な「1枚刃のスライサー」を使うことはありません。
 けれど、その日は何となく、キッチンの引き出しを開けた時、パッと目に入った1枚刃のスライサー部品。「むー、この1枚刃のスライサー、ほとんど使ってないなあ。たまには使ってあげようかな…」と思い、まずはニンジンを縦に4分の1に包丁で切った後、イチョウ切りにするため、スライサーでスライスし始めました。
 包丁で切っている時には、なぜかあまり感じたことはなかったのですが、その日、スライサーを使っていると「へえ、こんなに細い状態でも、ニンジンって硬いんだなあ…」と思い、だんだんニンジンが短くなって、スライスしにくくなっていくにつれ、どんどん動かす手に勢いが増しました。
 手を動かしながら「もうそろそろ危ないよな」と思った次の瞬間、「ギャー」パッと血が流れだし… ニンジンを強く握っていた親指の先を、スライスしてしまったことに気づきました

 その瞬間は痛くはありませんでした。でも、どんどん血が出てきて、ポタポタと流しに血が落ちるその様に驚き… でも、何度も自分に「冷静になれ!冷静になれ!」と言い聞かせ… 傷口を確認し、水で洗いました。手を伸ばしてキッチンペーパーを千切り、ペーパーで指先を強く押し、スライスした方の右手を上に挙げました。心臓よりも高い所に傷口を持っていったほうが血が出にくいのでは?と思ったのです。けれど、あっという間にキッチンペーパーは赤く染まり…
 もっともっと脳ミソを働かせようと思いました。「今、どうすることが一番良いのか」と。とにかく、落ち着くこと。止血、止血です。
 あと1時間もすれば夫が帰ってくるはず。彼は大学卒業後、赴任先の北海道の炭鉱で、実際に地下深くの坑内に入り、保安員として仕事をしていた経験があります。
 彼の昔話に時々登場する炭坑内での事故… 指を何本も失ったり、腕や足に大きな傷を負った鉱員さん達の救助に当たった話は、怖ろしいながらも、様々なことを深く考えさせられる、今まで全く知らなかった世界の話しでした。
 そんな夫なので、何かちょっとした怪我をした時には、とても頼りになるのです。けれど、彼を待っている時間はない
 とにかく、私の知りうる知識を駆使し、何とか「ダラダラ」の血は止め、バンドエイドを三重に貼りました。あっという間に血が滲み、3回バンドエイドを替え、4回目にはやっと止まってくれた様子。
 包丁でスバっ深く切ったような傷ならば、救急病院に駆け込むことも考えました、きっと縫わないといけないので。でも 「スライス」なんて傷には、打つ手なんて止血しかない

 要らない情報ですが… 気持ちも落ち着き、ビニール手袋をしてスライサーを片付け始めると… なななんと、スライサーの刃の裏側に、スライスした私の親指の皮膚がくっついていたのです
 正直、かなりゾゾッとしましたが… でも考えてみれば、つい30分ほど前までは「私の親指の一部」だったのですよね。私の過失で、こんな羽目になってしまっただけ。
 私は何ともその皮膚さんが愛しくなり、気の毒にも思い、これをどうしようかと悩んだのです…(結局、考えあぐねた末、捨てるに捨てれず、その時からお仏壇の端に置いています。たぶんお仏壇の4人の親達は呆れているとは思うのですが、笑)

 寝る前に夫に見てもらい、結果的には、再度傷口を軽く水で洗ったあと、しっかりと乾かし、キズパワーパッドを貼ることにしました。
 ・・・と、そんな訳で、あれからずっと綿製とゴム製の指サックを使い分けながら生活しています。すでに1週間以上経過しましたが、さすがに傷口に何かが当たったりすると「痛っ」となります… いやー、本当に肝を冷やしました。

 このことから、いろんなことに気づいたり、考えたりしました その中でも一番の気づき、それは「私達は日頃から『つまむ』というたくさんの動作をして暮らしている」ということでした
 利き手である右手ではあっても、たかが長さ1cm、幅3mm、親指の先っぽの小さな傷です。けれど、この「親指」というのがミソでした
 例えばこんなこと… 洋服のボタンの留め外し。ファスナーの開け閉め。おズボンの上げ下ろし。キッチンでは、瓶等の開け閉め。お鍋やフライパンの扱い。お箸やスプーン等の扱い。ブラシで髪をとく。ネックレスの輪かんの留め外し。尾籠な話で恐縮ですが、トイレットペーパーを取ること。お尻を拭くこと、etc. etc.
 ほとんどの動作で、私達は親指を使って「つまむ」「つかむ」ということをしていたのですよね… そのすべてがしづらく、時間がかかります
 もちろん、だからこそ何とか痛くないように、でも効率的に出来るように!という工夫もして… 久しぶりに脳はよく働いてくれています
 私は、あらためて指サックに包まれた「親指さん」に声をかけます。「いやー、あなたは密かに、本当によく働いてくれていたのねえ」と。そして、これからは大真面目に、もっと一日の終わりには労いたい、と思いました

 それからもう一つ。思いもかけなかった方向に考えが向きました
「トリアージ」というものがありますよね。大きな災害時、救急救命のための優先順位を決めること。「Ⅰ赤、Ⅱ黄色、Ⅲ緑、0黒」です。Ⅰは、最優先。脈が不安定で重症。Ⅱは、脈は安定しているので待機が可能。Ⅲは、自分で動け、軽症。残念ながら「0黒」は呼吸が確認されず、助けられないとその場で判断される場合。
 私は、初めてこのトリアージについて知った時、「当然でしょう」というふうに受け止めました。軽症の人は「どんなに痛くても、もっと重症の人がいれば、待つのは仕方がない」とまで思ったものです。
 でも、今回のことで思いました もし、私がその場にいたとしたら?
「長さ1cm、幅3mm、親指の先っぽの小さな傷を負った私」です。血がダラダラと流れ、なかなか止まらず、途方に暮れている私 でも、トリアージで選別されるとしたら「Ⅲ緑」ですよね。緑なんかじゃなくて、薄い薄い、うす~い黄緑だわ、と。もちろんそんなものはありませんが。
 頭の中だけで「トリアージは当然」「軽傷で動けるなら、痛いとか辛いとかは我慢しましょうよ」などと思っていた自分が情けなく… 悲しく… 恥ずかしくなりました
 何事も「自分事」「自分に降りかかった災難、惨事」として受け止め、その状況や状態にまさに向き合っていると想像し、深く考えることをしなければ、本当にその場にいる方々の辛さや困難など、全く理解できないものですね… 本当に

 私は、自分の生き方として、私のまわりのすべての人達に「心を寄せたい」と考えています。それが家族や友人、知人ではなく、町中で偶然に隣り合わせた人であっても、短い時間、空間を共有した人であっても、その人のことを思い、私に出来ることをしたい、と思っています たとえそれが小さな会釈であっても、一瞬のすれ違いざまの「にこっ」とほほ笑む表情であっても。
 そして私は、概ね、そういうことを実践している、そんな風にして暮らしている、と感じてきました。
 でもでも… まだまだでしたねえ  
出来ているのではないか?などと思って、「いい人」ぶっていた?!私。それはおごった自己満足でした。
 今回のスライサー事件は「指先の小さなバンドエイドにも、じつはその人の出来事、物語」がある。そんな気づきのある痛い出来事で… こんな小さな小さな傷ですが、働き者の右手の親指さんが完全に元の暮らしに戻るには、もう少し時間がかかりそうです。

 スライサーさんが悪いわけではありません。でもね… 1枚刃スライサーの部品さんを押しいただき、感謝して… でも、当分の間は封印することになりそうです

 


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