ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

存亡の危機にある地域の産科医療供給体制

2008年05月30日 | 地域周産期医療

多くの病院で産婦人科が規模縮小~閉鎖に追い込まれて、全国各地で地域の産科医療供給体制が存亡の危機に直面してます。窮地に立たされている産科医療供給体制を今後どのようにして立て直していくのかという問題について、多くの議論があります。

行政で助産所の開設を資金援助して、助産所の新規開設を誘導することによって妊婦の受け入れ枠を増やし、何とか急場を乗り切ろうという動きも一部にあります。しかし、『地域内の助産所の数を増やせば、その分基幹病院の勤務医の負担が軽減する!』とは必ずしも言い切れません。場合によっては逆効果ということもあり得るかもしれません。行政側でこのような施策を決定する際に、『助産所からの母体搬送や新生児搬送を受ける立場にある産婦人科医、新生児科医の意見は十分に取り入れられたのか? 母児の安全性について少しは検討したのか? この問題について行政と医療関係者との間で十分な話し合いがあったのか?』というような点が少し気になります。

****** 信濃毎日新聞、2008年5月29日

伊那市が助産所の補助制度新設へ 医師不足受け

 伊那市は、市内でお産を扱う助産所への補助制度を新設する方針を決めた。6月市議会に費用750万円を盛った補正予算案を提出する。産科医不足で病院の負担が増していることから、助産所の施設整備や備品購入を支援することで、受け入れ態勢の充実を図る。県医療政策課によると、助産所を対象とする補助制度は県内で初めて。

 1カ所当たり250万円を上限に、経費の2分の1を補助する。制度を設ける期間は5年間とする予定。金額が上限に達するまで数回に分けて補助を申請でき、段階的に設備を充実することも可能だ。超音波診断装置や分娩(ぶんべん)監視装置の購入、建物の改修などへの利用を想定し、既に整備済みの設備や機器についても本年度当初までさかのぼって申請を受け付ける。市内でお産を扱う助産所は現在、今春開業した2カ所を含め計3カ所。補正予算案には3カ所分を計上する。

(以下略)

(信濃毎日新聞、2008年5月29日)


大野病院事件の影響

2008年05月28日 | 大野病院事件

コメント(私見):

癒着胎盤という、非常に稀かつ予測もほとんど不可能、しかも治療難易度がきわめて高い疾患に対して、救命目的で現在の標準的な医療行為を懸命に実施した医師が、極悪非道の罪人と同様の扱いで、公衆の面前で手錠をかけられて逮捕されました。考えてみれば、これほど無茶苦茶な話もめったにありません。

周産期医療に従事している限り、癒着胎盤にいつ遭遇するかは全くわかりません。そして、いざ癒着胎盤に遭遇した時には、この事件の担当医師と同じような対応をしなければならない立場にいるわけですから、多くの産婦人科医が「とてもじゃないがやってられない」という気持ちになって職を辞してしまいました。今度の判決次第では、現在まだ現場に何とか踏みとどまっている産婦人科医の中からも大量の離職者が出るかもしれません。

いずれにせよ、病院で分娩を取り扱う以上は、24時間体制で産科医、新生児科医、麻酔科医が院内常駐しているような完璧な医療提供体制が当然のごとくに求められる時代になってきました。1人医長体制などのマンパワーの不十分な産科は時代に全く合わなくなりました。今後、産科は集約せざるを得ない世の中の流れにあると思われます。

****** 医療タイムス社、長野、2008年5月23日

産科離れ加速に危機感を表明 

「大野病院」結審で県産婦人科医会・菅生副会長

 福島県立大野病院で、帝王切開手術で女性を死亡させたとして、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医師の公判が結審し、8月20日に判決が言い渡されることになった。このことについて、県産婦人科医会の菅生元康副会長(長野赤十字病院副院長)は本紙の取材に対し、「仮に有罪判決が出れば、産科をやめようという医師はさらに増えるだろう」と、医師の産科離れ加速に憂慮の念を示した。

 公判で争点となったのは癒着胎盤をはがす際の出血が死亡するほどのものかを予測できたかどうかという予見可能性など。菅生副会長は「癒着胎盤というのはどこでも起こりうることなので、私のところに回ってくる可能性もある。医療行為で努力した結果が、刑事罰ということになれば、これはたまらない。民事訴訟で賠償を求められるというのなら分かるが、刑事処分は産婦人科医師にとってショックだ」と語る。

 実際、お産で医師が起訴された影響は大きい。同事件の影響ばかりではないとしても、このところ全国的に産科をやめて婦人科専門としたり、若い医師が産婦人科を希望しなくなったりしている。菅生副会長によれば、特に若手男性医師が産婦人科を敬遠するようになり、20代の産婦人科医の7割は女性という現状も、お産の現場で大きな問題となっている。

(医療タイムス社、長野、2008年5月23日)


帝王切開後の経腟分娩(VBAC)における子宮破裂

2008年05月22日 | 周産期医学

コメント(私見):

帝王切開後の経腟分娩(VBAC,  Vaginal Birth After Ceasarean)では、一定頻度の子宮破裂は絶対に避けられません。子宮破裂の際の母体死亡率は1%、周産期児死亡率:6%、児死亡+神経学的後障害:23~42%と報告されてます。

前回帝王切開時の子宮切開方法と、VBAC(帝王切開後の経膣分娩)における子宮破裂の発生率の関係は、以下の通りです(アメリカ産婦人科学会、1999)。

古典的帝王切開(子宮縦切開) 4~9%の子宮破裂
T字切開               4~9%の子宮破裂
子宮下部縦切開            1~7%の子宮破裂
子宮下部横切開            0.2~1.5%の子宮破裂

古典的帝王切開(子宮縦切開)の時代には、『一度帝王切開受けたのなら、ずっと帝王切開(Once a cesarean, always cesarean)』が常識でした。

1980年に米国NIH(国立衛生研究所)はVBACを推進する勧告を発表し、1990年に米国厚生省は2000年までに帝王切開率を15%、VBAC率を35%にする目標を掲げました。これらの国策によって、米国では1990年代の半ばには帝王切開の既往のある妊婦の約6割に試験分娩が行われるまでになり、1996年のVBAC率は29.8%にまで達しました。

しかし、その後の大規模研究で、選択的帝王切開群に比べ、試験分娩群での子宮破裂の頻度上昇とそれに伴う児の予後の悪化、母体合併症の増加、医療費増大などの報告が相次ぎ、 エビデンスに基づきVBACの安全性をもう一度考え直す機運が高まりました。帝王切開率も1996年の20.7%から上昇に転じ、VBAC率も1996年以降低下しつつあります。

1999年にアメリカ産婦人科学会はVBACに関するエビデンスに基づいた勧告を発表し、米国においては、現在、従来より慎重な対応が求められるようになり、十分なインフォームドコンセント(説明と同意)が強調される傾向にあります。

我が国における帝切率、VBAC率の全国統計はありませんが、我が国のVBACのトレンドはほぼ米国の動向に追随する傾向にありますので、1995年当時の我が国のVBAC率は現在よりもはるかに高率だったと思われます。事実、当科においても1995年当時は、既往帝切回数が1回、単胎・頭位、児頭骨盤不均衡がない場合であれば、ほとんど全例で試験分娩をお勧めしてました。しかし最近では、既往帝切妊婦には、ほぼ例外なく選択的帝王切開をお勧めしていますので、VBAC率は毎年ほぼ0%の状況です。


福島県立大野病院事件 「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張

2008年05月21日 | 大野病院事件

コメント(私見):

2006年2月19日付の朝刊の記事を読んで、「一体全体、この医師はなぜ逮捕されなければならなかったのだろうか?」と私はふと疑問に思いました。この新聞記事を読む限り、産科業務に携わっている以上はいつでも誰でも経験しそうな事例のようにも思われました。「何が医療ミスだったのか?」ということさえも、この記事からはさっぱり理解できませんでした。「この事例で担当の医師が逮捕されるというんだったら、自分だっていつ逮捕されるか全くわからない!」と大きな危機感をいだきました。その日以来、この事件に関する報道記事にはずっと関心を持ち続けてきました。

今回の公判後の記者会見で、主任弁護人の平岩敬一氏は次のように述べました。

「今回の逮捕・起訴は、産科医療だけではなく、外科、救急医療までにも大きな影響を与えた。はっきりと裁判所が無罪と言うことで、医療現場の混乱が収束し、不安を抱えたままで仕事をしなければならない事態が改善することを期待する。」

「今回の事件は、まず起訴が誤っていたと思う。専門家の意見をきちんと聞かなかったからだ。聞いていれば、起訴はなかったのだろう。こうした意味からすれば、医療の素人の警察に届け出する現在の制度はやはり誤りだと思っている。今検討されているように、医療の専門家で構成する調査委員会に届け出を改めること自体は正しい方向性だ。21条が改正されて、制度が大きく変わること自体は支持したい。ただ今、様々な学会がシビアな意見を出している。それは制度を変えるのだったら、最善のものにしたいという意向からだろう。」

癒着胎盤で母体死亡となった事例

大野病院事件 弁護側の最終弁論 

****** m3.com医療維新、2008年5月19日

福島県立大野病院事件◆Vol.11

「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張

業務上過失致死罪と医師法違反ともに無罪主張、判決は8月20日

橋本佳子(m3.com編集長)

 5月16日、福島地裁で福島県立大野病院事件の最終弁論が行われた。その冒頭、弁護側は「業務上過失致死罪および医師法違反の罪のいずれについても無罪である」と、改めて主張した。

 弁護側は、今回の事件は、薬の種類や量を間違えたり、誤って臓器を切るなどの明白な医療過誤事件とは異なるとし、「帝王切開手術で患者が死亡」という結果の重大性のみに依拠して責任を追及することを疑問視した。その上で、癒着胎盤についての産科医としての通常の医療行為と医師の裁量そのものが問題視されている事案であり、検察が医学的見地から過失の存否を立証する責任を負うが、明確な主張をせず、十分な立証もできなかったとした。

 本裁判はこの日で結審し、2008年8月20日午前10時から、判決が言い渡されることになった。

 公判の最後に、加藤克彦医師は、「(死亡した女性に対して)ご冥福をお祈りします」と述べ、次のように語った。

 「私は真摯(しんし)な気持ち、態度で、産婦人科医療の現場におりました。再び医師として働かせていただけるのであれば、また地域医療の一端を担いたいと考えております」

 最終弁論は5時間半強、7人の弁護士が交代で

 最終弁論は午前10時から開始、途中、合計で約1時間20分の休憩はさんで、午後4時40分まで続いた。A4判で157ページにも及ぶ「弁論要旨」を7人の弁護士が交代で読み上げた。

 弁論要旨は、以下の11項目から成る。
 第1  結論
 第2  はじめに
 第3  本事件の事実経過について
 第4  癒着の部位・程度およびその点についての被告人の認識
 第5  出血部位、程度について
 第6  因果関係
 第7  予見可能性について
 第8  剥離中止義務の医療措置の妥当性、相当性(結果回避義務について)
 第9  被告人の供述調書の任意性
 第10 医師法21条違反がないこと
 第11 総括 

 業務上過失致死罪に関する検察側の主張を要約すると、「癒着胎盤があると分かった時点で、胎盤の剥離を中止し、子宮摘出手術に切り替えるべきだった。しかし、剥離を中断せず、クーパーで無理に剥離を継続したことで大量出血を招き、それにより死亡した」というもの。

 これに対する最終弁論が第4~第8。検察側の主張と対比すると、以下のようになる。
 第4:胎盤の癒着は子宮前壁にはなく後壁のみ、その深度は一番深いところで5分の1程度。 
 (検察の主張:子宮前壁にも癒着があり、深度は2分の1程度)
 第5:胎盤剥離直後の時点での出血量は、2555mL。胎盤剥離中の出血は最大555mLにすぎず、大量出血はなかった。
 (検察の主張:胎盤剥離直後の時点での出血量は、約5000mL)
 第6:死亡原因として、羊水塞栓の可能性があり、大量出血の要因として産科DIC発症が考えられる以上、大量出血と死亡との因果関係には疑問の余地がある。  
 (検察の主張:胎盤剥離行為による大量出血と、死亡には因果関係がある)
 第7:術前と開腹直後の癒着胎盤の予見可能性、術中の大量出血の予見可能性はいずれもない。
 (検察の主張:術前、遅くても開腹直後には癒着胎盤を予見することが可能。大量出血も予見可能)
 第8:胎盤剥離を継続したことは、剥離後の子宮収縮と止血を期待したものであり、この判断は臨床医学の実践における医療水準にかなうものであり、妥当かつ相当。
 (検察の主張:胎盤の剥離が困難になった時点で、剥離を中断し、子宮摘出術に切り替えるべきだったが、クーパーを利用して漫然と剥離を継続した過失がある)

 これらは、過去13回の公判で、弁護側が繰り返してきた主張でもある。この日の弁論の特徴として、「医療水準」という言葉を多用したことが挙げられる。加藤医師の行為が医療水準に合致していたかを医学的見地から立証することが重要であり、その責任は検察が負うことを繰り返し強調した。

(以下略)


大野病院事件 弁護側の最終弁論

2008年05月17日 | 大野病院事件

コメント(私見):

今回の裁判において、『本事例で癒着胎盤を事前に予測することは非常に困難であったこと』、『被告医師の実施した医療行為は現在の我が国の臨床医学の標準治療に即したものであったこと』などが、この分野における我が国のトップクラスの専門家達の証言によって理路整然と立証されました。

判決がどうなるのか私には全くわかりませんが、今回の裁判のように現代医学の最高権威を総動員して、反論の余地が全くないほど完璧に立証してもなお、実際の医療裁判では有罪の判決になってしまうような世の中であれば、今後、一般の臨床医は医療現場でリスクを伴う治療を一切何も実施できなくなってしまいます。

(以下、5月17日付読売新聞記事より引用)

本件起訴が、産科だけでなく、わが国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科の診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦については、お産難民という言葉さえ生まれている実態がある。このような事態が生じたのは、わが国の臨床医学の医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからにほかならない。産婦人科関係の教科書には、検察官の指摘するような胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。また、本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で、手で胎盤剥離を始めた場合には、胎盤剥離を完了していることが立証されている。本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが、被告人は、わが国の臨床医学の実践における医療水準に即して、可能な限りの医療を尽くしたのであるから、被告人を無罪とすることが法的正義にかなうというべきである。

(引用おわり)

****** 読売新聞、福島、2008年5月17日

被告の処置「標準的医療」

帝王切開死最終弁論

 1年4か月に及ぶ公判は、最初から最後まで、検察側と弁護側の全面対決で審理を終えた。16日に福島地裁で結審した、大熊町の県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した事件の公判。業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)の弁護側は最終弁論で、「起訴は誤り」などと5時間半にわたって無罪主張を展開。加藤被告の処置が「臨床における標準的な医療」と強調した。医療現場に衝撃を与えた事件の判決は8月20日に言い渡される。

 弁護団の席には、8人の弁護人が並び、時に語気を強めながら交代で153ページの弁論を読み上げた。3月に禁固1年、罰金10万円を求刑した検察側の論告後、「逐一反論する」としていた通りにした。

 女性は、出産後に子宮の収縮に伴って通常は自然にはがれる胎盤の一部が、子宮と癒着する特殊な疾患。加藤被告が手やクーパーと呼ばれる手術用ハサミを使って胎盤をはがした後、女性は大量出血で死亡した。検察側は「大量出血を回避するため、子宮摘出に移る義務があった」と主張し、処置の当否が最大の争点になっている。

 弁護側は最終弁論で、周産期医療の専門家2人の証言や医学書などを根拠に「胎盤のはく離を始めて途中で子宮の摘出に移った例は1例もない」と強調。「加藤被告の判断は臨床の医療水準にかなうもの。検察官の設定する注意義務は机上の空論」と批判した。

 手術中の出血量も争いになっている。胎盤のはく離が終了してから約5分後の総出血量について、検察側は「5000ミリ・リットルを超えていることは明らか」として、はく離との因果関係を指摘するが、弁護側は「そのような証拠はどこにもない」とし、大量出血の要因も手術中に別の疾患を発症した可能性を示唆した。

 弁護側は医師法違反罪でも「届け出をしなかったのは院長の判断」と主張。総括では「専門的な医療の施術の当否を問題にする裁判で、起訴に当たって専門家の意見を聞いておらず、医師の専門性を軽視している」と非難した。

 これまでの公判と同じようにグレーのスーツ姿の加藤被告は公判の最後に3分間、用意してきた紙を読み上げ、現在の心境を述べた。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は公判後、「検察側は予見可能性、結果回避義務などの立証に失敗した」と述べた。一方、福島地検の村上満男次席検事は「一般の感覚から法律という最低ラインを逸脱しているかどうかが問題。証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」とコメントした。

(以下略)

(読売新聞、福島、2008年5月17日)


医師不足 地域と診療の偏在

2008年05月14日 | 地域周産期医療

最近の産婦人科医の予想以上の減少のために、全国各地で産科医療が崩壊の危機に直面しています。産婦人科医が減少している要因としては、高い訴訟リスク、長い拘束時間、過重労働、女性医師の高い離職率など、さまざまな因子が考えられます。

現在の日本では、診療科別の医師の定員枠が全くないので、どうしても一部の人気のある科だけに志望が集中しがちです。どの診療科を選ぶのも全くの個人の自由ということになれば、どうしても、『当直回数が少なく、拘束時間も短く、訴訟リスクも低く、待遇もいい』というようなイメージの診療科に志望者が集中しがちなのは当たり前の話でしょう。

これ以上の産婦人科医の減少に歯止めをかけるためには、強力な国の施策が必要だと思います。

今、産科医療の現場を支えている多くの産婦人科医達が、いつ辞めようか、いつ辞めようかと思いながら働いています。実際に、相当数の医師がやる気をなくして、病院を離れています。このため、全国各地で産科医療の継続が困難になって国家的な問題になっています。今後、産婦人科医療を再建していくためには、この国の産婦人科医療を提供する体制を根本的に再構築していく必要があります。

北里大学の海野信也教授(日本産科婦人科学会・産婦人科医療提供体制検討委員会委員長)は、最近の御講演の中で、産科医療を再建するための必要条件として以下の8項目を挙げられました。

(1) 分娩取扱病院:半減(1200施設→600施設へ)
(2) 分娩取扱病院勤務の産婦人科医数:倍増
  (1施設当たり3人→6人へ) 

(3) 女性医師の継続的就労が可能な労働環境の整備
(4) 病院勤務医の待遇改善:収入倍増
(5) 公立・公的病院における分娩料:倍増
(6) 新規産婦人科専攻医:年間500人(現行より180人増)を
  最低限確保

(7) 助産師国家試験合格者:年間2000人(現行より400人増)
(8) 医療事故・紛争対応システムの整備

上記のどの項目をとってみても、個人や自治体レベルの努力だけではどうにもならないようなことばかりで、達成は非常に困難と考えられます。しかし、現実に産科崩壊の危機に直面している地域が全国的に続出していますので、国レベルの政策によって早急に対応する必要があります。

****** 産経新聞、2008年5月12日

医師不足 地域と診療の偏在なくせ

(略)

 医師不足には大別して(1)医師数そのものの不足(2)地域的偏在(3)診療科ごとの偏り-の3つがある。医師不足の問題を解決しないと少子高齢化の進展とあいまって医療が根本から揺らぎかねない。

 平成18年の人口1000人当たりの日本の医師数は2・1人で、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均を下回る。厚生労働省の試算でも需要に対する医師数は不足している。それゆえ厚労省と文部科学省は医師の定員(医学部の学生数)を増やしてはいる。しかし、医師の養成には時間がかかる。まずは可能な地域的偏在をなくすことから取り組みたい。

 厚労省が18年12月末時点の届け出をもとに、女性と子供それぞれ10万人当たりの産婦人科と小児科の医師数を都道府県別に初めて集計したところ、最多と最少でいずれも倍以上の開きがあった。都道府県内でも都市部に医師が集中し、郡部に少ないとの調査結果もある。間違いなく地域的に医師が偏在している。

 厚労省は医師数が足りている地域から医師不足の地域に医師を短期間派遣するシステムの構築を進めている。この対策を全国でもっと活性化させる必要がある。

 一方、拘束時間が長く、勤務がきつい診療科ほど医師が減る診療科ごとの偏りもある。産婦人科や小児科、麻酔科、救急医療を中心に勤務医が不足し、彼らがさらに過重労働となる。

 厚労省は(1)医師の事務を補助する医療クラーク(事務員)制度を導入する(2)診察時間を延長した診療所に対する報酬を手厚くして開業医に患者を分担する-といった対策をとっている。こうしたきめの細かい対策を施していくことも重要だろう。

(以下略)

(産経新聞、2008年5月12日)


周産期医療提供体制の立て直しに向けて

2008年05月11日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

最近になって、産科医不足の問題が全国的に急にクローズアップされてきましたが、実はこの問題って急に今に始まった問題ではなく、ずっと以前から産科医不足は全国的に非常に深刻でした。

以前であれば、地域の中核病院であっても1人医長体制の病院が多く存在してましたし、社会的にもそのような不十分な産科診療体制が許容されてましたので、産科医が不足して分娩の取り扱いが困難となり困窮している地域に、教授のツルの一声で産婦人科医をとりあえず1人送り込んでおけば、その地域の産科診療体制の崩壊を何とか阻止することができました。

しかし、今では社会情勢も大きく変化し、地域中核病院の産科診療を少人数の常勤産科医だけで支えていくのはもはや許されないような世の中になってきつつありますし、小児科医や麻酔科医との緊密な連携も当然のごとくに求められる世の中にもなってきました。ですから、現在の産科医不足の問題に、個々の病院や自治体だけでバラバラに取り組んでいたんでは、状況はなかなか改善しないと思われます。

国全体として、県全体として、これからの周産期医療提供体制をどうやって立て直していくのか?というようにグローバルに考えて、長期的戦略のもとに、皆で一致団結して取り組んでいく必要があると思います。

****** 読売新聞、山口、2008年5月9日

小児、産科医を優先配置 県、6病院に集約計画

 小児科や産科の勤務医不足が深刻化していることを踏まえ、県は、各地域の中核的な病院に医師を集中させる「集約化・重点化」の計画をまとめた。6病院を連携強化病院に指定し、医師を優先的に置くことで勤務医の負担を減らし、医療体制の充実を図る狙いだ。 【内田正樹】

 集約化・重点化は、公的病院が対象。厚生労働省の方針を受け、県は有識者らでつくる「県医療対策協議会」で2006年度から必要性を検討。県内の小児人口1万人あたりの小児科の医師数(4・2人)が全国平均(4・7人)を下回っている点などを考慮し、計画を策定することにした。

 計画によると、6病院は岩国医療センター(岩国市)、徳山中央病院(周南市)、県立総合医療センター(防府市)、山口赤十字病院(山口市)、山口大医学部付属病院(宇部市)、済生会下関総合病院(下関市)。

 それぞれの病院(山口大医学部付属病院を除く)の医師数を小児科が現行の5、6人から8人以上に、産科も現行の3~6人を7人以上に増やすことを目標に掲げ、24時間、患者に対応可能な態勢の確保を目指す。

(以下略)

(読売新聞、山口、2008年5月9日)


フリー麻酔科医の増加

2008年05月09日 | 医療全般

最近、全国的にフリー麻酔科医が増えてきて、麻酔科医の勤務形態が大きく変化しつつあるようです。

病院の中で麻酔科医の果たしている役割は非常に大きく、万が一、麻酔科医のサポートが得られなくなれば、外科系各科で手術を安全には実施できなくなってしまいますし、救急医療やハイリスク分娩にも十分に対応できなくなってしまいます。

従って、麻酔科医が確保できなければ、多くの診療科の日常業務が大きく制限されます。また、産婦人科医引き揚げの最大要因ともなり得ます。

****** 読売新聞、2008年4月20日

激務の病院去り個別出張、フリー麻酔医が増加

 特定の医療機関に所属せず、個別に病院に出向いて手術時の麻酔を請け負う「フリー麻酔科医」が増えている。激務や待遇への不満から退職する勤務医が相次ぐ中、空前の売り手市場になり、年収5000万円を超える医師も少なくない。病院の多くは「手術ができないと死活問題」だけに、需要は高まる一方だが、「後進の指導や術前術後の患者管理など大切な仕事が忘れ去られる」と危ぶむ声もある。 【社会部 竹村文之】

(中略)

 厚労省医政局指導課「実態は正確には分からないが、フリー麻酔科医はかなり増えているようだ。医学の進歩で、他科の医師では難しい麻酔も多くなり、病院の麻酔科医不足は深刻な問題だと考えている」

(読売新聞、2008年4月20日)


「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案 ―第三次試案

2008年05月06日 | 医療全般

常位胎盤早期剥離、癒着胎盤、羊水塞栓症などの予測不能でかつ予後不良の産科疾患は一定確率で発症します。今後も人類が存続する限り、これらの疾患がこの世からなくなることはないでしょう。

これらの疾患を発症した妊産婦さん達は、突然、重大な生命の危機に直面します。それらの疾患を放置すれば、患者さんは発症後数時間以内に間違いなく死亡します。そういう時に、病気と共に闘ってくれて、唯一頼りになるのはこの世の中に産婦人科医しかいません。

しかし、その産婦人科医が、今、この国からどんどん姿を消しています。瀕死の患者さんを救命しようとして精一杯頑張っても、救命できなければ逮捕される可能性があるということであれば、誰でもそのようなリスクは避けたいと思うのは当然です。

安心してお産ができるような国にしたい。そのためには、産婦人科医のさらなる減少をくい止められるように、国が強力にバックアップする必要があると思います。

****** 日本産科婦人科学会、2008年5月1日

厚生労働省医政局総務課医療安全推進室御中
医療安全対策室長
佐原康之 殿

  社団法人 日本産科婦人科学会
  理事長 吉村 秦典

「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案 ―第三次試案」に対する意見と要望

 日本産科婦人科学会は、さる4月4日に公表された表記第三次試案に対する会員の意見を集約し、本会の<意見と要望>としてまとめましたので以下に示します。

<はじめに>

 日本産科婦人科学会は、本年2月29日に発表した“第二次次試案に対する見解と要望”及び“医療事故に対する刑事訴追に反対する見解"を現在も変えるものではありません。しかし一方で、医療提供者の“業務上過失致死罪”からの免責(真に犯罪的な事例は除く)の実現には、国民的議論を踏まえての慎重な法改正が必要で、それには相当の年月を要することも認識しているところであります。

 上記件につき、本会は今後も刑事訴追に反対の主張を唱え続け、医療提供者と受給者(国民)の真剣な議論を喚起し、その結果として、将来、本会の主張に国民の皆さんの賛同が得られることを期待しておりますが、ここでは、第三次試案に示された「医療安全調査委員会(以下調査委員会)」の設立とその制度化(以下この制度)を、医師法第21条の拡大解釈がもたらした医療現場の混乱と、医療提供者の不当な処遇及びそのために社会が被る不利益を改善する対策の第一歩であると位置付け、以下の提言と要望を行うものであります。

 すなわち、以下は、現法体制の下、医療事故に関しての刑事捜査を完全に排除することはできないことを許容した上で、この制度が、医療の受給者の理解と提供者の積極的な参画を得て、目的とする事故原因の究明と再発防止の実効を挙げ得る制度となることを願っての本会の意見であります。

Ⅰ.“重大な過失”の説明について

  この制度における“重大な過失”の定義とも言えるP9(40)③の記載の前段を以下に変更することを要望する。

  『なお、ここでいう「重大な過失」とは、死亡という結果の重大性に着目したものではなく、標準的な医療行為から著しく逸脱した医療で、勤務環境を含めたシステムエラーの要因が完全に否定され、あらゆる観点から見て許容できない、と地方委員会が認めるものをいう。』

<変更を要望する理由>

  P9[捜査機関への通知]の記載内容を整理すると、「捜査機関に通知を行う事例は悪質な事例に限る。悪質な事例とは
①診療録の改竄など,
②過失による医療事故を繰り返しているなどの場合,
③故意や重大な過失があった場合,である。」となる。

従って本項の記載を論理的に解釈すれば、“標準的な医療行為から著しく逸脱した医療(と地方委員会が認めるもの)は“重大な過失”に相当し、すなわち“悪質な事例”と認定されることになる。このままでは、薬の誤投与や手術ミスなどは標準から著しく逸脱した医療で、悪質な事例と判定され捜査機関に通知される。また、当該疾患の診療という視点でみれば、理論的に考えて、下方に逸脱した診療レベルは常に存在する(標準一偏差以下はある数存在する)ものであるが、それも第三次試案では“悪質”と規定していることになる。しかも地方委員会が“悪質”と判断した事例は、「法的評価ではない」と言えども、通知を受けた捜査機関は“専門家の判断”として重要視せざるを得ず、刑事手続きが進み起訴に至る可能性が極めて高い。

 人は誰もがミスを犯す。このミスが即座に人の死に繋がるという他業種とは著しく異なる医療の特殊性を考えれば、ヒューマンエラーをカバーするシステム構築の重要性は如何に強調してもし過ぎることはない。第三次試案の処々に“システムエラー”への言及が見られることから、日本の医療体制の欠点の一つとして上記システムの構築が遅れていること及び個人に刑罰を課しても医療事故は減少しないという現実は、試案作成の過程で充分に考慮されていると推察される。然らば、多忙や過労のためのヒューマンエラーや経験不足による未熟な医療を“標準から著しく逸脱した医療=重大な過失”、すなわち“悪質”な事例であると認定して捜査機関に通知するのは適切ではなく、“重大な過失”の説明はそのようなことの起こらない文言に書き改めるべきであろう。上記の懸念が残る限り、“第二次試案に対する見解と要望”に記した如く、“関係者が事例の届け出を逡巡する”、“調査報告書が不正確になる”などの弊害が生じることにより、この制度設立の目的である事故原因の究明と再発の防止の実効性が遠のく可能性が高いからである。日本産科婦人科学会は、この制度が目的に則した機能を果たすために、上記文言の変更を強く要望するところである。

 尚、P9(40)②の“(いわゆるリピーター医師など)”は削除する方が良いと考える。“リピーター”の語句が曖昧な定義のままで一般に比較的よく使用されている現状では誤解を産む余地があるからである。また、P9は医療関係者が最も注視する懸案事項の記載であるから、誤解を生じない様に特段に配慮した文言表記が望まれる。

Ⅱ.「調査委員会」の管轄について

  「調査委員会」は医療関係者及びそれらが組織する団体、すなわち医師・看護師等及び医学会・医師会等、医療機関及びその連合組織等、また、医療・薬事・保険行政に関わる組織等のいづれからも機構上独立したもので、医療の提供側と受給側との間で中立の機関とすることが望ましい。

<要望する理由>

  本事項について、第三次試案では上記委員会を厚生労働省下に設置するかどうか、「今後更に検討する」とあるが、日本産科婦人科学会は“第二次試案に対する見解と要望”に記した如く、事故原因の解明にあたっては行政上の問題にも言及できるよう、また、調査委員会の調査と行政処分の権限とは分離する方がよいとの観点から、上記を要望するところであり、その方向に検討が進むことを期待する。

Ⅲ. 届け出対象事例について

  「調査委員会」に届け出るべき事例を『医療行為に起因して患者が死亡した、またはその疑いのある事例のうち、当該医療行為により患者が死亡する可能性が元来低く、且つその医療行為に伴い発生する合併症として説明のつかない患者死亡の事例』と規定することを提言する。

<提言の理由>

  第三次試案に記載された届け出事例の規定は、まず、“誤った医療を行ったことが明らかか”から始まり、この制度があたかも“医療過誤”かどうかを判定するためのものであるかの印象を与える。また、“誤った医療かどうか”の“明らか”と“明らかでない”を合わせると、それらはすべての症例を含むことになり、P4に記載されているフローチャートの最初の部分は、理論的には、意味をなさない。この制度は、P1に記載されている様に、過誤を伴う事故及び過誤を伴わない事故の両者を含む“いわゆる医療事故”の原因究明と再発防止のためのものであることを鑑みると、“過誤かどうかを判定する必要のある事例”という発想で作成された届け出対象の規定は適切とは言えない。

  医療事故の防止は医療提供者も強く願うところであり、事故が発生した時、担当の医師は過誤の有無を判定されることに積極的にはなれない場合もあると思われるが、真の原因を究明することに協力を惜しむことはない。その意味で、本会の提言する規定の方が関係者の届け出に対する抵抗感が弱まり、P12に記載されている“医療関係者の主体的且つ積極的な関与”が得られ易いと考える。

Ⅳ. 捜査機関の謙抑的対応について

  第三次試案 P15~P16(別紙3)に記載されている“調査委員会”と“捜査機関”との関係が必ず担保される様に、そのことをこの制度の規定または規約の中に明文化することを要望する。

<要望の理由>

  この制度と捜査機関との関係については、厚生労働省の担当者から、「別紙3の事項は法務省並びに警察庁の了承を得ている」と本会役員が口頭で説明を受けたところであるが、医療事故に遭遇する機会の最も多い診療領域を担い、また現下、大野病院事件という医師の不当な逮捕・起訴の事例を眼前にしている本会会員の多くからその点に対する疑念が寄せられている。

  この制度は捜査機関が調査委員会の判断を優先させることを確実に保証し、加えて、遺族から警察に告訴が行われた場合や調査報告が遅れた場合に、警察が独自に捜査を始め、誤った判断で過失を認定し刑事訴追を行うことも防止できなければならない。これは医療提供者側からのみの主張ではなく、社会(国民)的利益の視点からも言えることである。現状をみて明らかな様に、医療事故の関係者に不条理な刑事罰を与えることは、事故の減少に繋がらないだけではなく、医師や看護師の労働意欲の減退と使命感の喪失を惹起し、そのための医療の質の低下と委縮医療の蔓延、更には、完治という同じ目標に向かって共に病と闘うべき医療の提供者と受給者の間に不信を募らせ、結果として社会に多大な不利益を齎すことは紛れもない事実である。その視点に立っての会員の意見は尊重すべきであり、本項を要望事項の一つに加える次第である。

以上

(日本産科婦人科学会、2008年5月1日)


女性医師を離職させない努力

2008年05月05日 | 地域周産期医療

****** 産経新聞、2008年5月5日

闘う女医さん(上)出産、育児

 ■離職させない努力を

 医師不足の解消策として、出産、育児などで現場を一時離れた女性医師らの登用が注目されています。厚生労働省も都道府県に、女医さんの復職支援策などを求めています。しかし、厳しい勤務形態で、“男社会”だった医師の世界では、まだまだ模索が続いているようです。(北村理)

 午前7時半。「じゃあ、行ってくるね」と、研修医の小林裕子さん(38)は、生後4カ月の長女のほおを軽くつつき、保育所をあとにした。

 小林医師は産婦人科医を目指し、信州大学医学部付属病院(長野県松本市)の高度救命救急センターで研修中だ。長女を預けたのは、病院内の認可外保育所。親が病院勤務であることが入所の条件だが、定員はいっぱい。小林さんは、別の女医さんが一時的にあけた枠を、借りるような形で長女を預けた。

 職場では、午前8時から症例検討会がスタート。午後6時ごろ、当直への引き継ぎを終える。その後も、同センターに救急搬送されてくる重症患者の対応などに追われる。当直は免除されているが、ほぼ12時間勤務。小林医師は授乳もあり、「平均睡眠時間4~5時間ほど」という。

 この日は、長女の4カ月健診で職場を数時間あけた。救急担当とあって、保健所に健診を早く終えられるよう掛け合ったり、職場に連絡をしたりと落ち着かない様子だった。こうした毎日について、小林医師は「体力的にはつらくないが、職場や家族に負担をかけているのではないかと、頭の中はいつも綱渡り状態。いつまで仕事が続けられるかという不安は絶えずある」ともらす。

 夏には研修を終え、産婦人科に入局予定だが、そのころには、保育所を出る約束。代わりの保育所が見つからなければ、「一時、離職することも考えなくてはいけない」という。

                 ◇

 長野県では、産婦人科や小児科医が減り続けている。分娩(ぶんべん)施設は68カ所から50カ所に減少。女性医師の復職支援は、医師確保の大きな柱だ。県はこの1年、現役女性医師の協議会や医師確保対策室などを設け、女性医師の復職に必要な対策を探ってきた。小林さんのような存在は「のどから手が出るほどほしい人材」という。

 取り組みの中核になるのが、県内唯一の医学部付属病院がある信大。同大は一昨年、「地域医療人育成センター」を設置し、復職希望の女性医師をはじめ、医師のIターン、Uターン相談に乗ってきた。同大産婦人科医局でも、平成13~18年度の入局者21人のうち、17人が女性。2~12年に入った女性医師24人では10人が産休・育休中で、6人が県外に移り、県内常勤者は8人で、危機感は高い。

 離職した女性医師の相談に応えようと、一昨年、東京女子医大は「女性医師再教育センター」を設置した。同大の川上順子教授は「一度離職すると、技術的精神的な不安から、現場を離れてしまう可能性が高くなる。復職支援も大事だが、そもそも離職させない努力が必要だ」と指摘する。

                 ◇

 小林医師のいる高度救命救急センターには、もう1人、ママさん医師がいる。5歳と2歳の子供をもつ麻酔科医、羽田佐和子さん(36)=仮名=で、週3回、夕方まで勤務する。結婚後、数年間現場を離れた。いったん復帰したものの、「技術に自信が持てず、マニュアルに頼っている自分に気づいた。自分の治療に危険を感じ、再び現場を離れた」と話す。

 半ばあきらめていたが、医師不足から職場を離れた女性医師の登用が話題になった昨年、チャンスがあればと、九州の母校で半年間研修。そこで夫の勤める信大の職場を紹介された。引き受けたのが、同センター長の岡元和文教授だった。岡元教授は「当初、センター内でも現場を離れていた女性医師がどこまでできるか不安視する声はあった」と振り返る。

 しかし、救急の現場は交代勤務が可能で、パートタイムの医師を受け入れる素地がある。たとえ、昼間帯だけの勤務でも、ほかの医師らはその間休める。受け入れてみれば、実戦の感覚を取り戻し、現在は週に1回、本業の麻酔科医としても手術に立ち会う。今はセンター内から「もっと採用してほしい」と要望が上がるという。

 他県出身でも、同センターで“再スタート”を切れば、将来、長野県に医師として残る可能性もある。岡元教授は「救急の現場で自信がつけば、専門科の医師として現場に戻ればいい。女性医師の登用で新しい人材確保の道が開けた。人数の比較的多い大学病院は、女性医師の支援の場になりうるのではないか」と話している。

(産経新聞、2008年5月5日)


地域の産科機能を次世代に残すために(その四)

2008年05月04日 | 地域周産期医療

地域の産科医療提供体制が崩壊してしまってから、あわてて今後の対策をあれこれと協議し始めても、もはや手の施しようがありません。

完全に手遅れになってしまう前に、『いかにして、地域の産科医療提供体制を将来的にも継続可能な構造に建て直していくのか?』を、地域の皆で考える必要があります。

今、産科医は日本中奪い合いになっているので、待遇改善は産科医確保のための一つの必要条件ではありますが、それだけでは産科医の確保はきわめて困難な状況にあります。

ハイリスク分娩や婦人科悪性腫瘍の治療などにもきちんと対応できる機能を地域に残していくためには、地域中核病院の産婦人科を『若手医師たちのやる気につながる施設』に作り変えていくことが最も重要だと私は考えています。

****** 産経新聞、2008年4月30日

共倒れを防げ!「産科」「婦人科」機能を分担 大阪の2市立病院

 産婦人科医の不足が深刻化する中、2つの病院の産婦人科機能を統合し、「産科」と「婦人科」で役割分担する試みが今月からスタートした。大阪府南部に隣接して位置する泉佐野、貝塚両市の市立病院で、「泉州広域母子医療センター」として稼働している。効率的な運用で医師の負担軽減をはかり、共倒れを防ぐ苦肉の策だが、地域の産婦人科医療を守る手段として成果の行方が注目されている。【伐栗恵子】

(中略)

 新システムの導入で産婦人科医の不足が一挙に解消されたわけではないものの、それぞれの病院には産科、婦人科の症例が数多く集まり、医師にとっては経験を積み、腕を磨く期待が増えると期待される。光田部長は「若手医師のやる気につながる施設にしていくことが重要」と話している。

(産経新聞、2008年4月30日)


常位胎盤早期剥離による母児死亡例の報道

2008年05月03日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

常位胎盤早期剥離(早剥)は、『正常位置に付着している胎盤が、妊娠後半期または分娩経過中に、胎児娩出前に子宮壁から部分的または完全に剥離し、ときに重篤な臨床像を呈する症候群』と定義されます。早剥は全妊娠の0.44~1.33%程度に発症すると言われてます。癒着胎盤のようなまれな疾患ではなく、発生頻度は比較的多い疾患です。

早剥のケースでは、来院時にすでに胎児死亡となっている場合がめずらしくありません。発症の予知がきわめて困難で、妊婦であれば誰にでもいつでも発症する可能性があり、母体死亡や児の周産期死亡に密接につながる緊急性のきわめて高い疾患です。重症例では、母体死亡率:4~10%、児死亡率:30~50%と言われています。この疾患で児が助かるかどうかは全くの偶発性に依存し、治療の主な目的は母体の救命にあります。

参考:常位胎盤早期剥離について

 早剥で母児死亡 刑事介入 【産科医療のこれから】

我が国の妊産婦死亡率の推移を見ると、1950年は10万分娩に対して176でしたが、2000年には6.3となりました。また、周産期死亡率(早期新生児死亡率と妊娠28週以後の死産率との合計)の推移を見ても、1950年は出生1,000に対して46.6でしたが、2000年には3.8となりました。これらのデータから、この五十年間で分娩の安全性が著しく向上したことがわかります。しかし、今でも実際には、千人に4人の赤ちゃんが、また1万人に1人の妊婦さんがお産で亡くなっているわけですから、現在の医療水準であっても、必ずしも一般に信じられているように『お産は母児ともに安全』とは限りません。

参考:日本の周産期死亡率:過去、現在、未来

****** 朝日新聞、静岡、2008年5月3日

妊婦と胎児死亡/静岡厚生病院

 静岡市葵区北番町の静岡厚生病院(玉内登志雄院長)は2日、陣痛を訴えていた女性(24)が大量出血し、妊娠40週の胎児とともに死亡する医療事故があったと発表した。同病院は静岡中央署に異状死として届け出た。同署は司法解剖して死因について調べている。

 同病院によると、女性は4月27日午前0時ごろ、同病院に電話で陣痛を訴えた。対応した助産師の判断で自宅待機するように言われたが、6時間後に再度電話して、午前7時ごろに入院。午前8時10分ごろ、産婦人科医が超音波検査で胎児の心拍が停止しているのと、妊娠中に胎盤がはがれる「胎盤早期はく離」の症状を確認した。

 病院は午前9時25分ごろ、帝王切開で胎児を取り出したが、すでに死亡していた。女性も手術中に大量に出血し、血圧が低下、午後1時40分に亡くなった。病院は同日、医師法に基づいて静岡中央署に届け出た。

 病院によると、遺族は「もっと早く入院させてくれていたら」と話したという。遺族も同日、同署に事故の申告をした。

 玉内院長は記者会見で「母子ともに亡くなった結果を招いたことに対し、遺族におわび申し上げます」と謝罪。「早期に入院していれば症状を発見できた可能性もある」と述べつつも、「やるべきことはやっており、医療過誤との認識はない」と話した。

(朝日新聞、静岡、2008年5月3日)

****** 毎日新聞、静岡、2008年5月3日

静岡厚生病院:妊婦と胎児が死亡 

遺族は「医療ミス」

 静岡厚生病院(静岡市葵区、玉内登志雄院長、265床)は2日、帝王切開の手術を受けた同市の24歳の妊婦と10カ月の胎児が死亡したと発表した。遺族は「病院がすぐに入院させなかったため措置が遅れた」などとして、静岡中央署に医療ミスがあったと届け出た。病院側も異状死として届け出ており、同署は司法解剖を行って詳しい死因を調べている。

 病院側の説明によると、妊婦は出産予定日を3日過ぎた4月27日午前0時ごろに「(26日午後)10時ごろから陣痛が始まった」と病院に連絡した。症状を聞いた助産師が自宅待機を指示。27日午前7時ごろ入院したが、検査で、胎盤が分べん前に子宮からはがれ、酸素などの供給が止まる「胎盤早期はく離」と診断され、担当医が緊急に帝王切開手術を行った。

 胎児を取り出して死亡を確認し、妊婦の縫合を終えた直後に、今度は妊婦の血圧が降下し、けいれんなどが起きた。輸血して手術を終えたが、午後1時40分に死亡した。妊婦の死因は不明という。

 胎盤早期はく離は、200~300人に1人の割合で起きる疾患で、病院側は「事前予測は不可能」と説明。玉内院長は会見で、「自宅待機は本人が納得していた。妊婦への輸血量も十分で、死因に直結する医療過誤はなかったと考えている」と述べた。

 一方、遺族は「妊婦と胎児が亡くなった原因と経緯を明らかにして、きちんと説明してもらいたい」と話している。

 同病院は、1933年設立。妊婦と胎児双方が死亡する事故は最近20年では発生していないという。【松久英子、望月和美】

(毎日新聞、静岡、2008年5月3日)

****** 読売新聞、静岡、2008年5月3日

病院 「急変予測できず」 

妊婦・胎児死亡 遺族は提訴検討

 静岡厚生病院(静岡市葵区北番町、265床)は2日、同病院で4月27日に手術を受けた静岡市駿河区の妊婦(24)と10か月の胎児が死亡する医療事故があったと発表した。玉内登志雄院長は「典型症状ではなく、急激な悪化を予測できなかった」と述べ、想定外の事態だったことを強調したが、遺族は病院の対応に不信感を募らせている。

 同病院によると、妊婦は初めての妊娠で、昨年9月から同病院に通院。妊婦は、死亡する約14時間前の27日未明、陣痛が出たため同病院に電話したが、応対した看護師や助産師が「痛みは強くない」と判断、いったん自宅待機となった。

 同日早朝、再び陣痛が強くなり入院。胎児の心音が確認できず、呼び出された産婦人科医が、分娩前に胎盤が子宮内ではがれる「胎盤早期剥離(はくり)」と診断、帝王切開したが、胎児は死亡していた。手術後、妊婦も血圧が急激に低下し、大量出血を起こして死亡した。

 胎盤早期剥離は妊婦の1%程度にみられ、胎児に酸素が供給されないため、胎児死亡率は30~50%と極めて高い。妊婦も出血を起こすことが多いが、死亡率は一般に10%未満で、妊婦、胎児とも死亡するのは「妊娠5000~1万例中に1例」(玉内院長)とまれだという。玉内院長は「胎盤早期剥離は予防できず、早期発見するしかない」と言うが、「死亡2日前の診察では異常は見られなかった」ともしている。

 妊婦の父親(55)は読売新聞の取材に、「事故当日、病院は『出血はさほどなく、(死亡の)理由はわからない』と言っていたのに。今の時代に、母子ともに死亡するなんて信じられない。提訴も検討したい」と話した。

(読売新聞、静岡、2008年5月3日)

****** 静岡新聞、2008年5月2日

大量出血の妊婦死亡、胎児も助からず 
静岡の病院

 静岡厚生病院(静岡市葵区北番町、玉内登志雄院長)は2日、陣痛を訴えて来院した静岡市内の妊婦(24)が大量に出血し、死亡する医療事故があったと発表した。胎児も助からなかった。病院と遺族はそれぞれ、静岡中央署に届け出た。同署は司法解剖するなどして過失の有無について任意捜査を始めた。

 同病院によると、妊婦は分娩(ぶんべん)予定日を3日すぎた4月27日午前0時ごろ、陣痛が始まったと同病院に電話連絡。対応した看護師、助産師は問題がないと判断し、自宅待機を伝えた。妊婦は約6時間後に再度電話で訴えて来院し、同日午前8時すぎに医師が診察したところ、既に胎児の心拍は無かった。

 母体は、胎児がまだ子宮内にいるのに胎盤がはがれてしまう症状「胎盤早期剥離(はくり)」が確認された。緊急帝王切開を行い、子宮内から死亡した胎児を取り出した。母体は3リットルを超える大量の出血があり、輸血を含む5リットル以上の輸液で対処したが、けいれんや意識レベルの低下が起こり、妊婦は同日午後1時40分ごろ死亡した。

 妊婦は昨年9月に同病院を初めて受診し、死亡2日前の4月25日の診察では母子ともに異常はなかったという。

 玉内院長は「母子ともに亡くなった結果について遺族におわび申し上げます」と述べた上で、「現段階では医療過誤との認識はない」と話した。

 病院の届け出を受けた静岡中央署は病院関係者から任意で事情を聴き、カルテなどの提出を受けた。

 胎盤早期剥離 通常、胎児が生まれた後で胎盤が子宮壁からはがれるが、胎児がまだ子宮内にいるにもかかわらず胎盤がはがれてしまう状態。胎児への酸素供給が止まってしまうため、緊急に帝王切開して胎児を取り出す必要がある。重症だと母体は大量出血に見舞われ、生命の危険に及ぶ。妊娠中毒症患者らに発症の可能性が高いと指摘されているが、正常な経過をたどっていた妊婦が突然発症するケースもあり、予測は難しいという。

(静岡新聞、2008年5月2日)

****** 読売新聞、2008年5月2日

「大量出血」帝王切開で母子死亡…静岡厚生病院

 静岡市葵区北番町の静岡厚生病院(265床)は2日、同病院で帝王切開手術を受けた同市の妊婦(24)と10か月の胎児が死亡する医療事故が起きたと発表した。

 同病院は、静岡中央署に異状死の届け出を行った。

 記者会見した玉内登志雄院長によると、妊婦は出産予定日を3日過ぎた4月27日朝に産気づき、診察を受けるなどしていた同病院に来た。胎盤が分娩前にはがれる胎盤早期剥離と診断され、医師が帝王切開したが、胎児は死亡。その後、妊婦も大量出血を起こし、同日午後に死亡した。

 胎盤早期剥離を起こすと、胎児は低酸素状態になり、妊婦も大量出血で生命に危険が及ぶことがある。胎盤早期剥離は妊婦の1%弱に起きるが、双方が死亡するケースはまれで、同病院ではここ20年間起きていないという。玉内院長は「医療行為に、死因に直結する問題はなかったと考えている。事態の重大性を考え、公表した」と述べた。

(読売新聞、2008年5月2日)

****** 共同通信、2008年5月2日

帝王切開受けた妊婦死亡 静岡県警が司法解剖

 静岡厚生病院(静岡市葵区)は2日、陣痛を訴え入院した静岡市内の妊婦(24)が先月27日、帝王切開の手術後に死亡したと発表した。同病院では「死亡に直結する医療ミスはなかった」としているが、2日までに異状死として県警に届け出た。県警が司法解剖して死因を調べている。

 病院によると、妊婦は2007年9月に初診を受け、妊娠40週だった先月27日朝、陣痛を訴え入院。医師の診察で胎児の心拍がなく、胎盤のはく離が起きていたため、同日午前9時すぎ、帝王切開手術を行い、胎児が死亡しているのを確認した。妊婦は手術中にけいれんを起こし、意識レベルが低下。手術後の同日午後1時40分ごろ、死亡した。

 玉内登志雄(たまうち・としお)院長は「患者が亡くなったことを遺族におわびしたい」としている。

(共同通信、2008年5月2日)


諏訪中央病院、産婦人科再開へ

2008年05月01日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

周産期医療は、産科医、新生児科医、麻酔科医、助産師などで大きなチームを組んで実施されます。あまりの逆風に、いったんは緊急避難的にこの業界を離れたものの、どこかに働きやすい魅力的ないい周産期医療チームがあれば、自分もぜひまた参加してみたいと考えている先生方もきっと少なくはないと思います。

もしも世の中の風向きが変わって、いったんこの業界から離れて行った大勢の先輩や後輩の先生方が、またこの業界に戻って来てくれるようなトレンドになれば、本当に心強い限りです。

Welcome Back !

****** 信濃毎日新聞、2008年5月1日

諏訪中央病院が6月出産扱い再開発表 産科常勤医2人確保

 茅野市の諏訪中央病院は30日、常勤の産婦人科医2人を確保できたとし、昨年4月から休止していた出産の取り扱いを、今年6月から再開すると正式発表した。1人は前上田市産院院長の甲藤一男医師(57)。県医療政策課によると、産婦人科医不足が問題視されるようになった近年、出産の扱いを休止し、再開する例は県内で初めてという。

 甲藤医師は体力面などの理由で、同産院を昨年末に退職していた。諏訪中央病院によると、常勤の小児科医3人、麻酔医3人、助産師8人がいて、産婦人科医の支援体制があることなどから、甲藤医師が就任を了承したという。

 もう一人の常勤産婦人科医は、すでに明らかにされていた同病院統括診療部長で、産婦人科医の経験がある吉沢徹・内科医(46)。ほかに2人の非常勤医も確保した。

(以下略)

(信濃毎日新聞、2008年5月1日)