日医白クマ通信 No.397、2006年5月15日
http://www.med.or.jp/shirokuma/no397.html
茨城県医師会 萎縮医療に陥らないために(概要)
座談会「萎縮医療に陥らないために―困難な症例には対応しなくなる恐れ」が開催される。(概要)
帝王切開による出産に際して、大量出血を生じ患者が死亡した責任を問われ福島県立大野病院産婦人科医師が逮捕された事件は医療界ばかりでなく社会的にも大きな波紋を投げかけました。
医療を担う医師が外来診察中に逮捕されたことは、医療関係者に、最善を尽くしても犯罪者にされる恐れがあるという不安感を抱かせ、リスクを回避するために困難な症例には対応しなくなるという萎縮医療に陥る危険があります。
茨城県医師会では、座談会「萎縮医療に陥らないために」を、5月10日、茨城県医師会館で開催しました。出席者は、泉 陽子茨城県保健福祉部医監兼次長、野口雅之筑波大学基礎医学系(病理)教授、藤原秀臣土浦協同病院長、小松 満茨城県医師会副会長(司会)、石渡 勇茨城県医師会常任理事、小沢忠彦茨城県医師会常任理事の6名でした。
以下は、そこでの議論の抜粋です。
「このたび起きた産婦人科医師逮捕のような事態を避けるためには、医師法21 条の解釈を明確にする事はもちろんであるが、診療行為に関する死亡事故については、直ちに警察に届けるのではなく中立的な第3者機関にて検討する仕組みを作る必要がある」
「現在、茨城県でも実施されている『診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業』のような機関が有効ではないか」
「医師が萎縮医療に陥ることを防ぐためには、不可避的であった医療事故の場合、責任を医師個人に負わせるのではなく、病院組織全体として共有し、バックアップしていく体制がもとめられ、医師に責任が無くても、初期の目的に反して患者が不幸な転帰をたどった場合には 、国が補償をする「無過失補償制度」の創設が必要である」等の意見がありました。患者と医療機関との不毛な対立を解消するためには、茨城県医師会が全国に先駆けて創設した「医療問題中立処理委員会」が有効であろう等の意見交換が行われました。
文責:茨城県医師会副会長 小松 満
問い合わせ先:茨城県医師会 TEL:029-241-8446
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日医白クマ通信 No.401、2006年5月18日
http://www.med.or.jp/shirokuma/no401.html
茨城県医師会◆座談会「萎縮医療に陥らないために」(抜粋)
5月10日、茨城県医師会で行われた座談会「萎縮医療に陥らないために」の模様(抜粋)をお伝えします。(No.397で、概要は既報)
1.福島県立大野病院産婦人科医逮捕事件について
福島県立大野病院産婦人科医師の逮捕刑事起訴は医療界に大きな衝撃をもたらした。医療を担う医師が何ら事前の連絡もなく、外来診療中に犯罪者の如く逮捕された。起訴理由は、第1に業務上過失致死(刑法第211条)と、第2に医師法違反(医師法第21条異状死の届出義務)である。
外科系・産婦人科系諸団体より猛烈な抗議声明と当該医師および支援団体への支援が展開され、マスコミも大きく報道している。大学関連病院で産婦人科が一人しかいない132の施設では、分娩からの撤退を余儀なくされ、分娩医療機関の減少および重症患者・救急患者の受け入れが困難となり、萎縮医療に陥っている。
問題は医師法21条の解釈である。医師法21条は昭和23年7月に制定されたものである。当初の立法趣旨は「医師が犯罪の発見と公安の維持に協力すること」であった。
茨城県医師会は「福島事件に対する抗議声明文」を出すと共に、日本医師会に「異状死の定義(警察への届出が必要な症例の特定)と中立的異状死判定機関の創設」を求める要望書を提出した。
<異状死に関する各学会の解釈>
(1)「異状死」ガイドライン:日本法医学会/平成6年5月
診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの。注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。診療行為の過誤や過失の有無を問わない。
(2)診療に関連した「異状死」:(社)日本外科学会声明/平成13年3月
日本法医学会のガイドラインに対する抗議声明である。
(3)「診療行為に関連した患者の死亡・障害の報告」についてのガイドライン:外科関連10学会協議会/平成14年7月
何らかの重大な医療過誤の存在が強く疑われ、または何らかの医療過誤の存在が明らかであり、それらが患者の死亡の原因となったと考えられる場合には、診療に従事した医師は、速やかに所轄警察署への報告を行うことが望ましい。
(4)中立的専門機関の設置 19学会/平成16年9月30日
医療行為に関連した患者死亡の届出を受け、死体解剖を含めた分析と検証を行う中立的専門機関の設置が必要であり、その創設を速やかに実現するため、19学会が結集して努力すると決意。
(5)それを受けて、厚労省で「医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を開始したと受け止められる。
2.医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業について
厚労省が推進するモデル事業で平成17年9月より開始された。全国(東京・大阪・愛知・兵庫・茨城・新潟)で15件の取り扱いがあった。しかし、従来通り、医師法21条の解釈があいまいなまま警察への届出が本事業よりも優先され、法医・病理・臨床医による解剖と死因の究明さらに事故防止対策というこのモデル事業の役割が生かされていない。
3.無過失補償制度について
脳性麻痺と無過失補償制度創設に関しては日本医師会前執行部が取り組んだ。現執行部もこれを引き継ぎ、国会議員、地方議員などに設立への働きかけをすることになっている。産婦人科医療は脳性麻痺を主とした紛争・医療裁判が多く、臨床研修医及び医学生が産婦人科を志望しない要因となっている。当面、脳性麻痺を先行するが将来は全医療を対象とする。社会保障制度が充実した北欧は既にこの制度を取り入れている。
4.茨城県医療問題中立処理委員会について
医事紛争の中には患者側の誤解により発生するものもある。現在、医事紛争が発生した場合、会員の要請により医師会内に医事紛争処理委員会が開かれているが、外部から見れば、医療側に偏っているとの誤解を受ける可能性がある。特に、患者側にとっては、医療側に過失ありとの裁定がなされた場合でも満足できず、ましてや過失がないとの裁定の場合は、度重なる要求も起きている。まず、紛争を解決するために、患者側・医療側双方が胸襟を開いて真摯に話し合い、互いの誤解を解くことができる場(中立委員会)を設けることが必要であり、茨城県医師会が中心となり、全国に先駆けて「茨城県医療問題中立処理委員会」を立ち上げた。今後の成果が期待される。
文責:茨城県医師会常任理事 石渡 勇
◆問い合わせ先:茨城県医師会 TEL:029-241-8446
今回の事例(福島県立大野病院事件)に関しては、日本産科婦人科学会、日本産婦人医会をはじめとして、全国医学部長・病院長会議、日本医師会、日本医学会など、ありとあらゆる日本の医師の団体がこぞって、「医療ミスはなかった、正当な医療行為であった、逮捕は不当であった」と主張しています。
最近は、マスコミの論調も変わってきて、この医療事故に関する限り、「医療ミスは存在しなかった、逮捕は不当であった」というニュアンスの報道がほとんどとなってきつつあります。
このような状況でありながらも、検察側は裁判を長引かせて、あくまでも加藤医師を有罪にしようと、最後の最後まで頑張り抜くというのでしょうか?
癒着胎盤は、非常にまれながら、一定の確率で必ず誰かに発生します。私自身、産科医療に従事する限り、いつ癒着胎盤に遭遇するか全く予想もできません。癒着胎盤の治療の難易度は非常に高く、必ずしも全例で救命できるとは限りません。もしも、この裁判で加藤医師が有罪となるようであれば、産科医療に従事すること自体が刑罰に値すると断罪されたも同然で、そんなことになれば、多くの産科医が産科医療から一斉に離れていくことになるでしょう。
検察が今やろうとしていることは、産科医療だけにとどまらず、日本の医療そのものを根本から破壊しようという非常に無謀な行為だと思います。
真実は誰の目にも明らかになってきたと思うのですが、実際の裁判のゆくえは、裁判官の考え方次第で決まりますから、最終的な判決がどうなるのかは全く予断を許しません。国民みんなが、この裁判の動向を注視してゆく必要があると思います。