企業が障害者雇用を増やす動きが広まっている。企業に義務づけられた障害者の法定雇用率が4月に引き上げられたためだ。
ただ、軽度の身体・知的障害者などに求人が集中し、障害の種類や程度によっては、依然として就職が困難な人も多い。採用後の定着を支援する取り組みも課題だ。
■就労時間や教え方工夫
人材派遣大手「パソナ」のグループ会社「パソナハートフル」(東京都千代田区)では、様々な障害を持つ人が働く。営業資料の作成、文書のコピーやファイリング補助、郵便物の発送。パソナグループ各社から請け負ったオフィス業務を、適性に応じて受け持っている。
様々な障害のある人が働くパソナハートフルのオフィス。ノウハウを求めて見学に来る企業の人事担当者(手前)も多い。
同社は、雇った障害者を親会社の雇用率に参入できる特例子会社で、従業員の9割以上が身体、知的、精神などの障害を持つ。採用した障害者にはジョブコーチがつき、適している仕事を見極めたうえで、就労時間や教え方を工夫するなど必要な支援を行っている。10年以上勤務している知的障害のある男性(31)は、「作業の優先順位がわからなかったりするけど、同僚に教えてもらえるから働ける。頼まれたことがちゃんとできるとうれしい」と話す。
同社では、企業向けの障害者雇用のコンサルティング業務も行っている。白岩忠道・管理統括部長は、「会社の業務を分析して、障害者に適した仕事を切り出すことが重要。必ずそうした仕事はあり、障害者も戦力として十分活用できる。他の社員は本来業務に専念できて効率が上がり、会社の業績にとってもプラスになる」と話す。
大阪市の中堅貨物会社も、6年前から障害者雇用に積極的に取り組んできた。ここ数年は法定雇用率を上回る知的障害者らを雇い入れ、荷物の仕分け作業や清掃を任せてきた。漢字が読めない従業員のため、仕分けの分類を数字で示すなど工夫。「仕事を覚えれば、まじめに休まず一生懸命取り組み、あいさつもきちんとしてくれる。会社にとって欠かせない人材」(人事担当)。当初は採用を不安視していたベテラン作業員の意識も変わり、協力を惜しまなくなった。
■求人が軽度者に集中
障害者雇用に本腰を入れる企業が増えてきた。
企業に義務づけられた障害者の法定雇用率が4月に引き上げられ、従来の1・8%から2・0%になった。達成していない企業は、労働局などの指導対象となり、改善できなければ社名を公表される。一定規模以上の企業であれば、不足1人あたり月5万円の納付金も課せられる。これまで法定雇用率の達成企業は半数以下にとどまってきたが、企業は負担増を避けるためにも採用増を迫られ、人材確保に必死だ。
「就労経験のある障害者などは引く手あまたで、採用数を大幅に増やさなければならない大企業が確保してしまい、中小企業は雇いたくても雇えない状況」と、社会保険労務士の吉本俊樹さん。
ただ、企業の求人は軽度の知的・身体障害に集中し、それ以外の障害者の就職は依然として厳しい。
昨年3月に大学を卒業した大阪府吹田市の男性(24)は、難病の網膜色素変性症のため極度の弱視。大学に入ってから症状が悪化し、黒板の字もテレビも見えなくなった。就職活動では障害者の求人をしている企業を回ったが、どこも不採用。「視覚障害でパソコン操作ができるのか、オフィス内の移動が危ないんじゃないか、などと疑っているようだった」
障害者への職業訓練を実施する社会福祉法人日本ライトハウスの関宏之常務理事は「重度、軽度を問わず、適切な支援があれば働ける人は多い。最初から無理と断定せず、企業は雇用を前向きに検討してほしい」と話す。
■採用後の定着支援を
採用後の定着支援も課題だ。せっかく就職しても、仕事が本人の適性と合わず、働き続けられないケースも目立つ。埼玉県の調査では、離職する障害者の6割が勤続期間の短い20~30歳代の若者。障害特性を理解しておらず、サポートの仕方が分からない企業が多いことなどが原因とみられる。
都道府県の障害者職業センターなどでは、障害者の職場環境について助言する「ジョブコーチ」を希望する企業に派遣している。東京学芸大学の松矢勝宏名誉教授は、「専門知識を持つ特別支援学校や障害者職業センターと企業の連携を強化し、障害者が職場に定着できる取り組みを進める必要がある」と強調する。
企業の障害者雇用の義務は、今後も拡大される見込みだ。現在は身体・知的障害者だけが対象だが、今国会で予定される障害者雇用促進法の改正では18年度から精神障害者も加えることにしている。難病患者も加えてほしいとの要望も強い。障害者手帳を持つ発達障害者も増えている。「欧州並みに3%程度まで上がる」とみる専門家も多い。
多様な障害を持つ人の就労を支えるには、企業が医療や福祉の専門職と協力することも必要になってくるだろう。
障害者が働き続けられるよう配慮する職場は、高齢者や子育て・介護中の人など様々な事情を抱える労働者にとっても働きやすいはずだ。すべての人が能力と意欲に応じて働ける環境作りが求められている。
法定雇用率 障害者雇用促進法で一定規模以上の企業に義務づけられた障害者の雇用割合。2012年の実雇用率は1.69%。対象企業が4月に従来の「従業員56人以上」から「50人以上」に拡大された。従業員200人超(15年度以降は100人超)の企業については、未達成なら不足1人あたり月5万円の納付金が課せられ、達成していれば超過1人あたり月2万7000円の調整金が受け取れる。
(2013年5月27日 読売新聞)