――現在は、診療だけでなく、研究活動に力を入れているのですね。どんな研究でしょうか。
5年前に大学院に戻り、2年前からここの特任講師になりました。週3回は民間のクリニックで外来診療を続けていますが、それ以外は研究活動です。
取り組んでいるのは発達障害の当事者研究です。実験するのではなく、発達障害の当事者の語りを私が聞き取り、その障害がどんなものなのかを理論化し、従来の概念にとらわれず、定義し直す研究です。
アスペルガー症候群という発達障害を持つ綾屋紗月さんに大学時代に出会い、共同研究を進めています。アスペルガー症候群は自閉症の一種で、私が関心を持つ「見えない障害」です。従来の医学上の定義では、コミュニケーションの障害とか、社会性の障害とされていますが、これはおかしいと思います。コミュニケーションは複数の人で交わされるのに、すれ違いを一方のせいにしているからです。もちろん本人の特性もありますが、例えば、日本人と米国人が何かの問題で対立した時に、どちらか一方のせいにできないのと同じことです。
例えば、聴覚障害は聴覚に原因があるからコミュニケーションに支障が出ます。同じように、アスペルガー症候群も、何らかの原因があるから、結果として社会性の問題が生じているのです。その本当の原因が分かれば、身体障害者用に社会がバリアフリーを工夫するように、アスペルガー症候群の人のために社会の側でもやるべきことがより明確になるはずです。
当事者の内面の感覚を、他人に伝わる言葉で理論化したいのです。その研究成果を一般化するのは慎重になる必要がありますが、自閉症の子どもを理解する時、「本人には、こんな世界が見えているのだな」と考えるのに役立つはずです。すでに研究成果を、綾屋さんと共著で「発達障害当事者研究」(医学書院刊)にまとめています。私たちが立てた仮説に関心を持ってくれる人は多く、哲学の先生やロボット研究者などとも議論しながら、研究を深めています。
――ほかには、どんなことに興味を持っているのですか。
痛みの研究にも取り組んでいます。私のような脳性まひによる身体障害は、従来は「進行しない」と言われていましたが、30歳を超えるとガタガタと悪化する人が多いのです。痛みも深刻です。日本は、そういう人たちを支える社会になっていません。痛みの研究会には、脳性まひだけでなく、他の原因で慢性的な痛みを抱える様々な人たちが参加しています。
このような私の研究活動の根本にあるのは、障害者の自立の思想です。障害を本人のせいにして社会的に排除するのではなく、社会の方にも問題があることを指摘したいのです。そうした視点で研究を続けながら、研究成果を医療の現場に戻していければなあと思います。(終わり)
(2011年12月26日 読売新聞)
5年前に大学院に戻り、2年前からここの特任講師になりました。週3回は民間のクリニックで外来診療を続けていますが、それ以外は研究活動です。
取り組んでいるのは発達障害の当事者研究です。実験するのではなく、発達障害の当事者の語りを私が聞き取り、その障害がどんなものなのかを理論化し、従来の概念にとらわれず、定義し直す研究です。
アスペルガー症候群という発達障害を持つ綾屋紗月さんに大学時代に出会い、共同研究を進めています。アスペルガー症候群は自閉症の一種で、私が関心を持つ「見えない障害」です。従来の医学上の定義では、コミュニケーションの障害とか、社会性の障害とされていますが、これはおかしいと思います。コミュニケーションは複数の人で交わされるのに、すれ違いを一方のせいにしているからです。もちろん本人の特性もありますが、例えば、日本人と米国人が何かの問題で対立した時に、どちらか一方のせいにできないのと同じことです。
例えば、聴覚障害は聴覚に原因があるからコミュニケーションに支障が出ます。同じように、アスペルガー症候群も、何らかの原因があるから、結果として社会性の問題が生じているのです。その本当の原因が分かれば、身体障害者用に社会がバリアフリーを工夫するように、アスペルガー症候群の人のために社会の側でもやるべきことがより明確になるはずです。
当事者の内面の感覚を、他人に伝わる言葉で理論化したいのです。その研究成果を一般化するのは慎重になる必要がありますが、自閉症の子どもを理解する時、「本人には、こんな世界が見えているのだな」と考えるのに役立つはずです。すでに研究成果を、綾屋さんと共著で「発達障害当事者研究」(医学書院刊)にまとめています。私たちが立てた仮説に関心を持ってくれる人は多く、哲学の先生やロボット研究者などとも議論しながら、研究を深めています。
――ほかには、どんなことに興味を持っているのですか。
痛みの研究にも取り組んでいます。私のような脳性まひによる身体障害は、従来は「進行しない」と言われていましたが、30歳を超えるとガタガタと悪化する人が多いのです。痛みも深刻です。日本は、そういう人たちを支える社会になっていません。痛みの研究会には、脳性まひだけでなく、他の原因で慢性的な痛みを抱える様々な人たちが参加しています。
このような私の研究活動の根本にあるのは、障害者の自立の思想です。障害を本人のせいにして社会的に排除するのではなく、社会の方にも問題があることを指摘したいのです。そうした視点で研究を続けながら、研究成果を医療の現場に戻していければなあと思います。(終わり)
(2011年12月26日 読売新聞)