ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

「上田地域の周産期医療の展望」~信州大学の先生方による医療講演会~

2010年07月24日 | 地域周産期医療

平成22年7月21日(水曜日)午後2時~5時、上田市の「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」で、「上田地域の周産期医療の展望」と題する医療講演会が開催された。この講演会は上田市が主催し、長野県、国立病院機構長野病院、上田地域広域連合が共催し、上田市医師会、小県医師会が後援した。演者は、信州大学医学部産科婦人科学講座:塩沢丹里教授、同麻酔蘇生学講座:川真田樹人教授、同小児医学講座:小池健一教授(信州大学医学部付属病院長)の3教授であった。

まず、塩沢丹里教授は、減少傾向にある産婦人科医の現状説明から入り、その要因として、新臨床研修制度の開始、激務、訴訟リスクの高さ、女性医師の増加に伴う離職・退職の増加などを指摘した。産婦人科医を増やしていくには産婦人科医のQOLや処遇を改善することが不可欠とし、それらの実現には「集約化が最も可能性のある対策」と強調した。「お産難民を出さないことが最重要課題」として、現在県内に9ある「連携強化病院」(北信総合病院、長野赤十字病院、篠ノ井総合病院、佐久総合病院、県立こども病院、信州大学医学部付属病院、諏訪赤十字病院、伊那中央病院、飯田市立病院)へ重点的に若手医師を派遣していることに理解を求めた。

川真田樹人教授は、まず麻酔学の歴史について説明したあと、長野県の麻酔科医養成の展望について語った。約20の県内の関連病院での麻酔科医数を3~4人へ適正化するには、今後15年間で80人養成する必要があるものの、供給源が信州大だけでは20人不足するとの試算を示した。麻酔科医の確保には、出入り自由な教室運営、他大学とのオープンな協力関係の構築、他県からの受け入れ、などの対策が必要とし、「上田でもできる限り知恵を出し合い、麻酔科としてできることができたら」と述べた。

小池健一教授は、御自身が上田市出身であること、上田地域の医療体制の再構築にかける御自身の熱い思いなどを語った。上小医療圏の地域医療再生計画が選ばれたことは「本当に幸せなこと」とする一方で、「失敗は許されないという思い」とも語り、地域医療の再構築への決意を表明した。医療体制の再構築には単なる機能の回復だけでは「10年後にもたない」とし、信州大学、国立病院機構長野病院などのネットワークで「当地域で初期研修をしてもいいという人をリクルートすることを一番望む」と期待を寄せると同時に、国立病院機構長野病院には初期研修医受け入れ態勢の充実などを求めた。

医療講演会「上田地域の周産期医療の展望」(上田市公式ホームページ)

****** 以下、私見 

上田市を中心とした「上小医療圏」(人口約22万人、分娩約1800件)では、国立病院機構長野病院の産婦人科が地域の産科二次施設としての役割を担ってきましたが、2007年11月に派遣元の昭和大学より常勤医4人全員を引き揚げる方針が病院側に示され、新規の分娩予約の受け付けを休止しました。

現在、同医療圏内で分娩に対応している産科一次施設および助産所は、上田市産院(上田市)、上田原レディース&マタニティークリニック(上田市)、角田産婦人科内科医院(上田市)、東御市立助産所とうみ(東御市)などです。ハイリスク妊娠や異常分娩は、信州大付属病院(松本市)、県立こども病院(安曇野市)、佐久総合病院(佐久市)、長野赤十字病院(長野市)、篠ノ井総合病院(長野市)などに紹介されます。分娩経過中に母児が急変したような場合は、救急車で医療圏外の高次施設に母体搬送されています。

現在の同医療圏の周産期医療の厳しい状況は、かなり以前より多くの人が予測してました。信州大学産科婦人科学講座・前任教授の小西郁生先生(現・京大教授)は、その根本的な解決策として、上田市産院から信州大学の派遣医師を引き揚げ、国立病院機構長野病院・産婦人科を全面的に支援していくという信州大学・産婦人科の方針を2005年に表明し、多くの人がその方針の実現に向けて努力しましたが、諸事情によりその方針を断念した経緯があります。

今は産科一次施設の先生方が必死に頑張っておられるので何とかなってますが、先生方の年齢構成(五十代~六十代)を考えると、今のままでは、地域内のどの施設も五~十年後には分娩取り扱いの継続が困難となる可能性があります。産科二次医療が存在しない地域では、産科一次施設での分娩の取り扱いの継続が次第に困難となってゆくことが予想されます。また、産婦人科二次医療を提供する研修施設が存在しなければ、産婦人科志望の若手医師を集めることもできません。上小医療圏の地域医療再生計画では、これから何十億円もの貴重な国費が集中的に投入されるわけですから、上小医療圏で産婦人科2次医療が提供されるよう医療提供体制再構築のために最大限の努力をしていく必要があります。将来的に多くの若手医師が集まってくるように、医療提供体制を根本的に変革していく必要があります。今回の信州大学の3教授による周産期医療講演会の中でも、そのことが異口同音に何度も何度も強調されてました。

『今この地域で最も必要とされているものは何なのか?』について、もう一度根本からよく検討し、医療圏全体で一体となって、地域の周産期医療提供体制を再構築するための第一歩を踏み出していく必要があると思われます。


新生児蘇生法「専門」コースインストラクター養成講習会

2010年07月21日 | 周産期医学

当院では、新生児に何か異変があれば、新生児科の先生方が分娩室までいつでもすぐに駆けつけてくださるので、産科医は母体と胎児だけ診てれば済む非常に恵まれた環境にあり、今まで産科医側は新生児蘇生に関してほとんどノータッチでした。しかし、最近、当院の分娩件数がやたらに増えてきて、同時に何件もの分娩が重なる事態も日常茶飯事となり、新生児科の先生方が到着する前に、産科医や助産師も新生児蘇生を開始できるようにしておく必要があると、遅ればせながら実感するようになってきました。

そこで最近、新生児蘇生法「専門」コースインストラクター養成講習会(定員40人、神戸、7月12日)を受講しました。講義と少人数グループでの手技の実習があり、プレテストとポストテストがありました。講義は田村正徳先生が担当され、手技実習は8人の小グループに分かれて実施されました。手技を指導してくださったインストラクターは、ベテランの新生児科の先生方でした。受講生の多くが地域の新生児医療を担っているNICU勤務のベテランの先生方でした。

日本周産期・新生児医学会主催の新生児蘇生法「専門」コースインストラクター養成講習会は、受講希望者が多いため申し込んでもなかなか受講できないそうですが、今回、たまたま受講できるチャンスに恵まれたので、以前からただ持っていただけでほとんど一行も読んでなかった新生児蘇生法テキストを、初めて繰り返し何度も読みました。いざという時に新生児蘇生を開始できるようになるためには、何をするのか頭でいちいち考えなくても、その場の状況に合わせて脊髄反射で手足が勝手に動くようになるまで、トレーニングを繰り返していく必要があります。常日頃トレーニングを繰り返しておかないと、いざという時に体が動いてくれません。

今後は当院でも、新生児科の先生方の御指導のもと、産科医、助産師、NICU看護師、初期研修医、医学生、助産学生などを対象に、新生児蘇生法講習会を頻回に(できれば毎月)開催したいと思います。また、今年の10月に新生児蘇生法の国際基準が5年ぶりに大幅改訂され、日本版の新生児蘇生法ガイドラインもそれに合わせて近日中に大幅改訂されるそうなので、新生児蘇生法のガイドライン改訂の情報を、公表され次第なるべく早く入手したいと思います。


レジナビフェア2010 in 東京(医学生向け)

2010年07月19日 | 地域医療

昨日は、東京ビッグサイトでレジナビフェア2010 in 東京(医学生向け)が開催され、当院からは、神経内科医(副院長)、外科医(副院長)、産婦人科医、初期研修医2人、事務職員2人が参加しました。予想をはるかに上回る多くの学生が、我々のブースを訪れてくれました。その中には産婦人科志望の学生も複数いました。

先月は同じく東京ビッグサイトで、研修医向けのレジナビフェアが開催され、そこで初めて知り合って、その後に施設見学に来てくれた初期研修医もいました。他に、長野県が主催する県内研修病院の合同説明会(長野市)や、信州大学と県内病院とのたすきがけ研修の病院説明会(松本市)などもありました。

今回のレジナビフェアに我々と一緒に参加した初期研修医の2人は、昨年の合同病院説明会では当院のブースに説明を聞きに来た学生でした。今年は立場が変わって、当院所属の研修医として学生達のさまざまな疑問に丁寧に答えてくれました。すぐに目に見えるような結果がでなくても、常日頃の地道な勧誘・宣伝活動を気長に積み重ねて、いい流れを作っていくことが大切だと思います。

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長野県からは20病院が参加しました
いつもと同じライバルの勧誘仲間達が出そろいました

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ブースの準備が完了しニコッと笑って記念撮影
今日も一日元気に頑張ろう!

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全国各地の多くの学生が訪れてくれました
予想以上の大入りで一日中大忙しでした

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勧誘活動のよきライバル・長野市民病院のブース
今年もフルマッチを目指して、お互い頑張ろう!


当地域の最近の産科事情

2010年07月18日 | 飯田下伊那地域の産科問題

最近の飯田下伊那地域の年間分娩件数は約千六百件程度で、最近数年間の年間分娩受け入れ数の内訳は、飯田市立病院が約千件程度、S医院が約四百件程度、H医院が約二百件程度で、現状のそれぞれの施設の受け入れ能力の限界に達してます。

ところが、最近、H医院が来年二月をもって分娩の受け入れを中止することを公表し、当地域の産科関係者の間に激震が走ってます。

飯田市立病院では、近い将来、地域の全分娩が集中する事態も想定し、分娩受け入れ数の更なる拡大に対応できるように施設を整備する計画を策定中ですが、現段階では分娩受け入れ数を現状以上に増やす余地が全くありません。

今、妊娠して産婦人科を受診し始めた妊娠初期の妊婦さん達の分娩予定日が来年二月頃なので、地域としてこの問題に今後いかに対応していくのか、早急に協議する必要に迫られてます。


なぜ新生児蘇生法を学ぶ必要があるのか?

2010年07月10日 | 周産期医学

約10%の新生児が、規則正しい呼吸を開始するために何らかの助けを必要とする。

約1%の新生児が、救命のために積極的な蘇生手段(バッグ・マスクを用いた人工呼吸、気管挿管、胸骨圧迫、薬物治療)を必要とし、適切な処置を受けなければ、死亡するか、重篤な障害を残す。

新生児蘇生が必要かどうか、出生後直ちに(分娩後30秒以内)判断する必要がある。

もし児が刺激に反応して呼吸を始めなければ、児は続発性無呼吸の状態にあり、人工呼吸を始めなければならない。

すべての分娩に新生児の蘇生を開始することのできる要員が少なくとも1人、専任で新生児の担当者として立ち会うべきである。

ハイリスクが予想される分娩には、新生児の蘇生に専任の最低2人の熟練した要員が分娩に立ち会うべきである。

すべてのハイリスク児の出生予知は不可能であり、まったく順調な妊娠を経過した場合でも、子宮外生活への適応障害が突然出現することはまれではない。

現在、ほとんどの分娩が医療機関内で行われ(日本では99.8%)、それに関与するスタッフは非常に限られているので、新生児を取り扱うすべての医療従事者(小児科医、産科医、助産師、NICU看護師など)が新生児蘇生法に習熟すれば、その意義は非常に大きい。

わが国では、日本周産期・新生児医学会を実施主体として、新生児蘇生法普及事業が展開されている。新生児蘇生法の講習会として、「一次」コース(Bコース)、「専門」コース(Aコース)、「専門」コースインストラクター養成講習会(I コース)が開催され、コース修了者を学会が認定している。修了認定者が活動する領域に応じて、適切なコースを選択することが望ましい。

新生児蘇生ガイドライン(AHAガイドライン2005)  原文

日本版救急蘇生ガイドラインに基づく新生児蘇生法テキスト

日本版救急蘇生ガイドラインに基づく新生児蘇生法の概要


日本版救急蘇生ガイドライン(コンセンサス2005)に基づく新生児蘇生法の概要

2010年07月06日 | 周産期医学

****** ステップ1
出生直後の児の状態の評価

以下の4項目を評価し、すべて問題なければルーチンケアを行い、もし異常があれば蘇生の初期処置を開始する。

出生直後のチェックポイント
①羊水の胎便混濁はないか?
②成熟児か?
③呼吸か啼泣は良好か?
④筋緊張は良好か?

※AHA 2000では皮膚色をチェックして全身チアノーゼであれば酸素投与することとなっていたが、Consensus 2005では、出生時に蘇生処置が必要かどうかを評価するための評価項目から皮膚色は除外された。

****** ステップ2
ルーチンケア

出生時に特に問題のない児のルーチンケアとしては、低体温防止に努めながら、気道を開通する体位をとらせ、皮膚の羊水を拭き取ってから、皮膚色を評価する。

最初の処置のために母と児を分離する必要はなく、羊水を拭って皮膚を乾かした新生児を母親の胸部に肌と肌が触れ合うように抱いてバスタオルなどで覆う方法には保温効果があり、また早期の母子接触は愛着形成にも有用であるとされる。

ルーチンケア
①保温に配慮する
②気道を確保する体位をとらせる
③皮膚の羊水を拭い取る
以上の処置を行ってから、皮膚色を評価する

****** ステップ3
蘇生の初期処置

羊水の胎便混濁がある場合の手順

1)児に活気がある場合:

羊水の胎便混濁がある場合の”活気のある児”の条件
①力強い啼泣ないし呼吸
②良好な筋緊張
③心拍数が100/分以上
をすべて満たす。

ゴム球式吸引器または太めの吸引カテーテル(12か14Fr)で口腔および鼻腔内を吸引し、胎便を除去する。

※AHA 2000で推奨されていた「ルーチンの分娩中児気道吸引」はMAS防止に効果がないので推奨されなくなった。

2)児に活気のない場合:
上記3項目の1つでも欠ければ、”活気のない児”と判定する

気管内吸引を行う。
①まず口腔内吸引を行う。
・ 吸引カテーテルの太さ:12か14Fr
②喉頭鏡直視下に気管内吸引を行うか、気管挿管を行って気管内吸引を行う。
・ 気管チューブの太さ:3.0~3.5mm
・ 気管チューブの深さ:左口角9cm
・ 吸引カテーテルの太さ:6Fr

******

羊水の胎便混濁以外の項目に問題がある場合

蘇生の初期処置:
(1) 保温、(2) 体位保持と気道開通、(3) 皮膚乾燥と刺激

1)保温
①蘇生処置はインファントラジアントウォーマー上で行う。新生児の身体を乾いたタオルでよく拭く。
②極低出生体重児ではラップ(サランラップ、クレラップなど)で覆う。

2)体位保持と気道開通
①仰臥位でsniffing positionをとらせることで、気道確保を図る。肩枕(巻いたハンドタオル)を入れると、気道確保の体位がとりやすい。
②この体位で気道の閉塞が考えられる場合は口腔、ついで鼻腔の順で吸引を行う。

吸引カテーテルのサイズは成熟児では10Fr、低出生体重児では8Frまたは6Frを用いる。出生後数分間に後咽頭を刺激すると、徐脈や無呼吸の原因となる迷走神経反応を引き起こすことがあるので、心拍モニターがされてない場合は、カテーテルを咽頭まで深く挿入したり、長い時間の吸引操作は避ける。吸引操作は口腔内と鼻腔内を5秒程度にとどめ、激しくあるいは深く吸引しないように注意する。また、吸引に用いる陰圧は100mmHgを超えないようにする。

3)皮膚乾燥と刺激
①乾いたタオルで皮膚を拭くことは、低体温防止だけでなく、呼吸誘発のための刺激ともなる。児の背部、体幹、あるいは四肢を優しくこする。
②これで自発呼吸が開始されなければ、児の足底を平手で2~3回叩いたり指先で弾いたりする。背部をこすってもよい。
③そして再度、気道確保の体位をとる。

※それでもなお十分な呼吸運動がなければ人工呼吸が必要である。自発呼吸を誘発させるための皮膚刺激に時間をかけすぎない。

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蘇生の初期処置の効果の評価と次の処置(酸素投与、人工呼吸)

蘇生の初期処置[(1)保温、(2)気道確保、(3)皮膚刺激]を行ったら、その効果を判定するために、呼吸心拍数皮膚色をチェックする。

出生直後の児では臍帯の付け根の部分を指でつまんで臍帯動脈の拍動を触れることにより心拍動を測定することができる。それで触診できない時は聴診器で直接胸部の聴診を行って確認する。6秒間の心拍数を数えてそれを10倍すれば分当たりの心拍数となる。

皮膚色としては、顔面部の中心性チアノーゼの有無をチェックする。

この時点で、無呼吸、あえぎ呼吸、心拍数100/分未満の徐脈のいずれかが認められたら、直ちにバッグ・マスクを用いた人工呼吸を開始する。

自発呼吸があり、心拍数100以上/分であるが、中心性チアノーゼのみが認められる場合は、フリーフローの酸素投与を施行する。

4)酸素投与
Consensus 2005では、蘇生の初期処置を完了したにもかかわらず中心チアノーゼが認められる場合や、人工呼吸開始時は、100%酸素使用を推奨している。

ルームエアで蘇生が開始された場合でも、出生の90秒以内に明らかな改善がない場合には、100%酸素投与を行う。

フリーフロー酸素(口元酸素投与)は、チューブを持つ手でつくるカップ状のくぼみ、酸素マスク、流量膨張式バッグなどを用いて投与する。特殊な閉鎖式のリザーバーのない自己膨張式バッグでは十分な濃度の酸素を投与できない。

フリーフロー酸素の標準的流量:5~10L/分

早産児は、高酸素血症の影響を受けやすいのでヘモグロビン酸素飽和度が85~95%の範囲に徐々になるように、オキシメーターとブレンダーを使用して必要最小限度の酸素を投与するように努める。

5)人工呼吸
無呼吸もしくはあえぎ呼吸、心拍数100未満/分の徐脈、もしくは100%酸素投与によっても中心性チアノーゼが続く場合には、人工呼吸の適応となる。

90%の仮死児はバッグ・マスクを用いた人工呼吸までの蘇生処置で回復する。

・ 自己膨張式バッグ
過剰加圧防止弁がついており、一定の圧以上の高圧がかからないようになっている。特殊な閉鎖式の酸素リザーバーをつけない限り、高濃度酸素やフリーフローの酸素は供給できない。

・ 流量膨張式バッグ
熟練者は流量膨張式バッグを用いた方がより効果的な換気ができる。100%酸素投与も容易である。児の肺の硬さをバッグを押す手に感じることもできる。圧マノメーターを付けて、換気圧をチェックする必要がある。流量膨張式バッグに流す酸素の流量は、5~10L/分くらいが適量である。

・ マスク
丸型と鼻合わせ型の2種類がある。マスクは児の鼻と口を覆うが眼にはかからないサイズを選択する。クッション付顔マスクを用いると、顔に密着しやすくてマスク周囲からのリークが少ない。

親指と人差し指でCの字をつくり、マスクを顔に密着させ、中指で下顎を軽く持ち上げる(ICクランプ法)。

児の頸部をわずかに伸展したsniffing positionをとると、気道が展開しやすい。

・ バッグ・マスクの実施法
最初の数回の換気圧は30~40cmH2O、その後は胸の上りを見て調節する。人工呼吸の回数: 40~60回/分。

・ 経口胃内カテーテルの挿入
バッグ・マスクを長時間使用する時は6~10Frのカテーテル(正期産児では8Frの栄養チューブ)を胃内に経口的に留置し、胃内容を十分吸引したのちカテーテルの先端を開放にする(胃膨張の防止)。
カテーテルの長さ: 鼻の付け根-外耳孔-剣状突起と臍の中間

・ バッグ・マスクができないとき
分娩が設備のないところで行われた場合(車中など)、人工呼吸は呼気吹込み口対口鼻人工呼吸法を行う。すなわち、頭部後屈あご先挙上法で気道を確保し、術者の口で児の口と鼻を覆い、胸の動きを観察しながら術者の呼気を1~1.5秒かけて吹き込む。

・ バッグ・マスクが無効なとき
100%酸素で約30秒間バッグ・マスクを用いた人工呼吸を行っても、自発呼吸が十分でなく、かつ心拍数が100未満/分であれば気管挿管を検討する。

バッグ・マスクで効果的な人工呼吸ができない原因
①マスクが顔に密着していない
②気道が閉塞している(体位、気道分泌物など)
③バッグを押す圧が低い
④バッグが破れている
⑤流量調節弁が開放している
⑥酸素の流量が少ない
⑦酸素濃度が低い

****** ステップ5
人工呼吸の効果の評価と次の処置(胸骨圧迫)

心拍数が100/分以上で自発呼吸が認められるようになれば、人工呼吸は中止してよい。

100%酸素で約30秒間バッグ・マスク人工呼吸を行っても、心拍数が60/分未満であれば、胸骨圧迫を開始する。

6)胸骨圧迫
胸骨圧迫は胸骨上で両側乳頭を結ぶ線のすぐ下方の部分(胸骨の下1/3)を圧迫する。圧迫期は胸壁の厚さの1/3程度がへこむ強さで圧迫する。圧迫解除期にも指は胸壁から離さない。

方法には、胸郭包み込み両拇指圧迫法(サム法)と2本指圧迫法(ツーフィンガー法)があり、通常は胸郭包み込み両拇指圧迫法(サム法)の方が効果的であり術者の疲労も少ないので推奨される。

胸骨圧迫と人工呼吸の回数比は3:1で行い、1分間におよそ胸骨圧迫90回、人工呼吸30回の回数になる。3回の胸骨圧迫と1回の人工呼吸を1サイクルとし、1サイクルは2秒で行う。

30秒ごとに6秒間だけ心拍数をチェックし、60/分以上を保持できるまで胸骨圧迫を続ける。

****** ステップ6
人工呼吸+胸骨圧迫の効果の評価と次の処置(薬物投与)

人工呼吸と胸骨圧迫による蘇生の効果の評価法
・ 臍帯の基部で脈を触知する方法
・ 聴診器による心音を聴取する方法
のいずれかで6秒間の心拍数を数え10倍し、1分間の心拍数とする。

100%酸素で適切な人工呼吸を行い、胸骨圧迫を併用しても心拍60/分未満の徐脈が持続する場合には、薬物投与が適応となる。

臍帯静脈カテーテル
・ 臍帯静脈は、新生児では最も早く確保でき、かつ薬物を直接静脈投与できる経路である。蘇生中に薬剤投与が必要と思われる場合は、なるべく早く臍帯静脈カテーテルを挿入する。
・ 臍帯静脈カテーテルの挿入法: 臍帯の根元の周りをゆるく臍帯テープでしばる。メスで臍帯を切り、静脈を露出させる。静脈にカテーテルを挿入する。血液の逆流が確認できるまでカテーテルを進める。それ以上深く挿入しない(挿入長:2~4cm)。

0.01%アドレナリン(10倍希釈ボスミン®
100%酸素で人工呼吸を行い、胸骨圧迫を少なくとも30秒以上続けても、心拍数60/分未満の徐脈が改善しない場合に投与される。投与経路は経静脈投与が望ましい。

0.01%アドレナリン(10倍希釈ボスミン®)を0.1~0.3mL/kgの1回量で、静脈内へ速やかに投与する。投与後30秒ごとに心拍数をチェックし、心拍数が60未満/分であれば3~5分ごとに再投与する。

静脈内投与に比べて効果が不確実であるが、気管内投与を行うときは、0.3~1.0mL/kg投与する。

循環血液増加薬
使用が推奨されている循環血液増加薬:生理食塩水
乳酸リンゲル液、O型Rh(-)の濃厚赤血球も使用可能である。

使用量10ml/kgを、臍帯静脈などから経静脈的に5~10分かけて投与する。

③4.2%炭酸水素ナトリウム(2倍希釈メイロン®
十分な人工呼吸管理がなされているにもかかわらず、代謝性アシドーシスが明らかにあって、循環動態の改善を妨げていると考えられる場合には、炭酸水素ナトリウムの投与を考慮する。

4.2%炭酸水素ナトリウム(2倍希釈メイロン®)で、1回2~4mL/kgを、1mL/kg/分以上かけてゆっくり静注する。

****** ステップ7
気管挿管

気管挿管の適応
①胎便による羊水混濁があって元気のない新生児の気管吸引
②数分間のバッグ・マスク換気が無効な場合
③胸骨圧迫と換気の連動を促進するためと各換気の効率を最大にするため
④徐脈に対してアドレナリン(ボスミン®)を投与したいのに、静脈ラインがない場合
⑤特殊な病態(先天性横隔膜ヘルニア、サーファクタント補充療法を要するRDSなど)

喉頭鏡プレード: 
No.1(新生児用)、No.0(低出生体重児用)、No.00(極低出生体重児用)。カーブ型よりは直型ブレードの方がよい。

気管チューブのサイズと深さ
・ 気管チューブのサイズは予測体重に合わせて内径2.0~3.5mmのものを準備する。先端まで同径のものがよい。
・ 口唇からの挿入長(cm)は、体重(kg)+6cmが指標となる。

児体重2.0~3.0kgの場合のチューブサイズは3.0~3.5mm、挿入の深さは8.0~9.0cm。

挿管操作中は、心拍数低下、チアノーゼ増強などに十分注意し、無理な操作は行わず、バッグ・マスクで十分換気を行ってから実施する。20秒以内に挿管できなければ、再びバッグ・マスクで十分換気を行ってからトライする。

正しい気管挿管部位の確認方法:
①両側の胸部が同時に上下すること。
②呼吸音が両腋下部の肺野で同じ強さで聴取できること。
③胃に吸気の入る音が聴こえないこと。
④胃部の膨張をきたさないこと。
⑤チューブ先端から呼気の湯気が観察できること。
⑥児の心拍・色調・活動性に改善がみられること。
⑦呼気のCO2をチェックする。(カプノメーター、カロリメトリー法)
⑧胸部X線写真で、気管チューブ先端が左右の鎖骨先端の中点と後側第2肋間(Th2)の中間にあること。