第四話から第十話までは、人間が関わるそれこそ真にゴシック的な物語となっている。海賊が跋扈し、水兵達の脱走の場ともなり、ある時には牢獄とも化す島々にまつわる物語である。
バーリングトン島を拠点に活動する海賊達が木陰に残した優美な長椅子の物語、戦功によってペルー政府からチャールズ島を与えられ、そこで犬の軍隊を組織し反乱軍と闘うが、ついに捕らえられペルーに連れ戻されるあるクレオール男の物語、白人の脱走兵オーベルラスがフード島にひとり住み、やってくる船の乗組員達を銃で脅して奴隷とし、独裁者になろうとする物語……。
中でも「第八話-ノーフォーク島と混血の寡婦」は、美しくも悲しい物語である。「私」がノーフォーク島で亀捕りを終え出航しようとすると、陸地にハンカチが振られているのが見える。それは亀の油を手に入れようと、夫と弟との三人で島に渡り、事故によって二人を失い、失意の中にたったひとりで暮らす混血の女ウニイャが助けを求める姿だった。
船長は彼女を哀れに思い、どんな苦難があったのか訊こうとするが、彼女は「旦那さま、どうか訊かないでください」と言う。どうやら人に語ることもできないほどおぞましい体験があったらしい。島に立ち寄った捕鯨船の乗組員達に強姦されたのではないかと推測させる部分だが、メルヴィルはそのことを書かない。敬虔なキリスト者であり、亡き夫の墓を守り続けてきたウニイャの名誉のために。
ウニイャは乗組員達の無言の敬意を受けるのであり、このスペイン人とインディオの混血女に対するメルヴィルの視線もまた慈愛に満ちたものである。夫の墓と育ててきた犬達との別れの場面は辛い。メルヴィルはウニイャの悲しい生について次のように書いて別れを告げる。
「他人の苦痛が愛と同情によって自分のものとなったとしても、それは泣き言を言わずに堪えていくべきものとなっていた。それは、遠くのものを憧れ求めつつも、なお鋼の枠にしっかり押さえ込まれている人間の心、また地上的憧れを抱きつつも、空から降り落ちる霜に凍てついてしまう人間の心であった」
「エンカンタダス」は海洋ゴシック小説としては、未だ不十分な作品である。ガラパゴスの島々が時には牢獄、時には城塞のようなゴシック的空間として捉えられてはいるが、本当のゴシック的空間は海に浮かぶ島々であるよりは、人間が乗り組んだ船そのものであるだろうからである。
次に取り上げる「ベニート・セレーノ」という作品は、船そのものをゴシック的空間として描いた傑作中編で、『乙女たちの地獄』の中で最も長い作品である。