ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

周産期医療崩壊の足音

2008年07月31日 | 地域周産期医療

産科医、新生児科医、麻酔科医などは絶対数が圧倒的に不足し、どこでも奪い合いになっています。医師数は急には増やせませんから、産科施設減少の今の流れは、まだまだ当分の間は続くことでしょう。

地域から周産期医療を担う者が誰もいなくなってしまって、本当に困った状況に陥ってからあわてても、もはや事態を打開することは難しいと思います。

現在の社会情勢を反映して、産婦人科、小児科、麻酔科、救急などの急性期医療の現役の担い手たちが、医療現場からどんどん逃げ出しています。国策として、医師たちが先を争ってこのような診療科をやりたがるような好待遇を提示しない限りは、医師不足の問題は絶対に改善しないと思います。 

****** 日本海新聞、2008年7月29日

医療崩壊の足音 -鳥取市立病院小児科休止の波紋-

鳥取県内の地域医療が大きく揺らいでいる。医師は足りず、診療は縮小が続く。今年十月から小児科を休止するという鳥取市立病院のかじ取りは、深刻な事態を象徴する決断だった。今、地域の医療現場で何が起きているのか。現状を取材した。

集約化の衝撃 大病院がまさか 足りぬ医師一層激務に

 「将来的にはさらなる増員も考えています」

 四月十六日の昼下がり。鳥取市立病院を訪ねた鳥取大学医学部(米子市)小児科の教授らが本論に入る。

 市立病院の小児科医は三人で、いずれも鳥取大からの派遣。この時はすでに、一人が開業による退職を申し入れていた。

 来春以降の補充にめどが立ち、さらに小児救急の拠点として体制を強化する。教授らの説明はこうだった。

 向き合った市立病院の武田行雄事務局長は胸をなで下ろす。「何とかやっていける」

 方針が一転したのはそれから四十日後。医学部の担当者が残り二人を引き揚げ、県立中央病院(鳥取市)へ異動させると伝えてきた。

 拠点病院に医師を集める「集約化」。小児科は休止が免れなくなった。

受け皿どうなる

 五月二十六日、鳥取大医学部。県立中央病院の武田倬院長は食い下がった。

 「市立病院の小児科がなくなると本当に困るんです」

 だが、決定は変わらない。

 市立病院の患者の半分でも中央病院が診療することになれば、激務は避けられず、退職者も続出しかねない。

 「せめて一人でも二人でも小児科医を集めてもらわないと、今度はうちがつぶれる。東部の医療がぐちゃぐちゃになります」

 市立病院の小児科では昨年度、延べ一万四千五百六十一人が受診、七千九十八人が入院した。休止となればその受け皿はどうなるのか。

 鳥取生協病院(鳥取市)の富永茂寿事務長は言う。「地域の人たちが医療を受けられないことは不幸なこと。何か対応策を検討せざるを得ない」

 一方、医師の引き揚げは、鳥取大にとっても苦渋の判断だった。

 医師二人体制では、当直や自宅待機が増え、疲弊感は増す。医学部付属病院の豊島良太院長は「医師がつぶれるのは目に見えている。集約化はやむを得ない」と窮状を訴える。

(以下略)

(日本海新聞、2008年7月29日)

****** 日本海新聞、2008年7月30日

医療再編の波 研修医が都市集中 次は病院統合か

(略)

連携と機能分担

 鳥大医学部付属病院の豊島良太院長は「診療科を集約化しないと、経営そのものが成り立たない」と言い切る。

 例えば県東部の病床数は三千七百九十床(二〇〇五年)。人口十万人当たりの比較では全国平均より二割多い。しかし、病院勤務医数(〇四年)は十万人当たり百二十人と平均を五十人も下回っていた。勤務医不足はさらに深刻化している。

 県東部二十五万人の医療圏に県立中央、鳥取市立、鳥取赤十字と四百床前後の総合病院が三つある。規模が似通った病院同士で同じ診療科を構えれば、人材は分散する。高度な診療装置をそれぞれ導入しても採算が合わない。診療科再編の次には、病院統合という選択肢もささやかれる。

 県は昨年末、東・中・西の各圏域で、主要病院と「持続可能な医療制度あり方検討会」を設置した。連携や機能分担について協議し、医師不足の打開を狙う。

 しかし、実際にはなかなか議論が前に進まない。各病院とも総論には賛成だが、どの診療科をどこに残すかとなると意見が食い違う。「それぞれが生き残れるように旗を振りたいが…」。県医療政策課の大口豊課長は青写真を描けないでいる。

仕方なしの集約

 一方、地域医療を担ってきた公立病院には戸惑いの声がある。四月から小児科を休診している西伯病院(南部町)の三鴨英輔病院事業管理者は「経営のことばかり注目されるが、地域住民の安心を確保するには不採算部門を抱えることも必要」と不満をにじませる。

 ある病院の院長は憂えた。「どちらにしろ、今回のような“慌ただしく仕方なく”の集約は適切じゃない」。医療機関の思いや目指す地域医療の姿を論じる間も与えないスピードで医療再編が進もうとしている。

(日本海新聞、2008年7月30日)


”お産難民”発生寸前

2008年07月29日 | 飯田下伊那地域の産科問題

全国的に分娩取り扱い施設は顕著に減り続けていますし、働き盛りの三十代、四十代の医師がお産からどんどん離れています。

次世代の若い人達が入門を尻込みするような過酷な勤務環境を放置したままでは、離職者が増え続けて医療現場の勤務環境は今後ますます過酷となり、我々の後を誰も継いではくれないでしょう。

産科医療を再生させるためには、若い人達が喜んで入門できるような勤務環境を整えて、次世代の担い手たちにちゃんとバトンタッチをしていく必要があります。

分娩取り扱い施設あたりの産科医数は、アメリカが6.7人、イギリスが7.1人であるのに対し、日本はわずか1.4人にすぎず、きわめて小規模な施設で多くの分娩が行われているのが現状です。小規模施設での分娩管理には限界がありますから、各地域で分娩施設の集約化を進め、施設あたりの産科医数を少なくとも諸外国並みの6~7人程度まで増やしていく必要があります。

****** 東京新聞、2008年7月20日

”お産難民”発生寸前 不足する医師 地方で休止続出 「住民票異動が必要」も

 長い間、産婦人科の分娩室だった部屋は、天井の大きな照明器具を残して看護師の詰め所になっていた。今年の3月末で、出産の取り扱いをやめた長野県松川町の下伊那赤十字病院。桜井道郎院長(62)は「お産は無理。もうあきらめた」と視線を落とした。

 発端は2年前の春、男性医師(41)が辞めたことだった。当時、産婦人科の常勤医は2人で、年間3百件のお産をこなしていた。

 「このまま産婦人科を続ける体力も精神力もない。今のうちに興味のある精神科の医師に変わりたい」。医師は前年の秋、桜井院長にそう打ち明けた。

 いつ産気づくか分からないお産。病院の佐藤和仁事務部長は「医師2人でお産をするのは、ほとんど拘束されたような状況。そういうのはたまらんというわけです」と振り返った。

 医師は男性の産婦人科部長(54)1人になり、お産は休止に。同病院で出産経験のある母親たちが中心になり、5万人もの署名を集めて大学病院や県などに医師の補充を陳情したが、実現しなかった。残っていた産婦人科部長も今春、お産のできる県外の病院に移り、完全に廃止になった。

 「どこの地域も産科医不足で、誰かを(他の病院から)抜いて埋めるというのは、相手が駄目になるからできない」。署名を集めた木下由美子さん(35)は有効策のなさに頭を悩ませる。

 2年前に年間約3百件のお産を休止した結果、年に約2億円の減収となり、累積赤字は約6億円へと一気に膨れ上がった。さらに影響は同病院だけにとどまらなかった。

 下伊那赤十字病院がお産を休止する少し前、隣接する同県飯田市の産院や診療所でも、医師の高齢化などでお産が休止になり、飯田市と下伊那郡で年間8百件の”お産難民”が出そうになった。慌てた医師や行政の担当者らが協議し、飯田市立病院にお産を集中させる代わりに、妊婦健診は他の病院や診療所で分担することになった。

 飯田市立病院のお産件数は年間5百件から一気に倍増。4月からは飯田市か下伊那郡に住所か実家のある人を対象に月70件に予約を制限した。それでも予約外の救急の妊婦も多く、年間千件近いお産を5人の産科医で行う。「ぎりぎり何とか持ちこたえているところ」と山崎輝行・産婦人科部長(55)は言う。

 お産を扱わなくなった下伊那赤十字病院。1歳の長女を連れて妊婦健診に訪れた上伊那郡の主婦(21)は「1人目を飯田市立病院で産んだので、2人目も産めると思ったら、『住民票を飯田市に移さないといけない』と言われて驚いた。病院を決めるのはコンサートのチケットを取るみたい。医者がもっといてくれたら・・・」と嘆いた。

(以下略)

(東京新聞、2008年7月20日)


藤枝市立病院の産科休止

2008年07月27日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

現代の周産期医療は典型的なチーム医療の世界で、産科医、助産師、新生児科医、麻酔科医などの非常に多くの専門家たちが、勤務交替をしながら一致団結してチームとして診療を実施しています。

その周産期医療チームの中で、産科医は少なくとも4~5人は必要で、実際問題としては、産科5人体制であっても十分とは言えません。新生児科医や麻酔科医も、同様にそれぞれ少なくとも4~5人は必要です。また、助産師は各勤務帯に複数配置する必要があり、最近は助産師外来を充実させる社会的ニーズも高まり、基幹病院での正常分娩の件数も増加してますから、助産師も30人~40人程度は必要と思われます。

地域内に周産期医療の大きなチームを結成し、毎年、新人獲得・後進育成などのチーム維持の努力を積み重ねて、この医療チームを十年先も二十年先も安定的に維持・継続していく必要があります。

産科崩壊に対する緊急支援策

****** 毎日新聞、静岡、2008年7月26日

藤枝市立総合病院:産科診療中止へ 

「1人で診療不安」 医師が退職願

 医師1人体制で、今月から産婦人科の分娩(ぶんべん)受け付けを再開した藤枝市立総合病院の毛利博院長は25日、再び分娩の受け付けを中止したことを明らかにした。着任した男性産科医(56)が1人での診療に難色を示し、退職願を提出したためで、産科の診療も中止になる見通し。

 医師引き揚げで一時受け付けを中止した同病院は、医師1人が確保できたことから、今月からリスクの低い分娩に限り再開。だが、毛利院長によると、医師は国からの派遣も含めた2人体制を想定して着任したため、「1人では不安。(手術が)120%安全でなければできない」として、18日に退職願を提出した。

 今月の分娩予約はなく、8月以降の22件は他院を紹介する方針。毛利院長は「開業医や他診療科も支援すると説得したが、それでも不安ということだった」と苦渋の表情を見せた。【稲生陽】

(毎日新聞、静岡、2008年7月26日)

****** 読売新聞、静岡、2008年7月26日

藤枝市立病院の産科休止

先月着任の医師退職願

 藤枝市の北村正平市長は25日、記者会見し、同市立総合病院の産婦人科に6月に着任したばかりの男性産科医から退職願が出されたことを明らかにした。産婦人科に産科医はこの医師しかおらず、産婦人科は出産の新規受け付けを取りやめ、8月以降の出産をすでに予約した22人については他の医療機関を紹介する。婦人科の診察は継続するが、産科は事実上休止に追い込まれた。

 同病院によると、医師は「一人では緊急の際に不安がある。万全の態勢ができなければ辞めたい」として、18日に毛利博院長に退職願を提出した。医師は6月1日に着任し、同月いっぱいでほかの産科医3人が退職してからは一人となっていた。産婦人科は今月から、出産予約を月10人に制限し、危険性の高い出産の受け入れを取りやめたうえで、開業医や他病院からの応援も得て診療に当たってきた。

(読売新聞、静岡、2008年7月26日)

****** 静岡新聞、2008年7月26日

分べん予約を休止、藤枝市立病院 

産科医「辞意」で

 唯一の産科医が辞意を漏らしていることが分かった藤枝市立総合病院(藤枝市駿河台)の毛利博院長は25日、当面、新たな分べんの予約受け付けを休止する方針を明らかにした。既に来年3月まで、22件の予約を受け付けたが、今後、周辺の病院などに受け入れを依頼する。

 院長と、管理者の北村正平市長が会見で明らかにした。両氏は「(医師の)辞職の意向は固い」との感触を示した。新たな医師の確保のめども立っていないため、休止を判断せざるを得なかったという。

 院長によると、医師は18日に「退職願」と書いた文書を出してきた。内容は辞職する旨ではなく、診療体制の在り方などが中心で、「120%万全の体制でないと自信がない。医師が2人以上いる所で働きたい」などと理由を述べたという。

 院長は「今後、地元住民に迷惑を掛けないようにしたい」と強調し、市長も「医師ともう少し話し合いたい」としている。

(静岡新聞、2008年7月26日)

****** 静岡新聞、2008年7月25日

新任産科医が辞意 藤枝市立総合病院

 藤枝市立総合病院(藤枝市駿河台、毛利博院長)に6月1日から赴任している50代の男性産科医が、周囲に辞意を漏らしていることが24日、明らかになった。同院や市は慰留に努めているが、赴任からわずか2カ月弱で辞職する可能性もあり、同院の産科医がゼロになる恐れが出てきた。

 複数の関係者によると、24日の市議会6月定例会終了後、毛利院長らが、病院関係の常任委員会や特別委員会の正副委員長らに状況を説明した。医師は「1人では自信がない」と周囲に言い始めているという。

 同院は医師を確保できたため、今月から1カ月につき10人限定で分娩(ぶんべん)の予約の受け付けを再開した。今月の予約はゼロだが、8月は2件入っているという。

 同院は、3人の常勤の産科医が6月末で退任した。同院は新たな医師を探し、佐賀県内で開業していた男性医師の採用にこぎつけた。厚労省は、同院は産科医確保のめどが立ったとして、医師の派遣を見送ったばかりだった。同市出身の別の産科医とは現在も採用に向けて交渉中という。

(静岡新聞、2008年7月25日)

****** 毎日新聞、静岡、2008年6月26日

藤枝市立総合病院:医学部生Uターンを 産科医不足で市長が手紙郵送へ

 藤枝市立総合病院の産科医不足問題で、同市の北村正平市長は25日、全国の大学に通う同市出身の医学部5、6年生全員に、地元での就職を勧める「市長の手紙」を近く出す方針を明らかにした。産科だけでなく幅広い診療科を募る予定だ。

 現在分娩(ぶんべん)受け付けを休止している同病院産科は、来月から医師1人体制で再開する。ハイリスク出産は扱わず、月間10人限りなど大幅に規模を縮小する。北村市長は産科医は最低4人は必要として、「将来病院が目指す姿も手紙に書き、何とか郷土愛に訴えたい」としている。また北村市長は、地域内の病院の連携や企画分野を担う「病院局」の創設と、来年度以降に研修医への補助金制度、医学生向け奨学金制度などの創設を検討していることも明らかにした。【稲生陽】

(毎日新聞、静岡、2008年6月26日)

****** 静岡新聞、2008年6月21日

産科受け付け再開へ 藤枝市立病院

藤枝市立総合病院の毛利博院長は20日の市議会全員協議会で、7月1日から産科の受け付けを再開することを明らかにした。今月から常勤産科医を新たに採用し、分娩(ぶんべん)再開の見通しが立ったため。

同病院によると、外来診察は、産科が月、火、木曜の午前、婦人科は水、金曜の午前と木曜の午後。紹介状を持っている人も含め、事前に電話での予約が必要という。

分娩予約は産科医が1人のため、月10人までに制限する。予約対象は、妊娠初期でほかの病院で分娩予約をしていない人と、志太榛原地域以外からの里帰り分娩の人。ハイリスク分娩は行わない。

毛利院長は月10人に制限したことについて、「医師数を考えると、(10人が)1つのポイント。今後、いろいろな方法で医師の確保に努めたい」と答えた。

(静岡新聞、2008年6月21日)

****** 読売新聞、静岡、2008年6月21日

分娩受け付け限定再開へ

藤枝市立病院

 産婦人科医の退職で分娩(ぶんべん)の新規受け付けを休止していた藤枝市立総合病院は、7月1日から限定的な形で新規受け付けを再開する。20日の同市議会全員協議会で、毛利博院長が明らかにした。

 同病院の産婦人科に浜松医科大から派遣されていた常勤医師3人が今月までで退職することになり、同病院は今月から分娩の新規受け付けを休止。市が医師確保に奔走した結果、佐賀県で開業していた男性産科医1人が今月から同病院に着任。もう1人とも交渉している。

 ただ、特例措置としての厚生労働省からの産科医の派遣は、「医師不足改善の見通しが立った」として見送られた。

 当面は医師が1人のため、同病院は7月以降、外来診療は完全予約制とするとともに、分娩予約の受付は月10人に限定する。分娩予約を受け付けるのは妊娠初期で、他の病院に分娩予約をしていない人や、志太・榛原地域外からの里帰り分娩に限るという。

(読売新聞、静岡、2008年6月21日)

****** 静岡放送、2008年6月20日

分娩月10人に制限 藤枝市民病院

 藤枝市の北村新市長の課題のひとつ、医師の退職によって分娩休止が心配されている藤枝市立総合病院は来月、分娩の数を月10人に制限して、産婦人科の診療を継続する事になりました。

 藤枝市立総合病院では、浜松医大から派遣された産婦人科の常勤医師3人が今月末で退職し、来月から後任の常勤医師1人が分娩に当たります。来月1日からは分娩数を月10人とし、受け付ける患者を妊娠初期の患者と、志太榛原地域以外からの里帰り分娩に制限します。

 これにより、分娩数はこれまでの年間700人から120人に大幅に縮小されることになります。また、外来診療は完全予約制で、産科が月、火、木曜、婦人科が、水、木、金曜となります。

(静岡放送、2008年6月20日)

****** 朝日新聞、静岡、2008年6月12日

めど立たぬ医師確保/藤枝市・富士市

 藤枝市立総合病院と富士市立中央病院の産婦人科医引き揚げ問題をめぐり、医師確保対策が混迷している。県は厚生労働省を通じて、藤枝に医師を派遣してもらう方向で調整を進めていたが、結局、実現せず、富士でも医師確保のめどは立っていない。問題解決の糸口はまだ見えない。(竹田麻衣)

 藤枝市立総合病院で問題が表面化したのは今年1月。常勤の産婦人科医3人を派遣している浜松医大が、6月末で3人を引き揚げ、他の地域に移す考えを表明した。

 翌2月、厚労省は県に対して医師派遣の調整を打診してきた。これは、政府・与党の緊急対策の一環で、1月に厚労省が行った実態調査の結果、藤枝市立総合病院が「支援措置が必要」と判断された七つの医療機関の一つとされたことを受けたものだった。

 県は3月の医療対策協議会で、厚労省との協議に入ることを決めた。ところが、厚労省は5月下旬、同病院が6月1日から産科医1人を採用し、別の医師1人とも交渉段階にあるとして「産科医2人確保の見込みが示され、医師不足改善の見通しが立った」と判断。「派遣不要」との見解を県に伝えた。

 これで、協議は白紙に戻り、県も今月6日の医療対策協議会で断念を明らかにした。

 病院の独自の人材確保の取り組みが、思わぬ結果を招いた形だが、24時間体制でハイリスク分娩(ぶんべん)への対応も維持するには、常勤医が4人は必要とされている。県は浜松医大から非常勤産科医を週3回派遣する方針を示しているが、具体的な態勢は決まっていない。

 県医療人材室は「医師の独自確保や、周辺の病院との連携で、何とかやっていけると判断されたのだろう。全国的にはもっと厳しい地域があるだろうが、(厚労省の)見解が妥当かどうかは、正直わからない」と首をかしげる。

 ただし、厚労省の医師派遣は、受け入れ側に大きな負担がかかる。医師1人を受け入れると病院は約3千万円、県は約2350万円を負担しなければならない。県の担当者は「国に踊らされたような結果」と漏らしながら、「仮に派遣を受け入れても、いずれ病院の財政を圧迫する結果になったかもしれない」と話した。

 派遣元の東京慈恵医科大から、今年度いっぱいで産婦人科医師全4人を引き揚げる意向を示されている富士市立中央病院でも、医師確保のめどは立っていない。市内でハイリスク分娩や救急患者を受け入れているのは同病院だけで、周辺病院も志太・榛原地区に比べ少ないことから、県の担当者は「このままでは藤枝市立総合病院よりも危機的状況になる」と話している。

 藤枝市の松野輝洋市長は「はしごを外されたような心境」と言う。

 市は「補正予算で措置しても受け入れたい」として、難色を示す関係者を説得してきた。しかし、厚労省と県との協議では「国の派遣医以外に自助努力で医師を確保」「産婦人科の指導医が必要」など難しい条件が提示された。

 最終段階で派遣候補として上がったのは防衛医大出身の若い医師だった。「指導医が複数必要」とされたため、市は県を通じて、この条件に合う榛原総合病院に派遣医を受け入れてもらい、代わりに榛原から医師1人を派遣してもらうという「三角トレード」交渉まで進めた。

 その一方、募集に応じてきた佐賀県の元開業医との交渉を始め、5月12日には内定を出すところまでこぎ着けていた。「自助努力」が実を結ぶかに見えた矢先の「打ち切り通告」だった。

     ◇        

 富士市立中央病院と富士市は、「妊娠期間を考えると、今月末までに医師確保のめどが立たなければ、新たな患者の受け入れは出来なくなる」と医師確保に奔走している。

 同病院総務課は9日の市議会全員協議会で「東京慈恵医科大学へ引き続き医師の派遣について折衝していくほか、医師確保のための方策を図っていく」と説明した。

 鈴木尚市長は、医師の待遇改善の一環として、新たに分娩(ぶんべん)業務手当(1件3万円)を支給するための条例改正案を市議会に提案することにしている。【根岸敦生、橋本武雄】

(朝日新聞、静岡、2008年6月12日)

****** 静岡新聞、2008年6月7日

藤枝市立病院、産科医追加確保へ 
県対策協で報告

 担当医の退職で産婦人科の存続が危ぶまれていた藤枝市立総合病院で、6月から診療を始めた医師1人に加え、同市の自主的な努力で2人目の医師が確保できる見込みとなったことが6日、県庁で開かれた県医療対策協議会で報告された。厚生労働省は、県と検討していた同病院への産科医の派遣について、「医師不足改善の見通しが立ったため、医師派遣の必要はなくなった」との見解を示した。

 同病院は現在、病院勤務の産科医1人と交渉を行っている。国からの医師派遣については、2月に厚労省から特例措置として打診があったが、今後は要請を見送らざるを得ない状況となった。

 この日の協議では、委員から「(本県の)公的病院はほとんどが基幹病院の役割を果たしているのでなくせない」「医師確保のためには負担軽減が必要」「公的病院間で医師派遣などの連携を強めるべき」などの意見が出た。

独自ルートで模索 藤枝市立病院

 国から産科医の派遣が見送られることになった藤枝市立総合病院。「(派遣見送りの)再考をお願いしたい」(松野輝洋市長)としているが、独自ルートで1人の医師の採用に成功し、今後も知り合いのつてなどで医師確保を図る構えだ。

 同病院3人の常勤産科医全員が、退職することが明らかになったのは1月。以降、自治会連合会や議会が医師の派遣元の浜松医大に協力を要請したり、病院幹部が東京に出向きじかに話を聞いたりと、病院と住民、議会、行政が精力的に動いてきた。

 今月から、佐賀県内で開業していた医師が診療を始めたが、同病院に視察に訪れた際、院長ら幹部が出迎えて説得に努めた。「好印象を持ってもらいたかった」と関係者は言う。

 同病院の医師や職員には、地元の高校の卒業生が多く、地元へのUターンを考えている医師がいるかどうか探している。さらに、出入り業者にも片っ端から当たっているほか、医師あっせんの民間リクルート会社も活用している。

 今月20日、市長に就任する北村正平氏は医師確保を喫緊の課題と強調している。

(静岡新聞、2008年6月7日)

****** 読売新聞、静岡、2008年6月7日

産婦人科医派遣見送り

「藤枝市立病院は改善」国が通告

 藤枝市立総合病院の産婦人科の医師3人が6月末で退職する問題で、県は6日、厚生労働省への医師派遣要請を断念したことを明らかにした。同病院で6月1日から新しい産婦人科医1人が勤務を始め、厚労省から「医師不足改善の見通しが立った」との見解が示されたためという。国からの医師派遣を前提に産科医療の態勢立て直しを進めていた同市は、方針転換を迫られることになる。

 県庁で6日開かれた県医療対策協議会で、県から派遣要請断念が報告された。

 県厚生部の幹部によると、厚労省は若手医師を派遣するとして、約1か月前には人選の最終段階に入っていた。その後、同市が独自に佐賀県内で開業していた男性産科医を市立総合病院の医師として確保し、さらに別の産科医1人とも交渉を始めた。

 こうした動きを知った厚労省が5月下旬、同病院への派遣は必要なくなったとする見解を、県の担当者に口頭で伝えたという。

 国からの医師派遣は、医師確保が極めて困難とされた全国7地区の医療機関に対し、特例として今年度に限って行われる。県医療人材室は「全国にはもっと厳しい地域があり、派遣見送りはやむを得ない」としている。

 同病院によると、国が派遣見送りの根拠とした、もう1人の産科医はすぐに勤務できる状況ではなく、毛利博院長は「(7月以降は)勤務医1人で、開業医と同じレベルになってしまう」と話している。

 市や同病院は、国の派遣を前提に、常勤産科医3人を確保し、危険性の高い出産にも24時間で対応する態勢を目標にしてきた。

 松野輝洋市長と毛利院長は6日、連名で「大きな期待を持っていたので残念。国より派遣される医師を第一に考えてきており、再考、協議をお願いしたい」とのコメントを発表した。

(読売新聞、静岡、2008年6月7日)

****** 中日新聞、静岡、2008年5月28日

藤枝市立総合病院 分娩7月以降も継続 新たな産科医が来月赴任

 藤枝市立総合病院の産婦人科医全員が6月末で退職する問題で、新しい産科医が6月1日付で赴任することが分かった。産婦人科は5月末で患者の受け入れをいったん休止するが、分娩(ぶんべん)は7月以降も予約数を制限して継続する見通しが立った。

 病院によると、赴任するのは、佐賀県内で開業していた五十代の男性産科医。3月下旬に男性側から連絡があり、病院を見学。4月下旬に勤務を内諾し、今月12日に採用が決まった。

 産科医一人だけでは扱える分娩数に限りがあるため、病院は「引き続き近隣の公立病院や開業医に協力をお願いする」としている。

 この病院は年間800件近い分娩を扱う地域の中核病院。

 事態を重くみた国と県が産科医一人を派遣する方向で調整しているほか、市も独自に別の産科医と交渉している。

 浜松医科大も週に2、3回、外来診療に非常勤医師を派遣する意向を示している。

(中日新聞、静岡、2008年5月28日)

****** NHKニュース、静岡、2008年3月26日

産科医師不足で対応策検討へ

産婦人科の医師不足の影響で、藤枝市立総合病院では5月いっぱいでお産の受け入れの中止が避けられない事態になっていることが、25日、厚生労働省で開かれた会議で報告され、国が対応策を検討することになりました。

今年1月に厚生労働省が行った調査では産婦人科の医師不足の影響で、お産の中止や制限を決めた予定があると答えた病院や診療所が県内に6か所あるということです。このうち藤枝市立総合病院は、医師を確保できるメドがたっておらず5月いっぱいでお産の受け入れの中止が避けられないということです。このため静岡県と関係各省が対応策を検討することになりました。

厚生労働省によりますと人口10万人あたりの産科・婦人科の医師の数は、静岡県は35人余りで、全国で38番目と、深刻な事態が浮かび上がっています。

藤枝市立総合病院では「今後お産が早期に再開できるよう医師の確保に努めたい」と話しています。

(NHKニュース、静岡、2008年3月26日)

****** 読売新聞、静岡、2008年3月15日

藤枝市立病院 国から産科医派遣

浜松医大も複数の非常勤

 県医療対策協議会が14日、静岡市駿河区のホテルで開かれ、6月末までに常勤産科医師3人が退職する藤枝市立総合病院に対し、国による医師派遣を受け入れることを決めた。現在の派遣元の浜松医大も同日、複数の非常勤医師を派遣する考えを明らかにし、地域の中核病院で出産が扱えない事態は避けられる見通しになった。ただ、多胎や早産など危険性の高い出産への常時対応には、さらなる医師確保が必要となっている。

 同協議会の委員は県内の病院長、首長、学識者など17人。この日は今年度唯一の会合で、来年度の医師確保事業と藤枝市立総合病院の産科医確保について協議した。

 県によると、国の医師派遣は、来年度から最長1年間、志太地区に1、2人の産科医を大学や病院から派遣する特例措置。派遣は1人にとどまる可能性が高いという。

 受け入れ病院は、派遣元病院に医師1人当たり上限3000万円と人件費を負担する。国と県も、派遣元病院の診療体制強化の補助金など約2350万円を半額ずつ負担する。

 会合では「1人だけの派遣では出産は満足に扱えない」「1年間は短すぎる」などの意見が出たが、地域の産科医療を守るためとして、受け入れた。

 同病院は、出産前後の母子への比較的高度な緊急対応ができる「地域周産期母子医療センター」。この機能維持は医師1人ではできない。

(読売新聞、静岡、2008年3月15日)

****** 毎日新聞、静岡、2008年3月15日

藤枝市立総合病院:産科医受け入れへ 県医対協が承認

 藤枝市立総合病院で6月までに産科医全員が退職する問題で、県は14日、静岡市内で開いた県医療対策協議会で、同病院に産科医1人の派遣を受けることを承認した。

 国が受け入れを打診していた。県によると、派遣期間は最長1年間。派遣元の病院に対する補助金約2360万円は国と県が半分ずつ負担する。また、医師がいなくなることによる派遣元病院の減収を補てんするため、藤枝病院側から3000万円程度を支払うことになる見込み。

 協議会の委員で、藤枝病院から産科医引き上げを決めた浜松医科大の寺尾俊彦学長は「ご迷惑をおかけして申し訳ない。2人体制でできるようにしたい」と述べ、国からの派遣医とは別にもう1人医師を確保するよう努力する考えを示した。【鈴木直】

(毎日新聞、静岡、2008年3月15日)

****** 静岡新聞、2008年3月14日

産科医、藤枝市立病院に派遣へ 県医療対策協が了承

 県医療対策協議会が14日午前、静岡市内で開かれ、国と県が検討している志太榛原地域への産科医の派遣を了承した。6月までに常勤の産科医3人が全員退職する藤枝市立総合病院に、医師1人が最長で1年間、派遣される見通しとなった。派遣に伴う費用負担は、県と藤枝市立総合病院を合わせると5000万円程度という。

 今回の医師派遣は、年間800件前後の分娩(ぶんべん)を行っている藤枝市立総合病院の産婦人科が7月から分娩休止に追い込まれる事態を受けて、国が特例措置として県に打診した。国は今後、国立病院や大規模な病院に呼び掛けて、派遣医師の選定を急ぐ。

 派遣は国主導で進める「医師派遣制度」に準じて行われる公算が大きい。費用負担の内訳は、国と県が折半で、医師を派遣する病院に診療体制強化の名目で約2300万円補助する。藤枝市立総合病院は派遣元病院に遺失利益分として上限3000万円を補償するほか、派遣医師の人件費の拠出が必要と見込まれる。

 県は協議会の席上、医師派遣に当たって地元の焼津、島田、牧之原、藤枝の各市長と病院長、産科医らの合意を得られたことを説明した。

 同協議会の委員からは「全国的な産科医不足の中、1つの突破口にはなる」「分娩は24時間対応。医師1人が派遣されても診療体制が厳しいことは変わらず、最低でも2人以上は必要ではないか」などの意見が出た。

 改正医療法に基づく同協議会の開催は今回初めて。県内の医師不足の現状や課題を協議した。議事に先立ち、会長に岡田幹夫県医師会長を選出した。
 
浜松医大学長再派遣前向き 「2人体制に」

 県医療対策協議会の委員を務める浜松医大の寺尾俊彦学長は、14日の同協議会で、藤枝市立総合病院への医師派遣に関し、「国を通して産科医1人が派遣されるならば、浜松医大としても、もう1人派遣できるよう努力したい」と述べ、診療の2人体制に前向きな考えを示した。

 寺尾学長は「藤枝の住民の皆さんから(再派遣を求める)嘆願書をいただいている。実際問題、産科医が1人だけいても難しい。私としても何とか2人体制にしたい」と述べた。常勤か非常勤かについては「学内で調整中」などとして明言しなかった。

(静岡新聞、2008年3月14日)

****** 静岡新聞、2008年2月28日

「お産難民」回避模索 藤枝市立病院・産科休止 迫られる医療体制見直し

 産科医の全員退職で、年間700件のお産を扱う藤枝市立総合病院が5月末で分娩を休止する。志太榛原地域の病院と産科診療所は可能な限り分娩受け入れ数を増やし、妊婦が地元で出産できない「お産難民」を出すまいと策を練る。ただ、いずれの施設もスタッフ不足とあって産科救急や新生児搬送など周産期医療体制の見直しを迫られている。

◆「割り振り」

 今月8日、藤枝市立に産科医を派遣している浜松医大と、志太榛原の四公立病院の産科医、開業医が一堂に集まり、対応を協議した。各施設が可能な受け入れ分娩数を挙げた。焼津市立総合病院が年間プラス200件、榛原総合病院は「新生児搬送の確立」などの条件付きで200件増。一部の診療所は100件前後なら増やすことができる―。

 産科医で榛原総合病院の茂庭将彦院長は「数の上ではお産難民は回避できる」と説明する。「妊婦の割り振りが大切になる。分娩リスクの高い人は病院、低い人は診療所で受診してもらわねば」

◆助産師派遣

 受け入れ増に手を挙げた病院や診療所の中には「助産師が増えないとプラス分を担えない」の声が強い。協議では藤枝市立の助産師を他施設に派遣する案が浮上した。ただ助産師本人の希望や職員の身分の切り替え、給与など課題が横たわる。

 藤枝市立の内部には院内助産院や助産師外来を検討する動きもある。地域の産科医たちは「常勤医がいなくて、緊急事態にどう対応するのか」と開設に難色を示す。

 新生児集中治療室(NICU)が充実している藤枝市立は、産科救急や新生児管理で大きな役割を果たしてきた。島田市民病院はNICUはあるが、産科医は1人。榛原総合は産科医が複数いるが、助産師が足りない―。基幹病院の産科休診は、診療科の配置のミスマッチの中で工面してきたこれまでの周産期医療体制にも打撃を与えた。

◆病院間連携

 藤枝市立の産科休診後は、産科救急は焼津市立と榛原総合に平等に搬送するシステムを作る。新生児搬送は、島田市民や藤枝市立のNICUの存続を前提とした上で、病院間連携を強めて対応する方針を申し合わせた。

 もともと産科医が少なく、診療所間連携を密にして互いにサポートしてきた地元の開業医は「今後、1つでも医療機関が消えたら、お産を維持できない」と危機感が強い。産科医たちは3月上旬にも再度、協議する。

(静岡新聞、2008年2月28日)

****** 中日新聞、2008年1月19日

藤枝市立病院の産科医師退職問題 再派遣、早くて5年先

 藤枝市立総合病院の産婦人科医3人全員が6月までに退職し、派遣元の浜松医科大に戻る意向を示している問題で、同医大側が引き揚げを一時的な措置とする一方、派遣再開は早くて5年先と考えていることが18日、分かった。医療界全体での医師不足が最大の原因という。同医大産婦人科学講座の金山尚裕教授が明らかにした。

 金山教授は、派遣医師の引き揚げについて「伊豆地方など東部や、中東遠など、産科医不足がより深刻な地域へ医師を割り振るため」と説明。派遣できる人材が不足している点や、再開には新たな医師の育成が必要である点を強調して「今後5年から10年は難しいだろう」とした。地元住民らが抱く産科医療後退への不安に対しては「近くにほかの公立病院(焼津市立総合病院や島田市民病院など)もあり、正常分娩(ぶんべん)は問題ないと考えている。リスクが高い出産は、周囲の病院と連携を深めて対応してほしい」とした。

 「全県のバランスを見て派遣先を決める必要がある」と医科大としての責任感もにじませ、「県内に医科大が一つしかない点も、人口規模から見れば問題」とした。

 ただ、藤枝市立総合病院側は納得しておらず、毛利博院長は同日に会見し「一人でもいいから産科医を病院に残してほしい。とにかく粘り強く浜松医科大にお願いしていくしかない」と強調した。

中期経営計画の修正は不可避

 産婦人科医全員の退職問題は、藤枝市立総合病院の経営改善にも影を落としている。昨年10月の1カ月間、不適正な診療報酬請求のために保険医療機関の指定を取り消された同院は、健全化に向けた中期経営計画(2008-12年)を策定中で、大詰めを迎えていたのに、柱の一つにするつもりだった出産時期の医療強化が土壇場で困難になってしまった。

 計画は未公表だが、病院長を補佐する副院長を複数置くことに加えて「がん」「脳卒中」「心筋こうそく」の三大疾病と「救急医療」「小児医療」、そして産前産後や早産などに対応する「周産期医療」を強化することが柱となる見通しだった。

 だが、浜松医科大が3人の派遣医師をすべて引き揚げる意向を表明した今、産婦人科については強化どころか、診療科そのものの存続さえ危ぶまれる事態だ。

 昨年の指定取り消しに続く痛手でもあり、病院側は「修正が必要になりそう」と肩を落としている。

(中日新聞、2008年1月19日)

****** 朝日新聞、静岡、2008年1月19日

藤枝市立病院産科医引き揚げ

 藤枝市立総合病院の産婦人科休止問題で、同病院に3医師を派遣している浜松医大医学部産婦人科学講座の金山尚裕教授は18日、同大学内で記者会見し、「藤枝に一時的に(常勤医を)派遣できなくなるのは事実。県内で志太、榛原地区以上に産婦人科医が不足しているエリアがあり、(医師の)人的資源を移動させざるをえない」と話した。

 金山教授は新たな派遣先の明言は避けたが「県内でも東部伊豆地区、中東遠地区や、開業医が相次いで分娩(ぶんべん)をやめている浜松地区など医師不足が深刻だ」と説明した。

 ただ、藤枝市立総合病院には週に2、3日は外来患者に対応するために非常勤医を派遣する用意があるといい「妊婦や婦人科の診察には対応していきたい。分娩に関しては近隣の病院や診療所でするようお願いしたい」と話した。

 新生児の医療で藤枝市立総合病院小児科の水準が高いことを認めた上で、「危険性の高い出産には病院同士の連携を進めて欲しい。公立病院同士の統合はなかなか難しいが、診療科目の集約化は可能ではないか。大学としても集約化が進んだところに人的なバックアップをしていきたい」と話した。

◆藤枝市立病院長

 一方、藤枝市立総合病院の毛利博院長も18日、記者会見し、同病院の産婦人科が6月末以降、休止の恐れがあることを認めた。

 さらに「影響が重大で、浜松医大に再考を願うよう要請している。産婦人科の休止という事態は避けられるよう、努力していきたい」と話した。

(朝日新聞、静岡、2008年1月19日)

****** 朝日新聞、静岡、2008年1月18日

産婦人科、休止の危機/藤枝市立総合病院

 06年度900件近い出産を扱った藤枝市立総合病院(毛利博院長)の産婦人科が6月末で休止に追い込まれる恐れがあることが明らかになった。現在勤務している3人の産婦人科医が同月末で退職する予定のためだ。市は医師らに慰留を重ねるとともに、後任の医師の確保を目指し、存続の道を探っているが今のところめどは立っていない。

 関係者によると、金丸仁前院長時代の昨年秋ごろ、産婦人科医の出身大学である浜松医大から医師を戻したいとの申し入れがあった。同医大は、県内で慢性的に不足する産婦人科医の各病院への派遣について再検討するため、引き上げを申し入れたと見られるという。

 一方、藤枝市立総合病院は志太、榛原地区の中核病院。産婦人科も同地区にある公立4病院のうち、06年度の出産件数は881件と際立って多い=表参照。

 病院の開設者である松野輝洋市長は「そういう申し入れがあるのは事実だが、引き続き医師に診療に当たってもらえるよう、大学にもお願いをしている最中。すでに決定したこととは受け止めていない」と話している。21日に浜松医大を訪れ、産婦人科の存続に向けて協力を要請する予定だ。

 同病院の産婦人科は昨年12月から医師が4人から3人に減少したため、5月から分娩(ぶん・べん)予約数を月20件に抑制することを明らかにしたばかりだった。

(朝日新聞、静岡、2008年1月18日)

****** 静岡新聞、2008年1月18日

産婦人科医退職へ 藤枝市立病院 休診の可能性も

 藤枝市立総合病院(藤枝市駿河台、毛利博院長)の産婦人科医師3人が6月までに全員退職する予定であることが17日、分かった。市と病院は後任の医師探しに奔走しているが、現時点では非常に難航しており、産婦人科が休診となる可能性もある。休診 同病院の産婦人科は、平成18年には881件、16年には1100件を超える分娩を扱い、志太榛原圏域の病院では最多。子宮筋腫や子宮・卵巣がんなどの診察・治療も行っている。

 昨年12月に医師1人が退職。さらに、医師の派遣元の浜松医大の方針で残る3人の医師も今年3月末に1人、6月中に2人が退職、大学に戻ることが決まった。市と病院は浜松医大に地域医療への理解を求めるとともに、全国の医大に医師派遣を要請、院内で対策を協議している。10日の診療部会議では、産婦人科から「婦人科手術は3月で終了する」「分娩予約は5月分までとする」との提案があったという。

 毛利院長は「休診などの事態にならないよう、最大限の努力を続けている最中で、流動的な部分もある。その結果を見て適切な対策を決めたい」と話している。同病院では、保険診療報酬の不正請求で歯科口腔外科が昨年10月に廃止されたほか、医師の不足で内分泌代謝科も休診中、総合内科も初診受付時間を制限している。

 志太地域では、島田市民病院でも医師不足のため、平成16年8月から18年4月まで産科を休診した。再開した現在でも常勤医は1人しかいない。藤枝市立総合病院の産婦人科が休診となれば、6人の医師がいる焼津市立総合病院などに患者が集中することも懸念される。

 焼津市立総合病院の太田信隆院長は「藤枝が休診した場合、正常分娩は既存の医療機関が分担して受け持つことはできる。しかし、母体に異常が起こった場合は、小児科も含めてパンクする可能性は高い」とみる。既に地域の開業医と対応について意見交換を始めたという。

 一方、浜松医大産婦人科の金山尚裕教授は「大学病院も含めて産婦人科医の不足が深刻化する中で、全県的なバランスを考え、より困っている地域に人員を振り分けざるを得ない」と語り、「行政や自治体病院が一丸となって、病院や医師の集約化に取り組んでほしい」と要望している。

(静岡新聞、2008年1月18日)


長野病院 来年3月末で産科医不在に

2008年07月25日 | 地域周産期医療

コメント(私見):

上田市を中心とした「上小医療圏」(人口:約22万人、分娩件数:約1800件)では、国立病院機構長野病院の産婦人科が唯一の産科二次施設としての役割を担ってきました。昨年11月に派遣元の昭和大学より常勤医4人全員を引き揚げる方針が病院側に示され、新規の分娩予約の受け付けを休止しました。来月より来年3月までは常勤医1人の派遣が継続されますが、今後は分娩に対応しない方針とのことです。同医療圏で分娩に対応する医療機関は、上田市産院、上田原レディース&マタニティークリニック、角田産婦人科内科医院の3施設となります。ハイリスク妊娠や異常分娩は、信州大付属病院(松本市)、県立こども病院(安曇野市)、佐久総合病院(佐久市)、長野赤十字病院(長野市)、篠ノ井総合病院(長野市)などに紹介されます。

母児の急変はいつ発生するか全く予測ができません。例えば、分娩経過中に、突然、胎児心拍が非常にゆっくりとなってそのまま全く回復しない場合があり、そのような場合には放置すれば子宮内胎児死亡となりますから、とにかく超緊急帝王切開を実施するしか手はありません。分娩取り扱い施設では、『帝王切開と決定してから児が娩出するまでに30分以内』を常に達成できる態勢が求められていますが、常勤医が大勢いてもこの条件を常に満たすことは非常に難しく、時間帯によっては帝王切開の決定から児娩出までに30分以上かかる場合もあり得ます。まして常勤医1人の態勢でこの条件を常に満たすのは絶対に無理です。

現代の周産期医療は典型的なチーム医療の世界で、産科医、助産師、新生児科医、麻酔科医などの非常に多くの専門家たちが、勤務交替をしながら一致団結してチームとして診療を実施しています。地域内に周産期医療の大きなチームを結成し、毎年、新人獲得・専門医の育成などのチーム維持の努力を積み重ねて、チームを10年先も20年先も安定的に維持・継続していく必要があります。もはや、1人や2人のスーパードクターの熱意だけではどうにもならない世界です。

参考記事:

長野病院の全産科医派遣の昭和大、引き揚げ方針

****** 医療タイムス、長野、2008年7月25日

長野病院 来年3月末で産科医不在に

8月以降1人体制、分娩は対応せず

 上田市の国立病院機構長野病院(進藤政臣院長)は24日、現在2人体制の産婦人科医師が派遣元の昭和大学への引き揚げに伴い8月から1人となり、来年3月末で派遣打ち切りになると発表した。来年4月以降については、現時点で医師確保の見通しが立っておらず、産婦人科の再開は困難な情勢だ。

 8月以降、医師は1人となるため婦人科の外来診療のみとなり、分娩、入院、手術は扱わない。必要に応じて昭和大が非常勤医師を、国立病院機構が月に1~2回、非常勤医師を同院に派遣し、残る医師をサポートする。

 今後同院は、現在7人いる助産師の研修に取り組み、来年4月からの助産師外来開設を検討するという。

 進藤院長は、関東などの大学医局への医師派遣要請が実らなかったことを挙げ、「新たな医師確保は非常に厳しい状態」との認識を示した。ただ、「この病院の機能からすれば正常分娩、ハイリスクを担当するのは当然であり、最大限の努力をしたい」と関係機関の協力を得ながら、引き続き医師確保に取り組むとした。

 同院の散会し引き揚げをめぐっては、昨年11月に派遣元の昭和大が当時、同院へ派遣していた4人全員を3月いっぱいで引き揚げる方針を提示。その後、分娩の予約が入っていた7月末まで派遣が継続されることになったが、2、5の両月で1人ずつ引き揚げとなっていた。

 これで上小地域では、市内の3医療機関が年間1800件の分娩を引き受けることになる。また、同院が年間200件前後扱っていたハイリスクや異常分娩は、信大付属、佐久総合、県立こども、長野日赤、篠ノ井総合の各病院へ紹介される。

(医療タイムス、長野、2008年7月25日)

****** 信濃毎日新聞、2008年7月24日

長野病院の産科医8月から1人に 計3人が引き揚げ

 国立病院機構長野病院(上田市)に昭和大(東京)が8月以降も派遣を続ける産科医は1人にとどまることが、23日、分かった。派遣していた4人のうち3人を引き揚げることになる。1人で出産を扱うのは困難なため、昨年12月から中止している出産の受け付けは再開できない見通しだ。上田小県地域の危険度の高い「ハイリスク出産」は当面、長野や佐久など他地域の病院に搬送される。

 残留するのは女性医師で、派遣は来年3月まで。常勤医1人態勢となるため、出産は扱わず、妊婦が希望する地域の病院などを紹介する。婦人科の外来診療は続ける。国立病院機構側は月に1、2日応援する医師を確保し、女性医師の負担軽減を図る。

 昭和大は昨年11月、都内の産科医不足に対応するため、4人いた派遣医の引き揚げ方針を病院側に示し、現在は残っている医師は2人。5月下旬、既に受け付けていた出産が終了する7月末以降も派遣をゼロとしない方針を固めたが、人数や派遣期間は未定だった。

 長野病院は、上田小県地域の年間約2000件の出産のうち、4分の1近くに当たる500件弱を担い、ハイリスク出産も引き受けていた。同病院は引き続き産科医の確保を目指す方針だ。

上田小県の有志 厚労相に陳情書

 上田小県地域の住民有志でつくる「上小の地域医療を支える住民の会」の半沢悦子代表らは23日、厚生労働省を訪れ、国立病院機構長野病院(上田市)の産科継続や麻酔科医確保、基幹病院としての機能うぃ維持するよう求める陳情書と31000人余の署名を舛添要一厚労相に手渡した。舛添厚労相は「長期的には医師を増やす政策に転換した。とにかく努力する」とした。

 住民の会側は「長野病院を今後どうするのか」と質問。舛添厚労相は「公立、私立を問わず、拠点病院は機能を残すことが重要。仮に(病院経営が)赤字であっても残すべきところは残す。住民の声を無視することはない」と話した。

(信濃毎日新聞、2008年7月24日)

****** 読売新聞、長野、2008年7月25日

産科医 来月以降1人に

長野病院、医師確保難航

 国立病院機構長野病院(上田市緑が丘、進藤政臣院長)の産科医引きあげ問題で、長野病院は24日、8月以降、常勤の産科医が1人になると正式発表した。新たな医師確保のめどは立っておらず、出産の扱いの再開は厳しい見通しだ。

 同病院では8月以降、妊婦健診などの外来診療を行い、出産については近隣医療機関に紹介する。進藤院長は、「地域住民に迷惑をおかけするが、出産受け入れを再開させるため、今後とも医師確保に向けて全力で努力していく」とのコメントを発表した。

 長野病院に医師を派遣していた昭和大は昨年11月、付属病院での医師不足などを理由に、4人の常勤産科医の引きあげを通告。今年7月末までに全員引きあげる方針だったが、今年5月に、上田市など5市町村で構成する上田地域広域連合に対し、来年3月までは1人か2人の産科医を残すと伝えていた。

(読売新聞、長野、2008年7月25日)

****** 読売新聞、長野、2008年7月24日

医師確保 厚労相に要望

長野病院問題で「住民の会」

 国立病院機構長野病院(上田市)の産科医引きあげ問題を巡り、地元住民らで作る市民団体「上小の地域医療を支える住民の会」が23日、厚生労働省を訪れ、舛添厚労相に、病院勤務医数の充実などを要望した。

 この日は、同会代表の半沢悦子さん(69)と会員6人が、舛添厚労相に、産科医などの確保を求める陳情書を、3万1362人分の署名を添えて手渡し、「長野病院は危機的な状況」と訴えた。

 これに対し、舛添厚労相は「全力を挙げて医師を探す」と約束。一方で、全国的な医師不足のために確保のメドが立たない可能性にも触れ、「開業医や長野赤十字病院との連携が取れるよう手を打つ」と話した。

 この問題では、昭和大が来年3月末で派遣している産科医を引きあげる方針を示している。これを受け、同会は4月20日~6月末に、街頭活動などで署名を集めていた。

(読売新聞、長野、2008年7月24日)

****** 中日新聞、長野、2008年7月25日

長野病院がお産休止 

来月から 医師不足で存続困難

 国立病院機構長野病院(上田市)は24日、産科医を確保できないため8月からお産を休止すると発表した。

 同病院は年間400-500件の出産を扱い、上小地域の中核的な役割を担ってきた。しかし、昨年12月に常勤医を派遣していた昭和大(東京)が、既に予約を受けた出産が終わる7月ごろまでに医師を引き揚げる方針を発表。新規予約を中止していた。

 同病院は存続を目指して厚生労働省などに医師派遣を依頼していたが、新たな常勤の医師を確保できなかった。現時点で来年3月まで常勤の産科医は1人となり、存続は困難として休止に踏み切った。

 進藤政臣院長は「大変厳しい状況だが、再開を目指して今後も医師確保に努めたい」と述べた。【福田真悟】

(中日新聞、長野、2008年7月25日)

****** 毎日新聞、長野、2008年7月25日

国立病院機構長野病院:来月から産科医1人 分娩や手術が不可能に

 国立病院機構長野病院(上田市)は24日の会見で、8月1日以降、産婦人科常勤医師が1人体制になることから分娩(ぶんべん)・手術が不可能になり、診療も婦人科の外来診療のみに限定すると発表した。常勤医師も来年3月までの期限付きとしている。

 同病院の産婦人科は昭和大(東京都)から派遣されているが、4医師全員の引き揚げを通知され、昨年12月から出産予約を休止した。病院側は派遣の継続、他大学に派遣を依頼してきたが実現しなかった。2、5月に1人ずつ医局に戻り、7月中に全員引き揚げ予定だったが、常勤医師1人は確保してもらったという。

 上田・小県地域では年間1800件前後の出産があり、同病院が扱う500件弱は上田市産院と2産婦人科病院が引き受ける。ハイリスク、異常分娩は佐久、長野など周辺病院が対応する。進藤政臣院長は「産科医確保に引き続き努力するが厳しい。常勤医がいる間に助産師外来開設に向け研修を進めたい」と語った。【藤澤正和】

(毎日新聞、長野、2008年7月25日)


医師不足対策 増員だけでは10年かかる

2008年07月23日 | 医療全般

周産期医療はいま絶滅の危機にあり、現場の産婦人科医たちは日常臨床の中で『周産期崩壊』を実感し、大きな危機感を抱いています。このままではあと何年持ちこたえられるか全くわかりません。10年後の医師増員ではとても間に合わないと思います。

しかし、現場の頑張りで何とか持ちこたえているうちは、この大きな危機感が一般市民、行政、立法、報道などには十分に伝わりません。10年先20年先にも周産期医療がこの世の中に生き残っているためには、現場の産婦人科医の声を日本社会全体により浸透させていく必要があると思います。

激務に耐え切れず医療現場を立ち去る寸前まで、黙々と頑張り続けるのは考えものです。無謀な勤務態勢を改善し、無理をしなくても十分に維持可能な周産期医療提供システムを構築する必要があります。


閉鎖する産院 危険負いたくない (中日新聞)

2008年07月21日 | 地域周産期医療

全国的に産婦人科医数が激減し、産科施設が年々減少し続けています。周辺の産科施設が相次いで分娩の取り扱いを中止すれば、必然的に、産科を継続している少数の施設に地域の妊婦さん達が集中してきます。

そのため、もともと過酷だった基幹病院の職場環境がますます過酷となり、多くの疲弊した医師達が耐え切れず現場から立ち去っています。このまま放置して地域から産婦人科医が全員立ち去ってしまえば、その地域の産婦人科医療は完全に絶滅してしまいます。

地域の産婦人科医療が、十年後にもこの世の中で生き残っているために、いま我々が実行しなければならないことは何だろうか? 地域の仲間達とも大いに議論し、また自問自答を繰り返し、これから進むべき道を模索する毎日です。

****** 中日新聞、2008年7月19日

閉鎖する産院 危険負いたくない

 「凶悪犯と一緒じゃないか」。岐阜県土岐市の産婦人科医、西尾好司(68)は一昨年2月、テレビのニュースを見ながらつぶやいた。警察に連行される医師の姿が映し出されていた。

 全国の産科医に衝撃を与えた「大野病院事件」。福島県立病院の医師が、帝王切開で出産した女性に適切な処置をせずに大量出血で死亡させたとして業務上過失致死容疑で逮捕された。産科婦人科の学会は「診断が難しく、治療の難度も高い」と反発した。

 西尾は30年間、1人で診療所を守り、約9000人の新生児を取り上げた。急な出産で深夜に起こされ、寝られないことはしばしば。朝から通常の診察もあり「72時間労働なんてざらだった」。そんな生活も「産科医として当たり前」と思っていた。

 70歳が近づき、大学病院で働く産科医の長男に後を継ぐように頼んだが、断られた。「帰ってきたら1人でやることになる。危険を負いたくはない」。長男の言葉が耳から消えない。出産時に万一のことがあれば、巨額な損害賠償を求められ、刑事責任をも問われる時代になっていた。西尾は昨年1月、産科の扱いをやめた。

(中略)

 地域の中核を担う県立多治見病院には妊婦が押し寄せる。昨年は、例年より100件ほど多い約500件の出産を手掛けた。医師は定員より1人少ない5人。危険度の高い妊婦の診察や腫瘍手術をしながら、正常分娩も扱う。

 院長舟橋啓臣(64)は「身を削ってやっている」と言いつつ「安全なお産を守るためには近くに産む場所を求めるより、医者を集めることが大切だ」と進むべき道を模索する。

(以下略)

(中日新聞、2008年7月19日)


防衛医大、診療科の選択調整

2008年07月20日 | 医療全般

防衛医大の場合、従来は卒業生自身が自由に診療科を選択できたのに、来年度からは診療科ごとの大まかな定員を設けることになったようです。

一般の医学部在学生の場合、現行の卒後臨床研修制度では、医学部6年時に研修医マッチングで研修病院が決定されますが、大学卒業時にはまだ診療科まで決定する必要はありません。診療科が決まるのは、2年間の初期臨床研修が終了した時点です。

現行のシステムでは、診療科、専門研修先などは研修医本人の自由選択です。研修医たちは2年間の初期臨床研修期間中に、実際の医療現場で働く各診療科の医師たちのQOL(生活の質)を観察して、いろいろと悩みに悩んで自分の進路を決定しています。

医師不足の困窮度には、診療科ごとにかなりの差があります。最近、医師不足対策として、大学医学部の入学定員を大幅に増員する方針が決定されたようですが、全体の医師数が増えたとしても、診療科を自由に選択できる現行システムのままでは、医師不足の診療科の医師数が将来的に期待通り充足されるかどうか?は全く不明です。医師の総数を増やしていくことも大切ですが、同時に、診療科ごとの医師数を(需要に応じて)ある程度は「調整」していく必要もあると思います。

****** 読売新聞、2008年7月19日

防衛医大、診療科の選択調整…来春卒業から 方針変更に戸惑う学生

 防衛省は来年度から、自衛隊の医師を養成する防衛医大(埼玉県所沢市)の卒業生について、診療科ごとに大まかな定員を設けることにした。

 同大の卒業生はこれまで、一般の医師と同様、自由に診療科を選ぶことができたが、自衛隊でも医師不足が問題になっており、特定の診療科への偏在を解消するため、「調整」することにした。医師不足対策としての効果が注目されるが、急な方針変更に、学生から戸惑いの声も上がっている。

 防衛医大の学生は特別職の国家公務員で、入学金や学費がかからず、月額約11万円の手当などが支給される。その代わりに、卒業後9年間は自衛隊に勤務する義務があり、途中で辞める場合は、卒業までの経費を償還(最高5000万円)する必要がある。

 同省によると、近年、全国的な医師不足の影響もあり、義務年限を終える前の早期離職が増えている。自衛隊勤務の医師は799人(3月末)で、定員に対する充足率は68%。充足率は1996年の約80%から下がり続け、特に外科と産科、精神科で医師不足が目立つ。全国16か所の自衛隊病院で産科などがなくなったところも出ている。

 このため、陸上・海上・航空の各自衛隊ごとに診療科が必要とする人数を大枠で示し、学生の希望や成績を基に各科に割り振り、人数枠を大幅に超えた場合は調整を行う。強制はせず、卒業後の臨床研修(2年間)と部隊勤務(同)を経て、5年目から始まる診療科別の専門研修時に変更を希望することも可能という。

 新方針は先月中旬、同大の学生に伝えられた。同省側が示した各診療科別の大枠は、3自衛隊合わせて、内科13~21人、外科8~15人、整形外科と精神科が各4~8人など。関係者によると、来春卒業予定の62人は現時点で外科希望者が少なく、他の診療科から割り振られる可能性が高い。

 学生からは「卒業間近になって、希望と違う科に行けと言われても困る」「診療科を制限するなら、入学時に明示すべきだ」などの声が上がっているという。

(以下略)

(読売新聞、2008年7月19日)


公立・公的病院の勤務医不足への対応

2008年07月18日 | 地域周産期医療

地域基幹病院の産婦人科で分娩を取り扱うためには、少なくとも4~5人の常勤の産婦人科医を確保する必要がありますし、小児科、麻酔科のしっかりしたサポートも必須条件となります。

周産期医療は、産科医、新生児科医、麻酔科医などの緊密な連携があって初めて成り立ちます。地域の周産期医療の質を確保するためには、各医療圏内の限られた人数の産科医、新生児科医、麻酔科医を集約化し、産科救急にきちんと対応できる地域医療体制を確立する必要があります。

この公立・公的病院の勤務医不足の問題に対し、各自治体や各病院のレベルで個別に必死で努力しても、問題が県全体とか多数の自治体に関わるため、個別の対応には大きな限界があります。産婦人科、小児科、麻酔科それぞれの科の特殊な事情があるとは思いますが、各科の集約先病院がてんでバラバラでは、『多くの病院があっても、どの病院も産科救急には全く対応できない!』というような事態にもなりかねません。従って、地域における医師の配置を統括する(国や県のレベルの)強力なリーダーシップが不可欠だと思います。

集約化により、産婦人科医、小児科医、麻酔科医などが撤退してしまう病院や自治体、地域の住民の反発が当然予想されます。出産のための宿泊施設の整備、さらには道路整備、ヘリコプター搬送システムの充実などが行政側の課題になると考えられます。

****** 中日新聞、2008年7月18日

常勤医減る公的病院 新研修制、大学が『引き揚げ』

 自治体や日本赤十字社などが運営する公的病院の常勤医師数が二〇〇五年、過去三十年で初めて減少に転じたことが分かった。〇六年には千人以上減少。〇四年四月から始まった医師の新しい研修制度の影響で、各地の大学病院が派遣先の公立病院などから医師を引き揚げる動きを加速させている。専門家らは「新制度が自治体病院の医師不足の大きな原因と裏付けられた」と話している。

 新人医師の研修先は従来、大学病院に集中していた。新制度では、研修医が研修先を希望できるようになり、症例数が多く研修内容や待遇などが充実した大都市の民間病院などに集中。大学病院や関連病院が人手不足となり、地方の病院に派遣していた医師を引き揚げるようになった。

 厚生労働省が毎年作成する「医療施設調査・病院報告」などを一九七六年から〇六年まで分析した。それによると、医師は毎年三千五百-四千人程度の自然増を続けている。しかし、公的な医療機関の常勤医は新しい医師臨床研修制度導入の翌〇五年十月時点で、初めて七十四人(0・2%)減少。〇六年は千九十人(2・5%)減り、全体で約四万二千四百人になった。

 うち市町村立病院は〇五、〇六年の二年間で計八百二十一人(4・1%)減り、計約一万九千百人。都道府県立病院も〇六年に八百三十八人(8・1%)と大きく減少。計約九千五百五十人になった。

 各地の病院では非常勤医を増やすなどして穴埋めしているが、非常勤医を合わせた数でも、〇六年に初めて約千七百五十人(3・5%)が減少した。

 医師総数は〇六年末で約二十七万八千人。毎年七、八千人の医師国家試験合格者がいる一方、その半数程度が退職や死亡している。

待遇改善も進まず

 伊関友伸・城西大経営学部准教授(行政学)の話 公的病院の医師の減少は、新臨床研修制度に伴う大学病院の医師引き揚げが影響しているのは間違いない。自治体病院は医師をほぼ大学の医局に頼っていた。今も減少傾向は続いている。役所的な体質で、医師の過重労働や低い待遇に対する対応も遅く、それが拍車をかけた。

新研修制度 重大な“副作用”

 産婦人科や小児科を中心に各地で広がる深刻な医師不足。医師総数は毎年、自然増が続いているが、県立病院などの公的医療機関では、二〇〇五年から一転して減少。その大きな原因となったのが前年度から始まった新しい臨床研修制度だ。研修医の待遇や研修環境は改善されたが、診療の縮小や閉院、医療の地域格差という重大な“副作用”をもたらしている。【稲垣太郎】

(以下略)

(中日新聞、2008年7月18日)


研修医の動向、地域格差

2008年07月16日 | 地域医療

今年もまもなく研修医マッチングの選考手続きが始まります。また、2年目の初期研修医達も来年から専門研修(後期研修)をする病院をそろそろ決定しなければならない時期です。

研修医にとっては、勤務病院の待遇改善やQOL(生活の質)ももちろん大切な要素ですが、多くの症例を経験し、基本的な技術や考え方をしっかりと修得できる研修環境が必要です。一つの病院の特殊なやり方だけに染まらず、いくつかの病院で多くの先輩医師のろいろな手技や考え方を学んで、自分を鍛えていく必要があると思います。多くの仲間と一緒に切磋琢磨して、腕を磨いていけるような研修環境が理想的です。

いくら医師不足で地方が困っているからと言って、研修環境を全く無視して、研修医をいきなり医療過疎地域に強制配置するようなやり方ではまずいと思います。大学病院と地域基幹病院とが全面的に協力しあって、あせらず長い目で、若い医師たちをじっくりと育てていく必要があると思います。

****** 信濃毎日新聞、2008年7月15日

県内集まらぬ研修医 受け入れ指定28病院「充足率」53% 7施設はゼロ 全国平均下回る

 研修医を受け入れる指定を国から受けた県内の28病院で、募集数に対する受け入れ数を示す「充足率」が本年度、53・9%にとどまり、うち7病院は研修医が1人もいないことが14日、信濃毎日新聞社の調べで分かった。医師が少ないことなどから「自分が望む研修が受けられない」として、医学生が敬遠する例が多いとみられる。研修医不在の病院からは、今後の医師不足につながる恐れを心配する声が出ている。

 県内28病院が受け入れた研修医は、計204人の募集に対し、4月1日現在で計110人。4月の全国の平均充足率の69・4%を下回り、東京(86・7%)とは大きく差が開いている。

 研修医がいない7病院は中信3、南信2、東信1、北信1。1年目の研修医がいないのは10病院、2年目がいないのは9病院に上った。充足率100%は6病院だった。

 医学生は、研修先として複数の病院を希望。財団法人が仲立ちとなって病院との希望を結び付ける「マッチング」で研修先が決まる。ただ、病床数や入院患者などを基に算出される全体の募集数が、医学生の数を上回る「売り手市場」になっており、医学生の希望が大きく左右しているのが現状だ。

 研修医がいない県内の病院の担当者は「指導する医師や症例数が少ない地方病院は、学生にアピールするのに限界がある。研修医が選ばない病院は将来の職場として選択される可能性も低く、東京や県内の大規模病院との差はますます開く」と懸念している。

(以下略)

(信濃毎日新聞、2008年7月15日)


産科医療補償制度の開始

2008年07月15日 | 出産・育児

脳性麻痺は、『受胎から新生児期までの間に、脳の運動野の形成異常や損傷により、運動と姿勢を制御する能力が損なわれた状態を総称する病態で、進行性の神経疾患を除く。』と定義され、一定の確率(出生1000に対して平均 2件程度)で発生します。

従来は脳性麻痺の多くは分娩時低酸素症に起因すると考えられてきましたが,最近の研究では、分娩時低酸素症に起因する脳性麻痺の頻度は10%未満であり、70~80%は出生前の因子(絨毛羊膜炎、未熟性、子宮内感染など)が関っているとされます。

多くの場合、脳性麻痺の原因の特定は非常に難しく、過失があったかどうかの判断も非常に困難です。一般に『出産は正常が当たり前』と思われていますが、現実には一定の確率で脳性麻痺などの不幸な結果も起きています。この一般の認識と現実とのギャップが、産科訴訟多発の原因の一つともなっています。

産科医療立て直しのために着手すべき課題は多くありますが、産科医療補償制度の創設はその中でもまず最初に着手しなければならない非常に重要な課題です。いよいよ来年1月1日から産科医療補償制度の運用が開始されます。

本制度の補償対象は、原則として出生体重2000g以上かつ在胎週数33週以上で、身体障害者等級1級、2級に相当する重度の脳性麻痺児となります。在胎週数28週以上33週未満の場合でも一定の条件を満たせば補償対象となる場合もあります。先天性要因などの除外基準に該当する場合は補償対象となりません。補償対象であるかどうかは、日本医療機能評価機構が、中立・公正な立場から一元的に審査を行います。

審査によって補償対象と認定された児に対して、住宅改造費、福祉機器購入などの準備一時金として600万円と、看護・介護費用として総額2400万円を児が20歳となるまで分割して給付します。

本制度の補償対象となる者は概ね500~800人程度と見込まれます。保険料 3万円は医療機関が負担することになりますが、妊婦が支払う出産費用に上乗せされるとみられ、このため厚生労働省は健康保険の出産育児一時金を引き上げる方針とのことです。


産科医、新生児科医、麻酔科医の適正配置

2008年07月13日 | 地域周産期医療

少ない産婦人科医がそれぞれ別の病院に点在して働いていると、多くの人手を必要とする産科救急にどの病院も適切に対応できなくなってしまいます。産婦人科医数が激減している現状の医療環境において、産科医療の質を確保するためには、各医療圏内の限られた人数の産婦人科医を集約化して、産科救急にきちんと対応できる地域医療体制を確立する必要があります。

小児科も同様の事情で、公立・公的病院の小児科医不足は全国的に深刻な状況にあり、小児科医の拠点病院への集約化が緊急の課題となっていると聞いてます。

また、麻酔科医不足も全国的に大きな問題になっています。麻酔科医不足から手術件数を大幅に制限せざるを得ない病院も少なくありません。

周産期医療は、産科医、新生児科医、麻酔科医などの緊密な連携があって初めて成り立ちます。産婦人科、小児科、麻酔科それぞれの科の特殊な事情があるとは思いますが、各科の集約先病院がてんでバラバラでは困ります。医師の配置を統括する強力なリーダーシップの存在が不可欠だと思います。

しかし、集約化により、産婦人科医、小児科医、麻酔科医などが撤退してしまう病院や自治体、地域の住民の反発が当然予想されます。出産のための宿泊施設の整備,さらには道路整備、ヘリコプター搬送システムの充実などが行政側の課題になると考えられます。

****** 読売新聞、2008年7月9日

7施設を集約 死亡率低下

 青森県は1999年から2年連続、新生児死亡率(出生1か月まで)が全国で最も悪かった。そこで、県は2001年に、青森市の県立中央病院に新生児集中治療室(NICU)を開設。2004年には、県内の中心施設として「総合周産期母子医療センター」に指定し、約20億円をかけて体制を強化した。NICUの看護師を8人増やして40人体制とし、最新の人工呼吸器なども導入した。

(中略)

 新生児集中治療管理部長の網塚貴介さんは「経験豊かな医師や看護師らスタッフを集め、最新の設備を整えることで、充実した治療が可能になる」と言う。

 新生児死亡率が高かった時期、高度な周産期医療を担う病院が県内7か所に分かれ、2施設は超低出生体重児の1年間の診療数が1人だけという年もあった。

 病院を県内1か所に絞って体制を強化し、現在、県内の超低出生体重児の約8割を診るようになった。この間、新生児死亡率は全国で20番台にまで改善したこともあった。

 しかし今、県立中央病院の周産期医療は新たな問題に直面している。NICUへの入院患者数は開設当初より3割増え、年間約180人。一方、常勤医師数は2004年と同じ4人。4日に1度の当直をこなしながら支え、医師に過重な負担がかかってきている。

 昨年の新生児死亡率は全国で下から8番目にまで転落した。高度な医療施設での優秀な人材の確保。地方の多くの病院がこの問題を抱えている。

(読売新聞、2008年7月9日)

****** 読売新聞、2008年7月12日

地域周産期母子医療センター「迅速に帝王切開」3割だけ 麻酔科医不足が原因

 緊急帝王切開など高度な医療が必要なお産に当たるため、都道府県が指定する全国の地域周産期母子医療センターのうち、国が設置基準として求めている「30分以内に帝王切開ができる態勢」を昼夜問わずとっているのは、約3割に過ぎないことが厚生労働省研究班(主任研究者=池田智明・国立循環器病センター周産期科部長)の全国調査でわかった。

 産科、小児科より麻酔科医不足が原因と答えた施設が多く、麻酔科医確保も重要な課題であることが判明した。

(以下略)

(読売新聞、2008年7月12日)


シンポジウム「産婦人科医不足の解消を目指して」、第60回日本産科婦人科学会

2008年07月12日 | 飯田下伊那地域の産科問題

全国各地で分娩の取り扱いを中止する医療機関が続出し、早急な対応が求められています。今回の日本産科婦人科学会総会(横浜、2008年4月12日-15日)では、シンポジウムのテーマとして「産婦人科医不足の解消を目指して」が取り上げられました。

北里大・海野教授の基調講演に続き、6人のシンポジスト(東海大・松林准教授、宮崎大・金子准教授、信州大保健学科・金井教授、岡山大・関医師、亀田総合病院・鈴木部長、大阪厚生年金病院・小川部長)より、各地域のユニークな取り組みが報告されました。

****** Medical Tribune、2008年7月3日

第60回日本産科婦人科学会

深刻化する産婦人科医師不足解消に向け勤務環境の整備を

 産婦人科医不足が深刻化し,分娩を廃止する医療機関が続出するなど早急な対策が求められている。横浜市で開かれた第60回日本産科婦人科学会(会長=東北大学大学院発達医学講座周産期医学分野・岡村州博教授)のシンポジウム「産婦人科医不足の解消を目指して」(座長=北海道大学・水上尚典教授,山形大学女性医学分野・倉智博久教授)では,医学部での卒前・卒後教育でいかに産婦人科の希望者を増やし,医療機関での診療体制のなかで離職者の増加に歯止めをかけるか,さらに増え続ける女性医師が出産後も働き続けられる環境づくりをいかに整備するかなど,さまざまな角度からの実践報告が行われた。地道な取り組みの結果,産婦人科医の増加に結び付いた実例が紹介され,産婦人科医不足にあえぐ全国の大学,医療機関に希望を与える内容となった。

年間500人の新規専攻医育成を

 北里大学産婦人科学の海野信也教授は,基調講演で「産婦人科医の減少を食い止めるには,最低でも年間500人の新規産婦人科専攻医を確保する必要がある」との見解を示した。
Photo_4 同教授は,産婦人科医不足の深刻さを,各種統計を交えながらクローズアップした。まず,全体としての産婦人科医の数について,医師数は全体で増えているなか,産婦人科医はここ8年間で10%減少しており,全勤務医師数に占める産婦人科医の割合は1970年代の10%台から3.8%にまで低下。1990年以降,わが国の出生数は10%減少しているが,それを上回るスピードで産婦人科医数が22%減少,毎年約180人の減となり,医師1人当たりの出生数は増え続けるという事態となっている(図 1)。
 また,産婦人科全体に占める女性医師の割合は,日本産科婦人科学会の会員のうち30歳代が50%,20歳代では70%となり,小児科,眼科など他の診療科と比較しても突出している。さらに,経験年数5年ごとの分娩を扱う率を見ると,卒後11~15年目で男性医師は8割が実際にお産を担当しているのに対し,女性医師は経験年数が増えるごとに減少,約52%まで落ち込んでおり,産婦人科医では,男女で働き方に違いが認められた。
 平成19年度の新専門医調査では,女性医師が5年後に希望する就労形態は非常勤かパートと答えた医師が多く,女性医師の増加は分娩を継続的に担う人材の減少につながることを示している。結果として,わが国の分娩施設はここ10年で病院25.4%,診療所で35.3%の減少となっている。
 これらの統計から,同教授は「産婦人科の新専門医が毎年300人以上増えても産婦人科医は減少し続けている。減少を防ぐには少なくとも年間500人以上を養成しなければならない。これをいかに確保するか,今現場にいる産婦人科医が仕事を続けられる環境をどのように整備するかを考えなくてはならない」と述べた。

(中略)

産科医療崩壊の危機を回避

 信州大学小児・母性看護学講座の金井誠教授は,産科医療体制崩壊の危機から脱却し,2008年には長野県として新たに7人の産婦人科医を育成できたことを報告した。
 長野県では,分娩を中止する施設が相次ぎ,帰省分娩を断らざるをえない地域が拡大している。2005年には年間1,800分娩を6施設で対応していた県南部の二次医療圏で3施設が分娩中止を表明,半年後に3施設分850分娩が受け入れ先を失う医療崩壊危機が勃発した。行政,医師会,医療機関関係者から成る「産科問題懇談会」を立ち上げ,対応を検討した。具体的には,分娩数の最も多い市立病院に広域連合から5億円の支援を行って分娩室の増築,助産師の増員などを行うほか,産科をセミオープンシステムとして,紹介状のない初診外来は市立病院以外の施設で対応するよう診療機能分担を明確化した。地域住民に対する周知徹底も行った結果,同院の分娩数は年間552件から1,003件に急増したが,危機回避に成功。セミオープンシステム導入後,外来患者が18.4%減少したため,同院産婦人科医の過重労働感は以前と同等かむしろ軽減できた。
 危機回避後も,女性医師の退職が相次ぐなど産科医師不足が深刻な状況は続いた。対策として,「出産子育て安心ネットワーク事業」に2008年度補正予算で約1,200万円を計上,高リスク分娩の取り扱いに応じて研究奨励金を個人に支給する仕組みをつくった。国立大学病院の医師個人に対して,行政が奨励金を与えるのは全国でも初めての取り組みとなる。
 大学での卒前,卒後教育では,対話や診療に触れる機会を重視。学生には,宿泊実習で分娩に立ち会う機会を増やし,当直医が夕食をともにして語らい,緊急入院や緊急手術の診療を一緒に行うなど,熱意ある指導体制を構築した。研修医には,主体性を重視しながら何でも相談できる上級医を身近に配置して,安心して仕事ができる環境を整備した。
 また,術前,術後臨床カンファランスでは,放射線科医とともに術前画像診断を行い,術後には摘出物から術前診断を振り返り,病理カンファランスでは病理組織標本を自分でもチェックするなど診療に触れる機会を増やした。
 さらに同大学独自の取り組みとして,地域医療人育成センターを設立。医学部1~2年生が妊娠初期から分娩まで1人の妊婦を受け持ち,産科診療の魅力を体験する実習や,インターネットを利用した遠隔セミナー,全国の研修医と医学生を対象に夏期セミナーを開催,信州と産婦人科の魅力をアピールした。こうした努力の結果,2008年には同大学と関連病院に計7人の産婦人科新人医師を誕生させることができた。
 最後に,同教授は「産婦人科医が教育整備の中心的役割を果たすことで,大学全体および産婦人科を活性化する原動力になる。愛情と情熱ある診療と教育,明るく振舞う,あきらめないのAAA(トリプルA)を実践していきたい」と結んだ。

(以下略)

(Medical Tribune、2008年7月3日)


地域周産期センターにおける麻酔科医の役割

2008年07月12日 | 地域周産期医療

周産期施設において、産科医、新生児科医とともに麻酔科医の存在が非常に重要です。いつでも30分以内に帝王切開を実施するためには、24時間体制で麻酔科医が院内に常在する必要があります。

****** 読売新聞、2008年7月12日

地域周産期母子医療センター「迅速に帝王切開」3割だけ

麻酔科医不足が原因

 緊急帝王切開など高度な医療が必要なお産に当たるため、都道府県が指定する全国の地域周産期母子医療センターのうち、国が設置基準として求めている「30分以内に帝王切開ができる態勢」を昼夜問わずとっているのは、約3割に過ぎないことが厚生労働省研究班(主任研究者=池田智明・国立循環器病センター周産期科部長)の全国調査でわかった。

 産科、小児科より麻酔科医不足が原因と答えた施設が多く、麻酔科医確保も重要な課題であることが判明した。

 調査は今年3月、地域周産期母子医療センターに指定された209施設に対して実施、103施設(49%)が回答した。有効回答のあった92施設のうち、26施設(28%)は「常に30分以内に帝王切開ができる」と答えたが、44施設(48%)は「日勤帯のみ」、20施設(22%)は「(昼夜とも)ほぼ不可能」と答えた。

 「日勤帯のみ」「ほぼ不可能」とした64施設に、理由を複数回答で聞いたところ、「手術室の確保が困難」が44施設、「麻酔科医がいない」が21施設。これに「産科医がいない(13施設)」「看護師不足(12施設)」「小児科医がいない(10施設)」が続いた。厚生労働省は、地域周産期母子医療センターについて、米国の学会の目安などを参考に「30分以内に帝王切開で分娩が可能な医師配置が望ましい」という基準を設けている。

 調査に当たった埼玉医大総合周産期母子医療センター産科麻酔科の照井克生・准教授は「産科、小児科だけでなく、麻酔科の人員配置も今後、十分配慮すべきだ」と話している。

(読売新聞、2008年7月12日)


お産の危機

2008年07月09日 | 地域周産期医療

大多数の欧米諸国では、妊婦健診は近くの診療所で行うが分娩施設は集約されているのに対して、日本では多数の小規模施設が分娩を取り扱うという特徴があります。例えば、分娩施設あたりの産婦人科医数は、アメリカが6.7人、イギリスが7.1人であるのに対し、日本はわずか1.4人にすぎず、きわめて小規模な施設で多くの分娩が行われているのが現状です。

日本の分娩施設は少人数の産科医で維持されているため、各施設の産科医の当直回数が多くなって勤務環境が過酷となり、これが若い医師がこの分野への参入を躊躇する大きな要因の一つとなっています。

全国各地の多くの分娩施設が休診ないし規模縮小に追い込まれていて、事態はどんどん悪化し続けてますが、小規模施設での分娩管理にはやはり限界がありますから、各地域で分娩施設の集約化を進め、施設あたりの産婦人科医数を少なくとも諸外国並みの6~7人程度まで増やす必要があると思います。

次世代の若い人達が入門を尻込みするような過酷な勤務環境のままで、無理に無理を重ねて頑張り続けるのは考えものです。産科医療を再生させるためには、若い人達が喜んで入門できるような勤務環境を整えることが非常に重要だと思います。

****** J-CASTニュース、2008年7月5日

半年先まで分娩予約でいっぱい 妊娠判明即病院探しに奔走

 産婦人科医が足りず、半年先まで分娩の予約が取れない。そんな深刻な事態が全国で増えている。今や、妊娠したと分かった瞬間から、妊婦は産み場所を求めて奔走せざるをえないのである。

妊娠わかった時点で予約を取ることが絶対に必要

 「09年1月まで、分娩予約を受け付けることができません」

 そう話すのは、東京都内の産婦人科病院だ。ここでは、2人部屋と個室があるが、2人部屋は人気があり、すぐに埋まってしまう。割高な個室も少し空きがある程度だ。

 また、都内の別の病院の場合は、ホームページに「09年1月前半まで予約を制限している」と書かれている。ここに問い合わせると、担当者は1月後半から予約可能と回答した。今後さらに制限が進むことも考えられるという。

 1か月の分娩数を制限している病院もある。独立行政法人国立病院機構横浜医療センター(神奈川県横浜市)では、1か月の分娩数を70件にしている。産婦人科医が7~8人勤務している比較的大きな病院だが、担当者は「先週で1月までの予約がいっぱいになりました。埋まるのが早かったです」と話す。横浜市西部地区、藤沢、鎌倉地域の中核病院である同センターには、地域の産婦人科で予約が取れなかった妊婦が殺到している様子だ。

 分娩予定日は通常、妊娠9~10か月目とされる。7か月先まで空きがないということは、妊娠2か月目までに受診しなければ間に合わない計算だ。ところがこの時期は自覚症状が少ないという。つまり、受診が遅れると予約が取れない、なんてことにもなりかねない。

 「小さな病院は医師の数も、ベッド数も少ない。そのためすぐに予約でいっぱいとなってしまう。また、分娩できる施設の数自体も減っていて、妊婦さんは手当たり次第病院に問い合わせている」

 妊娠がわかった時点で診察を受けて、早めに分娩予約を取ることが絶対に必要だ。各病院の担当者はこう口を揃える。最近の妊婦はまず、産む場所の心配をしなければならない。

 一方、東京都の医療機関案内サービス「ひまわり」では地域別に助産所の検索ができるが、予約の空き状況まではわからない。各病院にデータを随時更新してもらわなければならないため、予約状況がわかるサービスの実現は難しい、と東京都福祉保険局は話している。

(以下略)

(J-CASTニュース、2008年7月5日)


医師不足の原因は何?

2008年07月03日 | 医療全般

コメント(私見):

地方で医師を安定的に確保していくためには、『地域で医師を育てる』という観点が今後ますます重要になっていくと思います。

地域に若い医師を呼ぶためには、その地域に基本的な専門医資格が取得できる研修施設が存在することが必須条件です。そのためには地域の中核病院において、各診療科の指導医陣の充実、最新医療設備の整備、豊富な症例数などの研修施設としての基準を満たす必要があります。現状では、そのような基準を満たす魅力的な研修施設が地方には少なく、若い医師達が都会の有名病院に集中しやすい状況になっています。

今後、地方における医師不足の問題を改善していくためには、『地域の中で若い医師が育ち、やがて巣立っていく。そして大学病院や他地域の病院などで更なる研鑽を積んで大きく成長し、やがて指導医としてまた古巣に戻って来てくれる。』というような好循環を安定的に創り出すことを目指して、地域を挙げてこの問題に長期戦で取り組んでいく必要があると思います。

****** 共同通信、2008年6月30日

Q&A 医師不足対策

【要約】 現状では毎年約7700人の新たな医師が誕生している。厚生労働省の試算によると、医師数は、退職した人数などを差し引いても、毎年3500~4000人のペースで増え続けている。しかし、救急や産科、小児科などで医師が足りず、廃院や休診に追い込まれる「地域医療の崩壊」が全国各地で問題となっている。へき地や離島では以前から医師確保に苦労してきたが、最近は都市部でもそうした傾向が目立ってきた。救急搬送の受け入れを拒否される「たらい回し」も勤務医不足が主な要因とされている。医師不足の原因として多くの医療関係者が指摘するのは、2004年に導入された臨床研修制度の影響である。大学を卒業した医師が、症例が多く待遇も良い都市部の民間病院などを研修先に選ぶようになり「大学病院離れ」が進んだ。その結果、これまで地域医療を支えてきた大学病院からの派遣医師が減り、地方の医師不足が一気に加速したと言われている。政府も医療現場の医師不足状態を認め、07年夏には臨時医師派遣や暫定的な医学部定員増などの緊急対策を打ち出した。ただ、地域や特定の診療科での偏在が問題であって、医師の総数については将来的に過剰となるおそれがあるとして、1982年から続く医師数抑制の方針自体は変えなかった。今回、政府は「医学部定員の削減に取り組む」と明記した97年の閣議決定を事実上撤回し、定員を増やす方針を決めた。しかし、医学部1年生が教育、研修を経て医師として活躍するには約10年を要するので、医師不足への即効薬にはならない。短期的な対策として政府は、地方の病院を希望する研修医が増えるよう臨床研修制度を見直すとともに、宿直が多い勤務医の過酷な労働環境の改善や、女性医師が結婚、出産後も仕事を続けられる環境整備に努める方針である。一方で患者側も、軽症なのに休日・夜間の救急外来を利用するといった人が増えていることが医療現場を疲弊させている実態を理解し、地域医療をともに支えていく意識を持つことが求められる。

(共同通信、2008年6月30日)