奇しくも盗作騒ぎが二題。
ひとつはTBSのプレバトという番組での俳句。
東国原英夫が披露して高評価を得た俳句が既存のものと酷似していたというもの。
これがその句。
「梅雨明けや 指名手配の 顔に×」
「梅雨寒や 指名手配の 顔に×」
上が東国原の句で、下が宮崎日日新聞に去年記載されていたもの。
「梅雨明け」と「梅雨寒」の違いだけで、他は全く一緒。
これは完全にクロでしょうね。
この句の肝は×という記号の使用。
この発想は、なかなか出てこない。
これが「バツ」とかだったら言い逃れできるかも知れないが、「×」ではねえ。
当人はもちろん否定しているが苦しい弁明。
掲載されていたのが宮崎の新聞というのも疑惑はさらに深まる。
この番組の俳句コーナーはほぼ欠かさず見ている。
面白いのだ。
東国原の句は発想が斬新でなかなかのもの。
ただ怪しさは感じていた。
「どうせスタッフが知恵絞ってんじゃないの」と。
でもまさか盗作までは・・・。
もしかしたら「スタッフ」がやっちゃったのかも・・・。
もうひとつは芥川賞候補になっている「美しい顔」という小説。
北条裕子という美形の新人作家の群像新人賞受賞作。
東日本大震災をテーマにしたものらしい。
被災地や避難所の描写が、石井光太らのルポでの描写に酷似しているらしい。
どうやら参考にはしたようで、出版元は「参考文献の未表示」というミスであり盗作は否定している。
講談社のホームページに掲載されるというので覗いてみた。
避難所のシーンで始まる。
被災した少女の一人称で物語は綴られていく。
まだ冒頭しか読んでいないから作品としての評価は出来ないが、作者は被災地には行ったことがないと聞いていたから、少しイヤな感じがした。
冒頭、少女は避難所にやって来た大学生らしい男がカメラを構えて被災者の写真を撮り続けることに嫌悪を感じている。
少女は思う「なぜお前なんかに見せてやらなければならない・・・かわいそうを撮るなら金を払え。かわいそうが欲しいなら金を払え。被災地は撮ってもタダか・・・」
また、こうも呪いの言葉を心の中で吐き続ける。
「本物はテレビには映らないもんね。でもそれは本物が映っちゃったらあなたたちが吐くからだよ。引きちぎられた手や足が・・・」
「だから本物は映さない。だけどお前みたいな想像力の足りない男はテレビで放送されてる綺麗な映像だけじゃとても物足りなくて現地にまで来ちゃったってわけだ」
まあこんあ恨み言が続くわけです。
被災者でもないのに、被災地で取材もしていないのにこれは書きすぎではないのかとボクは率直に思った。
盗作云々以前の話である。
ボクが被災者だったら、ああいう表現には嫌悪を感じる。
そこまで思わないと。
文中に奇しくもあるように、「想像力が足りない」から他の人が取材して書き上げたノンフィクションから引用しちゃったんだろうが、それは彼女が書いたアマチュアカメラマン以下ではないか。
少なくとも大学生は現地に訪れている。
まあ、これは作品の本質ではないのかも知れないが、東日本大震災をテーマに小説を書くのなら、やはり現地には行くべきだろう。
もちろん、死んだこともない人間が死を語るなといった乱暴な意見を言う気はない。
想像力で書けるなら書けば良い。
でも被災者を代弁する気持ちなら、被災者に直接話を聞くことくらいはするのが作家を志す弁えだとは思う。