ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

持続可能な周産期医療システムの構築

2005年12月31日 | 地域周産期医療

産婦人科医の頭数だけを見ると、名簿上はまだけっこう残っているようにも見えますが、産婦人科医の高齢化が急激に進んでおり、分娩への対応などの実戦力という点では急速にダウンしつつあります。

私自身、五十歳代の半ばで今の職場の定年退職まであと十年そこそことなり、老化現象も著しい今日この頃ですが、そんなロートルの私でも地域の産婦人科医の中では若手の部類に入ってしまいます。地域の開業の先生で私より年下は一人もいません。

現状のままでは産婦人科医は絶滅の危機です。やはり、元気いっぱいの若者がどんどん産婦人科に入ってきて、産婦人科医の平均年齢を大幅に下げてもらわないことには、この業界の先行きは非常に厳しいです。

今の現役世代が業界を去った後も、地域の周産期医療が持続・発展できるように、地域の周産期医療システムをしっかりと整えて、次代の周産期医療を担う後継者達を育成していくことが、今後の最重要課題だと考えています。


周産期医療体制の崩壊を阻止するために

2005年12月30日 | 地域周産期医療

分娩の経過が正常であれば、助産師の適切な介助のもとになるべく自然の経過に任せるべきだと思います。医療の介入は必要最小限に留めるべきです。

しかし、ハイリスク妊娠の管理や、分娩の経過が異常となった場合は、適切な時期に適切な医療介入ができる周産期医療システムを二次医療圏内に確立することが非常に重要だと思います。

最近、日本国内の多くの医療圏の産科医療で医師不足が大きな問題となっていて、地域の基幹病院で分娩の取扱いを中止し、医療圏内で異常分娩に対するバックアップ体制がなくなったために多くの産科一次施設で分娩の取扱いができなくなり、結局、産む所がどこにもなくなってしまった地域が急増しているという現実があります。

例えば、長野県においては最近2年間だけで産婦人科勤務医が20人減ってしまい、来年早々にもさらに7人の勤務医が減ってしまう見込みとのことで、県内のどの医療圏でも勤務医が急激に減っており産科医療が崩壊寸前の危機に直面しています。

万一、ある医療圏の二次医療体制が立ち行かなくなってしまうと、その近隣の他の医療圏の二次病院にも非常に大きな負荷がかかってしまうこととなり、その結果、将棋倒し的に二次医療体制の崩壊が周囲の医療圏に波及してしまいかねません。従って、各医療圏で二次医療体制を充実させることが非常に重要だと思います。

二次医療を担う地域基幹病院では、人手を要するハイリスク妊娠の管理や異常分娩の救命処置に加えて、婦人科悪性腫瘍の手術や抗癌剤治療などもあって、非常に多くの人員を要します。

本来であれば、医療圏内に、正常妊娠を扱う多くの一次施設と、ハイリスク妊娠、婦人科疾患を扱う地域基幹病院が両立し、それぞれがしっかりと連携してうまく機能するのが理想の姿であることは間違いありませんが、産婦人科医数が激減しているために、全国的に産婦人科医の再配置・集約化が避けられなくなってきたのが現状だと思われます。

今後、周産期医療の状況はますます厳しくなっていくと予想されます。今までギリギリで何とかなっていた周産期医療体制の崩壊を阻止するためには、各医療圏でこれから多くの試練を乗り越える必要があり、まさに、これからが正念場だと思います。


分娩における安全性の確保

2005年12月27日 | 出産・育児

正常分娩というのはあくまで結果であり、最終的に正常分娩になるかどうか?は分娩が完全に終了してみないと誰にも予測できません。

例えば、妊娠経過には全く異常が認められず、分娩経過も全く正常だと思っていたのに、児娩出後、一瞬のうちに3000mlを超えるような大出血となって、あたり一面が血の海となって母体の血圧も測れなくなるようなこと(弛緩出血、出血性ショック、産科DIC)も、産科では決して珍しくなく、予測はできません。そういう場合は、母体の救命のために直ちに大量の輸血を開始し、全身麻酔下の子宮摘出手術を実施する必要があります。

たまたま、そのような母体や胎児の急変がなければ、自然分娩で『いいお産』ができて本当によかったということになりますが、それは、たまたま運よく結果的に正常分娩だったということであって、万一、分娩の途中で何か緊急事態が発生すれば、自然の経過に任せるだけでは母児とも命を落とすこともあるかもしれません。

どんな大病院であっても、正常の分娩経過であれば、分娩介助の主役は助産師であり、実質において助産院の分娩介助と何ら変わりがありません。医師は単なる傍観者でしかありません。しかし、ひとたび異常事態が発生すれば、直ちに医療の力を借りないと母児の命が危険にさらされることになります。場合によっては、産婦人科医だけの力では全く手に負えなくなることも決してまれではありません。

お産で命を落としてしまっては何にもなりませんから、『いいお産』のためには(現代の医療水準に見合った)安全性確保は絶対の最低条件です。安全性を無視しての『いいお産』はありえません。

将来の周産期医療システムに関しては、それぞれの地域によっていろいろな考え方があると思いますが、安全性確保の視点だけは決して忘れてほしくないです。


分娩に伴うリスクの説明責任

2005年12月26日 | 出産・育児

正常妊娠経過の妊婦さんとその御家族に対して、分娩時に実際に起こりうる様々な産科疾患のリスクを事前に説明して、きちんと理解してもらっておくことは非常に重要なことだと私は思っています。

私の勤務する病院では、助産師さん達が両親学級用の立派なテキストを作って、妊娠中に一人当たり4回も両親学級を開催して、お産について夫婦でしっかり勉強してもらってます。特に、発症すればほとんど発症直後に死亡する、血栓性肺塞栓症、羊水塞栓症などの重要な疾患については、医師が妊婦一人一人に説明書を用いて詳しく説明し、妊婦本人と夫に必ず署名捺印してもらってます。

最近では産科医療訴訟が非常に増えてます。何か異常が起こった時に事前にその説明がなかった場合は『説明責任が果たされてない』との理由で敗訴になる可能性があります。私としては、万が一、妊娠中に何か予想外の異常が起こった時に、患者や家族から、『そんな可能性があるなんて全く聞いてなかった。知っていれば自分でももっと注意したのに...』などと後から言われるのは絶対にいやだし、病院としてできる限りの予防対策をし、異常が起こった場合は直ちに適切な処置が実施できるように万全の備えをしておきたいと、常々思っています。

『妊婦を不安にさせてはいけないから』などと言って、起こりうる産科疾患のリスクの説明を一切せず、異常が起こった場合の対応策も普段から全く考えてないような産科施設がもしこの世にあるとすれば、それは無責任きわまりない施設と私は考えます。


周産期医療の危機的状況

2005年12月25日 | 地域周産期医療

最近、産科病棟閉鎖のニュースがよく報道されます。日本産科婦人科学会の調べで、大学病院産婦人科に医師派遣を依頼している全国1096病院のうち、大学が派遣を取りやめて産婦人科閉鎖となった病院が、2003年~2004年の2年間で117施設にも上ることが判明しました。今年に入ってからも産科を閉鎖する病院はますます増えて、都心に近い公的基幹病院でも産科を閉鎖する病院が多くでてきました。また、G大学付属病院でも産科部門を閉鎖し、大学病院でもこの流れを止められないのが現状です。しかし、これはまだまだほんの始まりでしかないと多くの人が考えています。

私の居住する県も決して例外ではなく、現在、県内の多くの病院で産科の継続が困難な状況にあり、分娩を取り扱う施設の閉鎖決定が多く報道されていますが、分娩を取り扱う施設は今後もさらに減り続けてゆくであろうと予測されます。当医療圏でも、ここにきて、複数の産科施設が分娩の取り扱い中止を表明し、分娩受け入れ先が半減してしまい、非常に困った状況に陥ってます。

産科病棟では、24時間365日、時を選ばず、予測不能の母体や胎児の急変が日常的に発生します。高次医療には複数の専門医のチームワークが必要ですから、常に一定数の専門医を病院内に確保する必要があります。特に産科医療の場合は、小児科医、麻酔科医などとの連携が不可欠で、異常事態の発生頻度も非常に高く、他の診療科よりも多くの人員を常時必要とします。

少ない産婦人科医がそれぞれ別の病院で孤立して働いていると、多くの人手を必要とする産科救急にどの病院も適切に対応できなくなってしまいます。高次産科医療ができる病院が少なくなってしまえば、妊産婦死亡や周産期死亡は確実に増えてしまいます。産婦人科医数が激減している現状の医療環境において、産科医療の質を確保するためには、各医療圏内の限られた人数の産婦人科医が協力して、産科救急にきちんと対応できる医療体制を確立する必要があります。各医療圏で事情が全く異なるために、それぞれの実情にあわせて適切な対策を立案・実行しなければなりません。

全国的な産婦人科医不足のため、産婦人科医を新たに増やすのはなかなか困難な状況にあります。崩壊の危機に陥っている周産期医療を今後どのような形で担ってゆくのかについて、それぞれの地域でよく話し合い、行政(国、県、市)、医療関係者、市民、みんなでよく話し合い、一致協力して地域の産科医療を支えあい守っていく必要があると思います。