SIDS : Sudden Infant Death Syndrome
睡眠中の赤ちゃんの死亡を減らしましょう
それまで元気で、ミルクの飲みもよく、すくすく育っていた赤ちゃんが、眠っている間に突然死亡してしまう。これが乳幼児突然死症候群(SIDS)という病気です。事故や窒息死とは違います。SIDSは、何の予兆や既往歴もないまま乳幼児が死に至る原因のわからない病気です。平成30年には60名(概数)の乳幼児がSIDSで亡くなっており、我が国の乳児期の死亡原因としては第4位です。
SIDSの原因はまだ解明されていませんが、以下の3つのポイントを守ることにより、SIDSの発症率が低くなるというデータがあります。
1歳になるまでは、寝かせる時はあおむけに寝かせましょう
医学上の理由でうつぶせ寝を勧められている場合以外は、赤ちゃんの顔が見えるあおむけに寝かせましょう。この取組みは睡眠中の窒息事故を防ぐ上でも有効です。
できるだけ母乳で育てましょう
母乳で育てられている赤ちゃんの方がSIDSの発生率が低いということが研究者の調査からわかっています。
たばこをやめましょう
妊婦自身の喫煙はもちろんのこと、妊婦や赤ちゃんのそばでの喫煙はやめましょう。
(2006年1月14日に投稿した記事)
「ゆりかごの死―乳幼児突然死症候群(SIDS)の光と影」阿部寿未代著より抜粋
生後数カ月間の子供は、自分で寝返りがうてません。ですから、あおむけ寝で育つか、うつぶせ寝で育つかは、親が決めることです。
もともとは日本でも欧米でも、あおむけ寝あるいは横向き寝が主流でしたが、1930年代になってからアメリカで、「よく寝て手間がかからない」「頭の形がいびつにならない」などの理由でうつぶせ寝が始まりました。ヨーローッパでは、1970年代以降、イギリス、オランダ、北欧などに急速に広まりました。
オランダでは、1970年頃からうつぶせ寝が広まり始め、1980年頃には乳児の60%がうつぶせ寝で育つようになりましたが、ちょうど同じ頃、乳幼児突然死症候群(SIDS)による死亡も急増しました。1969年から1971年にかけて、オランダのSIDSは出生1000人に対して0.46人に過ぎなかったのに対して、1986年になると1.30人、1987年には1.13人と2倍以上に増えました。そこで、乳児検診や妊婦の健康指導に当たる国の機関Nationaal Kruisverenigingは、「うつぶせ寝をしないように」と指導をし始め、オランダのうつぶせ寝は急減し、1988年にはうつぶせ寝で育つ子は26.8%になりました。これに伴ってSIDSも激減し、1988年のSIDSは出生1000人に対してわずか0.76人と前年より一気に40%も少なくなりました。
イギリスでも、1991年10月にうつぶせ寝反対キャンペーンが始まり、その結果、1992年にはSIDSの数は前の年に比べて一気に46%も減少しました。
オーストラリアでは、1988年以来、(1)うつぶせ寝をしない、(2)赤ちゃんを暖めすぎない、(3)母親の妊娠中、あるいは子供の近くで喫煙を避ける、(4)できれば母乳で育てる、の4点を柱に、国を挙げてのキャンペーンが行われました。1988年頃には1000人に2人前後だったSIDSが、1993年にはわずか0.76人になりました。
ニュージーランドでも、1991年、(1)うつぶせ寝にしない、(2)母親の喫煙を避ける、(3)母乳で育てる、の3点を柱にキャンペーンが全国的に繰り広げられました。その結果、うつぶせ寝で育つ子供は、1年で全体の42%から2%まで減り、SIDSも出生1000人に対して6.3から1.3まで激減しました。
アメリカでも、1994年7月、NICHD(国立小児保健発達研究所)主導でうつぶせ寝反対の全国キャンペーンを開始し、1996年には、うつぶせ寝は24%(1992年70%)、SIDSは出生1500人に1人(1992年850人に1人)にまで減少しています。
日本では、昔からあおむけ寝が主流でした。戦後まもなく進駐軍の指導でうつぶせ寝が一時広まりましたが、日本式の柔らかい布団での窒息が続出したため、またあおむけ寝に戻り、その後はあおむけ寝育児が続いていましたが、昭和63年(1988年)~平成元年(1989年)頃、『平たい頭,胴長短足の日本人イメージは過去のもの』『欧米人のようなスタイルになる』という唄い文句に魅せられて、うつぶせ寝は瞬く間に全国的な大ブームとなりました。(日本がうつぶせ寝ブームに湧き立っているちょうどその頃、ヨーロッパでは,全く逆の「うつぶせ寝反対キャンペーン」が巻き起こっていました。)うつぶせ寝の流行に伴って、日本でも赤ちゃんの窒息死が急増しました。昭和63年に起きた赤ちゃんの窒息死は、奈良県が前年の5倍になったのを始め、各府県とも2~3倍に増えました。生後6カ月以内の赤ちゃんがほとんどで、いずれもうつぶせに寝かせたうえに家族が長時間目を離していた間に発生しました。加えて、たび重なる託児所での赤ちゃんの死亡事故が問題となりました。平成元年6月、横綱千代の富士の三女愛ちゃんがSIDSで死亡し、新聞、テレビ、週刊誌にも「乳幼児突然死症候群:SIDS」という文字が踊るようになり、全国的にこの病気の名前が知れ渡りました。
平成5年、「SIDS家族の会」が発足し、この病気に関する啓蒙活動を始めました。平成7年、うつぶせ寝で死亡した子供達の母親20人あまりが,「うつぶせ寝を考える会」を結成し、窒息事故が多いという側面からうつぶせ寝に警鐘を鳴らしています。
日本の場合、欧米と違って、原因不明の乳幼児の死亡の場合でもまず解剖されることがなく、たまたま死亡確認した臨床医(小児科医、産婦人科医、救急医など)が、死亡診断書に『SIDS』と書くか、『窒息』と書くかで、死亡原因が決定されているので、日本におけるSIDSの実態については不明な点も多いのが現状です。
うつぶせ寝は、SIDSのいくつかあるリスク因子のうちの一つですが、どこの国の統計でも、うつぶせ寝をやめさせることでSIDSの発生頻度は一気に減少しています。
コメント(私見):
低リスクの妊婦さんであっても、分娩の経過中に、常位胎盤早期剥離、危機的大出血、肩甲難産、新生児仮死などの母児の急変は一定の確率で誰にでも起こり得ます。従って、分娩を取り扱う施設では、いつ発症するかわからない母児の急変に備えて、産科医、助産師、新生児科医、麻酔科医、手術室スタッフなどの人員を24時間体制で配置しておく必要があります。
自宅分娩や助産所での分娩では、母児の急変が発症した時に、吸引分娩、帝王切開、輸血、新生児蘇生などの医療行為を実施することができません。
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【女性からのご相談】
最近ネットで、助産所でお産をして赤ちゃんを亡くした方の話を読みました。テレビなどでは、自然なお産の良い点ばかりが報道されていますが、安全面ではどうなのでしょうか? 私の友人たちも「妊娠したら助産所に行く」と言っている人が多くて不安です。
A.いつの時代においても、お産には危険が伴います。 確かに、最近は、「産み方は生き方」などといって、やたらとスピリチュアル面を強調し、お産をまるでイベントのように捉える風潮があります。 しかしいつの時代においても、お産には危険が伴います。 今日は、欧米で行われた調査を元に、日本における自宅出産および、助産所出産の危険性に着目してみたいと思います。
・・・続く
(ライタープロフィール)
Hillまゆ子/助産師/日本で助産師として総合病院勤務ののち、2004年、国際結婚を機に渡英。イギリスで看護師免許取得後、ロンドン市内の大学にて助産学を専攻、助産師資格を取得。2008年からロンドン市内の国立病院産科病棟に勤務。主に分娩室での経験を積む。プライベートでは、6年間の妊活、不妊治療を経て、2010年待望の第一子を出産。7か月間の産休取得後、フルタイム勤務と子育ての両立に苦戦。現在は夫の祖国であるオーストラリアに移住し、専業主婦、一児の母として子育て満喫中。2013年執筆活動開始。
ヒトの出産では、母児が一定の頻度で死亡するのは避けられませんし、いろいろな原因で児に脳性まひが一定の頻度で発生するのも避けられません。しかし、母児の死亡率や脳性まひの発生頻度を少しでも減らすために、周産期医療関係者は日夜努力してます。
母体死亡、死産などの母児のリスクは、分娩時に集中します。分娩のほとんどは正常に経過しますが、ひとたび分娩時に母児の異常が発生した場合は、助産師、産婦人科医、小児科医、麻酔科医などが一致協力して、迅速かつ適切に対応する必要があります。
分娩経過中に母児の状態が急変した場合には、異常発生後30分以内に児を娩出できる周産期医療体制が必要です。異常が発生してから、救急車を呼んで、どこの病院が受け入れてくれるかなかなか決まらず大騒ぎしているようでは、絶対に間に合う筈がありません。
分娩は、女性の長い一生の中でたった1回か2回かのイベントです。輝かしい新しい人生の出発点であるはずです。そこでむざむざ命を落としていたんでは、夢に描いていたその後の人生が全くなくなってしまいます。ですから、いざという時には迅速かつ適切に母児の異常に対応できるような分娩環境を選択すべきだと思います。より安全な分娩環境を選択することは、これから生まれてくる赤ちゃんに対する親としての責任でもあります。もしも自分が居住する地域にそのような周産期医療体制が整備されてなければ、分娩時に妊婦さん自身が周産期医療体制の整備された地域に出向いて、より安全な分娩環境を選択できるようにした方が得策だと思います。
****** 共同通信、2009年10月8日
出産時に世界全体で年間200万人の母子が死亡
米研究グループが報告書
【要約】 米ジョンズ・ホプキンス大などの研究グループがまとめた報告書によると、年平均の死産数は約102万人、出産直後に死亡する母子は90万4000人。また出産時に死亡する母親は約53万6000人で、このうち約42%が出産中に死亡しており、アフリカと南アジアが母子の全死者数の4分の3を占めているという。報告書は、こうした死亡例の多くは基本的な衛生管理、帝王切開など救急治療を行う医師の訓練などで防止できると述べている。しかし一方では、貧困がこうした死亡を招く主因の1つであり、富裕国ではほとんどの母親が経験のある医師や助産婦の立ち会いの下で出産しているが、貧困国ではそうした例は少ない。またほとんどの母子死亡例は医師や看護師が少ない都会から離れた農村部で発生しており、世界全体の年平均1億3600万人の新生児のうち6000万人は病院などの医療施設がない場所で出産しているという。
(共同通信、2009年10月8日)
コメント(私見):
『いいお産のためには助産師さえいれば十分だ! 正常分娩であれば産科医の存在は邪魔で、産科医はむしろいないほうがいい!産科医は異常分娩にだけ関わっていればいい!』 と考える人もいます。
しかし、正常分娩というのはあくまで結果であり、最終的に正常分娩になるかどうか?は分娩が完全に終了してみないと誰にも予測できません。
助産師と産科医とが一致協力してお産に関わっていくことが重要だと思います。どんな大病院であっても、正常の分娩経過であれば、分娩介助の主役は助産師であり、実質において、自宅や助産所での分娩介助と何ら変わりがありません。産科医は単なる傍観者でしかありません。しかし、ひとたび異常事態が発生すれば、直ちに医療の力を借りないと母児の命が危険にさらされることになります。産科医だけの力では全く手に負えないような異常事態もまれではありません。いざという時には、新生児科医、麻酔科医、脳神経外科医など大勢の医師達の助けも必要となります。
お産で命を落としてしまっては何にもなりませんから、『いいお産』のためには(現代の医療水準に見合った)安全性確保は絶対の最低条件です。安全性を無視しての『いいお産』はありえません。
◇ ◇
日本の妊産婦死亡率の推移を見ると、1950年は10万分娩に対して176でしたが、2000年には6・3となりました。また、周産期死亡率(早期新生児死亡率と妊娠28週以後の死産率との合計)の推移を見ても、1950年は出生1000に対して46・6でしたが、2000年には3・8となりました。
これらのデータから、この五十年間で日本の分娩の安全性が著しく向上したことがわかります。また、現在の日本の周産期医療は世界でもトップレベルの水準に達していると考えられます。
しかし、今の日本でも実際には、千人に4人の赤ちゃんが、また1万人に1人の母親がお産で亡くなっているわけですから、現在の医療水準であっても、必ずしも、一般に信じられているように『お産は母児ともに安全』とは限りません。
まして、万一、このまま地域から産婦人科医が絶滅してしまって、昔(五十年前)の医療水準に戻ってしまったら、現在の何十倍もの母児がお産で亡くなりかねないということを一般の人達にもよく理解していただきたいと思います。
崩壊の危機に直面している地域周産期医療体制を守ってゆくために、我々は今何をしなければならないのか?何ができるのか?それぞれの地域の実情に合わせて、長期的な視野に立って、地域全体で考えていく必要があると思います。
◇ ◇
もちろん、各地域で自前の医師確保の努力をすることも非常に重要です。しかし、地方の病院が、自前の医師確保対策だけで、必要な常勤医数を安定的に維持し続けるのは非常に難しいと思います。たとえ一時的にうまくいっているように見える病院であっても、個人的理由で突然の離職者が出現したとたんに、一気に奈落の底に突き落とされる事態となってしまいます。
地元大学の産婦人科への入局者が増えて、地域医療に理解のある教授のもとで、活発に診療・研究・教育活動が行われるようになれば、地域の産科医療問題は解決の方向に向けて大きく前進すると思います。
****** 共同通信、2009年1月16日
妊産婦の死亡率3百倍 先進国に比べ、後発途上国
【要約】 国連児童基金(ユニセフ)は15日、後発発展途上国の妊産婦の死亡率が、先進国の300倍以上に上るとする2009年版の「世界子供白書」を発表した。ベネマン事務局長は「妊産婦死亡の約80%は、基本的な医療措置さえ受けられれば避けられた」と指摘。死亡の大半を占めるアジア、アフリカの発展途上国や国際社会の取り組み強化を促した。白書によると、05年に妊娠や出産に伴って死亡した女性は世界で約53万6000人。同年のデータで、欧米や日本などの先進国で妊産婦が死亡するのは8000人に1人の割合だったが、発展途上国では76人に1人、後発発展途上国では24人に1人だった。
新年、明けましておめでとうございます。
旧年中は、多くの方々に支えていただき、みんなで知恵を絞り、みんなで力を合わせて、多くの困難を一つ一つ何とか乗り越えてきました。
本当にありがとうございました。
産婦人科を志す新しい若い仲間もだんだん増えてきつつあり、未来にかすかな希望も見えてきました。みんなで力を合わせて、今年を素晴らしい年にしたいです。
燃え尽きないように体力温存をはかりつつ、途中棄権しないで自分の責任区間を完走して、次世代にタスキをつなぎたいと思っています。
本年も旧年中と同様に、ご支援ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
コメント(私見):
産科の医療現場では、予期せぬ事態が時に起こり得ます。「産科医療補償制度」では、通常の妊娠・分娩にもかかわらず、分娩に関連して重度の脳性麻痺となった赤ちゃんが速やかに補償を受けられ、重度脳性麻痺の発症原因が分析され、再発防止に役立てられることによって、産科医療の質の向上が図られ、安心して赤ちゃんを産める環境が整備されることを目指しています。
本制度は、分娩機関(分娩を取り扱う病院、診療所、助産所)が加入する制度です。日本医療機能評価機構の産科医療補償制度に関するホームページによると、12月24日現在で、本制度の加入率は98.6%(病院・診療所:99.2%、助産所:94.8%)に達しました。加入している分娩機関では、産科医療補償制度のシンボルマークが院内に掲示されます。また、加入分娩機関は同ホームページ上でも検索できます。
****** 読売新聞、2008年12月31日
出産事故1月1日から補償 重度脳性まひに3000万円
【要約】 出産時の医療事故で脳性まひになった子どもに、医師の過失がなくても総額3000万円を支給する「産科医療補償制度」が1月1日から始まる。医師の過失の立証が困難で、訴訟が長期化しやすい出産時の事故について、早期解決と被害者救済を図るのが目的。訴訟件数が減れば、産科医不足対策にもつながると期待されている。
(読売新聞、2008年12月31日)現行制度では、親がいったん医療機関に分娩費用を支払い、出産後に健康保険組合など公的医療保険から出産育児一時金(現在は35万円)が親に支給される仕組みになっています。しかし、この出産育児一時金を他の用途に使ってしまい医療機関に分娩費用を支払わない親が増えて、昨年度だけで医療機関の分娩費用の未収金が12億円もあったそうです。そこで、来年度からは、出産育児一時金を直接、医療機関に支払うように制度を改めるとのことです。さらに、地域により分娩費用を一律に設定して、不足分を公費で上乗せして支給することにより、親が医療機関に対して分娩費用を支払わなくても済むような方向で調整しているとのことです。
『産科医、小児科医、麻酔科医などが院内に常駐し、急変時の迅速な医学的対応がいつでも可能で、いざとなれば脳神経外科医もすぐに対応してくれる施設』でも、『急変時の医学的対応がほとんど何もできない施設』でも、分娩費用が地域によりすべて一律というのでは、全く納得できません。それぞれの施設によって提供できるサービスも必要経費も全く違うのですから、地域によって分娩費用を一律に設定するのはかなりの無理があります。各施設の提供できるサービスに応じて、料金設定に大きな差があって当然だと思います。
****** 共同通信、2008年11月13日
出産一時金、額を地域別に 来秋にも、厚労省方針
厚生労働省は13日、出産時に公的医療保険から支給される「出産育児一時金」について、全国一律35万円の支給額(来年1月から38万円)を来年秋にも改め、地域ごとに異なる出産費用の実態を反映させ、都道府県別の額に変更する方針を固めた。
併せて、妊産婦や家族が医療機関の窓口で費用全額をいったん“立て替え払い”した後、健康保険組合など公的保険から一時金を受け取る現行制度も見直し。手元に現金がなくても出産に臨めるよう、健保組合などに医療機関への一時金の直接支払いを義務付ける。来年の通常国会に関連法案を提出する方針。
(以下略)
(共同通信、2008年11月13日)
****** 読売新聞、2008年11月6日
出産育児一時金、補償制度未加入の医療機関は据え置き…厚労省
厚生労働省は5日、来年1月からの産科医療補償制度(無過失補償制度)導入に伴い、現行35万円から38万円に引き上げられる出産育児一時金について、同制度に未加入の医療機関で出産した場合の一時金は35万円に据え置く方針を明らかにした。
同日の中央社会保険医療協議会(中医協)で説明した。
同制度は、出産時の医療事故で脳性まひとなった子に、医師が無過失でも計3000万円の補償金を支払う仕組み。医療機関が出産1件につき3万円の保険料を負担することから、出産費用への転嫁が予想されている。
このため、厚労省は公的医療保険が支給する出産育児一時金の3万円引き上げを決めていたが、医療機関が同制度未加入なら加算は不要と判断した。
一方、同制度への加入を促すため、厚労省は中医協に、早産など危険性の高い妊産婦の管理に加算される診療報酬は同制度への加入を請求の要件とする案を示し、了承された。
(読売新聞、2008年11月6日)
****** 共同通信、2008年11月5日
未加入先の出産は据え置き 補償制度で一時金支給額
厚生労働省は5日、産科医療で「無過失補償制度」が来年1月導入されるのに伴い、現行の35万円から38万円に支給額を引き上げる予定の「出産育児一時金」について、同制度に加入していない病院や診療所、助産所で出産した人には、引き上げ分の3万円を支給せず現行額に据え置く方針を決めた。
お産を扱う病院など約3300カ所の加入率は現在95%。厚労省は100%加入させ、安心して出産できるよう妊産婦全員をカバーしたい考えだ。
無過失補償は、出産事故で脳性まひの子が生まれた場合、医師に過失がなくても妊産婦に計3000万円を支払う制度。医療機関が負担する制度の掛け金3万円が転嫁され出産費用が高くなる見込みで、その分の出産育児一時金引き上げが決まっていた。一時金は公的医療保険から支給される。
(共同通信、2008年11月5日)
****** 毎日新聞、2008年11月5日
産科医療補償制度:診療報酬加算請求は加入が条件…中医協
厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)は5日、09年1月にスタートする「産科医療補償制度」に加入する医療機関でないと、産科・産婦人科向けの2種類の診療報酬加算を請求できないようにする方針を了承した。
産科医療補償は、通常分娩(ぶんべん)で脳性まひとなった人に対し、20年間で3000万円を支給する制度。4日現在、医療機関の加入率は95.1%だが、厚労省は「100%加入する必要がある」として、診療報酬の「ハイリスク妊娠管理加算」(1万円)と「同分娩管理加算」(2万円)を請求できる医療機関に関しては、同補償制度への加入を条件とする案を中医協に示していた。【吉田啓志】
(毎日新聞、2008年11月5日)
コメント(私見):
近年における産科管理の進歩により妊産婦死亡は著明に減少しましたが、未だに、羊水塞栓症、血栓性肺塞栓症、癒着胎盤、子宮破裂、常位胎盤早期剥離などで、母体の救命が非常に難しい重症産科疾患も一定の頻度で発症します。これらの産科疾患はまれな発症率ではありますが、いったん発症すれば急速に重症化し、最終的に救命できない可能性もあり得ます。
例えば、羊水塞栓症は、8000~30000件の分娩に1回の割合で起こる非常にまれな疾患です。分娩中や分娩直後に、突然、急激に血圧が下がり、呼吸循環状態が悪化してショック状態になるものです。重篤なものは引き続き呼吸停止、心停止となります。非常にまれな疾患ではありますが、もし発症した場合には、致死率は60~80%にも及ぶとされています。事前に発症を予測することは不可能です。本疾患が発症した場合は、発症直後にショックに対応した治療を迅速に行い、引き続いて集中治療室(ICU)での集中的な呼吸や血圧の管理、DICの治療などを行います。麻酔科医、循環器科医など大勢の専門医達がチームで治療に当たる必要がありますが、重篤例での母体の救命はきわめて困難な場合が多いのが現状です。(羊水塞栓症について)
これらの非常にまれな産科疾患について妊産婦やその御家族にしっかりと説明し、分娩のリスクについて一定の理解を得ておくことは非常に重要です。しかし、まれなリスクをあまりに強調しすぎて妊婦さん達を不安にさせてしまうのもどうかと思われますし、いくら事前に説明があったとしても、実際に妊産婦死亡となれば、残された御家族に納得してもらうのは非常に困難です。
来年1月からスタートする産科医療補償制度は、分娩機関が分娩1件に対して3万円の掛け金を支払い、分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児に対して、分娩機関の過失を証明しなくても総額3000万円の補償金が支払われる制度(無過失補償障制度)です。補償対象がかなり限定されるため、余剰金が生じる可能性も指摘されています。もしも、かなりの余剰金が生じるのであれば、妊産婦死亡や母体の重度後遺症などもこの制度の補償対象に加えることを検討していただきたいです。
****** 周産期医療の崩壊をくい止める会
福島県立大野病院事件を無駄にしないために
――妊産婦死亡した方のご家族を支える募金活動を始めます――
2008年9月22日
周産期医療の崩壊をくいとめる会 代表 佐藤章
さる8月20日に一審福島地方裁判所で加藤克彦医師に対する無罪判決が出されてから1カ月になります。加藤医師の現場復帰も決まりました。ご支援くださった多くの方々に厚く御礼を申し上げます。
しかしながら、これで物事がすべて片付いたと考えては、加藤医師も単に医療に従事する貴重な時期を無駄にしただけになりますし、何より亡くなった方やそのご家族が救われないと考えます。
当会としても、様々な取り組みを今後も続けていきたいと考えております。
出産の際に不幸にしてお亡くなりになった方を忘れず、そのご家族を支援する活動を、当会として新たに始めることといたします。
日本の妊産婦死亡率は世界屈指の低さを誇りますが、それでも年間50人ほど、お亡くなりになる方がいらっしゃいます。残されたご家族は悲しみの中、乳児を抱え大変なご苦労をなさることになります。来年からは脳性マヒを対象とした無過失補償制度も始まりますけれど、その救済の網からも漏れてしまっているのが現状です。こうした方々の生活の少しでも支えとなるよう、広く募金を募り、それを原資に支援のお金をお贈りして参ります。
次の口座で募金をお受けいたします。ご賛同いただける方の、ご協力をお願い申し上げます。
口座名:周産期医療の崩壊をくい止める会
口座番号:みずほ銀行、白金出張所、普通1516150
連絡先:周産期医療の崩壊をくい止める会 事務局
E-mail;perinate-admin@umin.net
TEL 080-7031-3032 担当 松村
コメント(私見):
来年1月からスタートする産科医療補償制度は、分娩機関が分娩1件に対して3万円の掛け金を支払い、分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児に対して、医療機関の過失を証明しなくても総額3千万円の補償金が支払われる制度(無過失補償障制度)です。
補償対象がかなり限定されるため、かなりの余剰金が生じる可能性も指摘されています。もしも、かなりの余剰金が生じるのであれば、妊産婦死亡や母体の重度後遺症などもこの制度の補償対象に加えることを検討していただきたいです。
近年における産科管理の進歩により妊産婦死亡は著明に減少しましたが、未だに、羊水塞栓症、血栓性肺塞栓症、癒着胎盤、子宮破裂、常位胎盤早期剥離などで、救命が非常に難しい母体疾患も一定の頻度で必ず発症します。これらの母体疾患は、非常にまれな発症率ではありますが、いったん発症すれば急速に重症化し、最終的に救命できない可能性もあり得ます。
非常にまれな産科疾患について妊産婦やその御家族にしっかりと説明し、分娩のリスクについて一定の理解を得ておくことは非常に重要です。しかし、まれなリスクをあまりに強調しすぎて妊婦さん達を不安にさせてしまうのもどうかと思われますし、いくら事前に説明があったとしても、実際に妊産婦死亡となれば、残された御家族に納得してもらうのは非常に困難な場合が多いです。妊産婦死亡や母体の重度後遺症などについても、無過失補償制度を創設する必要があると思います。
****** CBニュース、2008年9月16日
産科補償制度、「余剰金は返さない」
「余剰が出るのではないか」「財務の透明性を要求すべき」―。来年1月から「出産育児一時金」を3万円引き上げることを承認した厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会(部会長=糠谷真平・国民生活センター顧問)で、産科医療の無過失補償制度(産科医療補償制度)の運営に対する注文が相次いだ。一分娩当たり3万円の掛け金と国からの補助金などを合わせると、余剰金が生じるのではないかとの指摘に対し、厚労省側は「(重度脳性まひの)原因究明も一つの大きな柱になっている」と理解を求め、余剰金が出ても制度に加入している分娩機関に返還する予定はないと回答した。【新井裕充】
(以下略)
(CBニュース、2008年9月16日)
コメント(私見):
出産育児一時金が、来年1月から3万円増額されて、現行の35万円から38万円になることが決まりました。今回の出産育児一時金の増額は、すべての分娩機関が『産科医療補償制度』に加入することを前提に実施されるものです。しかし、分娩機関の同制度への加入率は、9月11日現在で、73.4%(病院・診療所:76.7%、助産所:53.3%)にとどまっているとのことです。同制度に加入していない分娩機関で出産する場合は、重度の脳性麻痺を発症しても補償金3000万円が支払われません。
医学の進歩によって、近年、妊産婦死亡や周産期死亡は激減しましたが、脳性麻痺の発症頻度(出生1000に対して2~4件程度)は減ってません。分娩を取り扱う以上、いくら取り扱う分娩の件数を少なくしぼって、低リスク分娩だけに限定しても、、一定の頻度で脳性麻痺が発症することは避けられません。これは、自然の摂理としてあるがままに受け入れなければならない厳粛な事実で、それを『社会の一般常識』としてしっかり定着させることが重要だと思います。
欲張ってあまり補償対象を拡げすぎると議論百出となってしまい、いつまでたっても無過失補償制度を創設できないので、とりあえずは、正期産の重度脳性麻痺のみに補償対象をしぼって、まず制度の運用開始を成功させようという考え方はあながち間違いではないと思います。正期産の重度脳性麻痺だけでも年間500~800人は発症しているわけですから、まず社会制度としてこの人たちの補償を確実に行うことからスタートし、その後だんだん補償対象を拡げていけたらいいのではないかと思います。この産科医療補償制度をまずは小さく産んで、今後、大きく育てていってほしいと思います。
個人的には、今回の産科医療補償制度は、強制加入の自動車損害賠償責任保険のような必要最低限の強制保険だと感じています。補償対象が、『出生体重2000g以上かつ在胎週数33週以上で、身体障害者等級1級、2級に相当する重度の脳性麻痺児』とかなり限定され、支払われる補償金も計3000万円と低額で、妊産婦が加入すべき保険として考えると、これだけでは全く不十分です。しかし、全妊産婦、全分娩機関を対象にした最低限の強制保険ということであれば仕方がないかなとも思います。将来的には、妊産婦死亡などにも給付されるもっとちゃんとした任意保険がいろいろと開発されて、自動車保険のように、『最低限の強制保険とセットでオプションの任意保険にも同時加入するのが世間の常識』となれば理想的だと思います。
****** 共同通信、2008年9月12日
来年から出産一時金38万円 新補償制度開始で3万円増
厚生労働省は12日、出産時に赤ちゃん1人当たり35万円が公的医療保険から支給される「出産育児一時金」について、支給額を3万円引き上げ38万円とすることを決めた。年内に政令改正し、来年1月から実施する。同日開かれた社会保障審議会医療保険部会で報告し、了承された。
引き上げは、来年1月から通常の出産にもかかわらず脳性まひの赤ちゃんが生まれた場合、医師に過失がなくても妊産婦に補償金計3000万円を支払う「無過失補償制度」が始まるのに伴い、制度の掛け金(出産1回あたり3万円)を医療機関が負担することで出産費用の上昇が見込まれるため。
(以下略)
(共同通信、2008年9月12日)
コメント(私見):
多くの場合、脳性麻痺の原因の特定は非常に難しく、分娩機関側に過失があったかどうか?の判断も非常に困難です。一般に『出産は正常が当たり前』と思われていますが、現実には、どの分娩機関であっても一定の確率で脳性麻痺などの不幸な結果も起きています。この一般の認識と現実とのギャップが、産科訴訟多発の原因の一つともなっています。
産科医療提供体制を立て直すために着手すべき課題は多くありますが、産科医療補償制度の創設はその中でもまず最初に着手しなければならない非常に重要な課題です。いよいよ来年1月1日から産科医療補償制度の運用が開始されます。
この産科医療補償制度では、分娩機関が支払う掛け金(1分娩当たり3万円)が補償金の財源になります。運営組織である日本医療機能評価機構は、契約先の民間損害保険会社(東京海上日動火災保険など6社)に保険料を支払います。事故発生時には、分娩機関が運営組織を通じて保険金を受け取り、脳性まひ児と家族に補償金として計3000万円を支払う仕組みです。来年1月以降の分娩に適用し、補償対象は年間で500~800人と見込まれています。
この制度では分娩機関が1分娩あたり3万円を負担することになるので、妊産婦が医療機関の窓口で支払う出産費用がその分増額されることが予想されます。そのため、厚生労働省は「出産育児一時金」の支給額を、現行の35万円から3万円引き上げ、38万円とする方向で検討に入ったとのことです。
分娩機関が制度に加入していないために補償を受けられない事態を防ぐため、厚生労働省や同制度を運営する日本医療機能評価機構では、すべての分娩機関に加入を呼び掛けてきました。しかし、全国3345か所の分娩機関のうち同制度に加入しているのは、9月3日現在2319か所で、加入率は69.3%(病院・診療所:72.5%、助産所:50.2%)にとどまっていることが判明しました。加入は8月にいったん締め切られましたが、加入率が低いため期間を延長。来年1月の制度創設に間に合うよう、9月中の加入を引き続き呼び掛けています。
産科医療補償制度の加入に関する問い合わせは、
日本医療機能評価機構 03(5800)2231 まで。
詳しくは、同機構のホームページで。
参考記事:産科医療補償制度の開始
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日本医療機能評価機構のホームページより引用:
我が国の産科医療については、過酷な労働環境や医事紛争が多いことなどにより、分娩の取扱いをやめる施設が多く、産科医療の提供が十分でない地域が生じています。
さらに、産科医になることを希望する若手医師が減少していることなどの問題点が指摘されており、産科医不足の改善や、今後の産科医療提供体制の確保は、我が国の医療における優先度の高い重要な課題となっています。
こうした課題を解決し、安心して産科医療を受けられる環境整備の一環として、産科医療補償制度の早期創設が求められております。
本制度は、脳性麻痺となった児およびその家族の経済的負担を速やかに補償するとともに、事故原因の分析を行い、将来の同種事故の防止に資する情報を提供することなどにより、紛争の防止・早期解決や産科医療の質の向上を図ることを目的としています。また、原則として全ての分娩機関の加入が求められるなど、多くの関係者や社会のご理解によって支えられる制度であります。
(引用終わり)
脳性麻痺は、『受胎から新生児期までの間に、脳の運動野の形成異常や損傷により、運動と姿勢を制御する能力が損なわれた状態を総称する病態で、進行性の神経疾患を除く。』と定義され、一定の確率(出生1000に対して平均 2件程度)で発生します。
従来は脳性麻痺の多くは分娩時低酸素症に起因すると考えられてきましたが,最近の研究では、分娩時低酸素症に起因する脳性麻痺の頻度は10%未満であり、70~80%は出生前の因子(絨毛羊膜炎、未熟性、子宮内感染など)が関っているとされます。
多くの場合、脳性麻痺の原因の特定は非常に難しく、過失があったかどうかの判断も非常に困難です。一般に『出産は正常が当たり前』と思われていますが、現実には一定の確率で脳性麻痺などの不幸な結果も起きています。この一般の認識と現実とのギャップが、産科訴訟多発の原因の一つともなっています。
産科医療立て直しのために着手すべき課題は多くありますが、産科医療補償制度の創設はその中でもまず最初に着手しなければならない非常に重要な課題です。いよいよ来年1月1日から産科医療補償制度の運用が開始されます。
本制度の補償対象は、原則として出生体重2000g以上かつ在胎週数33週以上で、身体障害者等級1級、2級に相当する重度の脳性麻痺児となります。在胎週数28週以上33週未満の場合でも一定の条件を満たせば補償対象となる場合もあります。先天性要因などの除外基準に該当する場合は補償対象となりません。補償対象であるかどうかは、日本医療機能評価機構が、中立・公正な立場から一元的に審査を行います。
審査によって補償対象と認定された児に対して、住宅改造費、福祉機器購入などの準備一時金として600万円と、看護・介護費用として総額2400万円を児が20歳となるまで分割して給付します。
本制度の補償対象となる者は概ね500~800人程度と見込まれます。保険料 3万円は医療機関が負担することになりますが、妊婦が支払う出産費用に上乗せされるとみられ、このため厚生労働省は健康保険の出産育児一時金を引き上げる方針とのことです。