Neonatal Cardio-Pulmonary Resuscitation
日本版救急蘇生ガイドライン2010に基づく新生児蘇生法テキスト改訂第2版、監修:田村正徳、2011年1月刊行
2010 新生児の蘇生法アルゴリズム図
● はじめに
新生児の約10%は、出生時に呼吸を開始するために何らかの助け(呼吸刺激や吸引など)を必要とする。さらに、新生児の約1%は、救命のために本格的な蘇生手段(人工呼吸、胸骨圧迫、薬物治療、気管挿管など)を必要とし、適切な処置を受けなければ、死亡するか、重篤な障害を残す。
すべてのハイリスク児の出生予知は不可能であり、またまったく順調な妊娠を経過した場合でも、子宮外生活への適応障害が突然出現することもまれではない。
新生児仮死は、バッグとマスクを用いた人工呼吸だけで90%以上が蘇生できる。さらに胸骨圧迫と気管挿管まで加えれば99%蘇生できる。
現在、ほとんどの分娩が医療機関内で行われ(日本では99.8%)、分娩に関与するスタッフは非常に限られているので、新生児を取り扱うすべての医療従事者(小児科医、産科医、助産師、NICU看護師など)が新生児蘇生法に習熟すれば、その意義は非常に大きい。
わが国では、日本周産期・新生児医学会を実施主体として、新生児蘇生法普及事業が展開されている。新生児蘇生法の講習会として、「一次」コース(B コース)、「専門」コース(A コース)、「専門」コースインストラクター養成講習会(I コース)が開催され、コース修了者を学会が認定している。修了認定者が活動する領域に応じて、適切なコースを選択することが望ましい。
「すべての周産期医療関係者が標準的な新生児救急蘇生法を体得して、すべての分娩に新生児の蘇生を開始することのできる要員が専任で立ち会うことができる体制を実現する」ことが新生児蘇生法普及事業の最終目標である。
● 一次性無呼吸と二次性無呼吸
一次性無呼吸の状態ではチアノーゼは著明であるものの、心拍数、血圧はむしろ上昇気味であり、この段階であれば呼吸刺激や吸引で容易に自発呼吸は再開する。
あえぎ呼吸は一次性無呼吸の後に数分で出現するが、あえぎ呼吸では十分な換気はできず、心拍数、血圧は徐々に低下していく。
二次性無呼吸では血圧、心拍数とも低下しており、この段階では気道開通や呼吸刺激、酸素投与のみでは児は回復せず、人工呼吸を含めた積極的な蘇生が必要である。
一次性無呼吸は刺激で回復が可能であるが、二次性無呼吸では高度のアシドーシスに陥っており、呼吸回復は起こらず、人工呼吸を必要とする。
****** ステップ1
出生直後の児の状態の評価
以下の3項目を評価し、すべて問題なければルーチンケアを行い、もし異常があれば蘇生の初期処置を開始する。
出生直後のチェックポイント:
1. 正期産児か?
2. 呼吸や啼泣は良好か?
3. 筋緊張は良好か?
※コンセンサス2005では、さらに「羊水の胎便混濁の有無」をチェックして、羊水の胎便混濁があり、児に活気がなければ、口腔内吸引に加えて気管内吸引をすることになっていたが、コンセンサス2010では、出生時に蘇生処置が必要かどうかを評価するための評価項目から「羊水の胎便混濁の有無」は除外された。
****** ステップ2
ルーチンケア
出生時に特に問題のない児のルーチンケアとしては、低体温防止に努めながら、気道を開通する体位をとらせ、皮膚の羊水を拭き取ってから、皮膚色を評価する。
鼻や口の分泌物はガーゼやタオルでぬぐえばよく、必ずしも吸引は必要ない。(乱暴に咽頭を吸引すると、喉頭痙攣や迷走神経反射による除脈、自発呼吸調節開始の遅延をもたらすことがある。)
ルーチンケアのために母と児を分離すべきではなく、羊水をぬぐって皮膚を乾かした新生児を、母親の胸部に肌と肌が触れ合うように抱いてバスタオルなどで覆う方法には保温効果があり、また早期の母子接触は愛着形成にも有用であるが、スタッフによる注意深い観察が必要である。
ルーチンケア
・ 保温に配慮する
・ 気道を確保する体位をとらせる
・ 皮膚の羊水を拭き取る
以上の処置を行ってから、皮膚色を評価する
※ コンセンサス2010では、児のケアを母親のそばで行うということがはっきりと明記された。カンガルーケアも含めた母子関係への配慮が求められる。
****** ステップ3
蘇生の初期処置
出生直後のチェックポイントの3項目(正期産児、呼吸または啼泣、筋緊張)のうち、いずれかの項目に異常があれば蘇生の初期処置を開始する。
新生児心肺蘇生法の初期処置
1. 保温し、皮膚の羊水を拭き取る
2. 気道確保を行う
(気道確保の体位と、胎便除去を含む必要に応じての吸引)
3. 優しく刺激する
4. 再度気道確保の体位をとる
※ 胎便による羊水混濁があって、児に活気が無い場合に、MAS防止策としての出生後の気管内吸引はルーチン処置から外されたが、児の状態やスタッフの熟練度によっては実施してもよい。
****
1) 蘇生中の保温
① 蘇生処置はラジアントウォーマ上で行う。新生児の身体を乾いたタオルでよく拭く。
② 在胎28週未満で出生した新生児は、出生直後にポリエチレンのラップか袋で完全に首から下を包む。在胎28週未満の新生児では、分娩室の温度は最低でも26℃にする。
※ 出生直後にポリエチレンのラップか袋を用いる場合に、皮膚の乾燥を行うべきか否かに関するエビデンスはない。
2)気道開通(体位と必要に応じての吸引)
①仮死の徴候のある新生児は、直ちに仰臥位でsniffing position(においをかぐ体位)をとらせることで、気道確保を図る。肩枕(肩の下に巻いたハンドタオルやおむつを敷く)を入れると気道確保の体位がとりやすい。
sniffing position
②この体位で呼吸が弱々しい場合や、呼吸努力があるにもかかわらず十分な換気が得られない場合は、気道の閉塞が考えられるので吸引を行う。吸引が必要な場合には、ゴム球式吸引器または吸引カテーテルでまず口腔を吸引し、次いで鼻腔を吸引する。
吸引カテーテルのサイズは、羊水の胎便混濁があった場合は太めの吸引カテーテル(12または14Fr)、羊水が清明な場合は正期産児で10Fr、低出生体重児では児の大きさに応じて8Frまたは6Frの吸引カテーテルを用いる。
出生後数分間に後咽頭を刺激すると、徐脈や無呼吸の原因となる迷走神経反応を引き起こすことがあるので、心拍モニターがされてない場合は、カテーテルを咽頭まで深く挿入したり、長い時間の吸引操作は避ける。
吸引操作は口腔内と鼻腔内を5秒程度にとどめ、激しくあるいは深く吸引しないように注意する。また、吸引に用いる陰圧は100mmHg(13kPa)を超えないようにする。
分泌物が少なく呼吸に問題がなければ、ルーチンに吸引する必要はない。
必要ならば気管挿管し吸引することを考慮してもよいが、活気が無い場合でもルーチンに気管内吸引をする必要はない。
羊水混濁の有無にかかわらず、児の口咽頭および鼻咽頭を分娩中にルーチンに吸引することは推奨しない。
3)皮膚乾燥と皮膚刺激
① 乾いたタオルで皮膚を拭くことは、低体温防止だけでなく、呼吸誘発のための刺激ともなる。児の背部、体幹、あるいは四肢を優しくこする。
② これで自発呼吸が開始されなければ、児の足底を平手で2~3回叩いたり指先で弾いたりする。背部をこすってもよい。
そして再度、気道確保の体位をとる。
児の出生後30秒を目安にここまでの処置を行い、その後児の状態を評価する。
※それでもなお十分な呼吸運動がなければ人工呼吸が必要である。自発呼吸を誘発させるための皮膚刺激に時間をかけすぎない。
****** ステップ4
蘇生の初期処置の効果の評価と次の処置
(パルスオキシメータ、酸素投与、人工呼吸)
1) 呼吸と心拍数のチェック
蘇生の初期処置(1)保温、(2)気道確保、(3)皮膚乾燥と皮膚刺激を行った後、その効果を判定するために、呼吸と心拍数をチェックする。蘇生や呼吸補助が必要な場合はパルスオキシメータ(経皮酸素飽和度SpO2モニター)を右手に装着する。
※ 肉眼的な皮膚色は評価項目から外された。
呼吸と心拍数をチェックし、自発呼吸なし(無呼吸、あえぎ呼吸)あるいは心拍100/分未満の場合は、直ちにバッグ・マスクを用いた人工呼吸開を開始し、パルスオキシメータを右手に装着する。30秒後に再評価する。
※ 心拍60/分未満でも胸骨圧迫から始まらない事に注意!
あえぎ呼吸は換気効果がほとんどないので、無呼吸と同じに解釈する。
心拍数の評価方法は、胸部聴診(聴診器で直接胸部の聴診を行って確認する)を第一選択とする。更にはパルスオキシメータでの心拍数の測定の方が正確である。
聴診する場合は、1分間脈拍数=6秒間の脈拍数 x 10倍
※ コンセンサス2005で第一選択とされていた臍帯動脈の拍動触知は、他の部位の触診よりは優れているが、心拍数を過小評価する可能性が高い。
2) パルスオキシメータの装着
酸素化の評価はパルスオキシメータの使用が強く推奨された。
パルスオキシメータ(SpO2モニター)
蘇生や呼吸補助が必要な場合は、パルスオキシメータの新生児用プローブを動脈管の影響を受けない右手に装着する。
※ SpO2が不明の時は皮膚色で酸素化を評価するが、信頼性は低い。
3) 高濃度酸素投与の問題点
人工呼吸で蘇生を受ける児では、100%酸素は空気と比べ短期的予後に対し何ら利点はなく、第一啼泣までの時間を延長させる。
人工呼吸時に過剰酸素投与を回避するために必要なもの
・ パルスオキシメータ(必須)
・ ブレンダー(推奨)
4) 空気を用いたCPAPかフリーフローの酸素投与
初期蘇生の後に、自発呼吸があり、かつ心拍数が100/分以上の場合には、次に、努力呼吸と中心性チアノーゼの確認を行う。
※ 努力呼吸(陥没呼吸、呻吟、多呼吸)
・陥没呼吸: 吸気時に剣状突起部・胸骨下や胸骨上、肋骨間が陥没する呼吸。
・呻吟: 呼気時にウーウーと唸るような声を伴って呼吸する状態。
・多呼吸: 一般的に新生児の呼吸数は40/分前後のことが多い。これが60~100/分のときは多呼吸と考える。
※ 中心性チアノーゼは、口唇、舌、躯幹の色から判断するが、中等度以下は見落としやすい。(末梢性チアノーゼは正常でも数時間続くことがあり、特に処置は必要としない。)
両者共に認めなければ経過観察として蘇生後のケアを行う。
心拍数が100/分以上で自発呼吸がしっかりしているが、努力呼吸かつ中心性チアノーゼを認めた場合は、パルスオキシメータを右手に装着し、まずは空気を用いた持続的気道陽圧(CPAP)を行う。
※ CPAP: continuous positive airway pressure
Mask CPAP
圧マノメーターを見ながらCPAP圧を調節する。
5~6cmH2Oを目標(8cmH2Oをこえない)
空気によるCPAP管理がどうしても適応できない状況では、フリーフローの酸素投与を検討する。フリーフローの酸素投与も基本的には100%酸素は避け、酸素ブレンダー(酸素濃度調節器)を用いおおむね30%から60%程度の酸素濃度を目安に開始することが望ましい。
これらの処置を行った30秒後の評価によって、すべてが解消されれば蘇生後のケアへ、まだ努力呼吸と中心性チアノーゼが残っていれば人工呼吸を開始する。
努力呼吸のみ続く場合は原因検索とCPAPを検討する。中心性チアノーゼのみ続く場合はチアノーゼ性心疾患を鑑別する。
5) 人工呼吸
① 目標とするSpO2値
出生時、陽圧人工呼吸で蘇生を受ける正期産児に対して、蘇生は100%酸素ではなく、空気を使用して開始する。
効果的な人工呼吸にもかかわらず心拍数の増加が得られない場合やパルスオキシメータで示される酸素化の改善が不良な場合は、酸素の使用を考慮すべきである。しかし心拍数が100/分以上でかつ酸素飽和度が上昇傾向であれば、緊急に酸素を投与する必要はない。
目標とするSpO2値:1分60%以上、3分70%以上、5分80%以上、10分90%以上で、いずれも上限は95%とする。
酸素投与を開始した場合は、SpO2が下限値以上で上昇傾向にあれば、SpO2が95%に達しなくても、酸素投与をいったん中断してSpO2モニターで経過観察してもよい。
正期産児で心拍数が増加傾向でも100/分以上とならない場合や、パルスオキシメーターで示される酸素化が改善傾向でも目標値に達しない場合は、ブレンダーなどを用いた酸素と空気の混合ガスを使用する。その場合は、酸素濃度は30~40%で開始する。
酸素を使用した状況でSpO2値が95%以上あれば必ず酸素濃度を減量する。
人工呼吸開始後30秒の時点でも除脈(心拍数が60/分未満)が認められる場合や、酸素化の改善が受容できない場合は、高濃度酸素投与を行い心拍数が正常化するまでこれを続ける。
ブレンダー装置が利用できない場合は、リザーバーを装着しない自己膨張式バッグに酸素チューブを接続して人工呼吸を施行する。リザーバーがなければ、吸入酸素濃度は40%未満となる。それで目標SpO2値に達しない場合は、リザーバーを装着する。
② 人工呼吸の適応
蘇生の初期処置の後で、自発呼吸なし(無呼吸、あえぎ呼吸)あるいは心拍100/分未満の除脈の場合、もしくは、酸素投与やCPAP実施によっても努力呼吸と中心性チアノーゼが続く場合には、人工呼吸の適応となる。
※ 心拍60/分未満でも胸骨圧迫から始まらない事に注意!
※ 90%の仮死児はバッグ・マスクを用いた人工呼吸までの蘇生処置で回復するので、確実にバッグ・マスクを用いた人工呼吸を施行できる訓練をしておく。
③ 自己膨張式バッグ(self inflating bag)
過剰加圧防止弁がついており、一定の圧以上の高圧がかからないようになっている。また、特殊な閉鎖式の酸素リザーバーをつけない限り、90%~100%の高濃度酸素やフリーフローの酸素は供給できない。
リザーバー無しの自己膨張式バッグでは、吸入酸素濃度は最大でも40%である。
40%以上の吸入酸素濃度必要時は自己膨張式バッグにリザーバーをつける。
④ 流量膨張式バッグ(flow inflating bag)
フリーフロー酸素の投与が可能である。
熟練者では、児の肺の硬さを、バッグを押す手に感じることができる。
必ず圧マノメーターに接続し、換気圧をチェックする必要がある。
流量膨張式バッグに流す酸素の流量は、新生児では5~10L/分くらいが適量である。
バッグの事前チェック: マスクを手で覆ってバッグを圧迫して、バッグが適切に膨張するか、圧が十分に上がるか、リークがないか、圧マノメーターは機能しているかをチェックする。
⑤ Tピース蘇生装置の使用
Tピース蘇生器(T piece resuscitator)は、酸素源に接続して、あらかじめ設定された最大吸気圧(PIP)と呼気終末陽圧(PEEP)をかけることができる。圧の調節が容易かつ安全である。吸気時間も指で押す時間で自由に設定できる。
最大吸気圧(peak inspiratory pressure: PIP)
呼気終末陽圧(positive end expiratory pressure: PEEP)
⑥ マスク
丸型と鼻合わせ型の2種類がある。マスクは児の鼻と口を覆うが眼にはかからないサイズを選択する。クッション付顔マスクを用いると、顔に密着しやすくてマスク周囲からのリークが少ない。
親指と人差し指でCの字をつくり、マスクを顔に密着させ、中指で下顎を軽く持ち上げる(ICクランプ法)。
ICクランプ法
ICクランプ法の要点:
・ マスクは眼より下、顎より上できっちり鼻と口をカバーできるものを使用する。
・ 眼にかかると眼損傷を、顎より外に出てしまうとガス漏れを起こす。
・ 親指と人差し指を用いた”C”ではマスクを顔面に密着させることに注意する。
・ 肩枕を入れるとマスクを”C”で顔面に密着させるだけでもバッグ・マスク換気が容易となる。
・ 新生児では中指のみで下顎を引き上げる。下顎の骨の部分に中指をかけ、決して喉頭の軟らかい部分を圧迫しないようにする。
⑦ バッグ・マスクの実施法
片手で児の下顎とマスクを固定し、他方の手でバッグを加圧する。
通常、肩枕を使用して、頸部を伸展、頭部を後屈、下顎を拳上させる体位をとる。
出生直後の空気呼吸開始時には20~30cmH2Oあるいはそれ以上の高い圧と長めの吸気時間が必要とされることもある。しかし、効果的な換気かどうかは、圧を指標とするよりも児の胸部の動きの方が信頼できる。
人工呼吸の回数は40~60回/分(胸骨圧迫を併用する場合は30回/分)が必要である。
・ 経口胃内カテーテルの挿入
バッグ・マスクを長時間使用する時は、6~10Frのカテーテルを胃内に経口的に挿入留置し、胃内容を十分吸引したのちカテーテルの先端を開放にしたまま人工呼吸を行うと胃膨張が防止できる。
胃内に留置するカテーテルの長さの測定法: 鼻の付け根-外耳孔-剣状突起と臍の中間
・ バッグ・マスクができないとき
分娩が設備のないところで行われた場合(車中や一般家庭など)、緊急避難的に人工呼吸は呼気吹込み口対口鼻人工呼吸法を行う。すなわち、頭部後屈あご先挙上法で気道を確保し、術者の口で児の口と鼻を覆い、胸の動きを観察しながら術者の呼気を1~1.5秒かけて吹き込む。しかし感染のリスクがあるため、極力避けるようにする。
⑧ バッグ・マスクが無効なとき
・ バッグ・マスクのチェックポイント
約30秒間バッグ・マスクを用いた人工呼吸を行っても、自発呼吸が十分でなく、かつ心拍数が100/分未満であれば気管挿管を検討する。
しかし、90%の仮死児はバッグ・マスクを用いた人工呼吸までの蘇生処置で回復するので、あわてて気管挿管する前に、バッグ・マスクで人工呼吸の効果があがらない原因をチェックする。
バッグ・マスクで効果的な人工呼吸ができない原因
マスクが顔に密着していない
気道が閉塞している
バッグを押す圧が低い
バッグが破れている
流量調節弁が開放している
酸素や空気の流量が少ない
酸素濃度が低い
・ バッグ・マスクが無効で、気管挿管が不成功または実行不可能なとき
出生体重2000g以上、在胎34週以上の新生児においては、熟練者であれば、ラリンゲアルマスクエアウェイ(LMA)を使用する。
****** ステップ5
人工呼吸の効果の評価と次の処置(胸骨圧迫)
分娩は、ほとんどの場合、医療者が何も手を出さなくても自然経過でうまくいくことが多いですが、一定の確率で超緊急事態(例えば、肩甲難産、羊水塞栓症、常位胎盤早期剥離など)が発症することも事実です。
一つ一つの超緊急事態は、発症する確率がだいたい決まっていて、リスク因子がわかっている疾患も多いのですが、例えば上記3疾患などでは発症機序やリスク因子が未だ不明で、一体全体どの妊婦さんにどの緊急事態が発症するのかほとんど予測できません。これらの疾患が運悪く発症してしまった場合は、発症直後の集中的緊急対応が非常に重要です。
正常の分娩経過だと思っていた妊婦さんに、突然、超緊急事態が発症した場合は、その場に多くの専門家が居合わせているのかいないのかが、母児の救命のために非常に重要なキーポイントとなります。緊急事態が発症してから大慌てで搬送先を探しているようでは、到底間に合わない場合も現実にあり得ます。
産科の超緊急事態に適切に対応するためには、発症直後に、麻酔科医、新生児科医、複数の産婦人科医などがその場にすぐ集まって、チームですぐさま適切に対応する必要があります。それでも、疾患によっては母児の救命が難しい場合があり得ます。
助産師、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門家の数は限られているので、分散して別個に働くのではなく、多くの専門家が一か所に集まって、チーム医療で一緒に協力して働く必要があります。そういう職場環境でない場合は、産科医はいつ訴えられて医師生命を絶たれる事態となってしまうか全く予測できず、日々安心して働くことができません。不十分な態勢の分娩施設だと、患者さんにとってのリスクだけではなく、そこで働く産科医の負うリスクも非常に大きいのです。近年、不十分な態勢の施設から産科医がどんどん退散し、医師不足に陥った医療機関が、あの手この手で医師募集しても、なかなか産科医を集められないのは、当然の現象だと思います。
しかし一方で、ほとんどの分娩が正常に経過するため、ほとんどの方は自宅分娩や助産所などでの分娩でも何も起こらないで無事安産できるのも確かな事実で、自宅での自然分娩志向の方々も少なからずいらっしゃいます。一般の方々に、産科のリスクの特殊性を理解していただくのは非常に難しいことだと思っています。
『近場で産めなくなってしまうのは非常に困る。産科施設を集約化するのはけしからん。昔はみんな自宅分娩だったが、それでも世の中何とかなってたじゃないか。自分も自宅分娩で産まれたが今こうして普通に生きている。昔に戻って助産所を増やせば、今の産科の問題は解決するんじゃないか。』というような地域住民の素朴な声もよく耳にします。年配の市長さんなどの中にもそのような考え方で、市内に助産所をたくさん作れば産科問題は全部一気に解決すると信じ、そのような政策を実際に推進している自治体もあります。
時代により地域の分娩事情は大きく変遷してきました。近年、日本全体の産科施設数はどんどん減少しつつあり、全国的に産科施設の集約化が進行中であることは確かだと思います。