今秋、生活保護受給者の就労支援の取材で横浜市中区の寿町を訪れたことが忘れられない。つい最近、支援を受けたうち5人が就職を決めたと聞いたときは、自分のことのようにうれしさがこみ上げ、「よかった」と思わず手をたたいてしまった。同町には日雇いの労働者が集まる。横浜総局に赴任して2年がたつが、足を運んだことはほとんどなかった。最初はいくらかの緊張と不安を抱えながら取材に向かった。
横浜市は生活保護受給者の数が全国ワースト3に入る多さ。区別トップの中区では寿町の受給者が大半を占める。生活保護費を削減しようと、市は専門職員を配置し対策に取り組んできた。10月からは新たな就労支援として、生活指導から技術習得までをトータルサポートする「寿地区街磨き・人研(みが)き講座」を始めた。
同市の林文子市長の定例会見で取り組み開始の発表を聞いたときは、個人的に疑問を感じた。「ラジオ体操など日常の生活リズムを整え、履歴書の書き方から学ぶというのはやりすぎではないのか?」。それが、取材をしようと思ったきっかけだった。
×××
10月の入所式から約1カ月がたった11月中旬、寿町の福祉施設では、県ビルメンテナンス協会による清掃活動の実技指導が行われていた。プロの清掃は妥協を許さない。受講生はほうきの持ち方から雑巾がけの方法、床を磨く電動の清掃機器「ポリッシャー」の使い方まで教わる。一つ一つが神経を使う作業だ。
青森県出身の渡辺和夫さん(55)=仮名=はきちょうめんな性格のようだった。清掃作業では隅々まで点検を怠らない。かつてはとび職をしていたが、体調を崩して数年前に辞めてから、寿町の簡易宿泊所に住んでいる。
「おれはさ、三重苦なんだよ」とおどけた。「まずジジイだろ、病気しただろ、それに寿(町)に住んでいる」。寿町在住というだけで、採用を断られるケースもあるという。そんな渡辺さんに「あんただって、この町やわれわれ住人に偏見があるだろう」と言われ、どきっとした。講座を最後まで続ける人は多くないのではと当初考えていたからだった。
生活のリズムが乱れている人ほど講座の必要性は高いが、そうした人は途中で辞めてしまうのではないか。市の就労支援事業だとしても、本人が心から就職、自立を願い動かなければ意味がない。市職員らが声をかけたという受講生のうち、どれだけの人が、自らの意志で受講を希望したのかも不明だった。
×××
予想はいい意味で裏切られていった。途中で辞めた人は1人。修了式の日、渡辺さんも明るい表情で修了証を受け取っていた。別の男性に話を聞くと「普段は1人だけど、ここに来て人前で話すことの練習にもなった」と笑顔を見せた。受講生は50代以上の男性。ほとんどが一人暮らしで講座に来ることが楽しみになったのだという。
私は「偏見」という渡辺さんの言葉もあり、自分の持っていた印象を大いに恥ずかしく思った。渡辺さんの言う「三重苦」を作っているのはまさに、偏見なのだ。
支援対策は就職をして、その後の自立につなげていくことが目標。講座を担当した社会福祉法人「神奈川県匡済会」の妹尾光治さんは「すぐには結果が出ないかもしれないが、見守ってほしい」と訴える。
同講座は12月になり、第2期生約20人が受講を始めた。師走も半ばを過ぎ、第1期生の約15人のうち渡辺さんを含め5人が就職したと聞き、心からうれしく思う。そして、不景気の中でも1人でも多くの人が生き生きと前向きに暮らせる世の中になるようにと、年の瀬に願う。
【用語解説】横浜市の生活保護 横浜市の生活保護費は19年連続で増え続け、平成22年度の決算額は約1139億円。大阪市、札幌市に続く額となった。今年度予算は過去最高の約1221億円。生活保護の受給者数は11月末現在で4万9211世帯の6万7686人、寿町地区のある中区が約2割を占め、8294世帯の9096人に上る。うち寿町地区は5729世帯の5762人となっている。
MSN産経ニュース 2011.12.23 17:56
横浜市は生活保護受給者の数が全国ワースト3に入る多さ。区別トップの中区では寿町の受給者が大半を占める。生活保護費を削減しようと、市は専門職員を配置し対策に取り組んできた。10月からは新たな就労支援として、生活指導から技術習得までをトータルサポートする「寿地区街磨き・人研(みが)き講座」を始めた。
同市の林文子市長の定例会見で取り組み開始の発表を聞いたときは、個人的に疑問を感じた。「ラジオ体操など日常の生活リズムを整え、履歴書の書き方から学ぶというのはやりすぎではないのか?」。それが、取材をしようと思ったきっかけだった。
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10月の入所式から約1カ月がたった11月中旬、寿町の福祉施設では、県ビルメンテナンス協会による清掃活動の実技指導が行われていた。プロの清掃は妥協を許さない。受講生はほうきの持ち方から雑巾がけの方法、床を磨く電動の清掃機器「ポリッシャー」の使い方まで教わる。一つ一つが神経を使う作業だ。
青森県出身の渡辺和夫さん(55)=仮名=はきちょうめんな性格のようだった。清掃作業では隅々まで点検を怠らない。かつてはとび職をしていたが、体調を崩して数年前に辞めてから、寿町の簡易宿泊所に住んでいる。
「おれはさ、三重苦なんだよ」とおどけた。「まずジジイだろ、病気しただろ、それに寿(町)に住んでいる」。寿町在住というだけで、採用を断られるケースもあるという。そんな渡辺さんに「あんただって、この町やわれわれ住人に偏見があるだろう」と言われ、どきっとした。講座を最後まで続ける人は多くないのではと当初考えていたからだった。
生活のリズムが乱れている人ほど講座の必要性は高いが、そうした人は途中で辞めてしまうのではないか。市の就労支援事業だとしても、本人が心から就職、自立を願い動かなければ意味がない。市職員らが声をかけたという受講生のうち、どれだけの人が、自らの意志で受講を希望したのかも不明だった。
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予想はいい意味で裏切られていった。途中で辞めた人は1人。修了式の日、渡辺さんも明るい表情で修了証を受け取っていた。別の男性に話を聞くと「普段は1人だけど、ここに来て人前で話すことの練習にもなった」と笑顔を見せた。受講生は50代以上の男性。ほとんどが一人暮らしで講座に来ることが楽しみになったのだという。
私は「偏見」という渡辺さんの言葉もあり、自分の持っていた印象を大いに恥ずかしく思った。渡辺さんの言う「三重苦」を作っているのはまさに、偏見なのだ。
支援対策は就職をして、その後の自立につなげていくことが目標。講座を担当した社会福祉法人「神奈川県匡済会」の妹尾光治さんは「すぐには結果が出ないかもしれないが、見守ってほしい」と訴える。
同講座は12月になり、第2期生約20人が受講を始めた。師走も半ばを過ぎ、第1期生の約15人のうち渡辺さんを含め5人が就職したと聞き、心からうれしく思う。そして、不景気の中でも1人でも多くの人が生き生きと前向きに暮らせる世の中になるようにと、年の瀬に願う。
【用語解説】横浜市の生活保護 横浜市の生活保護費は19年連続で増え続け、平成22年度の決算額は約1139億円。大阪市、札幌市に続く額となった。今年度予算は過去最高の約1221億円。生活保護の受給者数は11月末現在で4万9211世帯の6万7686人、寿町地区のある中区が約2割を占め、8294世帯の9096人に上る。うち寿町地区は5729世帯の5762人となっている。
MSN産経ニュース 2011.12.23 17:56