「これは爆弾だよ!」
「いやこれはとても大事な物だ!」
白い浜辺で私の両親が1本の瓶を取り合いながら言い争っている。
村の人たちは中身が爆弾だった時に備えて、遠くの灯台から2人を見守っている。
どう見ても無人島からのメッセージが入った瓶だ。
ここら辺で目が覚め、とても怖くなりよく一人で泣いた。
小学生に上がる前によく見ていた夢だ。
よく見た理由も怖かった理由も今となっては分からない。
もし夢に関するアカデミックな文献なんかがあったとしても、あまり読みたいと思わない。
精神面を探るのは面白いけれど、グラフで片付く話だとは思えないからだ。
だからこういうのは自己分析くらいが丁度いい。
ここ4、5年よく見る夢が2つある。
よく見ると言っても場面や年齢などはまちまちだ。
一つは体操着を家に忘れるか忘れそうになる、あるいは失くすという夢だ。
小学生の時もあるし、高校生の時もある。
忘れた時の絶望感と、忘れないように時間割を確認する緊張感。
体操着ごときになぜ私はこんなに怯えているのだろうか。
この夢はつい昨日見たばかりだ。
場所は家、どうやら私は高校生に戻ったらしい。
久しぶりに学校に行くらしく準備に手間取っている。
はっとして時間割を確認すると体育があった。
危ない危ないと思いながら体操着を探すがなかなか見当たらない。
母に場所を聞き見つけたと思ったら、体操着に大きな穴が2つあいていた。
がーん。
母が裁縫に使ったらしい。
怒りが頭の天辺まできて母に大声を張り上げると母はあっけらかんとした顔で
「しょーがないじゃん。」
そこで私は絶望的な気分に陥る。
昨日はこんなところだ。
もう一つは大学4年の後期。
単位がぎりぎりで卒業出来るか出来ないかにはらはらする夢。
これはノンフィクションだからきっと少しトラウマのような作用が働いているのだろう。
絶対落としてはいけない講義に出れずに焦ったり、最後のテストを受ける前だったり、結果待ちだったり。
これまた冷や汗ものだ。
目が覚めると夢だという事実を噛み締めゆっくり現実に戻ってくる。
この夢もここ1週間以内に見た。
新学期がはじまるにあたり開かれたオリエンテーションに参加するため大講堂で席を探していた。
(厳密な話をすれば実際はこういう類いのものには参加したことがない。)
講堂の階段を下りていたら、消しゴムが目の前に飛んできた。
その方向を見るとそこにはなぜか高校時代の同級生。
「よ!皆いるぜ」
と背中を丸めて、親指を立て後を指した。
周りには大学時代の同級生。
ここでの違和感は高校の同級生だけでなく、大学の最終学期にこんなに4年生が授業を受けるわけがないということ。
きっとここら辺に私の心理が反映されているのだろう。
その後の細かい会話までは覚えていないけど、必死に皆と取る授業を合わせようとしていた。
どちらも何十回と見ている。
なぜ姿を変えた同じ夢を何度も何度も見るのだろうか。
しかもわざわざ見なくてもいいようなとても薄っぺらい夢を。
夢とは手の出しようがない不思議な領域だ。
そしてこれからも何ということはなくこの夢を見続けるのだろう。
「いやこれはとても大事な物だ!」
白い浜辺で私の両親が1本の瓶を取り合いながら言い争っている。
村の人たちは中身が爆弾だった時に備えて、遠くの灯台から2人を見守っている。
どう見ても無人島からのメッセージが入った瓶だ。
ここら辺で目が覚め、とても怖くなりよく一人で泣いた。
小学生に上がる前によく見ていた夢だ。
よく見た理由も怖かった理由も今となっては分からない。
もし夢に関するアカデミックな文献なんかがあったとしても、あまり読みたいと思わない。
精神面を探るのは面白いけれど、グラフで片付く話だとは思えないからだ。
だからこういうのは自己分析くらいが丁度いい。
ここ4、5年よく見る夢が2つある。
よく見ると言っても場面や年齢などはまちまちだ。
一つは体操着を家に忘れるか忘れそうになる、あるいは失くすという夢だ。
小学生の時もあるし、高校生の時もある。
忘れた時の絶望感と、忘れないように時間割を確認する緊張感。
体操着ごときになぜ私はこんなに怯えているのだろうか。
この夢はつい昨日見たばかりだ。
場所は家、どうやら私は高校生に戻ったらしい。
久しぶりに学校に行くらしく準備に手間取っている。
はっとして時間割を確認すると体育があった。
危ない危ないと思いながら体操着を探すがなかなか見当たらない。
母に場所を聞き見つけたと思ったら、体操着に大きな穴が2つあいていた。
がーん。
母が裁縫に使ったらしい。
怒りが頭の天辺まできて母に大声を張り上げると母はあっけらかんとした顔で
「しょーがないじゃん。」
そこで私は絶望的な気分に陥る。
昨日はこんなところだ。
もう一つは大学4年の後期。
単位がぎりぎりで卒業出来るか出来ないかにはらはらする夢。
これはノンフィクションだからきっと少しトラウマのような作用が働いているのだろう。
絶対落としてはいけない講義に出れずに焦ったり、最後のテストを受ける前だったり、結果待ちだったり。
これまた冷や汗ものだ。
目が覚めると夢だという事実を噛み締めゆっくり現実に戻ってくる。
この夢もここ1週間以内に見た。
新学期がはじまるにあたり開かれたオリエンテーションに参加するため大講堂で席を探していた。
(厳密な話をすれば実際はこういう類いのものには参加したことがない。)
講堂の階段を下りていたら、消しゴムが目の前に飛んできた。
その方向を見るとそこにはなぜか高校時代の同級生。
「よ!皆いるぜ」
と背中を丸めて、親指を立て後を指した。
周りには大学時代の同級生。
ここでの違和感は高校の同級生だけでなく、大学の最終学期にこんなに4年生が授業を受けるわけがないということ。
きっとここら辺に私の心理が反映されているのだろう。
その後の細かい会話までは覚えていないけど、必死に皆と取る授業を合わせようとしていた。
どちらも何十回と見ている。
なぜ姿を変えた同じ夢を何度も何度も見るのだろうか。
しかもわざわざ見なくてもいいようなとても薄っぺらい夢を。
夢とは手の出しようがない不思議な領域だ。
そしてこれからも何ということはなくこの夢を見続けるのだろう。