心臓に重い障害のある女性に電動車いす費用の支給を認めなかった筑後市の決定を違法と判断して、支給を命じた9日の福岡地裁判決。裁判長は「(女性の)身体の状態や事情を正確に把握すべきだった」と行政の取り組みの不十分さを指摘した。原告の小林奈緒さん(25)は判決を受け、今後の活動範囲が広がることへの期待をふくらませ、行政には「障害者のことを想像する努力を」と訴えた。
9日の法廷には、小林さんを支援する車いすの利用者たちも大勢傍聴に訪れ、勝訴が分かると拍手が起きた。筑後市に電動車いすの費用約40万円の申請をしてから約3年3カ月。「ガッツポーズが出た」。小林さんは笑顔だった。
生まれつき、心房と心室が一つずつしかない「単心房単心室」の障害があり、身体障害者等級1級の認定を受けている。血液の酸素濃度が常に低く、主治医は「常に健常者が100メートルを全力で走った状態」と表現する。歩くことはできるが、5分も歩けば息切れを起こし、小中学校は両親の送迎で、高校は体調に考慮し通信制の学校に通った。
卒業後は、好きだった写真の道に進もうと福岡市の専門学校に入学。JR博多駅から学校まで約200メートルほどだが、到着すると息切れが収まるまで30分休むことも。課外授業も他の学生の移動について行けず、1カ月ほどで通学を諦めた。
その後、福岡市の短大が開く写真の公開講座に月3回程度通っている。自宅周辺や旅先などで写真を撮るのが好きだが、両親に車いすを押してもらわなければならない。「自分一人でもっと色々な場所に行ってみたい」と2011年10月に電動車いす費用の支給を筑後市に求めた。
市の依頼で支給が可能かを判定する県の機関の聞き取り調査には、自分の体調や最寄りのスーパーで一人で買い物をしたいことも伝えた。しかし、出た結論は不支給。「生活が著しく制限されているとは考えにくい」との理由に、どうしても納得できなかった。
「生活に支障があるから障害者なわけで、障害者は外に出るなと言われているのと同じ」。審査請求をしても結果は変わらず、訴訟に踏み切った。福岡地裁は小林さんの訴えを認めて、行政の判断を「障害者が自立した生活を営めるよう、必要な給付を掲げる障害者自立支援法の趣旨に反する」と批判した。
判決後の集会で「電動車いすが支給されたらまずはスーパーに買い物に行きたい」と顔をほころばせた小林さん。しかし、行政への意見を求められると真剣な表情で訴えた。「行政はなぜこの裁判が起こったのかを真剣に考えて欲しい。障害者側の視点がまったくなかった。支援を求める人のことを想像する努力を」
■識者「障害者を『生活者』と見ることできず」
厚生労働省によると、小林さんのように歩くことはできるが、心臓の障害などで歩行に著しい制限がある人も、電動車いす費用の支給対象となる。ただし、支給するかどうかは各市町村が決める。電動車いすの場合は、市町村が都道府県などにある身体障害者更生相談所に医学的判定を依頼し、その結果を踏まえて、決定するのが一般的だ。
福岡、北九州両市を除く県内自治体の依頼を受ける県障害者更生相談所(春日市)によると、電動車いすを巡る依頼は年間40~50件で大半は肢体不自由者に関するもの。2012、13年度は計97件のうち不承認としたのが4件で、小林さんの2度目の申請も含まれていた。原告弁護団によると、申請を却下されると不服申し立てをせず、諦めてしまう障害者が多いという。裁判を支援したある障害者も「行政がダメと言ったら納得せざるを得ない」と話す。
こうした中、行政の対応の不十分さを指摘した今回の判決。日本社会事業大学の佐藤久夫特任教授(障害者福祉論)は「障害者を一人の『生活者』として見ることができなかった行政を厳しく批判した。支援ニーズの評価の視点をめぐる重要な判決だ」と評価した。
判決後、筑後市と県障害者更生相談所は「判決を精査し、対応を決めたい」などとコメントしている。
2015年2月11日 朝日新聞