glimi

生きること:過去と未来とエスペラントと

格安航空

2008-12-21 09:40:41 | エスペラント
 今朝の番組にオーストリアの格安航空社ジュエットスターのCOが話していた。食事・毛布・アイマスク等すべて有料。座席は交換費用を節約するために皮張り等々。値段は40,000円~ほどだそうです。

 うれしいですね。最近飛行機に乗るとブロイラー気分になります。ヨーロッパへの飛行時間10数時間に4回も食事が出ることがあり、軽食でも食べられないことがあります。

 いつも格安の航空券を探して旅する私はこのような飛行機が増えて欲しいと願っています。10年以上前だったと思いますが、ミユンヘンから息子と一緒にアテネに飛んだとき往復20,000円足らずでした。ヨーロッパ行きもアメリカ行きもこんな会社が増えてくれたら、エスペラントの世界はどんどん広がるでしょう!

 人と出会い、話をし、同感し、感激しあう:これがエスペラントの楽しみですし、エスペラントが力を発揮する場でもあります。

 今度、オーストラリアの大会にも参加することを考えてみたいです。ただ、齢は仮借なく重なってゆきます。高齢化に抵抗し、抗老齢化の方法を考えなくては!!

 何か良い方法ありませんか。
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世界エスペラント大会の経済効果

2008-12-18 23:59:22 | エスペラント
 今日、もう昨日というべきでしょうか。午後4時近く洗濯物をたたみながらテレビをつけると『92回世界エスペラント大会』6.8億という文字が目に飛び込んできた。
 NEWS FINE という経済番組です。国際会議の経済効果についての説明です。昨年横浜で行われたエスペラント大会は小規模であるが2000人が参加し、地元にもたらした利益は6.8億円だったそうでです。
 アジアでは国際会議が一番開かれるのはシンガポールだそうです。会議場近くに宿泊施設、つまりホテルが完備してる、日本は会場から30分かかることが普通であるから、もっと施設を整備しなければなどとの話でした。

 エスペラント大会が、地元を潤すなどという観点から見たことがなかったので本当に驚きました。

 アナウンサーの末武さんとか言う女性のエスペラントって何ですかという質問に答えが返らなかったのが、朝から晩までエスペラントを頭に描いている私にとってはとても残念でした。   
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エスペラントブログ

2008-12-13 12:11:33 | エスペラント
 ふと気がつくと私のエスペラントのブログは11月で3年を経過していました。たとえ毎日書かないとしても良く続いたものです。訪問者は延べ11万を越えていました。
 動機は色あせた手作りの伊東三郎の詩集でした。彼の詩を世界中の人に読んでもらいたいと詩を管理している友人に電話してブログに載せる許可をらったのでした。
 詩集『IDILIO』(牧歌的恋愛詩)をいくつかに分けて載せました。今日調べたら3000人を超える訪問者がいたページが3つありました。沢山の人に読んでもらえたと感謝感謝です。
 これは別の本からの引用ですが、友人は載せるのを許可してくれるでしょう!

 Tro frue venis ci

Tro frue venis ci
ekflori sur la ter’
al brila sunradi’
fidante kun esper’

Ankoraǔ papili’
ne venas nek abel’ ――;
nur regas tie ĉi
ja frosta la kruel’

おまえが来たのは早すぎたのだよ

おまえが来たのは早すぎたのだよ
この地上にさき出ようと
かがやくお日さまの光に
希望を持って信頼して

まだちょうちょも
やってこない みつばちもだ
ここに支配しているのは
ただつめたいざんこくさばかりだ

(日本語訳も伊東三郎です)
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目黒散歩

2008-12-09 09:40:10 | エスペラント
 日曜日、エスペラント会が主催した散歩の会に参加しました。参加者は少なく9名でした。場所はなんと東京目黒。意外性があって楽しかったです。近代的建物の中に突然古色蒼然としたものが現れるのです。以前ニュージランドのオークランドで宿泊サービスのパスポルタ・セルボを使って泊めてもらった時、婦人が参加している散歩の会の定例散歩に誘ってもらいました。広い公園をいくつも歩くのですが、どう見てもよそ様の庭と思えるような軒下を通ったりして愉快ことなど思い出しました。都会の中の古いものを見るのも良いものですね!

 目黒不動には狛犬が三対いました。入り口にいる狛犬は子連れでした。子どもの愛らしさに見とれていたら頭が欠けた写真となりました。 





 五百羅漢寺には原爆で亡くなった新劇団員を痛む原爆碑がひっそりと立っていました。



 羅漢寺には夢を喰うと言う獏の像もありました。まるでスフインクスですね。顔というべきか正面に目が三つ、両側の腹部にも目が三つづつ、9個の目がありました。撮影禁止でしたので残念ですがお見せできません。

 そう青木昆陽の墓にも行きました。その近くに寄生虫博物館というのがあり、入場無料。
 戦後、日本中に寄生虫が蔓延していました。如何に寄生虫を退治するか、日本に於ける保健衛生上の大問題だったに違いありません。学校で映画を見せられたり、いっせいに虫下しを配られたりしました。そんな時代に育った私達の会話は非常に盛り上がりました。

 最後は林試公園を散歩し楽しい休日となりました。

 
    青木昆陽の墓
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世界の先住民族、そしてアイヌを知る

2008-12-03 13:29:31 | 平和
 11月29日世界の先住民族、そしてアイヌを知るというセミナーに参加しました。

 感じることが多かったのですが自分の中で整理ができない問題が沢山あり報告できませんでしたが、多くの方に考えていただくために簡単に書きとめておきます。

 講演者は二人。
 はじめに先住民の運動を国連で支援しているNGO、市民外センターのK氏が2007年『先住民の権利に関する国連宣言』が採択されるまでの世界の流れと活動されている方々を紹介されました。

 次に先住民サミット共同代表のS氏のアイヌとして差別された自分と友人の経験についての話がありました。心が痛みました。私は東北育ちです。地名にアイヌ語から来たといわれるものがあるだけでなく、時にはあの人にはアイヌの血が入っているそうよというような噂を耳にすることあったのです。

 世界エスペラント大会でもどうやって民族語を子孫に伝えるか活動している人たちの会に数回参加しました。
 親からの言葉が子どもに通じなくなることは日常的なことが伝承されなくなることつまり、文化の伝承が困難になるということなのです。
 アイヌの人達は日常使われなくなった言葉をどう再構築し、それを日本政府はどう助けるのでしょうか。

 最近まで大阪に住んでいた方から、アイヌ文化を発展継承するのは良いことだが。と、意見がありました。大阪の生野地区には韓国人が多く住んでいて自治権が欲しいと運動している。文化発展は良いが政治的独立を目指すのはどうかと思うという言うことでした。

 それに対し、北海道はアイヌモシリだ。かれらは日本政府に土地を奪われたのだ。言う意見もありました。

 アイヌの人達が北海道で自治権を目指し運動するのかどうか私には憶測できません。それは彼らが決めることです。それらの運動に遭遇した時、私達は支持するかどうか自分の立場を決めればよいと私は思っています。

 私の孫はドイツにいます。日常耳にするのはドイツ語のみ。父の言葉を教えたいと1歳過ぎた頃から週1回日本語補習学校に通わせています。今2歳半、電話で話をしていると日本語の単語やドイツ語の文で答えます。祖先が培ってきたものをやはり理解して欲しいと願っています。

 アイヌの人達も願いは同じと感じました。
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サンタの人形

2008-12-01 15:28:52 | 家族・友人・私
 ドイツにいる息子からメールが来ました。娘の衣類をネットで買ったので何か送るなら詰め物代わりにして送って欲しいと。
 合理的というかちゃっかりしている。クリスマスプレゼントにと衣類を探していた私には何か釈然としないのですが、欲しいもがあるかと返事を書きました。ハイジが好きなのでハイジのDVDが良いというので昨日買って来ました。

 でも、市販の品だけではつまらないので思いついたのがサンタさんの人形です。

 20年ほど前に知人に貰ったサンタを探し出し今朝二体作りました。以前バザーのために作ったことがあったのですが、思い出し思い出し作ったら3時間もかかってしまいました。

 昨年つった髪飾りは夏に訪ねた日には髪につけてありました。きっとツリーに飾ってくれるでしょう。

右が知人にいただいたもの:15センチほどです。中と左は私の作品。少し大きくしました。
帽子の赤い布は10月80才になった姉が七五三できていた着物裏です。目が写真でに出ていません。ボタンホールかがりです。
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