ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

続・今回の母体死亡事例に関する私見

2006年02月28日 | 大野病院事件

私には法律に関する知識は全くなくてよくわかりませんが、報道によれば、K医師が逮捕された理由は、『業務上過失致死と医師法違反の容疑』とのことでした。すなわち、『癒着胎盤で、大量出血の恐れがあることを認識しながら、輸血準備などが不十分なまま、十分な検査や高度医療が可能な病院への転送などをせず、はさみで胎盤を子宮から無理に剥離し、女性を死亡させた疑い。また、医師法が規定する24時間以内の警察への届け出をしなかった疑い』なんだそうです。

インターネット上で公開されている『事故調査委員会の報告書』に記載されているように、今回の症例が、後壁付着の前置胎盤であったとすれば、胎盤付着部は前回帝王切開の子宮切開創とも無関係ですし、通常の検査では癒着胎盤を予想することは不可能です。

この病院が地域で唯一の(1次も2次も兼ねていた)産科施設であったことから、前置胎盤の帝王切開で遠方の大学病院などに母体搬送しなかったのは当然であると考えられます。(私自身、今までに、前置胎盤の帝王切開を理由に大学病院に母体搬送したことは一度も記憶にありません。)

また、この事例では手術前に術中の出血に備えて1,000mlの輸血用の血液(濃厚赤血球)が準備されていました。報告書では、輸血準備量が1,000mlでは不十分で少なくとも2,000mlは準備すべきであったなどと記載されていますが、実際の出血量は20,000ml!であったわけですから、輸血準備量が1,000mlであろうと2,000mlであろうと実際問題としては焼け石に水で、いざという時には準備血液量が2,000mlばかりでは全然足りません。

手術時の状況の詳細はわかりませんが、K医師は困難な状況の中で子宮摘出手術は完遂しているわけですし、与えられた不十分な環境の中で産婦人科医として実施すべき仕事は全力を尽くして立派にやり遂げているわけです。オーダーした輸血用血液が到着するのに1時間以上かかったのは、血液センターとの距離の問題であり、K医師の責任ではありません。

病院では毎日多くの患者さんが医療の甲斐なく亡くなってます。産科診療も例外ではなく、医師が全力を尽くして医療を行っても、結果として母体や胎児・新生児が死亡することはいくらでもあり得ます。医療ミスによる死亡でない場合は、24時間以内の警察へ届け出の義務はありません。

今回の事例で、万一、担当医師の有罪が確定するようなことがあれば、『このような医療環境下で帝王切開を実施したこと自体が罪に問われる』ことになってしまい、『我が国において、この病院と同じ条件の病院では帝王切開の実施が法的に一切禁止された』と解釈せざるを得なくなります。また、通常の経膣分娩であっても、分娩経過中に胎児仮死などでいつ緊急帝王切開が必要になるかわかりませんから、『産科医、新生児科医、麻酔科医などのマンパワーが充実し、いつでも大量輸血に対応できる病院以外では、産科業務は今後一切法的に禁止された』と解釈せざるを得なくなってしまい、地方の産科医療は完全に絶滅すると思います。また、そうなれば影響は医療全般に及び、産科だけの問題では済まないと思います。


話題となっている母体死亡事例に関する私見

2006年02月26日 | 大野病院事件

癒着胎盤の帝王切開中の出血量は、時にあっという間に10~20リットルとかになってしまい、半端な出血量ではありません。いくら術前に血液を準備していたとしても、通常の輸血準備量では全く足りないことも時にあり得るので、大量の輸血用血液を手術中にただちに用立てることがきるかどうか?が患者の生死を分ける非常に大きなポイントとなります。産科医にとっても麻酔科医にとっても非常に対応が難しい、救命困難な疾患です。医師個人の能力というよりも、病院の体制として対応可能かどうかの問題です。

今回話題となっている癒着胎盤の母体死亡事例で、手術中に母体死亡となってしまった一番の原因は、マンパワー不足と、輸血の対応の遅れ(大至急で血液をオーダーしても血液が病院に届くのに1時間以上を要したらしい)であったことは誰もが認めているところです。

妊娠したのに我が子を抱くこともできず亡くなられた患者様やそのご家族の皆様のご無念は筆舌に尽くしがたく、心よりご冥福をお祈り申し上げます。その思いは、全力を尽くしても患者様の命を救うことができなかった担当医だった先生が一番強く感じておられることと推察いたします。

報道等で今までに判明している事実から普通に推察されることは、今回逮捕されたK医師は、死亡した患者様と同様に、不備な医療システム(マンパワー不足、大量輸血に対応できない病院の体制)の『犠牲者』であり、決して、法を犯したり、医療ミスを犯してそれを隠蔽しようとした犯罪者ではないと考えられます。むしろ、その不備な医療システムのもとでの産科業務をK医師に命じ、その不備な医療システムを不備と知りながら放置し続けた行政や病院幹部にこそ非常に大きな責任があると考えられます。

K医師は、納得できるような理由が全く不明のまま、なぜか突然逮捕され、今も留置所に拘留され続けています。逮捕後にはこの事件に関するマスコミの続報は全くありません。現代の法治国家の中で、こんな理不尽なことが許されるのでしょうか? 

一体全体、どうなっているのでしょうか?


母体死亡事例の少し詳しい経緯

2006年02月25日 | 大野病院事件

*********** 私の主観

情報が真実であるとすれば、K医師は与えられた環境の中で最善を尽くし、実施すべき仕事はちゃんと普通に実施していたことになると思われます。癒着胎盤で予期せぬ大出血が始まったら、分娩場所がどこであれ、母体の救命は困難となります。マンパワーが充実し、かつ大量の輸血がいつでも可能な施設であれば、母体を救命できる確率は少し高くなりますが、それでも全例において母体を確実に救命できるという保証は全くありません。ましてや、産婦人科医一人だけの病院、血液のストックがなくて血液センターまで遠距離の病院、麻酔科医のいない病院などでは、母体の救命はきわめて困難と思われます。病院は決して医療の結果を保証することはできません。それぞれの病院の状況により、救命率に天と地ほどの大きな差が生じるのは当然です。自宅から遠くて通院に不便であってもより安全な病院を選ぶのか?、自宅近くの通院に便利な病院を選んで危険は十分に覚悟の上で分娩に臨むのか?は、妊婦さん自身がそれぞれの自己責任で選択することだと思います。

ネット上の情報: 後壁付着の前置胎盤で、妊娠36週の予定帝王切開だった。助手は外科医で、麻酔科専門医の管理下の手術(硬膜外麻酔+脊椎麻酔)であった。事前に濃厚赤血球5単位の準備がしてあった。子宮摘出の可能性も事前に説明してあった。手術中に大出血が始まり、事前に用意した輸血を使い果たし、新たに血液をオーダーしたが、その血液の到着に時間がかかりすぎた。手術中に全身麻酔に移行し、子宮摘出は完遂したが、結局は術中死となった。手術中の総出血量は約20,000mlで、手術中に濃厚赤血球25単位、新鮮凍結血漿15単位の輸血を行った。


医師の集約化、地域連携、および次世代の育成

2006年02月23日 | 地域周産期医療

いくら気合を入れて頑張ったとしても、1人の人間にできることには大きな限界があります。また、1人でいくら優れた医療を実践していたとしても、高齢になれば必ず引退しなければなりません。周産期医療の地域連携および次世代を育成してゆく確固としたシステムの構築に成功すれば、1人1人の医師がやがて高齢となって次々に引退していったとしも、そのシステムは、次世代に引き継がれて将来発展してゆく可能性があると思います。

例えば、年間分娩件数二百件程度の公立病院産婦人科で、一人医長として孤軍奮闘して頑張り続けるのは、24時間365日、常に緊張を強いられるとんでもない激務ですが、安全な医療は実施できませんし、そこで何年頑張って働いていたとしても、一人前の医師としてのちゃんとした技量を磨くだけの十分な指導も受けられないし、十分な臨床経験を積むことも難しい(症例数が少なすぎる)気もします。また、その一人の医師が過労で燃え尽きてしまったら、その瞬間にその地域の周産期医療は終焉を迎えることになってしまいます。一人医長で無理して頑張り続けるのは、医療の質も低下しますし、長い目で見れば、決して地域住民のためにもならないと思います。

やはり、医師を集約化して、最低でも十人程度の産婦人科医が所属する施設で、最低でも年間分娩件数二千件程度を扱い、経験豊富な医師達が経験の浅い医師達を教育しながら十分な経験を積ませてゆくというような教育システムが絶対に必要だと思います。今後はそういうマンパワーおよび教育システムのしっかり整った病院にしか若者は集まって来ないだろうし、病院としても生き残ってゆけないと思います。


今後の周産期医療の方向性について

2006年02月21日 | 地域周産期医療

いろいろな立場からの多数のご意見をいただき、誠にありがとうございます。気がついたら、非常に多くのコメントが登録されていて、正直びっくりしています。アクセス数も一晩で三千を軽く超えており、この問題に対する世間の関心の高さを痛感しています。

今回の事例についての詳細は、報道以上のことは全くわかりませんが、ここで共通認識としてはっきりとしておかなければならないことは、

一般論として、
・ 癒着胎盤の術前診断は不可能である。
・ 癒着胎盤は非常にまれで、普通の産婦人科医が一生で1回遭遇するかしないかくらいの頻度である。
・ 帝王切開をしてみたらたまたま癒着胎盤であった場合、大量輸血の準備もなく、麻酔科医も常駐していない病院で、産婦人科医1人だけでの対応であれば、誰が執刀していても母体死亡となる可能性が非常に高い。

癒着胎盤以外にも、羊水塞栓症や血栓性肺塞栓症、常位胎盤早期剥離など、予測不能で母体死亡となる確率の高い疾患は多くあり、産科診療を続ける限り、自分がいつそのような症例に遭遇するかは全く予測できません。今の状況のままで産科診療を続けていては、自分もいつ逮捕されてもおかしくないので、非常に身の危険を感じています。

私自身、現在勤務している病院で1人医長で孤軍奮闘していた時期も長くありましたし、自分の身の危険を感じるような危ない症例にも何回も遭遇してきました。私が今まで逮捕されずに過ごせてきたのは単に運がよかっただけで、明日にでも、必然的に逮捕されてしまうような症例に遭遇するかもしれません。

今後の方策として考えられることは、

・ 分娩リスクの周知徹底、すなわち、『お産は母児とも無事で当たり前』という世間一般の常識を根底から覆すこと。
・ 無過失補償制度の産科医療への早期導入。
・ 人員・設備の十分に整った周産期センターに分娩を集中させること(医師の集約化)。

現状のままでは、そう遠くない将来に、産婦人科医は本当に絶滅してしまうと思います。『自分の家の近くでお産ができないから何とかしろ』というような地域住民の署名活動は、個人的には、現状を理解してない全く問題外の活動だと感じてます。地域住民に分娩リスクについての知識を周知徹底させる必要があります。

この問題は、単に、一医師、一病院、一地域の問題ではなく、国策によって早急に対応すべき非常に重要な国家的問題です。


癒着胎盤で母体死亡となった事例

2006年02月19日 | 大野病院事件

************私の感想

癒着胎盤は非常にまれで、事前の予測は不可能なことがほとんどです。正常の妊娠経過で正常の経膣分娩後であっても、児の娩出後に胎盤が剥がれず大量出血が始まれば、そこで初めて癒着胎盤を疑い、緊急で子宮摘出手術を実施しなければなりません。その際には、大量の輸血も必要ですし、手術中に大量の出血により母体死亡となる可能性も当然あり得ます。

どの癒着胎盤の症例でも、児が娩出する前には癒着胎盤を疑うことすら不可能の場合が多いです。今回報道されている事例は、帝王切開ですから、当然、手術前には癒着胎盤の診断がついてなかったと思われます。手術中に、児を娩出した後、胎盤がどうしても剥離しないで大量の出血が始まり、初めて癒着胎盤とわかったと考えられます。大量の輸血の準備をして帝王切開に臨むことは通常ありえません。また、帝王切開は腰椎麻酔で実施されることが多いですが、大量の輸血の準備もなく、腰椎麻酔のままでは、帝王切開から子宮摘出手術に移行すること自体が非常に危険です。麻酔科医がその場にいなければ、手術中に腰椎麻酔から全身麻酔に移行することも不可能です。

ですから、今回の事例では、誰が執刀していても、母体死亡となっていた可能性が非常に高かったと思われます。帝王切開をしてみたら、たまたま癒着胎盤であったケースで、母体を救命できる可能性があるのは、いつでも大量の輸血が可能で、複数の産婦人科専門医が常勤し、麻酔科医も常駐している病院だけだと思います。そういう人員・設備が整った病院であっても、帝王切開中に突然大量の出血が始まれば、全例で母体を救命できるという保障は全くありません。

今回の事例は、術前診断が非常に困難かつ非常にまれな癒着胎盤という疾患で、誰が執刀しても同じく母体死亡となった可能性が高かったのに、結果として母体死亡となった責任により執刀医が逮捕されたということであれば、今後、同じような条件の病院では、帝王切開を執刀すること自体が一切禁止されたと考えざるを得ません。

産科診療に従事していれば、母体や胎児の生命に関わる症例に遭遇することは日常茶飯事です。我々は、この生命の危機に直面した母児の命を助けるために帝王切開などの危険な緊急手術を日常的に実施していますが、手術の結果が常に患者側の期待通りにいくとは全く考えていません。産科では、予測不能の母体死亡、胎児死亡、死産は、一定頻度でいつでも誰にでも起こり得るという事実を全く無視して、結果責任だけで担当医師が逮捕される世の中になってしまえば、今後は危なくて誰も産科診療には従事できません。今後の産科診療に非常に大きな影響を与える重大事件だと思います。

新聞記事より*****

帝王切開で出血死、福島県立病院の医師逮捕

 福島県警富岡署は18日、同県大熊町、県立大野病院の産婦人科医師○○○○容疑者(38)(大熊町下野上)を業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の疑いで逮捕した。

 医師が届け出義務違反で逮捕されるのは異例。

 調べによると、○○容疑者は2004年12月17日、同県内の女性(当時29歳)の帝王切開手術を執刀した際、大量出血のある恐れを認識しながら十分な検査などをせず、胎盤を子宮からはがして大量出血で死亡させた疑い。また、医師法で定められた24時間以内の所轄警察署への届け出をしなかった疑い。胎児は無事だった。

 医療ミスは、05年になって発覚。専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪。加藤容疑者は減給1か月の処分となった。

(2006年2月18日  読売新聞)

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癒着胎盤での帝王切開は未経験

…逮捕の産婦人科医

 福島県大熊町の県立大野病院の産婦人科医師○○○○容疑者(38)が業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反容疑で逮捕された事件で、○○容疑者が数多くの出産に立ち会っていたものの、今回死亡した被害者のように、子宮と胎盤が癒着している状態での帝王切開手術の経験はなかったことがわかった。

 県病院局によると、○○容疑者は、医師免許を取得して9年目の中堅医師で、2004年4月に同病院に赴任後、唯一の産婦人科医として年間200回の出産に立ち会っていた。

 しかし、「癒着胎盤」の状態で帝王切開が行われたのは03、04年度、産婦人科がある4つの県立病院で今回のケースが唯一で、○○容疑者も経験がなかったという。

 県は昨年1月、専門医らで作る調査委員会を設置。同3月に、事故の要因を「癒着した胎盤の無理なはく離」「対応する医師の不足」「輸血対応の遅れ」などと結論づけ、遺族に謝罪していた。県は遺族と補償問題について交渉中という。

 会見した秋山時夫・県病院局長は、警察へ届け出なかったことについて、「当時、医療過誤という判断はなかった」と釈明した。

(読売新聞) - 2月19日0時30分更新

肩甲難産について

2006年02月18日 | 周産期医学

肩甲難産(Shoulder dystocia)とは、『児頭が娩出されたあと、通常の軽い牽引で肩甲が娩出されない状態』です。肩甲難産の予測は困難であり、現在のところ有効な予防対策はありません。

肩甲難産の母体合併症:弛緩出血、産道裂傷など。

肩甲難産の新生児に対する障害:上腕神経麻痺、鎖骨骨折、低酸素脳症、児死亡など。

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肩甲難産での推奨項目(ACOG Practice Bulletein, 2002)

レベルB
・ 肩甲難産は、どのような胎児が肩甲難産になるかを予測する適切な方法がないため予測したり予防することは困難である。
・ 巨大児分娩が推測されるすべての妊婦に対する分娩誘発や選択的帝王切開は推奨できない。

レベルC
・ 肩甲難産の既往がある場合は、推定体重、妊娠週数、母体の耐糖能、前回の肩甲難産の程度を考慮して、帝王切開の利益、不利益を患者と相談して分娩様式を決めるべきである。
・ 胎児が5,000g以上の推定体重の場合や糖尿病合併妊婦で4,500g以上が予測される場合は、予防的帝王切開が考慮されるかもしれない。
・ 肩甲難産の解除や合併症の減少に対してはどの方法が他の方法より優れているかエビデンスはない。しかし、第1選択としてはMcRoberts法が納得できる方法である。

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McRoberts法: 妊婦の両足を分娩台のステップからはずして大腿の前面を腹部に強く押し付ける。これと同時に恥骨上部を助手が圧迫し、恥骨の裏に陥入した肩を開放する方法である。

Woods法:術者は児の後在の肩の後ろに手を入れ肩を前方に180度回す。この操作により前在の肩が開放される。術者は後在の腕を手繰り、手を握って児の胸から顔をなでるような形で上腕を娩出させる。

糖尿病合併がない場合で児の体重が4,000g以上を選択的帝王切開した場合、1例の永続的な神経麻痺予防のため2,345例の帝王切開が必要と推測される。帝王切開での母体死亡を、10万に対して13.5とすると、3.2例の上腕神経麻痺を予防するため1例の母体死亡が予測される。従って、一般妊婦で巨大児出生が予測される場合の選択的帝王切開は推奨されない。(Dwightら、1996)

肩甲難産に対して従来からさまざまな対策が検討されてきましたが、現在のところ有効とされる予測法、予防法はなく、発症後のすみやかな対応の重要性が強調されています。

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肩甲難産発症の対応 (Cunninghamら、2001)

1) 人を呼ぶ。
2) おだやかな牽引を試みる。導尿を行う。
3) 会陰切開を広げる。
4) 軽く児の頭を牽引しながら、助手が恥骨上を圧迫する。
5) McRoberts法。
6) Woods法。
7) 後在の上腕の娩出。
8) 鎖骨骨折。上腕骨折、Zavanelli法(児頭を子宮内に戻し帝王切開を実施する)などを考慮する。

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参考文献:山口暁ら、肩甲難産、周産期医学(2006年1月、p 41~45)


将来の産婦人科医療を支える新人医師の育成

2006年02月15日 | 地域周産期医療

従来は、医学部学生の産婦人科への勧誘、新人の育成などは、すべて大学医学部の役割でした。従来、われわれ市中病院に勤務する医師には、医学部学生との接点は全くなかったし、医学部卒業後の医師の初期研修に関わることも全くありませんでした。

しかし、最近、卒後臨床研修制度が大きく変更されて、医学部卒業後の2年間で主要な科をローテートする卒後初期臨床研修が義務化され、医学部卒業後の最初の研修先として、従来の大学だけではなく、市中病院も多く選ばれるようになりました。当院でも多くの初期研修の医師が在籍し、6週間ずつ当科で産婦人科研修をしています。また最近は、医学部学生の臨床実習を市中病院で実施することも多くなり、当科でも医学部学生の臨床実習が行われています。

ですから、われわれ市中病院に勤務する医師も、医学部学生と多く接するようになったし、医学部卒業後の医師の初期研修にも深く関わるようになりました。せっかく学生や研修医達との接点ができたので、できるだけ魅力的な産婦人科研修ができるように努めています。産婦人科入局の勧誘も熱心に行っています。私の勧誘の具体的な成果はまだ全然でていませんが...

また、大学医局から1~2年間のローテーションで派遣されてくる若い産婦人科医達は、毎日ここで様々な症例を経験しています。当産婦人科チームの一員として思う存分に働き、大いに学び、多くの基本技術をしっかりと身につけて習熟してほしいと思っています。多くの若い産婦人科医達がここから巣立って、さらに大学などで大きく成長して、現在、県内各地で大活躍しています。

今後も、我々のできる範囲で、将来の県内の産婦人科医療を支える新人医師の発掘・育成に大いに協力していきたいと思っています。また、基本資格である産婦人科専門医資格を取得した中堅医師達に対して、大学やこども病院とも密に連携して、周産期(母体・胎児)専門医や婦人科腫瘍専門医などのサブスペシャリティ専門医資格を目指して修練する場を提供できるように、病院の体制をしっかりと整備してゆきたいと考えています。


産婦人科医の急減&高齢化について

2006年02月12日 | 出産・育児

当県では、最近2年間だけで計20人の産婦人科勤務医が職場を去り、県内の産婦人科勤務医数はどんどん減少しています。そのため、分娩取扱いを中止したり、産婦人科そのものの閉鎖を余儀なくされた病院が多く報道されています。今年に入ってからも、その産婦人科医減少の流れは止められず、今年3月までにさらに7人の退職が決定しています。今後も産婦人科医減少の流れはさらに加速される可能性が高く、産婦人科勤務医数の減少、高齢化が急激に進んでいます。

私自身、五十歳代の半ばで今の職場の定年退職まであと十年そこそことなり、老化現象も著しい今日この頃で、いつ健康を害して働けなくなってしまうか全くわからなくなってきましたが、そんなロートルの私でも地域の産婦人科医の中では若手の部類で、当地域の開業の先生で私より年下は一人もいません。

現在、県内の各地域で残り少なくなってしまった現役産婦人科医の平均年齢はどんどん上がっており、5年後、10年後には定年退職などですでに引退している者も多いはずです。やはり、元気いっぱいの医学部卒業したての若者達がどんどん産婦人科に入ってきて、産婦人科医の平均年齢を大幅に下げてもらわないことには、この業界の先行きは非常に厳しいです。

私を含めて今現役で働いている産婦人科医の多くが引退して業界を去ってしまっているであろう、5年後、10年後以降も、当地域の周産期医療・婦人科腫瘍診療などが持続・発展してゆけるように、
 ① 当院の人員・設備を完備させ、地域内の病病連携、病診連携を強化して、当地域の周産期2次医療体制を充実させること。
 ② 魅力ある研修体制(すなわち、学生の臨床実習、卒後初期臨床研修、産婦人科専門医資格の取得をめざした後期研修、周産期専門医や婦人科腫瘍専門医などのサブスペシャリティ専門医資格の取得をめざした研修)を充実させて、次代の産婦人科診療を担う後継者を発掘・育成すること。
などが、絶滅寸前にあるわれわれ現役産婦人科医の最重要課題であると考えています。

しかし、産婦人科医減少の問題は、一個人、一病院、一地域の努力だけでは決して解決できない非常に難しい問題です。上記課題の達成のために、当地域として実行可能なことは着実に実行してゆく必要があると考えていますが、やはり根本的には国レベルの政策でないと解決できない多くの問題があると思います。


「無過失補償制度」の産科医療への導入について

2006年02月11日 | 出産・育児

現行の医療過誤裁判では、そもそも『現実の医療の実際には全く無知である裁判官が裁く』というやり方自体に根本的な無理があることは誰の目にも明らかです。最近報道された判例を見ても、『判例の中での医療の常識が、現実の医療の中での常識とは全くかけ離れている』ような場合も少なくないと思われます。『紛争中の事例で実際に医療過誤があったのかどうか?』を学会などの第三者の専門医集団が判定する仕組みを取り入れる必要があると思います。

また、裁判は勝ち負けの世界で、医療過誤と判定して無理矢理にでも医療側敗訴としてしまわないことには患者を救済できないため、患者救済(弱者救済)という観点から(エビデンスとは関係なく)医療側敗訴となってしまう場合もあるのではないか?と考えられます。

上記の記事のように、『無過失補償制度』を産科医療に今後導入しようという動きがあります。この仕組みでは、患者が補償を受けるために医療側の過失の有無を証明する必要がないので、患者救済という観点からは望ましい一面があります。また、この新しい制度が導入されることにより、今後、不毛な産科医療訴訟をある程度は回避できるかもしれません。しかし、実際にこの制度を立ち上げようとする際には、誰が負担金を支払うのか?ということがまず大きな問題になると思います。

******毎日新聞ニュースより (2005-04-02)

医療事故時に、医療従事者の過失の有無にかかわらず患者や家族に金銭補償する「無過失補償制度」の導入を国に求める提言を、厚生労働省の研究班がまとめた。患者に加え、事故責任をめぐる訴訟の重圧から逃れられる医療従事者にも利点がある。医療ミス隠しも減ると期待され、再発防止策も立てやすくなるという。医師や患者の新たな金銭負担は必要だが、研究班は「訴訟が多く賠償額も高額な出産時の脳性まひなどだけでも試験的に始めるべきだ」と、早期の実現を求めている。

スウェーデンやフィンランドでは「無過失補償制度」が社会保障制度として確立している。英国では重い障害が起きた事故、仏では国立病院での医療事故を対象にこの制度が導入されている。

研究班は、これらの国の事例を検討した。その結果、患者側にも医療従事者にも大きなメリットがあるうえ、導入した国では医療事故も減少傾向にあると結論づけた。

一方、日本の医師や病院が加入する賠償保険は、訴訟などで医療従事者の過失が認定されるか、医療機関が示談に応じた場合しか患者側は補償を受けられない。だが、医療従事者の過失が明白なケースは1割ほどで、残りは解決が長引く傾向がある。

研究班は、医師不足が深刻な産科や小児科の問題点を探り、改善策を提言するため02年度に結成された。医学生へのアンケートでは、産科が敬遠される理由として、医療事故による訴訟の多発が挙がったため、「無過失補償制度」の国内への導入を検討した。

導入に必要な費用が課題となるが、脳性まひを対象にした研究班の試算では、支払額は年間約360億円と予想した。産科医が出産1件につき2万円の掛け金を負担し、年間の出産数(約110万件)から約220億円を工面し、残りを公的補助でまかなうことを提案している。事故の原因究明などに当たる独立機関の設置も盛り込んだ。

(以下略)

(以上、毎日新聞、2005-04-02より引用)


前置胎盤の出血

2006年02月08日 | 出産・育児

*****記事を読んだ私の感想

前置胎盤では、いったん出血が始まれば、またたく間に大量の出血となる場合が多く、緊急に大量輸血しても全然追いつかないような緊迫したケースもよく経験します。ですから、妊娠31週前置胎盤で出血が始まれば、母体の救命を目的として帝王切開を実施するのは当然のことだと思います。また、妊娠31週で児を娩出すれば、時に児が脳性麻痺となる場合も当然あり得ます。今後、今回のような事例が裁判で医療ミスとみなされて、1億円を越す損害賠償を科せられるようでは、前置胎盤で出血が始まっても今後は帝王切開は一切実施できないということになってしまいます。今後は前置胎盤の妊婦は出血多量で死亡するしかないということなんでしょうか?このような判決を社会が許してしまっても本当にいいのでしょうか?この判決に誰も抗議しようとはしないのでしょうか?このような社会状況の下では、全国的な産科閉鎖ラッシュの大きな流れは今後もますます加速されてゆくものと予想されます。

*******徳島新聞(2月7日付)より

県側の敗訴確定 中央病院脳性まひ訴訟、最高裁が上告棄却

 徳島県立中央病院で帝王切開し、出産した子供が脳性まひになったのは医師の不適切な対応が原因として、大阪府の両親らが県に約一億六千万円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁は六日までに県の上告を棄却した。病院側の医療ミスを認め、県に約一億一千万円の支払いを命じた二審大阪高裁判決が確定した。

 二審判決によると、母親は一九九二年六月、同病院で帝王切開することが多い「前置胎盤」と診断され入院。医師は「いつ大出血が起こるか分からない」などとし、子供が三十一週の段階の七月に帝王切開した。

 一審の大阪地裁堺支部は、両親らの請求を棄却。二審の大阪高裁は一審判決を変更し、子供が三十一週の段階で、少量出血する程度だったのに帝王切開したため、出産後の呼吸不全が原因で脳性まひになったとして、病院側の医療ミスを認めた。

 塩谷泰一県病院事業管理者は「県側の主張が認められず、極めて残念だ。今後とも医療安全対策については懸命に取り組んでいきたい」と話している。


子宮頸癌について

2006年02月05日 | 健康・病気

子宮頸癌は子宮の入り口(頸部)にできる癌で、最近では20~30歳代の若年女性に急増しています。 初期子宮頸癌ではほとんど自覚症状がありませんが、 癌が進行すると不正性器出血や性交渉時の出血などの症状がみられることもあります。

子宮頸癌は他の癌と異なり、定期的な検診で前癌病変のうちに発見することが可能です。前癌病変で発見し、治療を行えば、ほぼ100%完治します。また子宮を温存することも可能なため、その後の妊娠・出産も可能です。

子宮頸癌の原因は、ヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスです。 このヒトパピローマウイルス(HPV)は性交渉により感染します。このウイルスはとてもありふれた存在で、性交渉の経験のある女性であれば、ほとんどの人が感染したことがあると考えられています。 このウイルスに感染しても多くの場合は、免疫力によってウイルスが体内から排除されます。しかし、何らかの理由によってウイルスが持続感染した場合、長い年月(ウイルス感染から平均で約10 年以上)をかけ、子宮頸癌へと進行する危険性があります。

ヒトパピローマウイルス(HPV)には100以上ものタイプがありますが、全てのタイプが子宮頸癌の原因となるのではありません。子宮頸癌は高リスク型HPVと呼ばれている一部のヒトパピローマウイルス(HPV)によって引き起こされます。高リスク型HPVは性交渉により人から人へと感染します。 この高リスク型HPVが持続感染した場合、子宮頸癌へと進行する危険性があります。持続感染する原因はまだ明らかにはなっていませんが、その人の年齢や免疫力などが影響しているのではないかと考えられています。

ヒトパピローマウイルス(HPV)に感染した人の中で、およそ10人に1人がウイルスを排除できず持続感染することがあります。その場合、子宮頸部の細胞に異常な変化を起こすことがあります。この細胞の変化を異形成といいます。異形成になってもウイルスが排除されれば、それに伴い異形成も自然に治ります。しかし、ウイルスが持続感染した場合、異形成の程度が進行することがあります。異形成の程度が軽い場合(軽度異形成)は自然に治癒することが多く、程度が重くなった場合(中等度~高度異形成)は自然治癒しづらくなります。

高度異形成を治療せず長期間放置した場合、病変が進行し子宮頸癌になる恐れがあります。子宮頸癌は早期癌であれば、手術により高い確率で治癒することが可能です。しかし、癌が進行しているほど、手術をしても癌をとりきれなかったり、他の臓器へ癌が転移している可能性が高くなり、治癒が難しくなります。

子宮頸癌は定期的に癌検診を受けることで予防することができます。現在、子宮頸癌検診では細胞診での検査が主流です。しかし、細胞診のみでは検診の精度にやや問題があり、細胞診とHPV検査を併用することで、検診の精度がほぼ100%になり、将来の子宮頸癌のリスクも知ることができます。アメリカの婦人科検診のガイドラインでは細胞診、HPV検査の両方が陰性の場合は、その後3年間は検診の必要がないとされています。従って、子宮頸癌検診では、できれば、細胞診とHPV検査を併用することをお勧めします。(HPV検査の費用は自費となります。)

子宮頸癌検診の結果、精密検査の必要性があると判断された場合、コルポスコープ(膣拡大鏡)検査を行います。コルポスコープ検査で異常が疑われる箇所があれば、その部分の組織を一部採取(生検)して病理専門医が診断します(病理組織診断)。

異形成の病変は、軽度、中等度、高度と長い時間をかけて進行し、上皮内癌を経て最終的に浸潤子宮頸癌になる恐れがあります。異形成/上皮内癌/浸潤子宮頸癌の治療法は病変の進行状態によって異なります。

軽度異形成は、ウイルスが免疫力によって排除されると、異形成も自然に治癒する可能性が高いため、通常、治療の対象にはなりません。異形成がさらに進行した場合には癌への進行を防ぐため、円錐切除術という治療を行います。高度異形成~上皮内癌までの段階であれば、円錐切除術で治癒が可能で、子宮を温存できるのでその後の妊娠・出産にもほとんど影響はありません。

高度異形成~上皮内癌の段階で発見されず浸潤子宮頸癌に進行してしまうと、円錐切除術では病変を取りきれなくない場合が多く、子宮の摘出が必要になります。病巣の大きさ・拡がり具合によっては、子宮だけでなく基靭帯、膣壁、骨盤内リンパ節なども同時に摘出する拡大術式(広汎性子宮全摘術)の必要があります。また、進行、転移の状況、年齢、病理組織型などによって、放射線療法、化学療法などを実施する場合もあります。症例によっては、複数科の専門医が協力して、手術療法、放射線療法、化学療法などを組み合わせて実施する場合(集学的治療)もあります。個別の症例の治療方法につきましては、もよりの婦人科腫瘍専門医とよく御相談になってください。


正常大卵巣癌症候群

2006年02月04日 | 健康・病気

はじめに

進行した癌性腹膜炎の状態の女性患者で,術前検査では原発巣不明,開腹時肉眼所見でも卵巣は正常大で明らかな原発巣を見出せないような臨床的状況に遭遇することがある.Feuerら1)は,このような臨床的状況を呈する症候群を,Normal-sized ovary carcinoma syndrome(正常大卵巣癌症候群)と命名した(1989年).本症候群はいくつかの悪性疾患を包括し,病理組織学的診断を確定するのは必ずしも容易ではない.本稿では,本症候群の定義と意義について述べる. 




本症候群の定義

提唱者であるFeuerらによる本症候群の定義は,次のような条件を満たす複数の疾患から構成される群である.すなわち,

1. 開腹時の所見で,腹腔内にはびまん性に転移巣がひろがっている.
2. 卵巣は正常の大きさで,外表は細顆粒状ないし平滑である.
3. 術中または術前の探査で明らかな原発巣が認められない.
4. 化学療法,放射線療法,卵巣にかかわる手術などの治療歴がない.

本症候群の定義は概括的であるので,さまざまな疾患が含まれる.Feuerらの報告によれば,後の解析によって本症候群には以下の疾患が含まれることが判明した.すなわち,

1. びまん性悪性中皮腫 diffuse malignant mesotheliomas(以下,DMM)
2. 性腺外ミュラー管腫瘍 extragonadal muellerian tumors
3. 転移性腫瘍 metastatic tumors
4. 卵巣腫瘍 ovarian tumors

Feuerらは,上記以外の疾患が本症候群に含まれる可能性も認めている.


本症候群を構成する疾患とその鑑別診断

本症候群の病理組織診断の鑑別はきわめて困難であるが,臨床所見,腫瘍マーカー,開腹時の肉眼所見,ヒアルロニダーゼ反応,免疫組織化学,電顕所見などを総合して判定する必要がある.また,臨床医と病理医との密接なコミュニケーションが不可欠である.

本症候群を構成する疾患のうち,DMMと性腺外ミュラー管腫瘍が比較的多数を占め,Feuerらの報告では全症例11例中6例がDMMと性腺外ミュラー管腫瘍に該当した(表1).

表1 正常大卵巣癌症候群と診断された疾患の内訳

Feurerら(1989)1)

山崎ら(1995)2)

びまん性悪性
中皮腫

性腺外ミュラー管
腫瘍

転移性腫瘍

卵巣腫瘍

DMMは,男女の胸膜,腹膜に発生するきわめて悪性の腫瘍で,上皮型,肉腫型,混合型に分類される.腹膜発生例では上皮型が多いとされている.胞体内にアルシアン青染色やコロイド鉄染色陽性物質が証明され,ヒアルロニダーゼでその染色性が消失ないし低下し,ヒアルロン酸の存在が証明されれば,DMMの診断の重要な根拠となる.電顕所見(多数の細長い微絨毛,中間フィラメント,デスモゾームなど)も診断の参考になる.

女性の腹膜は発生学的にsecondary mullerian system(第2のミュラー管系)とされており,ミュラー管系への分化を示す病変の発生することが知られている.最近,性腺外ミュラー管腫瘍に分類される腹膜原発乳頭状漿液性癌primary serous papillary carcinoma of the peritoneum (以下,PSCP)の報告3),4)が増えている.PSCPは組織学的に卵巣乳頭状漿液性腺癌と類似し,しばしば砂粒体を有し,乳頭状あるいは腺管状構造を呈する.電顕的には,上皮性分化,すなわち細胞質内粘液,短い直の微絨毛などがみられる.PSCPの予後は卵巣癌よりも悪いが,CDDPを中心とした化学療法にある程度反応し長期生存例の報告もある.PSCPの組織発生,特に卵巣原発の表在性乳頭状腺癌5)との関係などについては,なお問題が残されている.

上皮型DMMとPSCPとの鑑別は一般に困難であるが,H-E染色でPSCPに多数の砂粒体が認められること,ヒアルロニダーゼ反応の結果,免疫組織化学的検討でBer-EP4染色はDMMで陰性,PSCPで陽性を示すこと,特徴的な電顕所見などが重要な鑑別点となる.

本症候群は、特に組織像が漿液性腺癌であれば,卵巣癌と診断される傾向がある.しかし,卵巣癌は,Feuerらの報告では全症例11例中1例のみであった.卵巣癌は本症候群の一部を構成するに過ぎない点に留意する必要がある.



本症候群の意義

従来,本症候群に該当する患者の多くは,原発巣の検索が十分には行なわれないまま,安易に診断は『卵巣癌』とされる傾向もあった.Feuerらは,そのような対応に対してより的確な診断を求める努力を要請して本症候群を提唱した.本症候群は予後不良だが,適確な診断が下されれば,各疾患ごとにより適切な治療法が選択でき,症例によっては生存期間の延長などが期待できる場合も少なくない.本症候群の原発巣の検索方法,鑑別診断,治療法などはいまだ確立されていないので,今後は症例を蓄積し各疾患別に最適な取り扱い指針を構築してゆく必要がある.


文  献

1) Feuer GA, et al: Normal-sized ovary carcinoma syndrome. Obstet Gynecol 73: 786-792, 1989
2) 山崎,波多野,他:Normal-sized ovary carcinoma syndrome,14例の病理組織学的解析.日産婦誌47:27-34,1995
3) Ranson DT, et al: Papillary serous carcinoma of the peritoneum. A review of 33 cases treated with platin-based chemotherapy. Cancer 66: 1091-1094, 1990
4) Fromm G, et al: Papillary serous carcinoma of the peritoneum. Obstet Gynecol 75: 89-95, 1990
5) 日本産科婦人科学会・日本病理学会.卵巣腫瘍取り扱い規約第1部,pp21-23,金原出版,1990


新生児科医の分娩立会いについて

2006年02月03日 | 出産・育児

『全世界で毎年死亡する5百万の新生児のうち約19%は出生時仮死による(WHO、1995)。』と言われています。

アプガールスコア6点以下の新生児仮死は約10%で、その場合は出生時に呼吸を開始するのに何らかの手助けを必要とします。

アプガールスコア3点以下の重症新生児仮死は約1%で、その場合は心臓マッサージ、気管内挿管、血管確保、投薬治療などの積極的な心肺蘇生を出生直後に必要とします。

妊娠分娩経過には何ら異常がなくても、出生時に新生児仮死である確率は約10%、重症新生児仮死である確率は約1%であり、これは単なる確率の問題で、どこの施設で産んでも自宅分娩でも同じです。

分娩時に母児の救命処置が同時に必要となった場合は、産科医は母体の救命処置を最優先しますから、産科医1人の分娩立会いでは新生児仮死の蘇生処置までは絶対に手が回りません。

新生児科医(小児科医)の分娩立会い(あるいは院内常駐)があるかどうか?は児の予後にとって非常に重要なファクターです。


医師の都市集中、専門領域の偏在化

2006年02月02日 | 医療全般

もれ伝わってきた噂では、(はっきりした情報ではありませんが、)全国の大学の産婦人科に新規に入局を予定している者(医学部卒業後3年目)は、今のところ全国で約120人程度と聞きました。東京都内の大学で10人以上の新規入局者を集めた産婦人科医局が東大(新規入局者は13人とのこと)など3大学あり、京大産婦人科の新規入局者が10人との噂です。そうすると、単純に考えて、地方の1県あたりの産婦人科新規入局者数は0~2人程度と推定されます。

ちなみに、本県唯一の医育機関である国立S大学医学部の産婦人科新規入局者数は、みんなで必死に勧誘して今のところ3人、当初の目標よりははるかに少ない数字ではあるけれど、まあまあ地方大学にしては健闘している方と言わざるを得ないような状況です。

噂では、小児科の新規入局者数は、今のところ全国で100人程度らしく、産婦人科よりもさらに深刻な状況に置かれているようです。産婦人科、小児科、麻酔科などは、全国的に専門医数が大幅に不足していて非常に困っている現状がありますが、そういう科ではそもそも新規入局者数が極端に少なくて、将来的にも人手不足はますますひどくなってしまうことが危惧されます。

新規入局の志願者が多すぎて、志願者の全員はとても面倒をみきれないので、新規入局者数を大幅に制限して、志願者の多くを断っているような科も中にはあると聞いてます。

このまま放置すれば、医師の都市集中、専門領域の偏在化は、今後ますます顕著となってゆく一方と考えられます。 自然に任せていたんでは今後ますます状況が悪化してゆくのは明らかなので、国策として、これを是正する何か抜本的な政策が必要だと思われます。