ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

報告書 19

2009年01月02日 01時23分00秒 | 障害者の自立
(2)標準利用期間

○ 生活面での自立や一般就労への移行など、明確な目的意識を持って一定期間で効果的・効率的に訓練を行い、サービスの利用期間の長期化を回避する観点から、今後も標準利用期間(自立訓練:1年6か月間~3年間、就労移行支援:2年間)を設けるという原則は維持しつつ、必要な見直しを行うべきである。

○ 宿泊型自立訓練については、標準利用期間が更に短く原則1年間とされているが、1年間では短いという意見があり、通勤寮や精神障害者生活訓練施設の新体系への移行の促進という観点も踏まえ、見直しを行うべきである。

(3)新体系への移行の促進

○ 障害者自立支援法の施行に伴い、旧法に基づく施設については平成24年3月末までに新体系に基づく事業に移行することとされているが、平成20年4月1日現在(施行から1年半)で、全体で28.2%が新体系に移行している。

○ 新体系については、利用者が日中活動の場を選択できる等の利点があるが、新体系への移行を更に促進していくためには、旧体系の施設が新体系へと移行する際、安定的に運営できるよう、報酬改定等において更に配慮することが必要である。

○ 引き続き、新体系への移行を促進するために、必要な支援を講じていくべきである。

(4)入所授産施設の新体系への移行について

○ 旧体系における入所授産施設と異なり、新体系における障害者支援施設については、可能な限り地域で生活し、働くことを促進していくという障害者自立支援法の趣旨を踏まえ、施設入所支援と併せて、日中活動として就労継続支援事業を行うことができないこととされている。

○ こうした趣旨を踏まえ、今後とも、働く場と住まいの場を分ける(職住分離)という基本的な考え方は、維持すべきと考えられる。

○ 他方、施設入所支援の対象となる重度の者(障害程度区分4(50歳以上は3)以上)について、施設入所支援と併せて生活介護を利用できることとされていることを踏まえ、通所による就労継続支援の利用が難しく、真にやむを得ない場合には、ケアマネジメント等の手続を経た上で、同一の施設において施設入所支援と併せて就労継続支援についても利用できることとするよう、検討すべきである。

○ 平成18年の新法施行前より旧法に基づく入所授産施設に入所している者については、当該施設が新体系へ移行した場合、平成24年3月末までは施設入所支援と就労継続支援を組み合わせて利用することが可能とされているが、地域移行を進めるという観点を踏まえつつ、経過措置期間が終わる平成24年4月以降についても同様の取扱いとすべきである。

(5)その他サービス体系の在り方について

○ 現在の、「介護給付」と「訓練等給付」等に分かれている体系について、一本化すべきとの意見があった。

○ しかしながら、障害者自立支援法では、旧体系の施設等で行われていた支援について機能分化を図り、特に地域で生活したり就労したりするための訓練等を行う「訓練等給付」を設け、集中的な訓練等により、地域生活や一般就労への移行を進めることとしている。こうした趣旨や、障害者の地域での自立した生活を支援していくという理念、さらに、現在が新体系の移行への経過措置期間中であること等を踏まえると、現行の体系を維持していくことが必要と考えられる。

○ サービス体系の在り方については、簡素で分かりやすい仕組みを目指していくという観点も踏まえ、今後とも検討していくことが必要である。

平成満20歳:地域で輝く、新成人の星!(その2止) /愛媛

2009年01月02日 01時04分28秒 | 障害者の自立
 ◇あっくんのピアノ聴いて--吉井章浩さん=今治市菊間町浜
 障害を持つピアニストの世界大会「第2回国際障害者ピアノフェスティバル」(今年9~10月、カナダ・バンクーバー市)=前名称「第2回ピアノパラリンピック」=出場を目指す、自閉症のピアニスト「あっくん」こと吉井章浩さん(19)を先月中旬、1年ぶりに仕事先の作業所に訪ねた。8月に成人となるあっくんは「皆にピアノを聴いてもらいたい」と少し大人になった表情で、意気込みを見せてくれた。

 あっくんは知的障害を伴わないが自分が興味を持ったものに固執する傾向などがある「高機能自閉症」と右手の2本の指が曲がったまま動かない障害を持つ。5歳からピアノを始め、05年の第1回ピアノパラリンピック(横浜市)に出場。次回大会出場を目指して週1回のレッスンを続けている。

 今治市の県立今治養護学校高等部を昨春に卒業後、自転車で約5分の小規模作業所「作業所こまどり」(同市菊間町長坂)に通い始めた。「地域の人に力を貸してもらい、人間関係の摩擦が少ない生まれ育った地元で」と母初枝さん(47)が勧めた。作業所メンバー8人の中であっくんは最年少。織物や木工に一生懸命取り組み、作業所の主任指導員、菅まりさん(61)は「(自閉症の特徴の)周りへの無関心もなく、友達を気遣えている」と目を細める。

 あっくんは親の干渉を嫌がるなど「親離れ」が進んだという。初枝さんは「ずっと一緒に行動しなくちゃならないかと思っていたのでうれしい」と息子の成長を語る。

 初枝さんは「成人式(来年)を地元で迎えるのが目標だった。これからも目標を持って生きてほしい」と話す。帰り際、あっくんは「さようなら」と以前よりもしっかりしたあいさつで送り出してくれた。

 ◇ニッポンバラタナゴ見つけたら大発見--愛媛大理学部1年・松葉成生さん=松山市中一万町
 日本の淡水魚を守りたい--。松葉成生(ひでき)さん(19)は、自他共に認める「魚」好き。将来の夢を見つけたのは、大阪府八尾市に住んでいた小学6年生の時。「魚が好きだから」と気軽に参加した、ニッポンバラタナゴの保護活動にのめり込んだ。

 ニッポンバラタナゴは日本産淡水魚。環境省のレッドデータブックで「絶滅危惧(きぐ)IA類」に指定されている。かつて西日本全域に生息していたといわれるが、現在は、大阪府、香川県と九州の一部地域でしか見つかっていない。主に生息するため池が放置されて汚れたことやブラックバスなどの外来魚に食べられて減ったという。

 松葉さんは小学生の時から今も、八尾市での月1回の定期調査に参加し、土砂で埋まったため池を生き物がすめるように整備した「保護池」などで水質や魚の体長などを調べている。高校3年生の時には「保護池」の水質と生態への影響を調査した研究で「水のノーベル賞のジュニア版」と言われる、青少年の国際コンテスト「日本ストックホルム青少年水大賞」を受賞した。

 松葉さんは愛媛大に進学後も、重信川の支流に出向いたり、用水路やため池をのぞいて生息する淡水魚を調べている。「愛媛でニッポンバラタナゴを見つけたら、大発見なんですが……」とほのかな期待も。

 松葉さんは「淡水魚の生態や分布を研究し、現在の環境の中で、どう共存し、どう保護できるかを考えていきたい」と目標を話している。

 ◇笑顔を観光のお土産に--伊予鉄道バスガイド・高森かおりさん=松前町中川原
 チャームポイントは、屈託が無い笑顔。伊予鉄道(本社・松山市)に入社して2年目の高森かおりさん(19)は「人と話すのが好き」で、高校卒業後、バスガイドの道を選んだ。

 1年目は、松山城や道後温泉本館、石手寺など松山市内の観光地を巡る定期観光の案内に携わった。「松山城は、『きれいだ』と言ってもらえるので、一番好きですね」。昨年の秋ごろからは、四国八十八カ所霊場を巡るツアーに添乗し、納経の手伝いやバスの誘導をしている。身内に不幸があって1人で参加する人もいるといい、「数泊することもあるので、親しくなると、お話してくださいます」。

 後輩が入社し、「足が悪い方のペースに合わせて」などと、指導する機会も増えた。2月に20歳を迎える。「子どもっぽさを捨てて大人になりたい。笑顔を心掛け、印象に残るようなバスガイドを目指したい」

 ◇父を超すミカン、いつか作る--宇都宮司さん=西予市明浜町狩浜
 「保育園のころからミカンをはさみで摘んでました。山にいると気持ちがいいんです」。西予市明浜町の山の斜面で、宇都宮司さん(19)は丸々と実ったポンカンの収穫に追われる。昨年3月から仕事として農業に取り組み、祖父、父親、自身と3世代で約3・5ヘクタールのかんきつ畑で汗を流す。

 一家は約1000本あるデコポンの果樹をはじめ、ミカン、ポンカン、レモン、ネーブルなどを育てている。宇都宮さんは連日午前8時ごろから、かんきつ類の収穫をこなす。果実をコンテナに移してから軽トラックの荷台に載せ、出荷のため倉庫に運ぶ。終業は午後5時ごろだ。

 地元の同級生の大半は県外に出ており、親友も大阪の専門学校へ。「ミカン農家を継いだ同級生は聞いたことがない」と言う。しかし宇都宮さんは「この地域の人たちの付き合いが楽しい」ときっぱり。

 ミカンの種類や栽培方法については、学ぶことがたくさんある。週末は地域のバレーボールチームで練習や試合に励む。「いつか父親を超える農家になり、ミカン作りで全国に知られたい」と話した。

 ◇農業の魅力、棚田に教えられた--愛媛大農学部1年・亀岡慎平さん=松山市桑原5
 「昔は、面倒だとか農業に対して、あんまりいいイメージを持っていなかった。でも、農村があってこその都市だなと思う」。西条市船屋出身の亀岡慎平さん(19)は、愛媛大農学部に今年度新設された農山漁村地域マネジメント特別コースの第1期生だ。

 中学卒業後、何となく進んだという県立西条農業高校が03年度から取り組んでいる「千町(西条市)の棚田」の保存活動に、友人の誘いで参加したのが、農業に興味を持つようになったきっかけだ。毎月1回の保全活動には欠かさず参加し続けた。「菜の花で一面を黄色に染めることができた時はうれしかった」

 「海も山も農地もあって、一体となって盛り上げていくには一番いいところ」と語る愛媛の農業を将来は支えていきたいと考えている。大学の授業では、実習も多く、地域おこしの盛んな場所への視察にも出掛け、改めて地元の棚田の良さに気付いたという。「保存活動をして、棚田の良さを多くの人にPRしていきたい」

 ◇人間観察20年--とべ動物園の「フジ」
 県立とべ動物園(砥部町上原町)の虎「フジ」は平成元年生まれ。いつもちょろっと舌を出している姿がかわいらしい。体長約1.5メートル、体重約80キロの雌で、人間で言うと80歳のおばあちゃんだ。

 フジは88年に松山市内から移転した同動物園で初めて生まれた虎のうちの1頭。雄の「サム」と雌の「キク」との間に生まれた。「フジはおっとりしていて、聞き分けのいいトラ」と飼育員の清水和真さん(29)。だが約2年半前、体重が2倍以上の雄と同じ獣舎に入れたところ、雄はフジを恐れて避けてしまったという。これまで出産経験がなく、「雄に頼らず、強く生きているんですね」と清水さんは笑顔で話す。

 1週間のうち6日は鶏を食べ、1日は馬肉を食べる生活を続けている。現在、同動物園の4頭の虎のうち、同動物園生まれはフジだけ。「とべ動物園をよく知る虎」として、今日もちょろっと舌を出し、入場者の様子をじっと見つめる。