ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

椎名レディースクリニック開業百周年記念式典

2011年06月26日 | 飯田下伊那地域の産科問題

椎名レディスクリニックは開業百周年を迎え、3代目院長の一雄先生が産婦人科医としての業務を担当、奥様が助産師業務を担当、院長のお母様が長く厨房を担当され、御家族を中心に年中無休で猛烈に働き続けて、年間4百件程度の分娩や不妊治療など、地域での産婦人科医療に積極的に取り組んでおられます。最近、椎名レディースクリニック開業百年記念式典が開催され、私も出席させていただきました。御子息のうちの2人が医学部生、1人が助産学生で、現在、修業中とのことです。昨今の産婦人科医不足、助産師不足などの影響で、産婦人科の開業を継承していくのは非常に困難な社会状況となってますが、御家族を中心に職種を分担し、自給自足で家内工業的に非常に頑張っておられます。今回の式典では、次世代へのバトンタッチの準備も着々と進んでいることが紹介されました。

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記念式典での祝辞の原稿:
 椎名レディースクリニック開業百周年おめでとうございます。
 一口に百年と申しましても、親子三代でこの地域の産婦人科医療を支えてこられたことを考えますと、これは並大抵のことではない大偉業と感じております。
 私が飯田市立病院産婦人科に赴任したのは平成元年4月で、その当時は先代の椎名剛雄先生が頑張っておられました。赴任のご挨拶に初めて椎名レディースクリニックにお伺いした時に、剛雄先生は、「これからは、手に負えない大変な症例はどんどん市立に送るから、よろしく頼むよ。」とやさしく声をかけてくださって、早速に、早産前期破水の症例を送っていただき、市立病院で最初の帝王切開を開設早々に実施させていただきました。
 その後も、ハイリスク妊娠や子宮頸癌・子宮体癌・卵巣癌などの多くの貴重な症例をどんどん送っていただき、お陰様で、市立病院の産婦人科は、開設直後からいきなりエンジン全開で、毎週毎週、多くの手術を実施させていただくことができ、非常にいい形でスタートを切ることができました。
 最初は地域の産婦人科の先生方のほとんどが私の父親世代でしたが、平成3年に椎名一雄先生が飯田に戻って来られたのと、ちょうど時を同じくして、波多野久昭先生や羽場啓子先生も当地での診療を開始され、同世代の産婦人科の仲間が急に増えましたので、平岩幹夫先生を中心として飯田下伊那産婦人科医会の中に若手グループを結成し、頻回に症例検討会や勉強会を開催して親交を深め、この二十年間、地域の産婦人科医療を支えてきました。
 振り返ってみますと、この二十年間のうちには当地域の産婦人科医療提供体制も何度か危機的な状況に陥りましたが、その度にみんなで助け合って危機を乗り超えてきました。特に3年ほど前には、市立病院産婦人科が存続できるかどうかの危機に直面した時もありましたが、何とか危機を脱することができましたのも椎名一雄先生をはじめとした地域の諸先生方の大きな助けがあったお蔭と、心より感謝しております。
 月日の流れるのは早いもので、若い若いと思っていた我々若手グループの面々も還暦を迎える年齢となり、次世代へのバトンタッチを考えなければならない時期がやってきました。
 市立病院の産婦人科も、昨年、芦田敬先生が信大産婦人科から赴任し、若い産婦人科医も増えて、毎日みんなで活発に議論し、切磋琢磨して日々の診療に励んでおります。助産師の数も年々増えて総勢四十人を超す勢いです。
 椎名レディースクリニックでも、御子息達が医学部で勉学に励まれているそうで、次世代へのバトンタッチの準備が着々と進んでいることと推察いたします。
 今後の百年間も、椎名レディースクリニックと市立病院とがうまく協力していけば、この地域の産婦人科医療提供体制はますます発展していくと思います。
 私もこれからなるべく長生きをして、次世代の先生方の頑張り振りを見守っていきたいと考えています。
 本日は誠におめでとうございます。


新生児の蘇生(NCPR)

2011年06月23日 | 周産期医学

Neonatal Cardio-Pulmonary Resuscitation

日本版救急蘇生ガイドライン2010に基づく新生児蘇生法テキスト改訂第2版、監修:田村正徳、2011年1月刊行

2010 新生児の蘇生法アルゴリズム図

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● はじめに

新生児の約10%は、出生時に呼吸を開始するために何らかの助け(呼吸刺激や吸引など)を必要とする。さらに、新生児の約1%は、救命のために本格的な蘇生手段(人工呼吸、胸骨圧迫、薬物治療、気管挿管など)を必要とし、適切な処置を受けなければ、死亡するか、重篤な障害を残す。

すべてのハイリスク児の出生予知は不可能であり、またまったく順調な妊娠を経過した場合でも、子宮外生活への適応障害が突然出現することもまれではない。

新生児仮死は、バッグとマスクを用いた人工呼吸だけで90%以上が蘇生できる。さらに胸骨圧迫と気管挿管まで加えれば99%蘇生できる。

現在、ほとんどの分娩が医療機関内で行われ(日本では99.8%)、分娩に関与するスタッフは非常に限られているので、新生児を取り扱うすべての医療従事者(小児科医、産科医、助産師、NICU看護師など)が新生児蘇生法に習熟すれば、その意義は非常に大きい。

わが国では、日本周産期・新生児医学会を実施主体として、新生児蘇生法普及事業が展開されている。新生児蘇生法の講習会として、「一次」コース(B コース)、「専門」コース(A コース)、「専門」コースインストラクター養成講習会(I コース)が開催され、コース修了者を学会が認定している。修了認定者が活動する領域に応じて、適切なコースを選択することが望ましい。

「すべての周産期医療関係者が標準的な新生児救急蘇生法を体得して、すべての分娩に新生児の蘇生を開始することのできる要員が専任で立ち会うことができる体制を実現する」ことが新生児蘇生法普及事業の最終目標である。

● 一次性無呼吸と二次性無呼吸

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一次性無呼吸の状態ではチアノーゼは著明であるものの、心拍数、血圧はむしろ上昇気味であり、この段階であれば呼吸刺激や吸引で容易に自発呼吸は再開する。

あえぎ呼吸は一次性無呼吸の後に数分で出現するが、あえぎ呼吸では十分な換気はできず、心拍数、血圧は徐々に低下していく。

二次性無呼吸では血圧、心拍数とも低下しており、この段階では気道開通や呼吸刺激、酸素投与のみでは児は回復せず、人工呼吸を含めた積極的な蘇生が必要である。

一次性無呼吸は刺激で回復が可能であるが、二次性無呼吸では高度のアシドーシスに陥っており、呼吸回復は起こらず、人工呼吸を必要とする。

****** ステップ1 

出生直後の児の状態の評価

以下の3項目を評価し、すべて問題なければルーチンケアを行い、もし異常があれば蘇生の初期処置を開始する。

出生直後のチェックポイント:
1. 正期産児か?
2. 呼吸や啼泣は良好か?
3. 筋緊張は良好か?

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※コンセンサス2005では、さらに「羊水の胎便混濁の有無」をチェックして、羊水の胎便混濁があり、児に活気がなければ、口腔内吸引に加えて気管内吸引をすることになっていたが、コンセンサス2010では、出生時に蘇生処置が必要かどうかを評価するための評価項目から「羊水の胎便混濁の有無」は除外された。

****** ステップ2

ルーチンケア

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出生時に特に問題のない児のルーチンケアとしては、低体温防止に努めながら、気道を開通する体位をとらせ、皮膚の羊水を拭き取ってから、皮膚色を評価する。

鼻や口の分泌物はガーゼやタオルでぬぐえばよく、必ずしも吸引は必要ない。(乱暴に咽頭を吸引すると、喉頭痙攣や迷走神経反射による除脈、自発呼吸調節開始の遅延をもたらすことがある。)

ルーチンケアのために母と児を分離すべきではなく、羊水をぬぐって皮膚を乾かした新生児を、母親の胸部に肌と肌が触れ合うように抱いてバスタオルなどで覆う方法には保温効果があり、また早期の母子接触は愛着形成にも有用であるが、スタッフによる注意深い観察が必要である。

ルーチンケア
 ・ 保温に配慮する
 ・ 気道を確保する体位をとらせる
 ・ 皮膚の羊水を拭き取る
以上の処置を行ってから、皮膚色を評価する

※ コンセンサス2010では、児のケアを母親のそばで行うということがはっきりと明記された。カンガルーケアも含めた母子関係への配慮が求められる。

****** ステップ3

蘇生の初期処置

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出生直後のチェックポイントの3項目(正期産児、呼吸または啼泣、筋緊張)のうち、いずれかの項目に異常があれば蘇生の初期処置を開始する。

新生児心肺蘇生法の初期処置
 1. 保温し、皮膚の羊水を拭き取る
 2. 気道確保を行う
 (気道確保の体位と、胎便除去を含む必要に応じての吸引)
 3. 優しく刺激する
 4. 再度気道確保の体位をとる

※ 胎便による羊水混濁があって、児に活気が無い場合に、MAS防止策としての出生後の気管内吸引はルーチン処置から外されたが、児の状態やスタッフの熟練度によっては実施してもよい。

****

1) 蘇生中の保温

① 蘇生処置はラジアントウォーマ上で行う。新生児の身体を乾いたタオルでよく拭く

② 在胎28週未満で出生した新生児は、出生直後にポリエチレンのラップか袋で完全に首から下を包む。在胎28週未満の新生児では、分娩室の温度は最低でも26℃にする。

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※ 出生直後にポリエチレンのラップか袋を用いる場合に、皮膚の乾燥を行うべきか否かに関するエビデンスはない。

2)気道開通(体位と必要に応じての吸引)

①仮死の徴候のある新生児は、直ちに仰臥位でsniffing position(においをかぐ体位)をとらせることで、気道確保を図る。肩枕(肩の下に巻いたハンドタオルやおむつを敷く)を入れると気道確保の体位がとりやすい。

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            sniffing position

②この体位で呼吸が弱々しい場合や、呼吸努力があるにもかかわらず十分な換気が得られない場合は、気道の閉塞が考えられるので吸引を行う。吸引が必要な場合には、ゴム球式吸引器または吸引カテーテルまず口腔を吸引し、次いで鼻腔を吸引する。

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吸引カテーテルのサイズは、羊水の胎便混濁があった場合は太めの吸引カテーテル(12または14Fr)、羊水が清明な場合は正期産児で10Fr、低出生体重児では児の大きさに応じて8Frまたは6Frの吸引カテーテルを用いる。

出生後数分間に後咽頭を刺激すると、徐脈や無呼吸の原因となる迷走神経反応を引き起こすことがあるので、心拍モニターがされてない場合は、カテーテルを咽頭まで深く挿入したり、長い時間の吸引操作は避ける。

吸引操作は口腔内と鼻腔内を5秒程度にとどめ、激しくあるいは深く吸引しないように注意する。また、吸引に用いる陰圧は100mmHg(13kPa)を超えないようにする。

分泌物が少なく呼吸に問題がなければ、ルーチンに吸引する必要はない。

必要ならば気管挿管し吸引することを考慮してもよいが、活気が無い場合でもルーチンに気管内吸引をする必要はない。

羊水混濁の有無にかかわらず、児の口咽頭および鼻咽頭を分娩中にルーチンに吸引することは推奨しない。

3)皮膚乾燥と皮膚刺激

① 乾いたタオルで皮膚を拭くことは、低体温防止だけでなく、呼吸誘発のための刺激ともなる。児の背部、体幹、あるいは四肢を優しくこする。

② これで自発呼吸が開始されなければ、児の足底を平手で2~3回叩いたり指先で弾いたりする。背部をこすってもよい。

そして再度、気道確保の体位をとる。

児の出生後30秒を目安にここまでの処置を行い、その後児の状態を評価する。

※それでもなお十分な呼吸運動がなければ人工呼吸が必要である。自発呼吸を誘発させるための皮膚刺激に時間をかけすぎない。

****** ステップ4

蘇生の初期処置の効果の評価と次の処置
(パルスオキシメータ、酸素投与、人工呼吸)

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1) 呼吸と心拍数のチェック

蘇生の初期処置(1)保温、(2)気道確保、(3)皮膚乾燥と皮膚刺激を行った後、その効果を判定するために、呼吸心拍数をチェックする。蘇生や呼吸補助が必要な場合はパルスオキシメータ(経皮酸素飽和度SpO2モニター)を右手に装着する。

※ 肉眼的な皮膚色は評価項目から外された。

呼吸と心拍数をチェックし、自発呼吸なし(無呼吸、あえぎ呼吸)あるいは心拍100/分未満の場合は、直ちにバッグ・マスクを用いた人工呼吸開を開始し、パルスオキシメータを右手に装着する。30秒後に再評価する。

※ 心拍60/分未満でも胸骨圧迫から始まらない事に注意!

あえぎ呼吸は換気効果がほとんどないので、無呼吸と同じに解釈する。

心拍数の評価方法は、胸部聴診(聴診器で直接胸部の聴診を行って確認する)を第一選択とする。更にはパルスオキシメータでの心拍数の測定の方が正確である。

聴診する場合は、1分間脈拍数=6秒間の脈拍数 x 10倍

※ コンセンサス2005で第一選択とされていた臍帯動脈の拍動触知は、他の部位の触診よりは優れているが、心拍数を過小評価する可能性が高い。

2) パルスオキシメータの装着

酸素化の評価はパルスオキシメータの使用が強く推奨された。

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   パルスオキシメータ(SpO2モニター)

蘇生や呼吸補助が必要な場合は、パルスオキシメータの新生児用プローブを動脈管の影響を受けない右手に装着する。

※ SpO2が不明の時は皮膚色で酸素化を評価するが、信頼性は低い。

3) 高濃度酸素投与の問題点

人工呼吸で蘇生を受ける児では、100%酸素は空気と比べ短期的予後に対し何ら利点はなく、第一啼泣までの時間を延長させる。

人工呼吸時に過剰酸素投与を回避するために必要なもの
・ パルスオキシメータ(必須)
・ ブレンダー(推奨)

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4) 空気を用いたCPAPかフリーフローの酸素投与

初期蘇生の後に、自発呼吸があり、かつ心拍数が100/分以上の場合には、次に、努力呼吸と中心性チアノーゼの確認を行う。

努力呼吸(陥没呼吸、呻吟、多呼吸)
・陥没呼吸: 吸気時に剣状突起部・胸骨下や胸骨上、肋骨間が陥没する呼吸。
・呻吟: 呼気時にウーウーと唸るような声を伴って呼吸する状態。
・多呼吸: 一般的に新生児の呼吸数は40/分前後のことが多い。これが60~100/分のときは多呼吸と考える。

中心性チアノーゼは、口唇、舌、躯幹の色から判断するが、中等度以下は見落としやすい。(末梢性チアノーゼは正常でも数時間続くことがあり、特に処置は必要としない。)

両者共に認めなければ経過観察として蘇生後のケアを行う。

心拍数が100/分以上で自発呼吸がしっかりしているが、努力呼吸かつ中心性チアノーゼを認めた場合は、パルスオキシメータを右手に装着し、まずは空気を用いた持続的気道陽圧(CPAP)を行う。

※ CPAP: continuous positive airway pressure

Maskcpap

Mask CPAP
圧マノメーターを見ながらCPAP圧を調節する。
5~6cmH2Oを目標(8cmH2Oをこえない)

空気によるCPAP管理がどうしても適応できない状況では、フリーフローの酸素投与を検討する。フリーフローの酸素投与も基本的には100%酸素は避け、酸素ブレンダー(酸素濃度調節器)を用いおおむね30%から60%程度の酸素濃度を目安に開始することが望ましい。

これらの処置を行った30秒後の評価によって、すべてが解消されれば蘇生後のケアへ、まだ努力呼吸と中心性チアノーゼが残っていれば人工呼吸を開始する。

努力呼吸のみ続く場合は原因検索とCPAPを検討する。中心性チアノーゼのみ続く場合はチアノーゼ性心疾患を鑑別する。

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5) 人工呼吸

① 目標とするSpO2

出生時、陽圧人工呼吸で蘇生を受ける正期産児に対して、蘇生は100%酸素ではなく、空気を使用して開始する。

効果的な人工呼吸にもかかわらず心拍数の増加が得られない場合やパルスオキシメータで示される酸素化の改善が不良な場合は、酸素の使用を考慮すべきである。しかし心拍数が100/分以上でかつ酸素飽和度が上昇傾向であれば、緊急に酸素を投与する必要はない。

目標とするSpO2値:1分60%以上3分70%以上5分80%以上10分90%以上で、いずれも上限は95%とする。

酸素投与を開始した場合は、SpO2が下限値以上で上昇傾向にあれば、SpO2が95%に達しなくても、酸素投与をいったん中断してSpO2モニターで経過観察してもよい。

正期産児で心拍数が増加傾向でも100/分以上とならない場合や、パルスオキシメーターで示される酸素化が改善傾向でも目標値に達しない場合は、ブレンダーなどを用いた酸素と空気の混合ガスを使用する。その場合は、酸素濃度は30~40%で開始する。

酸素を使用した状況でSpO2値が95%以上あれば必ず酸素濃度を減量する。

人工呼吸開始後30秒の時点でも除脈(心拍数が60/分未満)が認められる場合や、酸素化の改善が受容できない場合は、高濃度酸素投与を行い心拍数が正常化するまでこれを続ける。

ブレンダー装置が利用できない場合は、リザーバーを装着しない自己膨張式バッグに酸素チューブを接続して人工呼吸を施行する。リザーバーがなければ、吸入酸素濃度は40%未満となる。それで目標SpO2値に達しない場合は、リザーバーを装着する。

② 人工呼吸の適応

蘇生の初期処置の後で、自発呼吸なし(無呼吸、あえぎ呼吸)あるいは心拍100/分未満の除脈の場合、もしくは、酸素投与やCPAP実施によっても努力呼吸と中心性チアノーゼが続く場合には、人工呼吸の適応となる。

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※ 心拍60/分未満でも胸骨圧迫から始まらない事に注意!

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※ 90%の仮死児はバッグ・マスクを用いた人工呼吸までの蘇生処置で回復するので、確実にバッグ・マスクを用いた人工呼吸を施行できる訓練をしておく。

③ 自己膨張式バッグ(self inflating bag)

過剰加圧防止弁がついており、一定の圧以上の高圧がかからないようになっている。また、特殊な閉鎖式の酸素リザーバーをつけない限り、90%~100%の高濃度酸素やフリーフローの酸素は供給できない。

リザーバー無しの自己膨張式バッグでは、吸入酸素濃度は最大でも40%である。

40%以上の吸入酸素濃度必要時は自己膨張式バッグにリザーバーをつける。

④ 流量膨張式バッグ(flow inflating bag)

フリーフロー酸素の投与が可能である。

熟練者では、児の肺の硬さを、バッグを押す手に感じることができる。

必ず圧マノメーターに接続し、換気圧をチェックする必要がある。

流量膨張式バッグに流す酸素の流量は、新生児では5~10L/分くらいが適量である。

バッグの事前チェック: マスクを手で覆ってバッグを圧迫して、バッグが適切に膨張するか、圧が十分に上がるか、リークがないか、圧マノメーターは機能しているかをチェックする。

⑤ Tピース蘇生装置の使用

Tピース蘇生器(T piece resuscitator)は、酸素源に接続して、あらかじめ設定された最大吸気圧(PIP)と呼気終末陽圧(PEEP)をかけることができる。圧の調節が容易かつ安全である。吸気時間も指で押す時間で自由に設定できる。

最大吸気圧(peak inspiratory pressure: PIP
呼気終末陽圧(positive end expiratory pressure: PEEP

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⑥ マスク

丸型と鼻合わせ型の2種類がある。マスクは児の鼻と口を覆うが眼にはかからないサイズを選択する。クッション付顔マスクを用いると、顔に密着しやすくてマスク周囲からのリークが少ない。

親指と人差し指でCの字をつくり、マスクを顔に密着させ、中指で下顎を軽く持ち上げる(ICクランプ法)。

Mask
           ICクランプ法

ICクランプ法の要点:
・ マスクは眼より下、顎より上できっちり鼻と口をカバーできるものを使用する。
・ 眼にかかると眼損傷を、顎より外に出てしまうとガス漏れを起こす。
・ 親指と人差し指を用いた”C”ではマスクを顔面に密着させることに注意する。
・ 肩枕を入れるとマスクを”C”で顔面に密着させるだけでもバッグ・マスク換気が容易となる。
・ 新生児では中指のみで下顎を引き上げる。下顎の骨の部分に中指をかけ、決して喉頭の軟らかい部分を圧迫しないようにする。

⑦ バッグ・マスクの実施法

片手で児の下顎とマスクを固定し、他方の手でバッグを加圧する。

通常、肩枕を使用して、頸部を伸展、頭部を後屈、下顎を拳上させる体位をとる。

出生直後の空気呼吸開始時には20~30cmH2Oあるいはそれ以上の高い圧と長めの吸気時間が必要とされることもある。しかし、効果的な換気かどうかは、圧を指標とするよりも児の胸部の動きの方が信頼できる。

人工呼吸の回数は40~60回/分(胸骨圧迫を併用する場合は30回/分)が必要である。

・ 経口胃内カテーテルの挿入
バッグ・マスクを長時間使用する時は、6~10Frのカテーテルを胃内に経口的に挿入留置し、胃内容を十分吸引したのちカテーテルの先端を開放にしたまま人工呼吸を行うと胃膨張が防止できる。
 胃内に留置するカテーテルの長さの測定法: 鼻の付け根-外耳孔-剣状突起と臍の中間

・ バッグ・マスクができないとき
 
分娩が設備のないところで行われた場合(車中や一般家庭など)、緊急避難的に人工呼吸は呼気吹込み口対口鼻人工呼吸法を行う。すなわち、頭部後屈あご先挙上法で気道を確保し、術者の口で児の口と鼻を覆い、胸の動きを観察しながら術者の呼気を1~1.5秒かけて吹き込む。しかし感染のリスクがあるため、極力避けるようにする。

⑧ バッグ・マスクが無効なとき

・ バッグ・マスクのチェックポイント

約30秒間バッグ・マスクを用いた人工呼吸を行っても、自発呼吸が十分でなく、かつ心拍数が100/分未満であれば気管挿管を検討する。

しかし、90%の仮死児はバッグ・マスクを用いた人工呼吸までの蘇生処置で回復するので、あわてて気管挿管する前に、バッグ・マスクで人工呼吸の効果があがらない原因をチェックする。

バッグ・マスクで効果的な人工呼吸ができない原因
 マスクが顔に密着していない
 気道が閉塞している
 バッグを押す圧が低い
 バッグが破れている
 流量調節弁が開放している
 酸素や空気の流量が少ない
 酸素濃度が低い

・ バッグ・マスクが無効で、気管挿管が不成功または実行不可能なとき

 出生体重2000g以上、在胎34週以上の新生児においては、熟練者であれば、ラリンゲアルマスクエアウェイ(LMA)を使用する。

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****** ステップ5

人工呼吸の効果の評価と次の処置(胸骨圧迫)

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妊娠糖尿病、糖尿病合併妊娠

2011年06月16日 | 周産期医学

新しい妊娠糖尿病診断基準

2010年に新しい妊娠糖尿病の診断基準が定められ、今後はこの診断基準によって診断が行われることとなった。

定義:
妊娠糖尿病gestational diabetes mellitus(GDM)は妊娠中にはじめて発見、または発症した糖代謝異常。しかし、overt diabetes in pregnancy(妊娠時に診断された明らかな糖尿病)はGDMに含めない。

診断基準:
1.妊娠糖尿病(GDM) 75gOGTTにおいて次の基準の1点以上を満たした場合に診断する。
① 空腹時血糖値≧92mg/dL(5.1mmol/L)
② 1時間値≧180mg/dL(10.0mmol/L)
③ 2時間値≧153mg/dL(8.5mmol/L)

2.妊娠時に診断された明らかな糖尿病 (overt diabetes in pregnancy) 以下のいずれかを満たした場合に診断する。
① 空腹時血糖値≧126mg/dL
② HbA1C≧6.5% [HbA1C(JDS)≧6.1%]  註
③ 確実な糖尿病網膜症が存在する場合
④ 随時血糖値≧200mg/dL、あるいは75gOGTTで2時間値≧200mg/dLで上記①~③のいずれかがある場合

註1. 国際標準化を重視する立場から、新しいHbA1C値(%)は、従来わが国で使用していたJpan Diabetes Society(JDS)値に0.4%を加えたNational Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)値を使用するものとする。
註2. HbA1C<6.5%(HbA1C(JDS)<6.1%)で75gOGTT 2時間値≧200mg/dLの場合は、妊娠時に診断された明らかな糖尿病とは判定し難いので、High risk GDMとし、妊娠中は糖尿病に準じた管理を行い、出産後は糖尿病に移行する可能性が高いので厳重なフォローアップが必要である。

****** 産婦人科診療ガイドライン産科編2011

妊婦の耐糖能検査は?

Answer
1. 妊娠糖尿病(GDM、gestational diabetes mellitus)のスクリーニングを全妊婦に行う。(B)

2. スクリーニングは以下に示すような二段階法を用いて行う。(B)
1) 妊娠初期に随時血糖測定(カットオフ値は各施設で独自に設定する)。随時血糖値≧200mg/dL時には、75gOGTTは行わず、Answer4の①~③の有無について検討する。
2) 妊娠中期(24~28週)に50gGCT(≧140mg/dLを陽性)、あるいは随時血糖測定(≧100mg/dLを陽性)。その対象は妊娠初期随時血糖法で陰性であった妊婦、ならびに同検査陽性であったが75gOGTTで非GDMとされた妊婦。

3. スクリーニング陽性妊婦には診断検査(75gOGTT)を行い、以下の1点以上を満たした場合にはGDMと診断する。ただし、2時間値≧200mg/dL時にはAnswer4の①~③の有無について検討する。(A)
① 空腹時血糖値≧92mg/dL(5.1mmol/L)
② 1時間値≧180mg/dL(10.0mmol/L)
③ 2時間値≧153mg/dL(8.5mmol/L)

4. 以下のいずれかを満たした場合には、“妊娠時に診断された明らかな糖尿病、overt diabetes in pregnancy”と診断する。
① 空腹時血糖値≧126mg/dL
② HbA1C≧6.5% [HbA1C(JDS)≧6.1%]  註
③ 確実な糖尿病網膜症が存在する場合
④ 随時血糖値≧200mg/dL、あるいは75gOGTTで2時間値≧200mg/dLで上記①~③のいずれかがある場合

5. GDM妊婦には分娩後6~12週の75gOGTTを勧める。“妊娠時に診断された明らかな糖尿病”妊婦では耐糖能について再評価する。

****** 産婦人科診療ガイドライン産科編2011  

妊娠糖尿病、妊娠時に診断された明らかな糖尿病、 ならびに糖尿病合併妊婦の管理・分娩は?

Answer
1. 早朝空腹時血糖値≦95mg/dL、食前血糖値≦100mg/dL、食後2時間血糖値≦120mg/dLを目標に血糖を調節する。(C)

2. 耐糖能異常妊婦ではまず食事療法を行い、血糖管理できない場合はインスリン療法を行う。(B)

3. 妊娠32週以降は胎児well-beingを適宜NST、BPS(biophysical profile score)などで評価し、問題がある場合は入院管理を行う。(C)

4. 血糖コントロール良好かつ胎児発育や胎児well-beingに問題ない場合、以下のいずれかを行う。(B)
1) 40週6日まで自然陣痛発来待機(待機的管理)と41週0日以降の分娩誘発
2) 頸管熟化を考慮した37週0日以降の分娩誘発(積極的管理)

5. 遷延分娩時、陣痛促進時、あるいは吸引分娩時には肩甲難産に注意する。(C)

6. 血糖コントロール不良例、糖尿病合併症悪化例や巨大児疑い合併例では分娩時期、分娩法を個別に検討する。(B)

7. 39週未満の選択的帝王切開例、血糖コントロール不良例、あるいは予定日不詳例の帝王切開時には新生児呼吸窮迫症候群に注意する。(B)

8. 糖尿病合併妊婦分娩時においては連続的胎児心拍数モニタリングを行う。(B)

9. 分娩時は母体血糖値70~120mg/dLの正常範囲にコントロールする。(C)

10. 分娩後はインスリン需要量が著明に減少する。インスリン使用例では低血糖に注意し、血糖値をモニターしながらインスリンを減量もしくは中止する。(B)

******

糖尿病による母体および児の合併症

Dmpreg

******

糖尿病母体児
infant of diabetic mother; IDM

・ 血糖は胎盤を通過するが、インスリンは胎盤を通過しない。

・ 胎児への糖の過剰供給
 →胎児膵のβ細胞からのインスリン過剰分泌
 →胎児高インスリン血症

******

器官形成期の高インスリン血症 による胎児への影響

・ 心奇形
・ Caudal regression syndrome
・ 無脳症、髄膜瘤
・ 肺低形成
・ 呼吸窮迫症候群(RDS)
・ 口唇裂、口蓋裂

******

妊娠後期の高インスリン血症による影響

・ Fetal macrosomia(巨大児) 心臓、肝臓、筋肉組織への脂肪の過剰蓄積

・ 母体の血管損傷が著しい場合、胎盤血流も障害され、逆に胎児発育不全(FGR)を呈する。

******

出生直前の高インスリン血症 による児への影響

・ 出生後の低血糖症

・ 新生児仮死
・ 出生後の低Ca血症
・ 多血症(高粘稠度症候群、血栓症、 高ビリルビン血症)

****** 問題

糖尿病合併妊娠で正しいのはどれか。2つ選べ。

a. 治療にはインスリンを用いる。
b. 新生児は高血糖をきたしやすい。
c. 妊娠高血圧症候群を合併しやすい。
d. 血糖値の管理は妊娠中期以降に開始する。
e. 食後2時間の血糖値を150mg/dL以下に保つ。

------

正解:a. c.

a. インスリンは胎盤を通過しないため、胎児に影響を及ぼさないことからインスリンを用いる。経口の血糖降下薬は胎盤を通過するため、胎児の低血糖を引き起こす可能性があり使用しない。

b.妊娠中は高血糖に曝されるため、胎児もインスリン分泌が亢進し、分娩後、低血糖をきたしやすい。

c. 母体高血糖により血管障害が生じ、PIHを合併しやすい。

d. 胎児奇形や流産を予防するためには妊娠前からの血糖コントロールが必要である。

e. 妊娠中の合併症を予防するために非妊娠時よりも厳しい血糖コントロールを必要とし、目標血糖値は食前を100mg/dL以下、食後2時間を120mg/dL以下とする。

****** 問題

糖尿病合併妊娠について誤っているのはどれか。

a. 2型糖尿病が多い。
b. 糖質摂取量は維持する。
c. 経口糖尿病薬を用いる。
d. 血糖管理で新生児合併症は減少する。
e. 空腹時血糖は100mg/dL以下を目標とする。

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正解:c.

a. 1型糖尿病(インスリン依存型):5%
     2型糖尿病(インスリン非依存型):95%

b. 妊娠中は適正な栄養、糖質摂取が必要。

c. 妊娠中、経口糖尿薬は禁忌。

d. 妊娠中の血糖管理が重要。

e. 食前血糖値100mg/dL以下、食後2時間の血糖値120mg/dL以下を目標とする。

****** 問題

糖尿病合併妊娠について誤っているのはどれか。

a. 妊娠初期は経口血糖降下薬で管理する。
b. 妊娠初期の血糖コントロールが不良の場合は先天奇形の頻度が高い。
c. 羊水過多症の合併頻度が増える。
d. 分娩後はインスリン必要量が減少する。
e. 新生児低血糖に注意する。

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正解:a.

経口血糖降下薬は胎盤通過性があり、妊娠初期では催奇形性、妊娠中期以降は胎児低血糖の危険があり、原則禁忌である。血糖のコントロールには胎盤を通過しないインスリンを用いる。


レジナビフェア2011 for Resident in 東京(会場:東京ビッグサイト)

2011年06月13日 | 地域医療

東京ビッグサイトで開催された研修医対象のレジナビフェアに参加して来ました。当院からこのレジナビフェアには5年連続で参加してます。最初に参加した5年前に、たまたま当院のブースを訪れて、そこでの出会いを契機に、翌年から当院で後期研修(専門研修)を開始した先生(麻酔科)は、3年間の後期研修、国内留学などを経て、今では当院麻酔科の中堅スタッフとして、日々の業務、後輩医師達の指導などで大活躍してます。

しかし、5年前とはだいぶ状況が変化し、このレジナビフェアに参加する病院の数はかなり増えましたが、研修医の参加は激減し、会場内は多くの病院スタッフであふれかえってましたが、研修医の姿はほとんど見かけませんでした。そろそろ作戦を変える必要があると感じました。ただ、何人かの懐かしい旧友と会場内で二十数年ぶりに再会することができて、行ってよかったと思いました。

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我が国の分娩事情の変遷

2011年06月12日 | 地域周産期医療

分娩は、ほとんどの場合、医療者が何も手を出さなくても自然経過でうまくいくことが多いですが、一定の確率で超緊急事態(例えば、肩甲難産、羊水塞栓症、常位胎盤早期剥離など)が発症することも事実です。

一つ一つの超緊急事態は、発症する確率がだいたい決まっていて、リスク因子がわかっている疾患も多いのですが、例えば上記3疾患などでは発症機序やリスク因子が未だ不明で、一体全体どの妊婦さんにどの緊急事態が発症するのかほとんど予測できません。これらの疾患が運悪く発症してしまった場合は、発症直後の集中的緊急対応が非常に重要です。

正常の分娩経過だと思っていた妊婦さんに、突然、超緊急事態が発症した場合は、その場に多くの専門家が居合わせているのかいないのかが、母児の救命のために非常に重要なキーポイントとなります。緊急事態が発症してから大慌てで搬送先を探しているようでは、到底間に合わない場合も現実にあり得ます。

産科の超緊急事態に適切に対応するためには、発症直後に、麻酔科医、新生児科医、複数の産婦人科医などがその場にすぐ集まって、チームですぐさま適切に対応する必要があります。それでも、疾患によっては母児の救命が難しい場合があり得ます。

助産師、産科医、新生児科医、麻酔科医などの専門家の数は限られているので、分散して別個に働くのではなく、多くの専門家が一か所に集まって、チーム医療で一緒に協力して働く必要があります。そういう職場環境でない場合は、産科医はいつ訴えられて医師生命を絶たれる事態となってしまうか全く予測できず、日々安心して働くことができません。不十分な態勢の分娩施設だと、患者さんにとってのリスクだけではなく、そこで働く産科医の負うリスクも非常に大きいのです。近年、不十分な態勢の施設から産科医がどんどん退散し、医師不足に陥った医療機関が、あの手この手で医師募集しても、なかなか産科医を集められないのは、当然の現象だと思います。

しかし一方で、ほとんどの分娩が正常に経過するため、ほとんどの方は自宅分娩や助産所などでの分娩でも何も起こらないで無事安産できるのも確かな事実で、自宅での自然分娩志向の方々も少なからずいらっしゃいます。一般の方々に、産科のリスクの特殊性を理解していただくのは非常に難しいことだと思っています。

『近場で産めなくなってしまうのは非常に困る。産科施設を集約化するのはけしからん。昔はみんな自宅分娩だったが、それでも世の中何とかなってたじゃないか。自分も自宅分娩で産まれたが今こうして普通に生きている。昔に戻って助産所を増やせば、今の産科の問題は解決するんじゃないか。』というような地域住民の素朴な声もよく耳にします。年配の市長さんなどの中にもそのような考え方で、市内に助産所をたくさん作れば産科問題は全部一気に解決すると信じ、そのような政策を実際に推進している自治体もあります。

時代により地域の分娩事情は大きく変遷してきました。近年、日本全体の産科施設数はどんどん減少しつつあり、全国的に産科施設の集約化が進行中であることは確かだと思います。


放射線被曝の胎児への影響について

2011年06月05日 | 周産期医学

放射線とは?

・ 放射線は、 高エネルギーの電磁波(X線・γ線など)や、運動エネルギーをもつ電子(β線)、原子核(α線)や中性子線などの粒子で、それが物質を通過するときに物質中の原子や分子に作用して電離したり熱エネルギーを与える能力をもつものをいう。

・ 放射性物質:放射線を放出する物質。

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電離放射線(ionizing radiation)とは?

・ 電離能力を有する放射線の総称。

・ 物質との作用で、直接あるいは間接に物質をイオン化(電離作用)する能力のことを電離という。

・ 電子、陽子、α粒子などの荷電粒子は直接電離放射線といい、γ線(電磁波)、X線(電磁波)、中性子線(非荷電粒子線)は間接電離放射線という。

※ 紫外線は電離作用を持つが、空気中を伝わる力が弱いので、電離放射線といわない。

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法律で定められた放射線の定義

・ 原子力基本法による放射線の定義:

「放射線」とは、電磁波又は粒子線のうち、直接又は間接に空気を電離する能力をもつもので、政令で定めるものをいう

註)原子力基本法第3条5号 昭和38年12月

・ 原子炉規制法による放射線の定義:

原子力基本法第3条5号の放射線は、次に掲げる電磁波又は粒子線とする。
1. アルファ線、重陽子線、陽子線その他の重荷電粒子線及びベータ線
2. 中性子線
3. ガンマ線及び特性エツクス線(軌道電子捕獲に伴って発生する特性エツクス線に限る)
4. 1メガ電子ボルト以上のエネルギー を有する電子線及びエツクス線

註)核原料物質、核燃料物質及び原子炉の定義に関する政令第4条 昭和32年11月

・ 電離則による電離放射線の定義:

「電離放射線」とは次の粒子線又は電磁波をいう。
1. アルファ線、重陽子線及び陽子線
2. ベータ線及び電子線
3. 中性子線
4. ガンマ線及びエックス線

註)電離則(電離放射線障害防止規則)労働省令第41号第2条 昭和47年9月

******

放射能とは?

・ 放射能とは、物質が放射線を放出する能力をいう。

・ 放射能の強さは、1秒当りの原子核の崩壊数で表し、単位としてベクレル(Bq)を用いる。

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放射性同位体(放射性核種)

・ 原子核は+の電荷を持った陽子と電荷を持たない中性子で構成され、陽子の数が同じでも中性子の数が異なるものがあり、これらを同位体という。同位体のうち、放射能を持つものを放射性同位体(放射性核種)という。

・ 放射性同位体の例:
三重水素(3H)、炭素14(14C)、 カリウム40(40K)、ヨウ素131( 131I)

******

アロファ(α)線

放射性同位元素が、α粒子(陽子2つ、中性子2つのヘリウム4の原子核)を放出し、原子番号と中性子数が2減る(すなわち、質量数が4減る)ことをα崩壊という。 α粒子の流れをα線という。

Fig1
原子核がα崩壊してα粒子を放出している。

******

ベータ(β)線

放射性同位体はβ崩壊により同質量数で原子番号の異なる核へと放射性崩壊を起こす。 β崩壊する際に高速で放出される電子(または陽電子)のことをβ粒子という。 β粒子の流れをβ線という。

Fig2
原子核がβ崩壊してβ粒子を放出している。

******

ガンマ(γ)線

原子核に残存している過剰エネルギーをγ線として放出する放射性崩壊をγ崩壊と呼ぶ。γ崩壊は、α崩壊やβ崩壊と違い、原子番号や質量数が変わらない崩壊である。

Fig3
γ線(高エネルギーの電磁波)

******

エックス(X)線

・ 放射線の一種。電磁波のうち、波長が1pm~10nm程度の範囲のもので、軌道電子の遷移に起源をもつ。

・ ドイツのヴィルヘルム・レントゲンが、1895年11月8日に発見したので、レントゲン線とも呼ばれる。

・ 波長のとりうる領域がガンマ(γ)線と一部重なる。これは、X線とγ線との区別が波長ではなく発生機構によるためで、軌道電子の遷移を起源とするものをX線、原子核内のエネルギー準位の遷移を起源とするものをγ線と呼ぶ。

******

単位とその持つ意味

グレイ(Gy)

ある物質が放射線に照射されたとき、その物質の吸収線量を示す単位。1Gyとは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収 があることを示している。(Gy=J/kg)

1Gy = 100 rad (rad:古い吸収線量の単位)

シーベルト(Sv)
人体が放射線を受けた時その影響の度合いを測る尺度として使われる単位。

Sv = Gy x 放射線荷重係数 x 組織荷重係数

放射線荷重係数(WR)は、放射線種によって値が異なり、X線・γ線・β線ではWR = 1、陽子線ではWR = 5、α線ではWR = 20、中性子線ではWR = 5~20の値をとる。

組織荷重係数:臓器などの組織別の影響の受けやすさを表す。
・ 肺、胃、骨髄などが0.12
・ 食道、甲状腺、肝臓、乳房などが0.05
・ 皮膚、骨の表面が0.01

******

確率的影響(stochastic effect)

発癌と遺伝的障害には、しきい線量がなく、発症の確率と被曝線量が比例し、被曝線量が非常に小さくても影響が発生する。(仮定)

Stochastic
(直線しきい値無し仮説)

******

確定的影響(deterministic effect)

しきい線量を超えて初めて症状が起こり、線量が高いほど症状が重くなるような影響。確定的影響には、確率的影響(発癌と遺伝的障害)を除いたすべての影響が分類される。

Fig4

******

確率的影響と確定的影響

Fig5

・ 小児癌、遺伝的影響が、胎児被曝の確率的影響として生じることが知られている。

・ 奇形発生、精神発達遅延などが胎児被曝の確定的影響として生じることが知られている。

・ しきい値は専門家の間でもあるのかないのか、あるとすればどこなのかについて長年論争の的になっており、現在も確定してない。

******

放射線被曝の胎芽・胎児への影響

・ 流産(胎芽・胎児死亡)は着床前期に最も多く、器官形成期の被曝でも起こり得る。そのしきい値は100mGy以上である。

・ 外表・内臓奇形は器官形成期にのみ起こり、各器官でその細胞増殖が最も盛んな時期の照射に特徴的に発生する。100~200mGyがそのしきい値である。

・ 発育遅延は2週~出生までの時期で認められ、そのしきい値は動物実験より100mGy以上と推測される。

・ 精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。

・ 悪性新生物(癌)は15週~出生までに起こり、しきい値はICRPでは50mGy以上としている。白血病、甲状線癌、乳癌、肺癌、骨腫瘍、皮膚癌が主なものである。・遺伝的影響は高線量照射による動物実験では認められるが、ヒトの疫学調査では統計的有意差が見られていない。しきい値はUNSCEAR(原子力放射線影響に関する国際科学委員会、2000)では1000~1500mGyと推測している。

Fig6

****** 産婦人科診療ガイドライン・産科編2011

妊娠中の放射線被曝の胎児への影響についての説明は?

1. 被曝時期と胎児被曝線量の確認が重要であり、被曝時期は、最終月経のみでなく、超音波計測値や妊娠反応陽性時期などから慎重に決定し、説明する。(A)

2. 受精後10日までの被曝では奇形発生率の上昇はないと説明する。(B)

3. 受精後11日~妊娠10週での胎児被曝は奇形を発生する可能性があるが、50mGy未満では奇形発生率を増加させないと説明する。(B)

4. 妊娠10~27週では中枢神経障害を起こす可能性があるが、100mGy未満では影響しないと説明する。(B)

5. 10mGyの放射線被曝は、小児癌の発生頻度をわずかに上昇させるが、個人レベルでの発がんリスクは低いと説明する。(B)

Fig7

? 解説

・ 通常の放射線診断で起こる被曝線量は50mGy以下である。

・ ACOGのガイドライン(2004): 50mGy以下の被曝は胎児奇形や胎児死亡などの有害事象を引き起こさない。

・ Osei EK et al. (1999): 妊娠2~24週に10~117mGyの被曝を受けた妊婦の前方視野的検討で、奇形や子宮内胎児死亡の発症頻度は、一般妊婦の発症頻度と同等であった。

・ 米国放射線防御委員会のレポート(1977): 50mGy以下の被曝による胎児奇形のリスクは無視できる範囲であるが、150mGy以上の被曝では胎児奇形のリスクが実際に増加する。

・ 受精後10日目までの胎児被曝の影響: 流産を起こす可能性があるが、流産せず生き残った胎芽は完全に修復されて奇形を残すことはない。(all or none)

・ 受精後11日~妊娠10週の胎児被曝の影響: 奇形発生の可能性がある。(50mGy未満の被曝では奇形発生率の上昇はない)

・妊娠10~27週の胎児被曝の影響: 中枢神経障害(IQ低下)を起こす可能性がある。(100mGy未満の被曝では確認されてない)

● 胎児被曝と小児癌発症のリスク

・ 被曝なしの胎児が20歳までに癌にならない確率は99.7%であるが、10mGy、100mGyの胎内被曝により、それぞれ99.6%、99.1%となり、その個人が癌になる確率はごくわずかな上昇にとどまる。確率的影響(stochastic effect)

・ 社会全体では胎児被曝により小児癌の発症率が上昇するのは事実であり、不要な妊婦被曝を抑制する努力は必要である。

● 胎児被曝の遺伝的な影響

・ 放射線が生殖細胞のDNAを損傷し、生殖細胞に遺伝子異変が起こり、その影響が次世代に及ぶ可能性がある。

・ DNA損傷リスクは、線量が増えると高まるが、損傷が起こる線量のしきい値は確認されていない。

・ 放射線被曝によるヒト遺伝子異変が不都合を起こした事例は確認されていない。

****** 問題

胎児の放射線被曝で確率的影響(stochastic effect)はどれか。1つ選べ。

a. 小児癌
b. 精神遅滞
c. 自然流産
d. 胎児発育遅延

------

正解:a.

・ 確率的影響: 発癌と遺伝的障害には、しきい線量がなく、発症の確率と被曝線量が比例し、被曝線量が非常に小さくても影響が発生する。
・ 被曝なしの胎児が20歳までに癌にならない確率は99.7%であるが、10mGy、100mGyの胎内被曝により、それぞれ99.6%、99.1%となり、その個人が癌になる確率はごくわずかな上昇にとどまり、個人レベルでの発癌リスクは低い。

****** 問題

電離放射線に含まれるのは次のうちどれか。1つ選べ。

a. ジアテルミー(高周波電気治療)
b. マイクロ波
c. ラジオ波
d. ガンマ線

------

正解:d.

電離則による電離放射線の定義:
電離放射線とは次の粒子線又は電磁波をいう。
1. アルファ線、重陽子線及び陽子線
2. ベータ線及び電子線
3. 中性子線
4. ガンマ線及びエックス線

****** 問題

妊娠と気がついてなかった妊娠7週の患者が、排泄性尿路造影(3方向)を受けた。子宮の電離放射線の被曝線量はどれか。

a. 1-2 mGy
b. 0.8-1.6 mGy
c. <0.001 mGy
d. 上記のいずれでもない

------

正解:d.

排泄性尿路造影における胎児の平均被曝線量は1.7mGy、最大被曝線量は10mGyである。従って、3方向で検査した場合、平均被曝線量は5.1mGy、最大被曝線量は30mGyとなる。

****** 問題

胎児の放射線被曝で精神遅滞のリスクが最も増す妊娠週数の範囲はどれか。1つ選べ。

a. 4~6週
b. 8~15週
c. 18~24週
d. 28~36週

------

正解:b.

精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。ICRP(国際放射線防護委員会、1991)では、8~15週に1000mGyを照射するとIQは30ポイント下がり、重篤な精神遅滞は40%発生するとしている。

****** 問題

500mGy(50rad)の放射線被曝について、正しい記述はどれか。1つ選べ。

a. 通常の放射線診断で到達する被曝量である。
b. 神経管閉鎖不全のリスク増大と関連する。
c. 第1トリメスターのどの妊娠期間においても精神遅滞の原因となる。
d. 胎児被曝の時期が妊娠25週以降であれば、精神遅滞と関連しない。

------

正解:d.

a. 通常の放射線診断で起こる被曝線量は50mGy以下である。
b. 近年葉酸の摂取が神経管閉鎖不全のリスクを低下させることが知られている。
c. d. 精神遅滞は8~15週に最も発生し、16~25週にも起こる。しきい値は120mGyと考えられている。100mGy以下ではIQの低下は臨床的に認められていない。

****** 問題

放射線の線量はグレイ(Gy)で表わされる。1Gyに相当するのはどれか。

a. 1 rad
b. 10 rad
c. 100 rad
d. 1000 rad

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正解:c.

グレイ(Gy):吸収線量 の単位。 放射線の作用により物質がどれくらいのエネルギーを吸収したかを表すもので、 1Gyとは、物質1kgあたり1ジュールのエネルギー吸収 があることを示している。

ラド(rad) :古い吸収線量の単位。

1 rad=0.01 Gy  または 1 Gy=100 rad

****** 問題

評価の過程で実施されるCT検査の胎児被曝量が最も大きい疾患はどれか。1つ選べ。

a. 子癇
b. 尿路結石症
c. 虫垂炎
d. 肺塞栓症

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正解:c.

Fig7

****** 問題

胎児への放射線の影響で正しいのはどれか。1つ選べ。

a. しきい線量未満であっても奇形発生のリスクはある。
b. 胎児の発癌に関する放射線の感受性は成人と同じである。
c. 妊娠10週以降のしきい線量以上の被曝では精神発達遅滞のリスクがある。
d. しきい線量以上の被曝では妊娠4週未満よりも妊娠4~10週の方が胎児死亡のリスクが高い。

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正解:c.

a. 50mGy以下の被曝は胎児奇形や胎児死亡などの有害事象を引き起こさない。ACOGのガイドライン(2004)

b. 10mGyの放射線被曝は、小児癌の発生頻度をわずかに上昇させるが、個人レベルでの発がんリスクは低いと説明する。

c.  妊娠10~27週では中枢神経障害を起こす可能性があるが、100mGy未満では影響しないと説明する。

d. 受精後10日目までの胎児被曝の影響: 流産を起こす可能性があるが、流産せず生き残った胎芽は完全に修復されて奇形を残すことはない。(all or none)