日本産婦人科医会は、2008年の1年間に報告された妊産婦死亡の集計結果を発表しました。妊産婦死亡は22件で、原因別の内訳は、羊水塞栓症11件、出血4件、脳梗塞・脳出血2件、腹腔内出血2件、肺塞栓1件、子宮破裂1件、子宮外妊娠1件でした。原因別では羊水塞栓症が2分の1を占め最多でした。
2004年からの5年間の妊産婦死亡の累計は92件で、羊水塞栓症が30件、出血14件、肺塞栓9件、妊娠高血圧症候群6件でした。やはり羊水塞栓症が約3分の1を占め最多でした。
羊水塞栓症は、事前の予測が困難で、根本的な治療法が見出されておらず、母児ともにきわめて予後不良の疾患です。周産期医学に残された重要な未解決の疾患であり、海外においても妊産婦死亡の大きな原因となっています。
参考記事:
羊水塞栓症について
羊水塞栓症の診断、管理、治療 (野田洋一、木村俊雄)
参考資料:
(以下、日本産科婦人科学会の刊行物より引用)
産婦人科研修の必修知識 2007
日本産科婦人科学会、p292~293
17) 羊水塞栓
(1) 概念
羊水塞栓症は羊水成分(羊水、羊水中胎児由来細胞、胎便など)が母体血中に流入し、急性呼吸循環不全を来す疾患あるいは症候群と定義できるであろう。約2~3万(文献により約6~8万)分娩に1例と非常にまれな疾患であるが、根本的な治療法が見出されておらず母児ともにきわめて予後不良な疾患であり、周産期医学に残された重要な未解決疾患である。わが国の妊産婦死亡率は漸減しているが、羊水塞栓症による死亡は減少していないため、妊産婦死亡の中で羊水塞栓症の占める割合は漸増している。本症の原因は、母体血中に流入した羊水成分が母体肺動脈系を主とする全身の血管系に塞栓し、血流を遮断することによる臓器障害と理解されていた。しかし、物理的塞栓により発症するという考え方だけでは本症の病態を説明できない。種々のサイトカインやケモカインが本症に関与することが示されている。
(2) 臨床症状
典型的な臨床経過は、 特に合併症のない妊産婦が分娩第1 期後半あるいは分娩直後に、突然の呼吸困難と胸痛を訴え瞬時にしてチアノーゼを呈しショックに陥り,その後多量の性器出血を伴ったDIC による出血傾向が出現し、そして、多くは意識の回復せぬまま死の転帰をとるというものであろう。初発症状としてよく知られている呼吸困難や胸痛は必発するものではなく、けいれん、血圧低下、出血などで発症することも少なくない。発症後、ショックから心停止と急速に進行する症例は多く、1 時間以内に半数が死亡するといわれ、死亡率は約60~80%に及ぶ。DIC は、40~83%の症例に出現するといわれ、しばしば多量の性器出血を伴い、臨床上問題となる。
(3) 診断
羊水塞栓症の診断は、従来、死亡後に剖検で確定されることが多かった。この場合、肺の細動脈や毛細血管に胎児由来の微細物(扁平上皮細胞、毳毛、胎脂、ムチン、胆汁様物質など)が証明される。生存例では簡便で迅速に行える診断法が確立されていなかったため、臨床徴候から本症を疑われるものの確定診断に至らぬ症例があったと考えられる。また、羊水塞栓症以外の妊産婦の母体血から胎児由来と思われる扁平上皮やトロホブラストが証明されると報告されており、羊水の流入があっても急性呼吸循環不全に至らないニアミス症例が存在すると想定される。本症の発症に胎児成分の母体血中流入は必要条件であるが、十分条件とはいえなくなった。
現在考えられうる診断基準を表C-6-10に示した。 突然妊産婦に起こった急性呼吸循環不全、あるいは原因不明の産科DIC をみたなら、まず、本症の疑いをもつことが重要である。本症の診断には母体血中への羊水の流入が証明されなければならないため、そのサンプルとして、母体血を採血しておくことが必要である。従来の病理学的検査法に加えて、血清学的検査法が発表され、生存例においても羊水流入の証明が容易となった。胎児尿由来のコプロポルフィリンや胎便由来の亜鉛コプロポルフィリンおよびSTN(sialyl Tn)が、母体血中に高値であれば母体血への羊水流入が証明される。コプロポルフィリンは、光により分解されるため、血清分離後、暗所で保存する必要がある。STNは腫瘍マーカーであり、イムノアッセイ法で測定される。また、生存中の羊水流入の診断に、母体血、特に右心血のスメアで胎児成分を証明することは有用であるが、カテーテル挿入の際に高頻度に母体の扁平上皮が混入するといわれその解釈には注意をはらうべきである。
(表C-6-10) 羊水塞栓症の診断基準
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1.臨床所見
① 急激な血圧低下または心停止
② 急激な低酸素(呼吸困難、チアノーゼ、呼吸停止)
③ 原因不明の産科DICあるいは多量出血
④ 上記症状が分娩中、帝王切開時、D&C時、分娩後30分以内に発生
2.母体への羊水流入の証明
① 剖検における肺組織中の羊水成分の証明(扁平上皮、毳毛、胎脂、ムチン、胆汁様物質など;ムチン染色・STN染色も有用)
② 母体血スメアによる羊水成分の証明(できれば右心静脈血;Buffy coatが望ましい)
③ 母体血中STN(sialyl Tn)高値
④ 母体血中亜鉛コプロポルフィリン高値(遮光保存)
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(4) 治療
羊水塞栓症は病因がいまだ明らかとなっていないため、予知および根本的治療は困難で、低酸素症、ショック、DICに対する対症的なものにならざるを得ない。治療の目標は低酸素症の改善、心拍出量と血圧の維持、DIC の治療である。本症に対する発症早期の治療を図C-6-10に示す。初期治療が迅速にかつ適切に行われることが肝要である。本症が発症すると肺の換気拡散能の広範な障害のため患者は重篤な低酸素症となるため、高濃度酸素を投与し、さらに患者が呼吸困難を訴えたり、意識が混濁したなら積極的に気管内挿管を行い換気が不十分なら人工呼吸をする。ショックに対して副腎皮質ステロイド(ソル・コーテフ、ソル・メドロール)やウリナスタチン(ミラクリッド)を静脈内投与し、vital signsを頻回にチェックし、血圧が維持されるように輸液・輸血ならびにドーパミンを点滴静注する。さらに、DIC の進展を防止するため速効性のあるヘパリンを静注する。とくに出血増加の副作用が少ない点から低分子ヘパリン(フラグミン)の使用が勧められている。さらに、本症の臨床像の性格から高次医療施設のICU にて管理されるべきと考えられる。初期治療にて不可逆な状態となる前にICU に搬送されたなら、次のような処置をつけ加えるべきである。呼吸管理においては、成人呼吸窮迫症候群発症に注意し、残存肺機能を増加させるような人工換気を行う。循環管理はSchwann-Ganz カテーテルを留置し、特に左心機能のパラメーターに注意をはらう。急性期の左心不全を乗り切ると救命の可能性がでてくる。肺水腫の出現に注意しながら輸液、輸血を継続し、急性血液浄化療法を試してもよいだろう。
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突然の
呼吸困難
胸部痛
チアノーゼ → 羊水塞栓症の疑い
けいれん
ショック 鑑別診断
多量の性器出血 ↓ ← 肺動脈血栓症
敗血症
心筋梗塞
子癇
3つの治療目的
1) 呼吸管理 2) 循環管理 3) DICの治療
1) 呼吸困難、チアノーゼ、換気障害、意識混濁
↓
酸素投与、気管内挿管、人工呼吸
↓
けいれん
↓
ジアゼパム(ホリゾン、セルシン)5~10mg静注
2) ショック
↓
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副腎皮質ステロイド ウリナスタチン
(ソルコーテフ、 (ミラクリッド
ソルメドロール 10万単位点滴静注)
500~1000mg静注)
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↓ ↓
循環血液量の減少 アシドーシス
血圧低下
↓ ↓
輸液・輸血 炭酸水素ナトリウム
ドーパミン(イノバン (メイロン点滴静注)
2~5μg/kg/分点滴開始)
3) DIC
↓
発症3~4時間以内に低分子ヘパリン
(フラグミン5000単位静注)
↓
アンチトロンビン(アンスロンビン、
ノイアート3000単位静注)
メシル酸ガベキサート
(FOY、20~39mg/kg/日点滴静注)
メチル酸ナファモスタット
(フサン、0.06~0.2mg/kg/時点滴静注)
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(図C-6-10) 羊水塞栓症の初期治療フローチャート
≪参考文献≫
1. Clark SL, Hankins GDV, Dudley DA, DildyGA, Flint Porter T. Amniotic fluid embolism: Analysis of the national registry. Am J Obste Gynecol 1995; 172: 1158-1169
2. 木村俊雄、高倉賢二、山出一郎、廣瀬雅哉、野田洋一.羊水塞栓症:周産期医学に残された重症未解決疾患.産婦進歩1996;48:375-386
3. 大井豪一、寺尾俊彦.羊水塞栓症.日産婦誌1998;50:666-674
(以上、産婦人科研修の必修知識 2007、p292~293より引用)