ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

人生の岐路

2010年12月25日 | 日記・エッセイ・コラム

思えば人生には多くの岐路があり、多くの出会いがあり、多くの人々に導かれて、私はここまでやって来ました。

もう四十年も前のことになりますが、高校生の頃、私は数学と英語が好きで、大学受験の時は名大理学部と南山大外国語学部英米学科とを受験しました。当時はオープンキャンパスなんてものはなくて、田舎の高校生が大学キャンパスを見学する機会はほとんどなく、受験日当日に生まれて初めて大学のキャンパスを見ました。名大と南山大は、歩いてすぐに互いに移動できるほど近距離に位置してましたが、両大学のキャンパスの雰囲気は全く異なり、まるで別世界でした。名大理学部の方の受験生はほとんど男性ばかりでしたが、南山大外国語学部の方の受験生は女性が多く、キャンパスの雰囲気は非常に華やかでした。あの華やかな世界では生きていけないと直感し、名大理学部の方に進みました。

名大理学部時代は、下宿にこもって趣味の数学と英語の勉強に没頭し、大学以外に英会話学校にも通いました。そんな数学、英語漬けの日々の中で、たまたま大学の近くの本屋さんで(故)大塚敬節先生の漢方医学の入門書に出会いました。その本を読んだのが医学との接点でした。突然湧き上がった漢方医になりたいという気持ちがどうしてもおさえきれず、その場で医学部受験を決意して、すぐに出身高校に行き内申書を作成してもらい信大に願書を提出しました。

信大受験のために松本市を初めて訪れました。初日の受験科目がたまたま自分の得意科目(数学、英語)でしたので、初日の試験が終了して、「これならもしかしたら合格のチャンスがあるかもしれない」と直感し、すぐに近くの本屋さんに駆け込み、2日目の受験科目の受験参考書を買い込み、一夜漬けの受験勉強をして何とか合格にこぎつけ、私の松本市での生活が始まりました。

医学部6年の時に、医学生が市民に医学の世界を解説する医学展という行事が開催され、私も医学生として参加し、趣味の東洋医学についての展示発表をしました。その時、当時産婦人科講師の(故)飯沼博朗先生が顧問になって面倒を見てくださいました。飯沼先生が「産婦人科では漢方や鍼灸を実践できるよ」と産婦人科入局を熱心に誘ってくださいました。偉い尊敬する先生から直接誘っていただいて感激し、その場で産婦人科入局の決意表明をしました。

大学院生の私を婦人科腫瘍学の世界に誘って研究を指導してくださったのは、当時産婦人科講師の野口浩先生でした。大学院では子宮体癌の臨床病理学的研究に従事しました。大学院修了後は、当時産婦人科助教授の塚原嘉治先生の御指導で婦人科細胞診の勉強を始め、一時期、明けても暮れても細胞診に没頭しました。

信大産婦人科に入局して7年経過し、これからどこでどうやって生きていくべきか?と思い悩んでいた矢先に、(故)福田透教授が飯田市立病院産婦人科初代部長に私を指名してくださり、平成元年4月に松本市から飯田市に家族を引き連れて引っ越して来ました。

飯田市立病院産婦人科が開設された当初の2年間は、一人医長で頑張りました。その後、日本医大講師、医局長だった波多野久昭先生が就任してくれました。波多野先生とは全く面識がなかったんですが、初対面の日に一緒に子宮外妊娠の緊急手術を行い、そのまま縁あって14年間よき相棒として一心同体となって一緒に働きました。波多野先生は長年にわたり苦楽を共にしてくださって、いくら感謝しても感謝しきれません。福田先生の後を継いで信大教授となられた藤井信吾先生は、しばしば手術指導に来てくださって、非常に多くのことを学ばさせていただきました。藤井先生の後を継いで信大教授となられた小西郁生先生もしばしば手術指導に来てくださって、多くのことを学ばさせていただきました。日本医大教授の可世木久幸先生は、10年以上にわたり腹腔鏡手術の指導に毎週来ていただき大変お世話になりました。また、信大産婦人科教室の多くの先輩・後輩達が常勤や非常勤で入れ替わり応援に来てくれて、共に楽しく学んできました。小西先生の後を継いだ信大教授の塩沢丹里先生からも、非常に多くのことを学ばさせていただいてます。今年4月からは、信大産婦人科統括医長だった芦田敬先生が赴任し、当科の診療をリードし、若い医師達を日々厳しく教育してます。最近は若い医師が増えて活気にあふれてます(ある研修医の奇跡の産婦人科入局宣言)。

飯田市立病院産婦人科は、開設以来、いつつぶれてもおかしくない状況が長く続き、常に自転車操業を続けてきましたが、この地で偶然出会った多くの人々に助けられ支えられて、何とか奇跡的にこの世の中にかろうじて生き残ってます。いつのまにか22年の月日が流れ、私のこの病院での任期もだんだん残り少なくなってきつつありますが、残りの8年間は滅私奉公で頑張り抜きたいと思ってます。

来年はできれば周産期専門医(母体・胎児)試験に挑戦したいと考えてます。定年後に向け、漢方の勉強も再開したいと考えてます。また、健康維持のため太極拳を気長に続けていきたいと思います。


二重の虹(Double Rainbow)

2010年12月23日 | 日記・エッセイ・コラム

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2010年12月22日、飯田市立病院医局の窓より撮影

主虹(primary rainbow)と呼ばれるはっきりとした虹の外側に、副虹(secondary rainbow)と呼ばれるうっすらとした虹が見られることがあります。主虹は赤が一番外側で紫が内側という構造をとり、副虹は逆に赤が内側、紫が外側となります。

Frequently, a dim secondary rainbow is seen outside the primary bow. The colours of a secondary rainbow are inverted compared to the primary bow, with blue on the outside and red on the inside. The secondary rainbow is fainter than the primary bow.


やさしい医学: 子宮がんについて

2010年12月22日 | 婦人科腫瘍

1 はじめに

一般に子宮に発生する癌(上皮成分から発生する悪性腫瘍)は、子宮頸部に発生する子宮頸癌と、子宮体部に発生する子宮体癌に大別されます。

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2 子宮頚がん

◎子宮頸癌とはどんな病気か?

子宮頸癌は子宮頸部にできる癌で、最近では20~30歳代の若年女性に急増しています。初期の子宮頸癌ではほとんど自覚症状がありませんが、癌が進行すると不正性器出血や性交渉時の出血などの症状がみられることもあります。

子宮頸癌は扁平上皮癌と腺癌の2種類があります。扁平上皮癌は子宮頸癌の約80%で放射線療法がよく効きますが、腺癌は子宮頸癌の約20%で放射線療法はあまり効果が期待できません。

子宮頸癌は他の癌と異なり、定期的な検診で前癌病変のうちに発見することが可能です。前癌病変の異形成の段階で発見し治療を行えば、ほぼ100%完治します。また子宮を温存することも可能なため、その後の妊娠・出産も可能です。

◎子宮頚癌の原因

近年、子宮頸癌の原因のほとんどはヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスであることが分かってきました。HPVは性交渉により感染します。このウイルスはとてもありふれた存在で、性交渉の経験のある女性であれば、ほとんどの人が感染したことがあると考えられています。

HPVに感染しても多くの場合は、免疫力によってウイルスが体内から排除されますが、何らかの理由によりウイルスが持続感染した場合、長い年月(ウイルス感染から平均で10年以上)をかけて子宮頸癌へと進行する危険性があります。HPVには100以上ものタイプがあり、そのなかで約15種類が特に癌になりやすいハイリスクタイプとされています。

◎子宮頸癌の検査と診断

初期の子宮頸癌は自覚症状に乏しいので、定期的に子宮頸癌検診を受ける必要があります。現在、子宮頸癌検診では細胞診検査が主流です。細胞診とHPV検査を併用することで検診の精度がほぼ100%になり、将来の子宮頸癌のリスクも知ることができます。アメリカの婦人科検診のガイドラインでは、細胞診とHPV検査の両方が陰性の場合はその後3年間は検診の必要がないとされています。

子宮頚癌検診の結果、精密検査の必要性があると判断された場合、コルポスコープ(腟拡大鏡)検査を行います。コルポスコープ検査で異常が疑われる部位があれば、その部分の組織を一部採取(生検)して病理専門医が診断します。

前癌病変の異形成は、軽度、中等度、高度と長い時間をかけて進行し、最終的に子宮頸癌になる恐れがあります。

◎子宮頚癌の臨床進行期分類

Ⅰ期:癌が子宮頚部にとどまる場合。肉眼的に癌が見えない場合はⅠA期(間質浸潤の深さが3mm以内ならⅠA1期、間質浸潤の深さが3mmをこえるが5mm以内ならⅠA2期)と診断されます。肉眼的に癌が見えればⅠB期と診断されます。

Ⅱ期:癌が子宮頚部を超えて広がってるが、骨盤壁や腟壁の下3分の1には達してない場合。

Ⅲ期:癌が骨盤壁に達しているか、腟壁の下3分の1まで広がっている場合。

Ⅳ期:癌が小骨盤腔を超えてほかの臓器に転移しているか、膀胱・直腸の粘膜にまで広がっている場合。

◎子宮頸癌の治療

異形成・子宮頸癌の治療法は病変の進行状態によって異なります。

軽度異形成は、自然に治癒する可能性が高いため通常は治療の対象になりません。異形成がさらに進行した場合には、癌への進行を防ぐため円錐切除術という治療を行います。子宮頚癌ⅠA1期までの段階であれば、円錐切除術で治癒が可能で、子宮を温存できるのでその後の妊娠・出産にもほとんど影響はありません。

ⅠA2期以上の子宮頸癌に進行してしまうと、円錐切除術では病変を取りきれなくない場合が多く、子宮の摘出が必要になります。ⅠB期以上の子宮頚癌では、子宮だけでなく基靭帯、膣壁、骨盤内リンパ節なども同時に摘出する広汎子宮全摘出術を実施する必要があります。広汎子宮全摘出術では、下肢リンパ浮腫や排尿障害などの後遺症が高頻度に残ります。

子宮頸癌の中でも扁平上皮癌は放射線に対して感受性が高く、放射線療法の治療成績は手術と同等です。最近は、化学療法(抗癌剤治療)と放射線療法を同時に行う同時併用化学放射線療法により、治療成績が向上しました。しかし、放射線療法は癌だけでなく腸や膀胱などにも放射線があたってしまうため、後遺症が残ることがあります。

◎子宮頸癌の予防ワクチン

子宮頸癌の原因がウイルスだとわかり、子宮頸癌の予防ワクチンが開発されました。子宮頚癌予防ワクチンは、子宮頚癌の原因となりやすいHPV16型とHPV18型の感染を防ぐワクチンで、最近、日本でも一般の医療機関で接種することができるようになりました。

3 子宮体癌

◎子宮体癌とはどんな病気か?

子宮体癌は子宮内膜に発生する癌で、95%以上が腺癌です。以前は日本人には少ない癌と言われていましたが、近年増加傾向にあり、現在では全子宮癌の45%を占めるほどになっています。

子宮体癌は、食生活やその人の体質に深く関係があります。高脂肪・高カロリーの食事を好む人、肥満、糖尿病、高血圧などのある人は注意が必要です。また、出産経験のない人や、若い頃排卵障害、ホルモン異常のあった人も危険性が高いことが知られています。

年齢的には45歳以上から増えはじめ、50歳以上の閉経後に多く発生します。

◎子宮体癌の検査と診断

子宮体癌の症状としては、閉経後の不正性器出血や月経の異常が重要です。子宮体癌を早期発見するには閉経期前後の子宮内膜の検査が大切です。

子宮体癌のスクリーニング検査としては、子宮内膜細胞診が一般的です。子宮の内部に細い器具を入れ、子宮内膜の細胞をこすりとって調べる検査で、比較的簡単にできます。この検査で異常が発見された場合、今度は子宮内膜の組織を一部採取して病理専門医が顕微鏡で調べ診断を確定します(子宮内膜組織診)。

また、経腟超音波検査で、子宮内膜が厚くなっているかどうかも非常に重要な情報です。通常、閉経後には子宮内膜は委縮して薄くなりますが、子宮体癌の場合は子宮内膜が肥厚しています。

子宮体癌は、発生のメカニズムの違いから、2つのタイプに大別されます。1つは、女性ホルモンの一種であるエストロゲンの影響を受けて発生する「タイプⅠ」と呼ばれるものです。もう1つは、エストロゲンと関係なく発生し、高齢者に多くみられる「タイプⅡ」と呼ばれるものです。タイプⅠは子宮体癌の80~90%を占め、「子宮内膜異型増殖症」という前癌病変を経て癌に移行します。タイプⅠは進行が遅く、予後は比較的良好です。タイプⅠの病理組織型は類内膜腺癌です。それに対して、タイプⅡの場合は委縮した子宮内膜から突然発症し、タイプⅠと比べて進行が速く、遠隔転移の頻度も高く、予後不良です。タイプⅡの病理組織型は、漿液性腺癌、低分化型腺癌、明細胞癌などです。

◎子宮体癌の手術進行期分類

Ⅰ期:癌が子宮体部にとどまる場合。

Ⅱ期:癌が子宮頸部間質まで広がっている場合。

Ⅲ期:癌が卵管・卵巣、腟、リンパ節に広がっている場合。

Ⅳ期:癌が骨盤を超えてほかの臓器に転移しているか、膀胱・直腸の粘膜にまで広がっている場合。

◎子宮体癌の治療

子宮体癌の治療は手術療法が中心となります。手術方法としては、子宮全摘出術・両側付属器切除 + 骨盤~傍大動脈リンパ節郭清術(または生検)などが行なわれます。

癌の進行度、糖尿病や高血圧の有無、年齢や肥満の程度など、患者さんそれぞれに最適な手術方法を正確に見きわめることが重要です。子宮体癌の進行度を手術前に正確に見きわめるために、CTやMRIなどの検査も行なわれます。

手術摘出物の病理検査結果(癌の組織型、筋層浸潤の深さ、癌の広がり具合、リンパ節転移の有無など)によっては、手術後の追加療法が必要になる場合もあります。子宮体癌の手術後の追加療法は、放射線療法や化学療法がありますが、未だに標準的な方法は確立されていません。これは、欧米では放射線療法が、日本では化学療法が主に使われてきたため、大規模な比較検討が行なわれていないためです。

4 子宮肉腫

子宮体部に発生する悪性腫瘍には、子宮体癌以外に子宮肉腫(子宮の非上皮性部分から発生する悪性腫瘍)があります。子宮肉腫には発生頻度の高い順に、「癌肉腫」、「子宮平滑筋肉腫」、「子宮内膜間質肉腫」の3つのタイプがあります。これらの腫瘍の発生頻度はいずれも非常にまれで予後不良の場合が多いですが、比較的ゆっくりした経過をたどる症例もあります。

特に、子宮平滑筋から発生する子宮平滑筋肉腫は進行が早く、予後はきめて不良です。癌に比べて非常にまれですが、術前診断が難しく、子宮筋腫と誤診されて、手術後の病理診断で子宮平滑筋肉腫と判明する場合もあります。治療は手術療法が主で、子宮全摘出術を行います。化学療法や放射線療法はあまり有効ではありません。

信濃の地域医療」(住民の健康を守るために)、2009・No.396、毎月1回発行、社団法人・長野県国保地域医療推進協議会


ある研修医の奇跡の産婦人科入局宣言

2010年12月19日 | 飯田下伊那地域の産科問題

現在、当科は常勤産婦人科医6名、非常勤医師2名、研修医3名(1年目1名、2年目2名)で、産婦人科診療を行ってます。

11月中旬より産婦人科研修中のT医師(2年目研修医)は、これまでの研修期間中に当院各科をローテートし、最後の研修先として産婦人科にまわって来ました。彼はこれまで産婦人科との接点がほとんどなく、後期研修先の候補として産婦人科は全く考えてませんでした。産婦人科研修が始まって約1ヶ月経過し、病棟回診、外来診療、手術、分娩立ち会い、カンファランス、抄読会など、チーム医療の一員として忙しく働いているうちに、来年4月からの後期研修先の候補の一つとして産婦人科を考えてくれるようになり、12月16日(木)には信大産婦人科に施設見学に行きました。

一昨日(12月17日)の病院互助会の大忘年会で、産婦人科医師団による出し物は昨年以上に大いに盛り上がり、アンコールで産婦人科医師団は舞台に呼び戻されました。アンコールで何をするかは全く考えてなかったのですが、T医師が産婦人科入局を決意したらしいという情報は得ていたので、その場のとっさの思いつきで、「実は、この場に産婦人科医がもう一人います。T先生、壇上へ。」とT医師を舞台に呼び込みました。するとT医師は、「研修医のTです。現在、産婦人科研修中ですが、このたび信大産婦人科入局を決意いたしました。長野県の産婦人科医療のために一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。」と何百人という大勢の聴衆の前で、高らかに産婦人科入局宣言をしてくれました。大歓声があがり、感激で涙が止まりませんでした。もちろん、産婦人科医師団の出し物は、2年連続で最優秀賞を獲得しました。

昨日(12月18日)は信大産婦人科同門会の忘年会があり、教授をはじめ多くの教室員、教室OB、県内各基幹病院の院長、産婦人科部長などの居並ぶ席上で、T医師は産婦人科入局宣言をして研修申込書を教授に直接手渡しました。

彼はこれまで産婦人科医になることは全く考えてこなかったので、言うなればゼロからの出発ですが、これから来年3月までの間に当科において産婦人科学の基礎の基礎を猛特訓したいと思います。

当院初期研修医(たすぎがけも含む)を経て信大産婦人科に入局した者が、最近3年間だけで計5名(平成20年2名、平成21年2名、平成23年1名)となりました。初期研修後に当院産婦人科の後期研修医として直接採用された者も2名(平成19年1名、平成21年1名)います。現在、彼らは若手産婦人科医として、大学病院や県内各地の基幹病院で大活躍中ですが、初期研修を開始した時点では将来の専門科として産婦人科はほとんど考えてなくて、初期研修中にいろいろ迷いに迷った末に、長い時間をかけて最終的に産婦人科に入門することを決断してくれた者が多かったです。今回のT医師ほど短期間のうちに決断に至った例は、これまであまり記憶にありません。人と人との出会いは、まさに奇跡の連続だと思います。


Consensus2010日本版新生児蘇生法ガイドラインについて

2010年12月08日 | 周産期医学

新生児の蘇生(NCPR)

コンセンサス2010によるNCPR改訂に関するQ&A

当院では、現在、コンセンサス2005に基づく新生児蘇生法を実施してますが、来年1月に院内スタッフを対象にNCPR2010アップデート講習会を開催し、周知徹底後にコンセンサス2010に基づく新生児蘇生法に移行する予定です。新しいNCPR2010版テキストが年内にも発刊される予定とのことですので、新しいテキストが発売され次第なるべく早く購入し、反復熟読してコンセンサス2010に基づく新生児蘇生法に早く習熟したいと思います。

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Consensus 2010での新生児心肺蘇生法の主な変更点と追加点

1. 出生直後の児の評価項目から“胎便による羊水混濁”は除外された。
たとえ、胎便による羊水混濁があったとしても、その他の状況に問題がなければ、ルーチンケアに進む。ただし、気道開通には十分気をつける必要がある。

2. 胎便による羊水混濁があって児に活気がない時も、ルーチンに気管内吸引する必要はない。
胎便による羊水混濁があって、児に活気が無くても、MAS防止策としての出生後の気管内吸引はルーチン処置から外された。しかし、気管挿管に熟達したスタッフが実施していけないわけではない。

3. ルーチンケアは母親のそばで行う。
ルーチンケアを行う際に母親と別室ではなく母親が児の様子を感じられる場所で行うことを推奨している。カンガルーケアも、児の状態が安定していればスタッフの慎重な監視の元で、行っても支障ない。

4. 酸素化と心拍数の評価にはパルスオキシメータを活用する。
酸素化の評価は右手のパルスオキシメータで行う。SpO2が不明の時は皮膚色で酸素化を評価するが、信頼性は低い。

5. 酸素投与は慎重に行う(パルスオキシメータ、ブレンダー、CPAP)。
心拍数が100/分以上で自発呼吸がしっかりしているが、努力呼吸かつ中心性チアノーゼを認めた場合は、 パルスオキシメータを右手に装着すると共に、まず空気を使用した持続的気道陽圧(CPAP)管理を行う。 マノメータを見ながらCPAP圧を調節する(CPAP圧は5~6cmH20を目標とし、8cmH20をこえないようにする)。 空気によるCPAP管理ができない場合には、フ リーフロー酸素投与を行う。 SpO2が95%以上なら酸素濃度下げるか、または中止する。

6. 正期産児や正期産に近い児での人工呼吸は空気で開始する。
自発呼吸が無いか、喘ぎ呼吸か、心拍数が100/分未満の場合は、正期産に近い児では空気での人工換気を開始するとともに、パルスオキシメータを右手に装着する。

7. アドレナリンの気管内投与する量は0.05~0.1mg/kg。
アドレナリンの気管内投与は静脈ルートを確保するまでのつなぎで、この場合は高用量を注入する。10倍に希釈したボスミンを0.5~1ml/kg。

8. 循環血液増加薬は失血が疑われる場合に限定する。
循環血液増加薬:生理食塩水、乳酸リンゲル液、O型Rh (-) 赤血球。注入量は10ml/kgで、5~10分かけてゆっくり注入する。アルブミンは感染の危険性から勧めない。

9. 蘇生後は低血糖に注意する。

10. 正期産もしくは正期産に近い児で、中等症から重症の低酸素性虚血性脳症の児では、低体温療法を考慮すべきである。

11. 臍帯遅延結紮に関しては、日本では保留とする。
Consensus2010では、「合併症のない正期産児の出生では、児娩出後1分から臍帯拍動の停止までのいずれかの時期での臍帯結紮、あるいは最低1分以上の臍帯遅延結紮は有益である。」として臍帯遅延結紮が推奨された。しかし、黄疸発症の多い日本では保留とする。

新生児蘇生法アルゴリズム(2010日本版)

Consensus2010_2
(クリックすると拡大)

****** 追記

新生児の蘇生(NCPR)

NCPR 基本手技の実習

NCPR ケースシナリオによる実習


卵巣癌の診断と治療

2010年12月05日 | 婦人科腫瘍

昨日、日本婦人科腫瘍学会学術講演会に出席するために、佐賀市まで行ってきました。学会会場(佐賀市民会館)の書籍販売で、「卵巣がん治療ガイドライン 2010年版」(2010年11月25日発行、162ページ、定価:本体2600円+税)をみつけてさっそく購入しました。2007年版(95ページ)と比べてページ数がかなり増えました。

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卵巣には、表層上皮、性索間質(顆粒膜細胞、莢膜細胞)、胚細胞などがあり、これらの組織から多種多様な腫瘍が発生する。卵巣癌の組織型は多様であり、その発生も単一の機序では説明できず、卵巣癌の発生には複数の要因が関与していると考えられる。

大部分は散発性であるが、乳癌と同じくBRCA1、BRCA2遺伝子変異が知られている(母親や姉妹が卵巣癌である場合は卵巣癌のリスクが約3倍になる)。他のリスク要因として不妊、出産歴がないこと、子宮内膜症、肥満、食事、排卵誘発剤の使用、ホルモン補充療法、動物性脂肪の多量の摂取や喫煙などが挙げられる。一方、経口避妊薬の使用や授乳(1回の妊娠で授乳期間も含めると卵巣は2年半休める)は卵巣癌のリスクを低下させる。

日本人の卵巣癌のリスクは欧米人(動物性脂肪を多くとる)に比べると半分以下とされているが、最近この差は縮まっている(生活が欧米化、晩婚化や出産回数の減少といった女性のライフスタイルの変化も関係)。

卵巣癌は癌が蔓延してから初めて自覚的な症状がでるため、早期診断しにくい癌である。半数以上が進行癌で診断される。また卵巣癌と良性卵巣腫瘍との鑑別は難しく、手術で摘出し検査して初めて癌と診断される場合も多い。

経腟超音波、CT、MRI、PET-CTなどの画像診断で、腫瘍の大きさや内容の性状、腹水・胸水の有無、転移病巣の有無など癌の進行の程度を調べる。

CA125、CA19-9などが主な卵巣癌の腫瘍マーカーで、これらが異常高値を示す場合には悪性の可能性が高い。治療前に高値を示した腫瘍マーカーは治療中・治療後に繰り返し検査して、治療効果の判定や経過観察に利用する。

腹水や胸水が貯留する場合には、これらを一部採取して悪性細胞の有無を調べる。また膣内、腹部、鼠径部など採取しやすい場所に転移病巣がみられる場合にはこれを一部生検し病理組織検査を実施する場合もある。

術前に卵巣癌の診断を確定することは困難で、開腹手術で摘出した卵巣腫瘍の組織診断が最終診断となる。

卵巣癌の治療は手術療法と化学療法が密接に連動する複合療法として行われる。

初回治療は手術療法であり、基本術式として両側付属器摘出術、子宮全摘術、大網切除術が含まれ、staging laparotomyとして腹腔細胞診、生検、後腹膜リンパ節(骨盤・傍大動脈節)郭清術ないし生検が必要となる。さらに進行癌では初回腫瘍減量術(primary debulking surgery)が必要である。

卵巣癌では術後の残存腫瘍が予後と相関することから、手術は完全切除を目指した最大限の腫瘍減量術(maximum debulking surgery)を行うべきである。しかし、進行例では腫瘍の可及的摘出に終る場合もあるため、腹腔内腫瘍の状態および全身状態を確認したうえで、腫瘍減量術の程度を考慮する。

進行癌では初回術後残存腫瘍径が化学療法効果を予言する。しかしながら、卵巣癌は進行癌が60%を占め、初回腫瘍減量術でoptimal disease(1cm未満の残存腫瘍)にできる確率が50~60%にとどまることより、interval debulking surgery (IDS)が導入されている。

術後low-risk群(Ⅰa/Ⅰb期、高分化癌、非明細胞腺癌)では手術のみで約95%の5年生存が期待できる。術後の化学療法は省略され、厳重な経過観察を行う。一方、highrisk群(Ⅰc期以上、低分化癌、すべての明細胞腺癌)では術後に化学療法が実施される。

初回化学療法(first-line chemotherapy)は、TC療法(パクリタキセル175~180mg/m2+カルボプラチンAUC 5~6)が標準的治療として広く世界中で推奨されている。カルボプラチンの投与量はmg/m2ではなくAUCを用いて算出され、Calvert計算式〔目標AUC×(GFR+25)〕が用いられる。

初回手術が、1cm未満の残存腫瘍(optimal disease)の場合と、1cm以上の残存腫瘍(suboptimal disease)で予後は異なる。optimal diseaseの場合は術後化学療法(TC療法)を6コース行う。suboptimal diseaseに対してもTC療法6コースが予定治療となる。しかし、試験開腹例や大きな残存腫瘍(測定可能病変)を有する症例では化学療法を3(2~5)コース行い、増悪例を除いた症例に対してIDSを行い、さらに術後化学療法を3コース程度継続することが臨床上推奨される。初回化学療法に非奏効例は初回薬剤と交差耐性を有さない薬剤を用いた二次化学療法(second-line chemotherapy)を行うが、奏効が得られない場合は緩和医療へ移行する。

IDSを前提とした術前化学療法の臨床試験が進んでいる。また、抗癌剤感受性に乏しい明細胞・粘液性腺癌に対しては術後化学療法として標準的なレジメンは科学的に確立されていない。

若年者に好発する胚細胞性悪性腫瘍は抗癌剤に高い感受性を有することより、患側付属器の摘出にとどめ(妊孕性温存手術)、術後はブレオマイシン、エトポシドとシスプラチンの併用療法(BEP療法)が標準的である。術後の残存腫瘍径が予後と相関するというコンセンサスは得られていない。