私が当院に赴任した当時(22年前)、地域内に産婦人科を標榜する施設が十数施設あり、どの施設も勤務する産婦人科医は一人だけでした。当科も最初は一人医長体制で、少ないスタッフが連日病院に泊まり込み、昼夜かまわず、がむしゃらに働き通しの日々でした。労働基準法など全く無視で、かなり劣悪な労働環境でしたが、当時は、地方の産婦人科施設はみんな似たりよったりの労働環境で、みんなそれほど疑問に感じませんでした。
医療の在り方の昔の常識は今では全く通用しません。同様に、今みんなが当たり前と思っている医療の在り方の常識も、後から振り返ってみれば、とんでもなく常識はずれの部分がまだまだいっぱいあると思います。おかしいところはおかしいと早くみんなで気が付いて、どんどん軌道修正していく必要があります。
分娩は昼夜を問わないですし、母体や胎児の異常はいつ発症するのか予測困難です。産科病棟は、いつでも30分以内に緊急帝王切開を実施できるように十分な人員を配置しておく必要があります。いざ帝王切開を実施するということになれば、夜中であっても、産婦人科医、小児科医、麻酔科医、助産師、手術室看護師など大勢のスタッフが必要となります。
産科業務は、忙しい日と暇な日の業務量の差が激しく、業務量を一定にコントロールするのが難しいのが特徴です。暇な日は人員が少なくても済みますが、忙しい日は猫の手も借りたいような状況となり、小人数のスタッフではとても回せません。病院の産科業務を継続していくためには、いくら暇な日が続いても、いざという時に備えて大勢のスタッフを常に確保しておく必要があり、その人達に正当な報酬を支払っていく必要があります。大勢の人を雇ったのはいいけれど、暇な日ばかりが続いたんでは、人件費ばかりがかさんで病院の経営が成り立ちません。莫大な人件費に見合うだけの適正な患者数が必要となります。労働基準法を遵守し、かつ、病院の経営も健全に維持していくためには、スタッフの数を十分に増やし、それに見合うだけの十分な患者数を確保していく必要があります。
地域内の産婦人科を標榜する施設の数が多ければ、それだけ一施設あたりのスタッフ数も患者数も少なくなってしまい、どの施設の労働環境も劣悪となり、どの施設の経営も行き詰まり、地域の産婦人科医療が崩壊してしまいます。地域の産婦人科医療を今後も継続していくためには、一施設あたりの産婦人科医数を増やし、将来的には交代勤務制を導入して時間外勤務をなるべく少なくし、労働環境を他の診療科並みに改善する必要があります。産婦人科医や助産師の総数は急には増えないので、当面は病院集約化をさらに推進していく必要があると思われます。