歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

2020年東京オリンピックについて

2013年09月10日 | 社会
2013年9月8日、2020年に東京でオリンピックが開催されることが決まった。

決まった瞬間の会場の盛り上がりといったらすごいとしか言いようがない。
スポーツ選手やメディア人が抱き合って涙を流しその喜びをかみしめ分かち合っていた。

その日、

テレビの前で一緒に喜んだ人、
喜びと違和感を持つ複雑な気持ちの人、
安倍総理の演説に不信感を抱く人、
公言したことで政府の尻に火がつくことを願う人、
福島のことを忘れ去られてしまうのではと不安な気持ちになる人、
カヌーの競技場のために葛飾臨海公園の半分がなくなる可能性を危惧する人、
2020年のオリンピックが東京になることを初めから知っていた人、
そして被災した人、
オリンピックの影に隠れた秘密保全法に警鐘をならす人、

実にいろんな感情や考え方があったに違いない。
そのニュースは一日で日本中を駆け巡り、今やテレビ・新聞といったマスメディアを初めネットや会話の中でもその話でもちきりだ。

手放しで喜ぶ人は、素直に喜べない人を「放射脳」や「非国民」と言った言葉で卑下する。
素直に喜べない人は、手放しで喜ぶ人を何も考えてない大衆として位置づける。

ネット上のあらゆる記事のコメント欄が悪口の言い合いや差別、いやがらせで充満している。
匿名で書かれるひどい言葉のやりとり。
自分の名前をさらして記事を書いている人たちに、匿名で悪口とはどうも不健康な気がする。
いろんな考えがどんどん個別化していき、排他的な雰囲気を押し付ける。

オリンピックと日本の現状は相容れないものなのか。
どっちにしろもう決定したのだから、どうにか最善の方向に持っていくしかないのだ。

昨日ネットサーフィンしていたらこんなやり取りがあった。
まずゆとり世代の男性ー「みんな喜んでるけど本当にこれでよかったのかな。
            福島の汚染水に当てられる資金が470億円なのに、
            オリンピック誘致で国立競技場に当てられる建設費が1300億円。
            今も福島は汚染水が漏れ続けていることを皆知ってるのか?」

そこに書かれたコメント(もちろん匿名)
          ー「だからお前はゆとりなんだよ!
            自分は冷静な立場だとでもいいたいのか?
            それがかっこいいとでも思っているのか?
            喜べないやつは日本人じゃない!」

なんだか落ち込んでしまった。
ゆとり世代の男性は思ったことを書いたに違いない。
もしかしたら少しだけ知っていた知識を自慢げに書いたのかもしれない。
それでもいいじゃないか。
そんなに非難しなくても…。

日本人はニュートラルを好む。
でも特に今回の東京オリンピックを取り巻く世界はあまりにも複雑であまりにも広すぎる。
中立も客観性も前提にふまえなければならないことは十分に分かっている。
そういったある種冷静な立ち位置を保つにも、限定された一部分、一定量、1カテゴリーの域に留まる。
東京オリンピックを相対的に捉えたときに、そんな視点はほぼ存在しないに等しい。

だから思ったこと、感じたことを大事にしよう。
そして自分と違う考え方の人を受け入れるのは難しくてもせめて耳を傾けてみてはどうだろうか。
はっきり言って皆が共有出来る正解はない。

私は自分の考えを知るために今日東京オリンピックをとりまくいろいろをノートにまとめてみた。
これからもっと突っ込んだところまで調べてみるつもりだ。





「東京オリンピック」という言葉を聞くと、アニメ「AKIRA」を思い出す。
AKIRAの世界では2019年が描かれており、冒頭には「オリンピックを翌年に控えたネオ東京」という言葉が!
おかげで作者の大友克洋が2020年の東京オリンピックを予言したって巷が盛り上がっている訳だ。
実際のところは置いておいて、AKIRA見たいな。
あのぶっ飛んだ世界は、そんなに非現実ではないような気がしている。
コメント
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