先日、知人のお葬式に行った時のことです、電車に乗ろうとしたプラットホームで、私が立ち止った。その近くにすっかり乾いていましたが嘔吐の後がありました。友人が言いました。‘そこにのろさまいませんか、大丈夫でしょうね。’一瞬戸惑ったがノロウィルスを指していると分かりました。もう少し離れましょうかと綺麗に見える場所まで移動しました。もし、靴底にノロウィルス菌を付けて帰宅したら、予期しないことが起こるかもしれません。忘年会はもうないでしょうが、新年会があるかもしれません。みなさん他人の嘔吐の跡には気をつけましょうね。プラットホームやバスの停留所など立ち止まるところでは特に注意いたしましょう!
今朝はとんでもない時間に起きました。最近疲れると早く寝ます。夕べもそうでした。ぐっすりと眠り目覚て暗がりで時計を見たら5時。そろそろ6時になるかと起きたら何と3時でした。体も頭もすでに目覚めています。いまさら寝るわけにはゆきません。少しエスペラントをしました。悪い癖で書き上げたとおもった文を見てもどうしても直したくなる・・・。
午後は2晩ほど白水につけておいた磨き鰊の鱗を落として、早朝から水につけてふやかした昆布で巻きました。その後昆布水と砂糖と酒で、弱火で40分ほどにました。明日はお醤油を入れて仕上げるつもりです。砂糖をゆっくりと含ませると醤油も少なくて済みます。市販の昆布巻きは甘さも塩気も強烈です。我が家の昆布巻きは減塩昆布巻きということでしょうか。これでお正月の料理が一つ仕上がります。
夕食後、ぼんやりとユーチューブでエスペラントの歌を聞いていましたが、やっぱり寝ることにしましょう!明日もするべきことは沢山あるでしょうから・・・。
午後は2晩ほど白水につけておいた磨き鰊の鱗を落として、早朝から水につけてふやかした昆布で巻きました。その後昆布水と砂糖と酒で、弱火で40分ほどにました。明日はお醤油を入れて仕上げるつもりです。砂糖をゆっくりと含ませると醤油も少なくて済みます。市販の昆布巻きは甘さも塩気も強烈です。我が家の昆布巻きは減塩昆布巻きということでしょうか。これでお正月の料理が一つ仕上がります。
夕食後、ぼんやりとユーチューブでエスペラントの歌を聞いていましたが、やっぱり寝ることにしましょう!明日もするべきことは沢山あるでしょうから・・・。
本の翻訳100%終わったと報告できないのは残念ですが、後2ヶ所OKがでれば完了です。読んで可笑しいとか、分かりにくいとか、単語のつづりが間違っているとか指摘する人は本当に大変だったと思います。また、私自身自分の力をさらけ出さなくてはいけません。人は見栄を張りたい時もありますがそれはできない。時には辛い時もありましたがとにかく最後まで頑張れました。本にするまではもだまだ時間がかかりそうですが、それでも嬉しいです。こんなことは一人ではきっとできなかったでしょう。
この本は1967年に手に入れました。時折訳してみてはエスペラントの語学力が足りなさを嘆いていました。いつか訳したいと49年間、私のエスペラント学習を鼓舞してくれた本でもありす。黄ばんで少し痛んできましたがまだまだしっかりしています。
昨日は知人のお葬式でしたが、同い年と思っていたら1年数カ月も私より若かったのです。元気にしていたのに突然脳溢血に襲われたようです。同じことが自分に起こらないとも限りません。その時まで、精一杯生きれたら良いのですが・・・。
この本は1967年に手に入れました。時折訳してみてはエスペラントの語学力が足りなさを嘆いていました。いつか訳したいと49年間、私のエスペラント学習を鼓舞してくれた本でもありす。黄ばんで少し痛んできましたがまだまだしっかりしています。
昨日は知人のお葬式でしたが、同い年と思っていたら1年数カ月も私より若かったのです。元気にしていたのに突然脳溢血に襲われたようです。同じことが自分に起こらないとも限りません。その時まで、精一杯生きれたら良いのですが・・・。
クリスマス、めでたくもあり、めでたくもなし。と云うところでしょうか。知人にメールで頂いたカード、
クリスマスカードかと思ったら新年のあいさつでした。

このカード、日本の数人のエスぺランティストに届いていますが、まあ、載せました。大きすぎるかもしれませんが雰囲気だけ味わってください。
彼について少々書きます。私の記憶違いでなければブルガリアの作家:ユリアン・モデストの短編集'Marstelo'の初めの小説に彼の名前がでてきます。私は彼を知人だと思っていますが、彼は私を友人と思っているらしいです。
1昨年のフランス・リールの世界大会に私は友人と参加しました。友人はあまりエスペラントが話せないので一日遠足に私と同じところに行くと云いましたが、フランスにきたのにパリに行かないなんて!‘パリを見ずしてフランスに行ったと云うな’と云うだろうと無理やりパリ遠足を勧めました。エスぺランティストといえども親切な人ばかりではありません。彼女の帽子が黒っぽかったからとなんで黒い帽子をかぶっていると嫌みを言う女性が現れネチネチと同じことを繰り返したそうです。大会前遠足で一緒だったアメリカ在住の韓国人モニカが寄ってきて彼女を追い払ってくれたそうですが、モニカが夫の所に戻った途端またやってきてネチネチ、ネチネチ。するとこんどはこのカードの送り主が自分はG(つまり私の)友人だと云ってやってきて、自分の友人と彼女の両脇を固めてガードしてくれたそうです。ところがふたりは早口でおしゃべり。エスペラントの単語が彼女の頭上を飛び交っていたそうで・・・。単語を少し拾えただけだったけれど彼女。でもそれなりに楽しんだ様子でした。
今日はクリスマス。同い年の知人のお葬式に出かけます。


このカード、日本の数人のエスぺランティストに届いていますが、まあ、載せました。大きすぎるかもしれませんが雰囲気だけ味わってください。
彼について少々書きます。私の記憶違いでなければブルガリアの作家:ユリアン・モデストの短編集'Marstelo'の初めの小説に彼の名前がでてきます。私は彼を知人だと思っていますが、彼は私を友人と思っているらしいです。
1昨年のフランス・リールの世界大会に私は友人と参加しました。友人はあまりエスペラントが話せないので一日遠足に私と同じところに行くと云いましたが、フランスにきたのにパリに行かないなんて!‘パリを見ずしてフランスに行ったと云うな’と云うだろうと無理やりパリ遠足を勧めました。エスぺランティストといえども親切な人ばかりではありません。彼女の帽子が黒っぽかったからとなんで黒い帽子をかぶっていると嫌みを言う女性が現れネチネチと同じことを繰り返したそうです。大会前遠足で一緒だったアメリカ在住の韓国人モニカが寄ってきて彼女を追い払ってくれたそうですが、モニカが夫の所に戻った途端またやってきてネチネチ、ネチネチ。するとこんどはこのカードの送り主が自分はG(つまり私の)友人だと云ってやってきて、自分の友人と彼女の両脇を固めてガードしてくれたそうです。ところがふたりは早口でおしゃべり。エスペラントの単語が彼女の頭上を飛び交っていたそうで・・・。単語を少し拾えただけだったけれど彼女。でもそれなりに楽しんだ様子でした。
今日はクリスマス。同い年の知人のお葬式に出かけます。
先週木曜日は友人の一人にスヌードなるものを編んで渡しました。学習の仲間はたった3人。帰ってkらもう一人のために編むことに決めました。日曜は編む者をする余裕はなさそうでしたので、金曜日の夕食後と土曜日の夕食後にガーター編みで編みました。編み目数は前のと同じなのにとても幅広にできました。彼女が身につけている服に似た色、栗の皮で染めたグレーの残り、2メートルほど残っていたバラの花で染めたグレー、キウイで染めたからし色を混ぜました。とても無骨な配色になってしまい持って行くかどうか迷ってしまいました。おまけに長さは前のもより輪にして15センチほど長かったのです。痩せて小柄な友人に会うがどうか全く自信がありませんでしたが、いやと言われたらあげると云わなければいいと持って行きました。彼女が素敵だと云うので身に付けさせると巾を半分に折って良し、折らないと肩まですっぽりと包みこみ、気持ちが良いととても喜んでくれました。本当に良かった!
エスペラントの学習は今日で終わりです。どうしても今年中に渡したかったのです。日本大会の時に誘った友人が今日は来てくれたので4人で学習しました。人は誰でも年を取ります。活発な活動はできなくてもできる限り継続し、仲間を失わないように努力するのも運動の一つと私は思うのです。
エスペラントの学習は今日で終わりです。どうしても今年中に渡したかったのです。日本大会の時に誘った友人が今日は来てくれたので4人で学習しました。人は誰でも年を取ります。活発な活動はできなくてもできる限り継続し、仲間を失わないように努力するのも運動の一つと私は思うのです。

最近出不精になっています。行こうか行くまいか悩んだ挙句、朝スーパーで開かれる朝市に行き大量の買い物をし、11過ぎに家を出て小田原で開かれるザメンホフ祭に参加しました。
岩波新書’危険な言語’の原作者リンスさんが入ってきたので驚きました。家族で湯河原に行く途中小田原で下車散歩中にお嬢さんがエスペラントの旗に気付き立ち寄ったとのことですが、嬉しかったです。短い挨拶をされ、私も来年は参加しますと云っておられました。会場は小田原城を下った駅近くでしたので、きっとお城へ行かれたのだろうと云うのは私の推測です。
つくづく思うこ。知り合いの顔が減ってきています。私達の年齢になると学習だ!エスペラント運動だ!などという動きについてゆけなくなります。おしゃべりし、心で支え合い、ボケ防止にエスペラントを続ける。私達の音読の会はそんな集まりですから、少し宣伝しようと思った次第でした!
岩波新書’危険な言語’の原作者リンスさんが入ってきたので驚きました。家族で湯河原に行く途中小田原で下車散歩中にお嬢さんがエスペラントの旗に気付き立ち寄ったとのことですが、嬉しかったです。短い挨拶をされ、私も来年は参加しますと云っておられました。会場は小田原城を下った駅近くでしたので、きっとお城へ行かれたのだろうと云うのは私の推測です。
つくづく思うこ。知り合いの顔が減ってきています。私達の年齢になると学習だ!エスペラント運動だ!などという動きについてゆけなくなります。おしゃべりし、心で支え合い、ボケ防止にエスペラントを続ける。私達の音読の会はそんな集まりですから、少し宣伝しようと思った次第でした!
2週間ほど前、友人が肩かけにもなるマフラーが欲しいと云います。輪になっているけど捻じれているという。私は見たこともない。白い糸でいいかと尋ねたら地味なものが欲しいという。染めたのは10数年前。地味な糸はスラブ糸の栗の皮で染めた物しかありませんでした。ためしに編みだしましたが、捻じるとつなぐ時にゴム編みが逆になることに気がつき途中にガーター編みを入れてごまかしました。幅は伸ばすと40センチになるので肩かけにもなるでしょう。
テレビを見ながらしこしこと手を動かしていたのですから上出来とはいえないですが、スラブ糸はでこぼこしているので網目の凸凹は糸のせいとすることにしました。手編みは伸び縮みが効くので身につけたらまあ何とかなるでしょう。と無責任なことを考えています。
もう1枚挑戦しようか、そうすればもっときれいなものができるかもしれないと思っています。

テレビを見ながらしこしこと手を動かしていたのですから上出来とはいえないですが、スラブ糸はでこぼこしているので網目の凸凹は糸のせいとすることにしました。手編みは伸び縮みが効くので身につけたらまあ何とかなるでしょう。と無責任なことを考えています。
もう1枚挑戦しようか、そうすればもっときれいなものができるかもしれないと思っています。
