Shoulder Dystocia
[定義] 児頭が娩出されたあと、通常の軽い牽引で肩甲が娩出されない状態。
Shoulder Dystocia 【YouTube】
[頻度] 全分娩の0.6~1.4%に発生
(American College of Obstetricians and Gynecologists, 2002; Gottlieb and Galan, 2007)
[リスク因子]
巨大児、特に糖尿病合併症にともなう巨大児、肥満、過期妊娠、高年妊娠、扁平骨盤、変形骨盤、陣痛促進薬の使用、分娩第Ⅱ期遷延、鉗子分娩あるいは吸引分娩など。
※ 肩甲難産は巨大児に起こりやすいが、同一体重であっても肩甲難産を起こす例と起こさぬ例がある。現在のところ、肩甲難産の有効な予測法、予防法はない。
[合併症]
(1) 母体合併症:
①弛緩出血、②腟・頸管裂傷、③子宮破裂
(2) 児の合併症:
①腕神経叢麻痺(Erb麻痺)、②上腕・鎖骨骨折
(3) 長時間胎児が娩出されない:
① 胎児機能不全、②胎児死亡、③低酸素性虚血性脳症
[肩甲難産に対してどう対応したらいいのか?]
肩甲難産のリスク因子として糖尿病合併妊娠による巨大児などが有名であるが、体重が正常範囲の児による肩甲難産も多い。肩甲難産に対して従来からさまざまな対策が検討されてきたが、現在のところ有効とされる予測法、予防法はなく、発症後のすみやかな対応の重要性が強調されている。肩甲難産が発症した場合にどう対応するのか、施設ごとのプロトコール作りが推奨される。
※ 肩甲難産が疑われる場合、Kristeller胎児圧出法や無理な児頭牽引は禁忌である。
・ 肩甲難産発症時の対応
① 人を呼ぶ
② おだやかな牽引を試みる
③ 導尿を行う
④ 会陰切開を広げる
⑤ McRoberts 法
⑥ 恥骨上部圧迫
⑥ 膣内操作
・ Rubin 手技
・ Woods Screw 手技
・ Reverse Woods Screw 手技
⑦ 後在の上腕の娩出
⑧ 四つん這い姿勢で娩出
⑨ 鎖骨骨折、上腕骨折、Zavanelli 法などを考慮する
[McRoberts 法] 妊婦の両足を分娩台のステップからはずして大腿の前面を腹部に強く押し付ける。これと同時に恥骨上部を助手が圧迫し、恥骨の裏に陥入した肩を開放する方法。
McRoberts Maneuver 【YouTube】
[Rubin 手技] 術者の手を児の前在の肩甲の背側に入れ、肩甲骨を圧迫して、肩を内転、斜位に回旋させる操作。
[Woods Screw 手技] 術者の手を腹側から児の後在の肩甲の下に入れ、恥骨に向けて回旋させる操作。Rubin 手技を併用する。
[Reverse Woods Screw 手技] 背側から後在肩甲にアプローチし、Rbin 手技やWoods Screw 手技とは反対方向に胎児を回旋させる操作。
Reverse Woods Screw 手技
[後在の上腕の娩出] 後在の腕を肘までたどり、腕を肘で屈曲させ、胎児の胸部をなでるように前腕を動かす。
[四つん這い姿勢で娩出] 四つん這い姿勢にするために患者を反転させ、やさしく下方に牽引し後在肩甲を娩出する。
[Zavanelli 法] McRoberts法、Rubin 手技、Woods Screw 手技などを実施しても児が娩出されない場合には、最終的手段として娩出された児頭を産道内に戻して、緊急帝王切開を行うこともある。
以前、赴任していた離島の施設で、破水した34週の妊婦が急患で搬送され、エコー所見で児産科スタッフの招集が遅く、小児と外科そして救急医の私の3人で迷った末、見捨てるか?ダメもとでやるだけやるかというギリギリの経験がありましたので、胎児は死亡、母体は救命しましたが、今でも背筋が寒くなるような経験でした。
今の時代リスキーは極力回避することは自分の身を守るためにも仕方のないことなのですから、再度そんな状況になってしまったら、上手く逃げる方向に考えるべきなのでしょうね。
児頭が娩出した後に肩甲がどうしても娩出されない肩甲難産の状況になってからでは、どこが分娩場所であっても対応は非常に難しいです。陣痛が始まった時点で、すぐに母体を地域基幹病院にヘリコプター搬送するのがベストの対応だと思います。しかし、悪天候や夜中でヘリコプターが飛べない状況で、現場でなんとか対応するしかない場合は、母体救命を優先して児の救命は断念せざるを得ない事態も十分あり得ると思います。
肩甲難産以外にも分娩時に母児が急変して緊急対応しなければならない事態はしばしば起こり得ますから、離島に住む妊婦さんの場合、切迫早産または妊娠満期になったら、産科施設の近くに宿泊して陣痛を待機した方が安全だと思います。
いくら頑張っても児頭が娩出しない場合は、最終的には帝王切開を実施することになります。
しかし、児頭は娩出されたのに、引き続いて肩甲が娩出されない場合があります。その場合は、帝王切開は実施できないので、何が何でも経腟分娩せざるを得ません。
児娩出までに時間がかかりすぎると、重症脳性麻痺や胎児死亡になってしまいます。
場合によっては、結果として、上腕骨折、鎖骨骨折、腕神経叢麻痺などが生じてしまうこともあり得ます。上腕骨折や鎖骨骨折は比較的よく経験します。
糖尿病合併妊娠の巨大児だと、肩に脂肪がたっぷり蓄積されている場合が多く、肩甲難産のリスクが高いとされてはいますが、肩甲難産の児が巨大児とも限りません。小さめの児の肩甲難産もあり得ます。結局のところ、肩甲難産になるかならないかは確率の問題で、運次第という面が大きいです。分娩前に肩甲難産を予測することはほぼ不可能だと思ってます。一寸先は闇というのは産科の宿命だと思います。
今まで、4000g以上の巨大児で児頭がなかなか娩出されず、一か八かの大勝負で吸引分娩を敢行した症例も非常に多くありましたが、ほとんどの場合、頭さえ娩出できれば、肩はスムーズに娩出できました。
頭は出たのに肩がでなくて難渋した症例に遭遇した記憶は、今のところ、ほとんどありません。
ですから、必ずしも巨大児だから肩甲難産になりやすいとも言い切れません。児頭がどうしても出ない局面になったら、その時点で分娩方法を帝王切開と決定すればいいと考えてます。頭は出たのに、肩がどうしても出なかったらどうするのか?は非常に大きな問題で、そういう分娩に立ち会った時には、出たとこ勝負で、できる限りいろいろトライしてみるとは思いますが、最悪の場合は死産も十分にあり得ると考えています。定年退職までのあと数年間で、そういう症例に当たらないことをただただ祈るのみですが、産科医稼業を長年やっていれば、肩甲難産にもいつかは遭遇する可能性があることは十分に覚悟してます。
しかし、肩甲難産に遭遇するのは一生のうちに1回あるかないかの確率ですから、私自身、今まで、肩甲難産が予想されるからという理由だけで、選択的帝王切開を実施したことは一度もありません。
例えば、ある患者さんが担当の先生から「肩甲難産が予想されるので、分娩は帝王切開にしましょう。」と言われて、患者さんが納得して帝王切開での分娩を承諾したとします。 しかし、その帝王切開の予定日の前日に陣痛が発来したら、あっという間に終わる超安産の経腟分娩かもしれません。