重度の障害者の保護者が特別支援学校卒業後の支援拡充を求め、川崎市に請願書と署名を提出した。18歳以上の障害者たちが地域社会で生きていくためには、何が必要とされているのか。課題を探った。
特別支援学校の卒業を機に社会とのつながりが薄くなってしまうのではないか-。抱えたそんな不安から保護者たちは請願書に署名した。
川崎市川崎区の高岡ゆかりさん(50)は「今のままでは重度の障害者が社会から置き去りにされてしまうのでは」と話す。
長女の里菜さん(19)は脳性まひで重度の知的障害がある。下肢不自由のため、移動にも車いすが欠かせない。それでも学校に通っていたうちは「地域や支援事業に支えられ、家庭以外の場で人として社会生活を送ることができた」と振り返る。
川崎市は障害のある中高生を対象に、平日の放課後や休日に活動や交流の場を提供する「タイムケア」をモデル事業として行っている。
里菜さんは人との関わりを好む性格だったため、キャンプなど親を伴わない外泊も幼い頃から経験させ、家族以外の人と関わる時間を持つようにしてきたという。
しかし、同様の支援サービスは18歳以降、利用できなくなった。
背景には法律の切り替えがある。18歳未満については児童福祉法、18歳以上は障害者基本法が適用される。福祉サービスの体系は障害者総合支援法に照らし合わせ、個々にあったケアプランを立てていくことになるが、適用される法律が18歳で変わることで同じサービスが継続して受けられないといった齟齬(そご)が生じている。
重い障害がある里菜さんは支援学校卒業後、障害者福祉施設に通うことになった。ただ、施設利用時間は限られており、学齢期に比べ、周囲と触れ合う機会が減ってしまっているのが現状だ。
母のゆかりさんは「成長に伴って社会生活を徐々に身につけていったが、いよいよ社会人として自立する年齢になった段階のときにうまく移行できていない。そこに、もどかしさや矛盾を感じる」と話す。
川崎市は障害児、障害者を対象とした「日中一時預かり」を試作事業として行っている。しかし、本来は幼児らを対象としてつくられた事業であり、幼児らと同様、18歳以上の青年を「預かる」といった発想で同様に扱っていいものかどうかについては議論がある。
障害者の保護者らにとって一番の心配は「親がいなくなった後の将来」だ。昨年12月下旬。障害児の保護者らの集会では、大半が「私たちに何かあったら」といった不安を口にした。
川崎区在住の主婦(43)は昨年、体調を悪化させ、入院のため数日間、家を離れなければならなかった。染色体欠損による難病を抱える長男(16)と知的障害のある次男(12)を残りの家族だけでみることは難しく、短期入所の事業所を探したが、なかなか見つからなかった。
「私たち親がいつまでも元気とは限らないと痛感した。親に何かあったとき、社会とのつながりがなければ子どもたちは孤立してしまう。そうならないよう、何が自分たちでできて、何を頼らなければならないのか。まずは明確にしたい」と話す。
川崎市には「施設の利用を夕方以降に延長できないか」といった要望や「支援学校卒業後もタイムケアを利用できないか」といった問い合わせが寄せられているという。川崎区の地域自立支援協議会でも同様の課題が挙げられている。
川崎区で長年、障害者支援事業に携わる社会福祉士は「行政も福祉事業者も問題意識を持っていないわけではない。請願書が出されたことをきっかけに、各担当者と話し合いの場を持ち、具体的な対策を考えていければ」と話す。
請願には約5700人の署名も寄せられた。活動の趣旨を知り、川崎市外から問い合わせてきた人もいるという。
「卒業後の夕方支援を考える会」のメンバーで、請願書提出、署名集めに奔走してきた保護者は実感を一層込めて語る。「同じ悩みを持つ人は少なくない。障害者も人として社会で安心して生活していけるよう、より良い道を探っていきたい」
◆18歳が大きな転換点
障害者の社会生活をどう実現させていくか。
県立保健福祉大学の行實志都子准教授は「障害者本人がどう生き、そのために社会はどう支えたらいいのか。障害者主体の視点に立たなければ、議論は進まない」と指摘する。
今回の請願からは18歳が「大きな転換点」となっていることが浮かび上がる。
18歳未満対象の児童福祉法は「子どもたちの生活が保障、愛護されなければならない」という観点から定められており、福祉サービスもそれに沿った形だ。
一方、18歳以上が対象の障害者基本法は「人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現」が目的で、個々の生き方を追求することをうたっている。
一人の大人として社会で生きていくためには、どの制度、何のサービスを活用し、どうアレンジしていくのか。障害児と障害者では求めるものは当然異なる。
行實准教授は「障害者のニーズに合わせ、複数のサービスを結び付けて調整する。今後は、そういった相談支援事業の充実が不可欠になる」と話す。
川崎市地域自立支援協議会では、学識経験者や相談支援事業所の職員、各区の障害者支援担当者、障害者の保護者らが集まり、課題などについて話し合う場を設けている。各区でも、同様の取り組みが行われている。
より踏み込んだ議論を進めていくには、どうしたらいいのか。行實准教授は「主体性」と「共有」を強調する。「大切なのは、『誰かがどこかがやってくれる』ではなく、それぞれが当事者意識を持つこと」。その上で「情報を共有する。お互い何ができるのか、何をどこに頼めばいいのか。互いの役割が見えることで議論は活発化する」
行實准教授は「制度や事業所だけをつくれば解決するわけではない。人と人とのつながり、ネットワークがなければ解決しない」と強調している。
2015.02.17 12 【神奈川新聞】