テレキャス&ストラトの部屋

RolandのGT-001とzoomMS-50GでDAW制作を楽しんでいるよ

ブログ訪問者数1,425人

2024年08月17日 | 楽器
昨日の訪問者数1,425人

昨日も多くの読者の方々にご訪問いただいた

昨日は雑用の合間を縫って2話を投稿した

自分の思いを発信できたことは良かったと思う

長期休暇というタイミングがなければこんなチャンスは得られない

休みをくれた会社に感謝!

この年齢になるとやたらと感謝の念が湧いてくる

何故だろうか?

”人はひとりでは生きていけない・・”

ということに気づくのだと思う

ここ最近の読者の増は夏休みの効果もあると思う

夏休みが終われば訪問者数1,000人前後に落ち着くと思う

マイペースで更新していきたいと思う

話は変わるが雑用の合間を縫って新しく買ったマルチも色々と弄ってみた

この手のマシンは実際に使わなければ慣れない

取説を片手に理解しているつもりになっている人も多い

取説に書いてあるのは機器の操作方法

実際に使う為には操作方法を覚えることは必須だが肝心のポイントはその先

その機器を使ってギターを鳴らすこと、音楽を演奏すること

分かっているが難しい・・

こんな言い方はアレだがこの手の機器を使いこなすには演奏スキルが不可欠になる

ギターが上手く弾けない初心者が買っても思ったパフォーマンスが発揮できない
買ってはみたものの飽きてしまう

良くある流れなのだ

上手く弾けるようになるまでは決まったパッチ(音色)で弾き倒すという使い方が正しいと思う

オリジナルのパッチを作るのはその先のまた先の話

言葉は悪いがギターが下手な人ほど、機材や音作りが気になるようだ

ギター弾きのあるあるなのだ

以前にもお話したがメーカーから試奏を依頼されるようなプロのレベルになると既存のパッチで次々にカッコイイ演奏を繰り出す

演奏スキルがあれば色々なアプローチが出来るということ

パッチの音色やパッチ名からフレーズを導き出すことも可能

それがプロなのだ

プロの実力を思い知らされる

前置きが長くなったが・・

G2Foreのさらなる使いこなしを考えてみた

電源を入れるとアウトプットを選択できる


この機能はどんなマルチにも備わっている

この選択を間違えると酷い音になる

低音がスカスカな音もそんな悪例のひとつ

「これって音が悪いんじゃない?」

と文句を言う前に使い方を再度確認すべき

読む事が苦手な人はYouTubeなどの動画を参考にするのも良いと思う

動画には良い点が多い

上手い人の演奏動画にヒットするとそのマシンの最大値を知ることが出来る

そのマシンを使えば最高にカッコイイ演奏が出来ることを知る

「ん? なんかショボくねぇ?」

は自分がダメなのだ

もっと練習し勉強すべきだという事に気づく

かく言う私もYouTubeのレビュー動画に刺激を受けた

「このパッチってこんなギタリストの音なんだね」

逆引きなのだ

ネットでそのギタリストを検索してみる

またひとつお利口になったのだ

ギター弾きの正しい検索方法の一つだといえる

自分を高める為の検索、自分に足りない部分を補う検索

これが正しい検索だと思う

「今日も暇だなぁ 検索でもするかぁ?」

というダラダラ検索は時間の無駄だと思う

”時は金なり・・”

時間に追われる生活を送るようになって時間の大切さを知る

若い頃には時間が止まっているように感じた

一年がとても長く感じられた

近年はとても早い

時間の流れが異常に早く感じられる

息抜きに楽しみにしているドラマがある

TVerで追いかけ再生して楽しんでいるのだ

「あれ? もう次回作なの?」

アッという間に一週間が過ぎ去ってしまう

おそらく秋を感じないままに冬になって年末を迎えると思う

時間は大切に・・・

マルチには色々な使い方がある

基本は本体にヘッドフォンを挿して使う、アンプの前段に接続する方法だと思う

私の趣味は録音なのだ


同じメーカーなので音色の劣化は少ない



MTRにも内蔵のエフェクトが入っているがマルチの方が音が良い

接続は面倒臭いが遊びとしては楽しいと思う



この手のマシンを購入する際には入力と出力の仕様を考えた方が良い

使い方によってはオーバークオリティになることも多々ある

『リターン挿し』など不要なら上級機種など不要

先にも述べたが演奏スキルが低い人がフラッグシップモデルなど買う必要はない

あくまでも私の個人的な感想だが・・

ギター道は効率よく進めた方が良いと思う

時間とお金は大切に・・・


こんなバッグに入れて機材を運搬しているのだ

余談だが・・

今回購入したG2Foreの良い点も多いが微妙な点をいくつか

電池で駆動できないことは痛い

分かって買ったのだが使ってみると痛感させられる

前のモデルであるG1Foreまでは電池駆動が可能だった

ドラム&ルーパーが使い難くなった

G1Foreまでは独立していたのだ

パッチの操作とは別に起動できた

本機ではパッチの一部として立ち上げる必要がある

今は良い時代

購入する前に気になる機材を動画検索してみるのも良いと思う

これもある意味では時短だと思う

失敗しない買い物のひとつの方法だと思う

まぁ、失敗から学ぶことも多いが・・・😉 

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ギターの練習方法

2024年08月16日 | 楽器
本日2話目の投稿なのだ

テレビで台風情報を観ながら雑用をしているのだ

仕事が少し残っているのだがまだ二日あるので余裕なのだ

今すべきこと、今出来ることに意識を集中させたい

我が家の周囲では早朝の大雨が嘘のように雨が上がっているのだ

風も言うほどに強くなっていない

嵐の前の静けさ・・なのだろうか?

テレビの八丈島の映像では海が大荒れなのだ

本番は午後から夜半にかけてだという

家族が所用で出かけているのだ

便りが無いのは良い知らせ・・

特に連絡がないので無事だと思う

最近は普通に運転していても不慮の事故に遭遇する時代

センターラインが曖昧な車、信号を守れない人、逆走する車etc・・

自分が正しく生きていても災難を被る時代

自己防衛だけでは乗り切れないかもしれない

コテコテだが運を天に任せる時代なのかも?

私は占いを信じるのだ

良く見る占いのサイトが恐ろしいくらいに当たる

ゾッとするくらいに当たるのだ

占いの結果が良い時には特に何も起こらない

問題は結果が悪い時なのだ

本当に最悪の事態に陥ることが多い

「そんな占いを見ない方がいいんじゃない?」

と家族は言うが・・

つい見てしまうのだ

読者にもそういう贔屓にしているサイトがあると思う

古典な私はダラダラと当てもなくネットを彷徨うことはない

無意味な検索をすることもほとんどないのだ

逆に決まったサイトは一日に何度もチェックしてしまう

こんな話をしている最中に風が強くなってきた

空が真っ暗になり雨も強くなってきたようだ

「最近は天気予報が当たるなぁ」

近年の天気予報の精度には目を見張るものがある

時間&場所のピンポイントの予報もドンピシャなのだ

気象予報の精度向上

ギター界にもそんな向上が欲しいところ

何でも良いのだ

「これだけは良くなったなぁ」

がまったく見当たらない

また愚痴ってしまった

ところで読者の皆さんにはギターの良い練習方法があるだろうか?

私にはオリジナルの練習方法があるのだ

練習方法というよりは楽しみ方と言った方が良いと思う

”暗闇でギターを弾く・・”

この方法は以前にもブログでご紹介したと思う

ベッドに仰向けになりながらギターを抱えて弾くだけ

アコギでもエレキでも気が向いた時に弾くことができる

エレキを弾く=アンプを鳴らす

ではない気がする

サッと弾いてサッと片付けたい時もある

就寝前の10分くらいをギターに浸る

先日買ったマルチも楽しいが準備と片付けが手間に感じることもある



私はアンプの音が欲しいのではないことに気づく

指先に弦を感じていたいことを知る

そんなこんなで暗闇弾きは日課になっている

慣れればローポジからハイポジまで弾けるようになる

指に指板の配置を覚え込ませるというメリットがある

その都度、背中を丸めて指板を見る姿はお世辞にもカッコイイとはいえない

プロのステージをお手本にすると良い

自信満々に指板を駆け巡る指先がカッコイイ!

指板の配置を攻略する為には12フレットの位置を指に覚え込ませることが最短

暗闇でもハーモニクス音が目安になる

広義の意味でこれが出来ないような人は車を運転しない方が良い

理屈では説明できない勘が大事なのだ

私の知り合いでも車の運転が下手な人はギターも下手なのだ

理屈は不明だが事実なのだ

運転が下手な人の多くはハンドルとペダルの扱いが雑

車のハンドル操作もミリ単位なのだ

口では表現できないほど微細にハンドルを操作することも多い

ギターも同じだと思う

半音の半分のその半分というくらい微妙なチョーキングも存在する

耳で感じ、その感覚を指先にフィードバックする

車もギターも操作を言葉で表現することは難しい

感覚や感性を言葉で表現することは難しいことなのだ

自分で言うのも何だが・・

私は車の運転が得意なのだ

特に自信があるのはハンドルの微妙な操作とブレーキの踏み方

神経質な同乗者が安心して居眠りしてしまうほど繊細なのだ

ブレーキ操作は自転車にもバイクにも当てはまると思う

ぐーっと力を入れて直前ですーっと抜くという

ギターが上手い人はそんな繊細な動作を無意識に行っているのだ

プロと呼ばれるギタリストはその辺りは軽くクリアしているが

やはりプロの中にもプロがいる

プロが憧れるプロフェッショナルなのだ

エリッククラプトンのスローハンドは伝説なのだ

まさに神の指先なのだ

皆さんが憧れるギタリストもクラプトンに憧れてプロになった

ギターが上手いとは何だろう?

評価や判断の基準はいくつかある

ロック系で速弾きが命という人はとにかく速く弾きたい

音符を詰め込むようなタイプのギタリストに憧れる

ブルース好きの私はフィーリング重視なのだ

フレーズや音色にエロが感じられるようなギタリストが好み

「エロいギタリストってどんな?」

女好きという意味ではない

当たり前だが・・・

この手のフィーリングを力説することに意味を感じない

「ジミヘンって何が凄いんですか?」

という愚問にも似ている

そもそもそんな質問をしてくる人には何を言っても無駄なのだ

他人に背中を押される理解は存在しない

理解とは自然発生的に生まれるもの

私が劇的にギター好きになったタイミングが理解の深まりと合致している

ギターの理解の深まりはギターテクの上達にも連動している

何でも屋の私はギターの色々な奏法をマスターした

以前は苦手意識を持っていた多弦スィープ奏法もそこそこ弾けるようになった

そんな練習の場も暗闇での練習なのだ

とにかく同じフレーズをアホだと感じるくらいに繰り返し練習する

反復練習は大事だが飽きる

自分への日課という感じで毎夜10分くらい練習を繰り返した

素のクリーン音で弾けるようになれば無敵

歪みペダルを通せば雰囲気は満点なのだ

しかしながら、速弾きは飽きる

ギター弾きの嗜みとしてマスターしたがメインではな

やはり、ズブズブの泥臭いブルースが弾いていて楽しい

ブルースマスターを目指すことを暗闇に誓うのだ

暗闇練習のほかにお勧めの練習は『ながら練習』

頭を使わない反復練習に限られるが飽きることなく続けられる

テレビを観ながら、動画(音楽以外)を観ながら・・

色々な場面がある

ながら練習はメンタルを鍛える意味でも有効

「気が散るから静かにしてくれよ~」

と気が小さく神経質な人はガヤガヤの箱でライブなどできない

そんなバタバタの雑音の中でも自分の音を見失わない強く雑なメンタルが欲しい

私は中学生の時に始めて人前で弾く機会を得た

文化祭のステージと修学旅行の歌の伴奏だった

とにかく緊張しまくって大恥をかいた苦い経験がある

家では上手く弾けるのだ

当時はかなりのトラウマになった

失敗を繰り返すうちに人前で弾くことに慣れてきた

私に自信を持たせてくれたのはギターが下手な先輩のステージ

とにかく下手なのだ

「ギターは顔で弾くんだぜ~」

というスタイルなのだ

反面教師という意味でも良い勉強になった

顔が良くステージのパフォーマンスが良い先輩は女子にモテた

私はギターの使い分けを知った

聴き手のツボを研究した時期もある

言葉は悪いがオーディエンスは言うほど細かい部分は聴いていない

汗にまみれたあの雰囲気でトリップしてしまうのだ

背中を丸めて複雑なプログレを披露するよりも自信満々にパンクロックを披露した方がウケる

自信を持って弾く為には指板を見てはダメ

一流プロのステージ映像などを見返してみていただきたい

ステージでは実力の半分くらいが発揮できれば良いと思っているのだ

少し脱線したが・・・

余談だが・・

廉価アコギに張った爆安弦はかなり良い感じ




普通に鳴っているのだ

意外にも劣化が少ない

定番のダダリオ弦には遠く及ばないが悪くない



美味しい回転寿司という感じなのだ

「パパ~ このお寿司美味しいね」

と喜ぶ子供の顔が目に浮かぶ

この弦でギターを始めた初心者ならばこのままこの弦でも問題ないと思えるほど

子供の頃に臨時収入が入った父親が本物の寿司を私と弟にご馳走してくれた

困った事にそれ以降、弟は近所のお寿司屋さんの出前の寿司を食べなくなった

デビューした瞬間なのだ

本人は覚えていないという

今でも食にはストイックなのだ

美味しい物を食べる為に飛行機に乗ってしまうくらいのアホなのだ

私はこういうアホな人間が嫌いではない

何でもテキトーにやり過ごしている人よりも人生が何倍も楽しいと思う

家のローンを払い、ハーレーダビッドソンに乗り、英国製のオープンカーと家族用のミニバンに乗っているのだ

なかなかのアホであるがやり手だと思う

競馬の単勝に300万円賭けた父親のDNAを引き継いでいるような気がする

弟と私は双子のように顔が似ているが性格は真逆なのだ

しかしながら、相反する性格ながらも暗黙のリスペクトが存在する

誰の話にも耳を傾けない弟も私の話には耳を傾ける

余談だが・・

そんなワイルドな性格の弟もギターを練習していた時期がある

私が女子にモテている姿が羨ましかったという

冗談のような笑える話なのだ

多くのギター初心者と同じようにFのバレーコードで挫折したs

「兄ちゃん、指が痛いよ~」

私はスパルタなのだ

最終的に弟はローポジの簡単なコードを三個だけ覚えて終了した

人の記憶は面白もので数十年経過した今でも少し練習すればコードを押さえられる

「ギター始めてみるか?」

という私の投げかけに苦笑い

弟の嫁と娘は私の演奏に良い感じで耳を傾けている

基本的に女子はギター好きだということを実感するのだ

ギターを諦めている諸兄は今一度押し入れからギターを引っ張り出して挑戦する価値はあると思う

ギターは自分がライバル

自分自身との戦いなのだ

知り合いの前で自慢したいという不純?な動機ならば簡単

少し真面目に練習するだけで簡単にお山の大将になれる

ギターを練習する人が少ない時代だけに簡単に頭一つ抜けることが出来る

というのは私の持論なのだ

如何だろうか?😉 




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ギター弾きの呟き

2024年08月16日 | 楽器
夏休みの影響もありブログの更新頻度が向上している

休みが明けると鬼のような忙しさが待っている

時間がある時には積極的に自分の声を発信したい

「ギターブログに何を書いたらいいかわからないんだよね」

という悩みのような愚痴のような声を見かけることがある

私にとっては不思議でならない

ギターを弾いていてギターと接していて何も感じないという事が不思議

背伸びしてカッコイイ記事などを書く必要はないのだ

そもそも、私を含む素人ギター弾きは格好悪いのだ

格好悪いがもがき頑張っている姿に共感を覚えるのだ

ダメな奴、格好悪い奴を人は放っておけないのだ

「そうそう俺もダメなんだよね」

「わかる~ぜ そんな失敗多いよね」

という感じなのだ

「俺は失敗しないけど?」

と気取っている人はギターに触れていない人

ギターと本気で向き合っていない人ということになる

という前置きはこの辺で・・


読者の皆さんがお住まいの地区では台風7号の影響は如何だろうか?

私が住む地区は雨が降ったりやんだりという感じ

風は然程強いとは感じない

ピークは午後だということで心構えしているところなのだ

天災は避けることが出来ないので厄介だと思う

台風の被害が甚大になりそうな地区に知人が住んでいるので心配なのだ

「台風に備えましょう!」

とテレビなどで言っているが実際のところ、何を準備すべきなのか?
は良く分からないという感じなのだ

とりあえず、本日は自宅に待機するという覚悟で昨日のうちに買い物を済ませておいた

同じような考えの人が多いようでパンやラーメンなどが品薄に感じられた

私は昼過ぎに行き着けのスーパーを訪れたのだが出遅れた感が否めなかった

とりあえず、買える物をカゴに放り込んだという感じなのだ

諸事情でここ最近は買い物や料理を作る機会が増えた

元々、料理は得意だった

とはいえ本気で料理に取り組むような時間はなかった

所謂、男料理という感じなのだ

日々の料理に頭を悩ます主婦の料理と気まぐれな男料理は別物

主婦の大変さを痛感しているという感じなのだ

本業の仕事に手抜き無し、家事との両輪にも慣れたのだ

人間は慣れる動物だと思う

オペレーションによっては難儀だとため息をつくこともあるが基本的には力業で乗り切っているのだ

ここ数年で料理の知識が増した

当然ながら腕も上げたのだ

台所の道具も自分の好みに買い換えた

良い包丁に良いフライパンetc・・

何となくギター道にも似ている

安いフライパンでも調理は出来るが高価な道具には遠く及ばない

良い道具はやはり使いやすい

良い結果を生むという事実を知った

無駄遣いはダメだがケチもダメだと思う

必要だと思える物には惜しげ無くお金を使うべき

これもギター道に通じることだと思う

繰り返しになるが必要な物を必要なタイミングで買うということ

これが大事なのだ

良い包丁といっても一万円チョイ

3,000円くらいから買える包丁も多いのでそこそこ高価だといえる

しかしながら、プロが使う包丁には10万円を超える逸品もざらにある

読者の皆さんは合羽橋という道具街をご存じだろうか?

料理好きにとってはパラダイスなのだ

外国人の旅行客にも人気の観光地なのだ

プロ御用達の専門店が鎬を削っているのだ

私も良く足を運ぶ街なのだ

近くには浅草もあり食事も美味しい街でもある

浅草と青山どちらも東京

雰囲気が異なる街をお手軽に楽しめるような国は少ない

安心&安全、食事も美味しい

私が知る限りこれらを満たしている国を知らない

日本が外国人に人気も納得なのだ

楽器店でも外国人の姿を良く見かけるようになった

時代も変わったと思う

私が小学生の頃に全校で外国人の生徒は皆無だった

親と街を歩いても外国人を見かけるのは希だった

珍しそうに外国人を見つめる私と弟がいた

母親はばつが悪そうな顔で小走りにその場を立ち去った

現在では本当に外国の人が増えた

実際に日本に暮らす人と観光客の違いも興味深い

私たちが外国を旅行する時に同じように見えるのだと思う

私は仕事柄、東京全般を歩いているのだ

首都高などもくるくると毎日走っているのだ

先日、YouTubeを観ていたのだが首都高の走行をネタにしている動画をみつけた

何でも投稿のネタになるのだと感心したのだ

「首都高で難易度が高い場所を走行してみま~す」

走り慣れている場所の映像は結構楽しめた

やはり動画は強いと感じた

ギターも文章で何かを伝えるのは難しいが動画ならば分かり易い

初心者から上級者までみんなが満足できる

私も動画を投稿していた時期があるが結構手間がかかる

クオリティが高いギター動画を投稿している人には頭が下がる

語りとギターの音量を揃えるなど隠れた部分に苦労も多いと思う

何故だか、ここ最近は投稿作品の品質が向上しているように感じる

「観て損したわ」

という駄作は激減した

少なくとも私のお勧め動画には舞い込むことはない

私が嫌いな動画は『買ってみた~』動画なのだ

以前は本当に乱立していた

流行があるのだろうか?

誰かが引き金になってそれを真似る人が後に続く

これは日本人の大きな特徴

オリジナリティに関しては世界で最下位だと思う

真似る技術は世界でもトップレベル

実際のところ、真似る技術で日本は大きく発展したという歴史がある

しかしながら、それは工業や産業の話

芸術を真似るのはナンセンス

そもそも、他人の真似事しか出来ない人には芸術を語る価値はない

私の周囲にはギターを持っている人が多い

しかしながら日常的に弾いている人は少ない

ギターは自転車とは違う

昔ギターが弾けたという事実を引きずっている

ギターはそんなに甘くない

ギターを弾かなければ弦を押さえる指先は柔らかくなり、指の動きも鈍くなる

自覚できるほどに下手になっている

上手くなるには相当な時間がかかる

一方、下手になるにはそう多くの時間を必要としない

困ったことに自称ベテランの多くは耳だけは肥えている

上手い演奏、良い音を知っているのだ

練習不足な自分の演奏に耳を傾けた瞬間に失望する

「俺って何でこんなに下手なの?」

ショックは拭えない

自分が求めるレベルまで腕前を引き上げるにはこれまた時間が必要

経済の中心的な存在である中年おじさんに優雅にギターを弾く時間が与えられるだろうか?

優雅にギターを弾く時間、自由に買い物を出来る潤沢な小遣い、自分が落ち着ける専用の書斎

この三つは現代を生きるギターおじさんの夢・・だと思う

読者のみなさんはいくつを手に入れているだろうか?

「子供部屋とか確保したら俺の部屋なんかないよ」

「リビングでリモートやってるんだよね・・・」

こんな状況で良い仕事が出来るだろうか?

稼いだお金の1%以下の小遣いで心が満たされるだろうか?

かく言う私も自問自答することがあるのだ

ギリギリで生きている人間にギターを弾くこと、ブログを更新するエネルギーは湧かない

ここ最近のブログ更新(発信)には本当に癒やされる

ブログを書きながら癒やされているのだ

色々と溜まっているのだと思う

順不同、意味不明だが次々に溜まった想いが溢れてくるのだ

こんな感情は動画では表現できないと思う

私にとってはブログ(文章)が必要だと感じる

賛同を得ているか?は知らないが・・

そんな想いが多くの読者の皆さんの目にとまっていることを嬉しく思う

誰にも読ませたくないならば非公開に設定すればよい

先にも述べたが料理も食べる相手があってこそ頑張れる

自分一人ならばカップラーメンで済ませてしまうことも多いと思う

ブログも同じではないだろうか?

誰も読まないならばそもそも書く必要などない気がする

表現する必要と価値が感じられない

余計なお世話だが数多あるブログは兎に角、読者を意識すべきだと思う

誰も読まない前提の独り言ならメモに書き殴れば良いのだと思う

読者を意識することで自分の考えを整理することが出来る

あまりに非常識なことは書き難くなるはず

少なくとも私はそんな意識で書き進めているのだ

目新しい情報は提供できないがギター弾きとしての正直な気持ちを表現したい

自分がギターに触れたという事実を文章として書き起こしているのだ

ブログを始めた頃には人気が出そうな記事を意識していた

訪問者数が数百人という時代

まだまだ修行の時期

かれこれブログを始めて4,000日を超えたという

時間の経過は早いと思う

アッという間だった

最近は格好をつけることはない

書くことが無ければ無理に書かない

書きたいことがあれば書くという感じ

ブログの為に何かを無理くりに買い物することもない

ギターを買い換えることも買い足すこともない

まさに力が抜けた日常のリポートなのだ


”ギターのネックが反った・・・”

がブログのネタとして適切なのか?

は微妙だが・・・

ギター弾き日常としてはこれで良いと思う


弦交換もネタとしては微妙だが・・・

紛れもなくギター弾きの日常だと思う

多くの読者はむしろトリッキーなネタよりもそんな共感できる日常を求めているのだと思う

ギターブログを立ち上げるも早々に投稿のネタが枯渇して苦慮している人も多いと思う

背伸びをしなければギターに関することなど何でも書ける

まぁ、それに気づかない人も多いのだと思う

正真正銘に胸を張ってギターが趣味だと言える人なってほしい

私の知り合いにも勢いでブログを始めた人がチラホラ

ブログを立ち上げて数話でネタ切れになった人も多い

「ギターブログって何書けばいいのかな?」

「みんな何か知りたいの? 教えてくれよ」

他人にアイディアを依存している段階で終わっているのだ

そのままアカウントを放置してしまう

ネットに彷徨う幽霊ブログなのだ

最近は運営もそんなブログを一掃しているというが皆無ではない

私がブログを始めた頃、10年以上前には本当に良いギターブログが多かった

私はそんな優良なブログに影響を受けてブログを始めたのだ

ブログに音源を貼り付けるというスタイルは私のオリジナル

すでにそんなブログもチラホラとあったが常に音源を貼るというストイックなブログは知る限りでは皆無

音源が聴けるブログには説得力がある

「この人のギターってイイ音だな」

「こいつ生意気な割に下手じゃね?」

当時の音源にも賛否が分かれたと思う

何事においても万人にウケるものは存在しない

だからこそ楽しいのだ

数多ある投稿作品から自分を選んでくれた読者大事にすべきなのだ

そこまで読者の誠意を信じ大切に考える人がいるだろうか?

ベタな言葉だが・・

信じるということは大事なこと

リアルライフ信用で成り立っているシーンは多い

信用されているからこそ得意先は私から製品を購入してくれる

信頼されているからこそ文句を言いながらも家族は私についてくるのだ

ブログもYouTubeなどの動画に押されて以前のような勢いは薄れたがそれでも存在している

これからも存在する意味があると思う

ギター好きな読者も星の数ほど存在するブログから有益なブログ、楽しいブログを見つけ出すことは至難の業だと思う

しかしながら、自分の感性に合致したブログを見つけた時にはハッピーになれる

積み上げられた山から意中の楽器を見つけ出す

お宝を見つけるような宝探しのような楽しさがある

読者がすべきことがある

意中のブログ、気に入ったブログを見つけたならばとにかく推す

時間があれば足繁く通ってあげてほしい

希に良いギターブログが芽を出しても枯れてしまう

認知されるまでに時間がかかることが原因

認知された頃には書き手のエネルギーが尽きてしまう

そんな悪循環が今日も何処かで生じているのだ

安直、速攻を好む時代

じっくりと文章など読んでいる時間がないという

活字を拒絶した人はどのような感覚なのだろうか?

どのような生活を送っているのだろうか?

そんなことを考えることもある

私は本を読むことが好きなのだ

若い頃には膨大な本を読んでいた

読んでいるうちに書きたくなってきたのだと思う

何となくギターに似ている

「このギターの音カッコイイなぁ」

は多くのギター弾きの入り口だと思う

読者の皆さんは如何だろうか?

音楽を聴く人は多いが実際に楽器を演奏する人は少数派

読者の皆さんの周囲に楽器弾きがどのくらい存在するだろうか?

私のようにギター好きが多いケースは希だと思う

まぁ、ギターを持っているだけという人も多いが・・

実際にお金を出してギターを買ったということは事実

弾くつもりがないギターをお金を払って買わないと思う

意気揚々とギターに向かっていた姿が目に浮かぶようだ

弾かないギターの潜在数は相当に多いと思う

総国民のタンス預金に似ている

弾かない人に限って蘊蓄や知識は一人前

「このギターはカスタムショップ製なんだよね」

「限定品でさ 何本も作られていなんだよね」

は常套句

この件は等ブログでももはや十八番になっているのだ

それで良いのだ

言いたいことや大事なポイントは何度でも繰り返す

これが文章の良い点だと思う

”ギター弾きの呟き”

結構な分量を呟いてしまった😊 












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ブログ訪問者数1,415人

2024年08月15日 | 楽器
夏休みも後半に突入したのだ

仕事も片付いた

宿題は早めに片付けるのが良いのだ

遊ぶにしても気分が違ってくると思う

昨日も多くの方々にご訪問いただいた

訪問者数1,415人なのだ

一昨日が1,368人なので微増ながらも右肩上がり

片手間の趣味のブログなれどやはり気分が上がる

「ブログなんか誰も読まなくてもイイけど・・」

と強がる人もいるだろうが本音だろうか?

読者不在で良いならば非公開で日記を書けば良いのだ

どのブログでも公開と非公開を選択できる

友達登録した人だけに限定公開できる機能を備えたブログもある

公開を選択したのだがら書き手にもそれなりの責任と気概が必要になる

ギター業界の志気を高めるのは多くのギターユーザーなのだ

ギター愛好者の質が向上すれば良い製品が開発&リリースされる

売れる目処がない製品など開発の話すら上がらない

社会人の読者の方ならばこの理屈が理解できると思う

お金にならないビジネスは成り立たない

市場からMTRが消えたのもそんな理由だと思う


個人的には失敗(読み違え)だと感じている

メーカー側は早急にDAWへの移行を希望しているようだが・・

現実は思惑通りではないようだ

実際にギターを弾いているユーザーの多くがそこまで到達していない

DAWをインストールしてサクサクと作曲できるスキルを持つ人はギター弾きの何割いるだろうか?

オリジナル曲を創ってスマホなどに録音するという簡易な作業すらままならない

作曲が出来ない人は口を揃えたこう言う

「そんなに暇じゃないよ 忙しいんだよね」

「作曲なんかしてる時間はないんだよね~」

さも作曲が簡易な作業のように言い放つ

ビートルズのポールマッカートニーは名曲『yesterday』をハイスクール時代に自宅のベッドの上で寝転びながら創ったという

名曲の多くは”天から降ってくる・・”という

機材を目の前に気合いを入れるという作曲もあると思うが多くは前者だと思う

拙い作品ながらも私も過去に300曲近く作曲してきた

完成度を詰めた話をすれば50曲くらいはかなりクオリティが高い

作曲を勘違いしている人も少なからずいる

ドラムをループさせてアドリブでギターを弾くような手法は作曲ではない

作曲の定義は色々とあると思うが・・

毎回同じよう弾ける

イントロやエンディングなど起承転結がある

私はこの二つを念頭に作曲に励んでいた

自分が創ったロック系の曲を知り合いのバンドに提供したこともある

女子のバンドなのだ

素人が遊びで創った曲なので無償提供なのだ

女子に囲まれてコンポーザー気分を味わった経験は貴重

これらすべての経験が今日の自信に繋がっているのだ

素人が遊びで戯れているギターなれど『実績』を残すことを意識した方が良い

その一つの方法が作曲なのだ

自分で創ったフレーズを録音(記録)しておくだけでも意味がある

完コピも広義の意味では記録になると思う

とにかく爪痕を残すことに尽力した方が良い

「俺は面倒臭いの嫌いだぜ」

という考え方もありだと思う

そういう場合には自分自身が記録になれば良い

つまり、確実に上手くなれば良い

自己評価ほど曖昧なものはない

他人の反応ほど正直なものはない

試す方法は色々とあると思う

ギターは諦めた瞬間が終わりの時

諦めるならばギターなど止めてしまった方が良い

三度の飯よりギターが好きだという人には見込みがある

今は下手でも良いのだ

可能性に賭けてみるのだ

結局は気持ちなのだ

情報化の時代だけに知識は一人前というギター弾きが増えた

情報の収集も上達の条件ではあるがそれがすべてではない

集めた情報をどのように活用するか?

この辺りの連動&連結が苦手という人が多い気がする

苦手というよりはその方法が分からないということになる

ギターとの正しい接し方が分からないのだ

読者の皆さんはギターを抱えた時に疑問を抱くだろうか?

どんなに些細なことでもよいのだ

「あれ? 弦高が少し高いかな?」

メンテのスタートとしては良くある話

何故?という感じで考える

サドルが原因なのか?

ネックの反りが原因なのか?

自分の体調不良なのか?

それを考え、解決することで力がつく

ネットでメンテの方法を読んだ(観た)だけでその気になる人も多い

実際に自分で工具を持って取りかかることが必要

もっというならばギターが上手い人の演奏を観てその気になってはダメ

とにかくYouTubeなどでも刺激を受けたならば即ギターを抱えてみる習慣を身につけるべき

実際に行うことは何事においても大事だということ

趣味を軽視する人がいるが・・

残念ながらそういう人はギターに限っては上達しないと思う

常に貪欲であるべきなのだ

そもそもがギターが好きなのか?

ギターに飢えているか?

日中、仕事や学校などでギターと離れている時間に何回くらいギターが頭に浮かぶか?

恋愛の過程で恋人を恋しく思い出す感覚に近い

愛しい相手は大切にするのだ

そして、もっと深く知りたいと思う

なんとなくギターを趣味だと語っている人が多い

「ギターが趣味だとカッケ~んじゃね?」

という感じだろうか?

そこには僅かな勘違いが生まれている

ギターは弾けてこそカッコイイのだ

ギターを良く知らない人の前で自慢の高級ギターを披露してみると良い

自分がイメージするより薄い反応なはず

「このギターって特別な仕様なんだよね」

「値段? 100万円くらいしたかな~へへ」

既婚者ならば確実に夫婦不和になる

場合によると離婚の話も出るかも?

ギターに興味がない人にとって個体の価値とはそんなもの

しかしながら、そんなギターが紡ぐ素晴らしい音楽には反応を示す

音楽には万人を笑顔にする力がある

音楽は万人が好きなのだ

楽器を良く知らない人にとってはギターもアコギも区別ない

もっと言うならばベースもウクレレも兄弟にみえると思う

流石にピアノとギターを同類だと思う人は少ないが・・

ギターの最大の武器はその機動力

自転車でも電車でも車でも何処へでも連れ出せる

自分の能力を時間や場所を問わず遺憾なく発揮できる

エレキ弾きにはピンとこないと思うがそういう意味でアコースティックな楽器は武器になる


ギター一本で自分を表現できる

会場が大きくてもピックアップが何とかしてくれる


アンプ直でも即、簡易ライブが始められる


機材は少ない方が良い

これはエレキにも言える

楽器を知らない人は準備の時間が鬱陶しく感じる

「まだか? 早く弾けよ~」

というブーイングが聞こえてくる

準備の時間が長いほど期待を煽ってしまう

どうだろう・・

実際に演奏を始めてみたらショボい・・

良くある話なのだ

それならば勿体ぶることなくサッサと始めてしまう

私は外で演奏する際には時短を常に頭に入れている

他人のモタモタに苛つくことはないが他人を苛つかせるのは嫌なのだ

どんな現場に行っても私の準備と撤収は最速なのだ


初見の人は私の最小セットに怪訝な顔をすることがある

「エフェクターってそれだけ?」

実際に演奏が始まればそんなモヤモヤは払拭される

「zoomっていいね~ 安いしね」

「俺もボードに入れようかな?」

という感じで友達が増えるのだ

等ブログでも何回も言っているが・・・

結局のところ、ギターは弾き手しだい

弾き手の引き出しと演奏力がすべてなのだ

バンドなどの音に混ぜれば歪みの差など微々たるもの

アナログ? デジタル?

聴き手側には関係なのだ

むしろ、歪みの傾向とギターとの相性などに熟知しておくべき

それが大事なのだ

デジタルとアナログに感覚の違いがあるのも事実

しかしながら、それも近年の技術の向上によって差が埋まっている


デジタルながらもピッキングのニュアンスに追従できるようになった

モデルとしてはクラスが異なるが画像右のzoomにはIRという新技術が採用されているようだ

ピックに音が絡むような感覚がアナログに近くなった

この手のマシンを使う際にはYouTubeは本当に助かる

これから購入を考えている人にとっても有効だと思う

最近はただ弾くだけではないようだ

その機器のメリットやデメリットを伝えてくれる

これは親切だと思う

実際に使った人の声は大きいと思う

あるYouTuberが語っていた

お勧め動画にもヒットするので良く観ているのだ

「色々なzoom製品を使ってきたけど」

「最強のお勧めはG2Foreじゃないかな」

同社にも上位機種もあるが持ち運びでは不利

私のように車での移動する者にはあまり関係ないが自転車&電車での移動組は持ち運びは死活問題

昨今の猛暑&酷暑を思えば機材は小さく軽い方が良い

もっというならば、ギターも軽量な方が良いと思う

最近はあまり注目されることも少なくなった軽量な万能ギターもありだと思う

私は外にギターを持ち出す時には100%黒テレを選ぶ


我慢ということではない

このギターが良いのだ

ピックアップをダンカン製に換装しペグなどにも改造を加えたことで最強になった

現場でシールドに足が引っかかってギターが倒れても怒らない

周囲に気を使わせるようなギターを持ち込むのは迷惑

あるプロが言っていた

「あるところまで59レスポールを持ち込んでいたのよ」

「でもね若いスタッフがぶん殴られているのみて決めた」

「ダメだね こんなギターを持ち込んじゃ・・ってさ」

屋外のライブで急に大雨が降ってきたそうだ

数千万円の価値があるギターに雨がかかったという事が理由

「それでね カスタムショップに俺仕様のギター作ってもらったんだ」

その後にアーティストモデルとしてそのギターが発売されているのだ

ウインウインの関係なのだ

一流アーティストの逸話は楽しい

ギターに人生を賭けているからこそ生まれるエピーソードなのだ

逸話は素人ギター弾きにも生まれる

ギターに触れる時間がなければ何も生まれない

疑問も逸話も何も生まれない

ギターの楽しみとは何だろう?

個人的には苦労の先に楽しみが待っているのだと思う

ギターの調子が悪い

練習しても上手くならない

など問題や苦労を乗り越えた先に楽しみが待っている

こんな喩えが適切かは分からないが・・

ギター道は登山に似ていると思う

苦労して登るからこそ登頂した時に感動するのだと思う

苦労して(長い間貯金して)買ったギターだからこそ大事にするのだ

苦労して練習した曲だからこそ、体に染みついているのだ

廉価のギターも不具合を調整しながら自分の好みに仕上げていく




このくらいまで弾き込めがいい加減体に馴染むのだ

等ブログでもレリック加工の記事に人気が集まっているようだが究極のレリック加工は弾き込むこと

似非のレリックはすぐにバレる

そもそも、練習不足の人にヘービーレリック加工のギターが似合うはずもない

とにかく問答無用でギターと戯れるべし

弦選びにもいえるがギターを弾き込めば自分に合った弦が見える



私の場合、結局はレギュラー弦に落ち着いたが過程では色々と試した

コーティング弦やアンバランス弦など、気になるメーカーも色々と試した

結局は安定して入手できる定番弦に落ち着く

私の知り合いでもギターを弾かない者に限って弦に拘りを持つ

拘った弦を使っているという自分に酔っているのだ


訳あって一時はダダリオ弦から離れていたが今は戻ったのだ

ここ数年はエレキもアコギもダダリオ一択なのだ

他の弦を試してみたいという浮気心も湧いてこない

絶大な信頼を寄せているのだ


これも繰り返しになってしまうがギターは弾き手しだい

弾き手の技術でどっちにも転ぶということ

まぁ、色々な意味で面倒臭いのも素人ギター弾きの特徴だと思う

面倒臭い性格の人がギターを好むのか?

ギターを趣味にしたことで面倒臭い性格になったのか?

ニワトリとタマゴの関係に似ている

まぁ、どっちが先でも構わないが・・・

我ながらこの長文は何だろう?と思う事も多々ある

ギター弾きとして色々と溜まっているのだと思う

思うこと、語りたいことは山ほどあるがリアルライフで話す機会もない

読者の皆さんにはこんなギター弾きがいるという事を知っていただきたい

話が前後するが・・・

コロナ渦の時には訪問者数が3,500人を超えた日を連発した

『巣籠もり』の影響もあったのだと思う

タレント達がYouTubeなどでアコギで歌う姿に影響を受けた人がアコギを買い漁ったという

知り合いの楽器店でもアコギが売れに売れたという

メーカーは増産体制に入ったがアッという間にブームが去った

商売とは後ろ手ではダメなのだ

先手必勝だと思う

ある楽器関係の知り合いが嘆いていた

「最近は読めないんだよね」

昨今のギター弾きが望んでいることが見えないという

楽器店にギターを並べておけば売れた時代は終わった

しかしながら、何を攻めたらよいのか?が見えてこない

実際のところ、こんな事を書いている私にも良く分からない

ギター愛を語ると失笑されてしまう時代なのだ

まぁ、私は特に気にもならないが・・

我が道を行くという感じなのだ

幸いにも私のギター道には迷いがない

明確な目標があるからなのだ

確固たる目的意識があるのだ

まだまだ書きたいことが山積しているがこの辺で・・・😉 














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ギター弾きの明暗って?

2024年08月14日 | 楽器
仕事関係の書類整理が一段落した

私は遊びの前に仕事を片付けたくなる性格なのだ

この性格は子供の頃から変わっていない

夏休みの宿題をギリギリまで放置して遊びふける友達もいた

私は真逆なのだ

「お前って超真面目だね」

友達たちから嘲笑されることも多かった

性格はそう容易く変わらない

こんな性格を評価されるにあたり賛否が分かれる

中年オヤジになった今日では良かったと思っているのだ

少なくともこんな性格で大きく損をすることはない

まぁ、褒められることも少ないが・・・

この性格はギターライフにも大きく影響しているように感じられる

とにかく、自分でも嫌になってしまうくらいストイックなのだ

練習の虫と化した時期もある

『俺って何の為にこんなに練習してるの?』

と自問自答したことも多々あるのだ

これに関しても今となっては良かったと思っているのだ

小学生で家にあった壊れたクラシックギターに触れ、中学生で本格的に鉄弦アコギを弾くようになった

自発的に何かを始めるということは強いと思う

勉強が長続きしない理由はその辺りにあると思う

想像力が豊かな子供は言われなくても勉強するのだ

「勉強しないとあんな大人になっちゃうかも・・」

自分の近くにいる大人が優秀が故に自分も勉強するという流れも多い

私の知り合いに多いタイプなのだ

私の場合は少し異なる

父親がダメ人間だった

とにかく遊び優先の人生だった

そんな父親も数年前に亡くなった

何故だか寂しくなかったのだ

嫌いというわけではないが涙が出なかった

振り返れば父親の存在は私がギター触れるきっかけだった

私が子供の頃に父親は楽器関係の仕事に従事していた

子供の頃には父親の仕事などには興味も関心もない

後にギター弾きとして恵まれた環境であったことを悟るのだ

傷物のギターなどを爆安で手に入れてくれた

中学時代には駄物ながらも20本以上のギターを持っていたと記憶している

レスポールタイプやストラトタイプから変形ギターまで様々だった

まだアンプが高価だった時代にも関わらずアコギからエレキに転向したタイミングでゲットした

何故だかアンプを持っているのにエフェクターは持っていなかった

エレキの音を歪ませるのに歪みペダルが必要だということを知るのはもっと後になってから

とにかく情報が不足していた時代だった

こんな私が仲間内で『ギターに詳しい奴』で通っていた時代

友達がギターを始めるきっかけになったのも私なのだ

友達のギター購入に何回付き合ったか?数えれきれない

私が好きだった女子のお供で楽器店を訪れた時の興奮は今でも忘れない

相手はギターに詳しい男子という感じだが思春期の私はエロい妄想で爆発しそうだった

以前にもお話したがギターを始める動機は女子にモテたかったから

どのタイミングで純粋にギターが好きになったのか?は分からないが・・

男子が女子を好きになるのは不純な動機ではない

動物学的に至極当たり前の事だと思う

最近は異性に興味が湧かない若者が増えているという

恋愛が面倒臭い、将来結婚する自信がないなど様々

何が影響しているのだろうか?

スマホやパソコンなどのブルーライトの照射だろうか?

それとも食べている物の影響だろうか?

素人の私には良く分からないが・・

一度きりの人生で最高に楽しい時間を自ら拒絶するのは勿体ないと思う

話を父親に戻そう・・

子供の頃に家で弾いている姿を数回ほど見たことがある

演歌か何かを弾いていたような気がする

「お父さんギター弾けるの?」

幼い弟が不思議そうな顔を問いかけている姿を思い出す

家でギターを弾いている姿を見たのはそんなものなのだ

仕事も人の倍くらいこなしたが遊びはその倍だった

ゴルフは通年で楽しんでいた

庶民にも関わらずお金持ちに混じって浪費していた

連日のゴルフ練習場通い、毎週末には泊まりでゴルフに行っていた

ゴルフというスポーツが贅沢でお金がかかることを知ったのは社会人になってから

当時は母親が稼ぎが良い職業婦人だった

ぐうたらサラリーマンよりも遙かに高収入だった

そんな家庭環境が父親をダメ人間にしたのだと思う

今でも語り草としてその当時の話で盛り上がる

ギャンブルも好きだった

特に麻雀に競馬が好きだった

何故だかパチンコをしたという話を聞いたことはない

競馬に一点300万円を賭けたこともあるという

本物のアホなのだ

他人はそんな武勇伝が大好きなのだ

他人は無責任なのだ

他人の不幸が大好物なのだ

読者の皆さんは如何だろうか?

他人の幸せを一緒に祝福できるだろうか?

正直な話、私は中間なのだ

その辺りに関しては本当に無関心なのだ

自分に関係がない他人の生活などまったく気にならない

特に羨むという感情は皆無なのだ

「あんな豪邸に住んでみたいよね~」

とテレビを観ながら家族が呟いても気にしない

私はいたって蚊帳の外という感じなのだ

身の丈に合った人生が最良だと思う

仕事も趣味も手抜きなし

精一杯やった結果は真摯に受け止めたい

非常に長~い前置きだが・・・

ギター弾きとしても現状を真摯に受け止めたい

ギター弾きとしての成果が結果なのだ

「あんな風に上手く弾けたら楽しいだろうなぁ・・」

と心の中で上手い人を羨む人も多いと思う

羨む時間があるならば練習すべし!

私は常に肝に銘じて生きている

上手くなりたいならば練習するしかない

残念ながらギター上達に最短はない

効率が良い練習方法はあると思うが楽して上手くなることはあり得ない

練習を怠る人に限って道具好き

良い道具(高価なギターなど)を使えば良い音が出ると勘違いしている

これは私の知り合いにも多くみられる

大人買いはギター弾きをダメにすることは事実

ギターや機材を買っただけで満足してしまう人にはどのような心理が働くのだろうか?

下手な人が高価なギターを買うのはセンターラインを踏み越えるような運転技術の人が大きな高級車を運転するようなもの

車も大好きな私はいつも心の中でそんなことをイメージしているのだ

買えるから売る・・

ではダメなのだ

本気で交通事故を減らしたいならば他の策があるはず

現実的な話ではないがギター購入にも資格のような物があると楽しいと思う

まぁ、誰がそれを試するのか?など色々と問題もあるが・・

ギターを弾かない人、ギターを弾けない人が使わないギターを押し入れにしまっておくことはある意味で罪だといえる

ガンズのスラッシュもインタビューで言っていた

「弾かないギターを投資の為に隠し持ってる奴は最低だね」

「ギターって弾く為にあるんだろ? 少なくとも俺はコレクターじゃないぜ」

私はこの言葉にひどく賛同してしまう

ギター一本で天下をとった人の言葉には重みがある

素人でも生粋のプレイヤーの言葉には重みと説得力があるのだ

少なくともプレイヤーである私にはその辺りの見極めができる

ギター教室などでは技術以外にギターの楽しさを教えるべきだと思う

その為には講師が本気でギターを愛している必要がある

私の周囲ではギターを熱く語ると少し恥ずかしくなる雰囲気がある

如何なものだろうか?

「なんでそんなにギターが好きなんですか?」

好きに理由があるのだろうか?

そんな人には逆に質問してみたい

「なんでギターを弾かないの?」

「何の為にギターを買ったの?」

まぁ、そんな大人げない質問など現実的ではないが・・・

私は常にそんな気持ちでいることも事実

ギターの性能=ギターの値段

だと信じて疑わない人に一石を投じているのだ

廉価のギターでも十分に良い音や演奏が出来ることを証明しているのだ


このギターが一万円チョイだということを私の周囲は信じていない

そもそもそういう層にとって廉価のギターなど眼中にもない

それで良いと思う

「ギターは値段じゃないんだよね」

というアピールをするのが好きなのだ

ギターを諦めた大人達へのエールになれば幸いなのだ

とにかく値段が高い物が正義だと信じている人が多いことも事実


電池のアンプはオモチャだという

まぁ、それも事実ではあるが・・・

ギターを弾かない人よりは電池アンプを鳴らしている者の方が何倍も良いと思う

高価なエレキと真空管アンプの組み合わせが実現するのは年間で何回あるだろうか?

この夏休みも家族旅行の話はチラホラと耳にしたがギターに関する話は皆無

それでもギターが好きだと恥ずかしげもなく豪語する

「俺の趣味ってギターなんだよね」

と会社の部下の前で自慢したいのだろうか?

ギターが趣味だと言えば次に来る質問はこれ

「バンドとか組んでるんですか?」

「YouTubeとかにアップしてるんですか?」

他人はその先の成果を知りたがる

まぁ、無責任な言葉に反応を示してくれるだけでもよしとしたい

「色々と忙しくていまは弾いてないんだよね」

「ほら家族サービスとかあるだろ?忙しいんだよね」

ギターが上手くならない人の常套句であり十八番なのだ

私の知り合いにはこんなタイプが多い

眠っているギターの総額は相当なもの

ギター達は日の目を見ることなくその一生に幕を下ろす

いつの日か主が亡くなった頃にギターが邪魔になった家族がリリースする

海外にもそんな流れがあるという

希に59年製のレスポールが市場に出るタイミングがあるという

そんなレアなギターを本気で欲しい人はお金を用意してアンテナを張っておく必要があるのだ

ある楽器好きの芸能人が言っていた

「狙っていたベースが入ったって連絡が来たのよ」

「ちょうど舞台の仕事しててさ メイク落とさないで行ったよ」

有名な舞台役者なのだ

ヴィンテージの激レアなベースなのだ

ギターにもレアな楽器があるようにベース界にも家が一軒買えるような個体が存在するのだ

私は興味がないが欲しい人は垂涎だと思う

私は新品の楽器が好きなのだ

楽器と女性は新品?が好みなのだ

これだけは譲れない

知人から託された80年初期のオベーションギターも正直な話としてモヤモヤしているのだ


「俺が使っていたギターなら文句なく最高だったよな」

これ本音

ギターの状態は最高だが・・

共に歩んだ時間がないのが残念なのだ

前所有者の歴史を聞いてもピンとこない

そもそも、ギターを買ったものの飽きて押し入れ行きのギターなのだ

可哀想なギターを私が救出したという形になると思う

ギターを擬人化するならば第二の人生を歩んでいるという事になる

ギターの持ち主は理由不明で失踪しているという

親族からの想いを託されたギターなのだ

行きつけの楽器店で魔改造したことでだいぶ自分らしい色になった

それでもモヤモヤが完全に払拭されることはないと思う

たかがギター・・

されどギター・・・

読者の皆さんはギター弾きとして明だろうか?

それとも暗だろうか?

数多ある趣味の世界からギターと出会ったことは間違いなく明だと思う

しかしながら、まったく進化&進歩していないならばそれは暗だと思う

ギターという素晴らしい楽器が一転茨の道になる

好きだと勘違いしているギターに苦しめられている人がいることも事実

「俺ってマジでギターが向いてるのかな?」

進むも地獄、立ち止まるも地獄・・・

「俺って何で下手なんだろ?」

私もそんな想いに悩んだ時期がある

今はそんな気持ちは薄れた

下手な私が心配してしまうほどに私の周囲は下手なのだ

少しホッとしてしまう

練習を怠る怠惰な山ではお山の大将でいられるのだ

まさに井の中の蛙だといえる

少し脱線したが・・・

夏休みが明けたら質問してみたい

「夏休みは少しはギター練習したの?」

どんな答えが返ってくるだろうか?😊 



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