「介護保険サービスの利用者負担金が2割に上がって家計を圧迫するから、サービスの利用を控えようかしら……」。脳梗塞(こうそく)を患った80歳の義父の介護する75歳の義母が言い出しました。ナオコさん(49歳・会社員)は義母の健康を維持するためにも、その考え方には反対です。「介護の質を落とさずに介護費用を節約できる制度はないのかしら――」。ナオコさんは夫のマサオさん(53歳)とともに脳梗塞の高齢者が利用できる社会保障制度について調べることにしました。
ある週末の夜のことです。実家に出かけていたマサオさんが帰ってきて、こんなことを言い出しました。「おふくろが死ぬまで蓄えが持つかどうか心配しているんだよ」。
「えっ、お義父さん、ちゃんとした企業に勤めていたから年金だって十分にあるでしょう」
「それが、おやじの介護保険の利用者負担金が1割から2割に上がったらしいんだ。支払う額が2倍になると家計に響くっておふくろが嘆いていたよ」
介護保険法の改正に伴い、2015年8月から一定の所得以上(本人の合計所得金額が160万円以上、単身で年金収入のみの場合は280万円以上)の人は、介護保険サービスの利用者負担金の割合が1割から2割に引き上げられました。これは65歳以上の高齢者の約5人に1人が当てはまるといわれています。
●より詳しく知りたい方は、下記のURLをクリックすると厚生労働省のサイトを見ることができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/riyousyahutan.pdf
「それで、これからは自費でときどき利用していたショートステイを控えようかって……」
「それはやめたほうがいいわ。ショートステイの利用料は、お義母さんの健康を維持するための必要経費だもの……。ほかで節約するしかないわね。それにしても真面目に働いてきてそれなりの保障や貯蓄がある人でも病気や介護をきっかけに経済的に困るおそれがあるってことか……。介護費用をサポートしてくれる制度はないのかしら」
この連載でも以前に紹介しましたが、介護保険サービスの利用者負担を軽減してくれる制度には「高額介護サービス費」があります。これは1カ月に支払った利用者の負担の合計額が上限額を超えたときは超えた分の費用が払い戻されるものです。ただし、この制度も介護保険法の改正に伴い、2015年8月から所得の高い世帯(現役並み所得者に相当する人がいる)では、負担の上限が月額3万7200円から4万4400円に引き上げられました。
●より詳しく知りたい方は、下記のURLをクリックすると厚生労働省のサイトを見ることができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/kougakukaigo.pdf
「要介護2のおやじの利用者負担は、これまで1割負担で毎月約1万9000円だったから、8月以降は約3万8000円になったってことだな……」
「じゃあ、高額介護サービス費が利用できるじゃないの」
「だけど、自分で申請して数カ月待って払い戻される金額は、おやじの場合たった800円だよ。書類を作成する手間賃で終わりだよ……」
「そりゃ、1回に戻ってくる金額は微々たるものだけど、年間で計算すれば9600円よ。1泊分のショートステイ代になるわ。高額介護サービス費を申請してみましょうよ」
解決策①
高額介護サービス費には個人ではなく世帯合算できる所得区分があり、夫婦ともに介護保険サービスを利用している世帯で、一方の利用者負担額が上限額を超えていなくても合算した金額が超えていれば対象となる。また、医療費との合算ができる高額医療・高額介護合算制度もある。いずれの場合も対象となる人には市区町村から支給申請書が送付されてくるので、忘れずに手続きを行いたい。これらの制度について知りたいときは、市区町村の介護保険課など担当窓口もしくは地域包括支援センターのソーシャルワーカーに問い合わせを。
「ほかにもおやじが利用できる制度はあるのかな……」
介護費用だけでなく医療費の自己負担を軽減してくれる「高額療養費制度」も利用しましょう。これは、同一月に医療機関や薬局の窓口で支払った医療費の自己負担額が上限額を超えた場合に、超えた分の費用が払い戻される仕組みです。1カ所の医療機関等で支払った自己負担額が上限額を超えていなくても、同じ月にかかった複数カ所の医療機関等で支払った自己負担額を合算した金額が上限額を超えていれば、高額療養費の支給対象になります。また、世帯合算した合計額が上限額を超えたときも高額療養費の支給対象になります。ただし、世帯合算できるのは同じ医療保険に加入している人に限られます。
「お義父さん、脳梗塞の後遺症で半身まひがあるわよね。この状態は障害者に該当すると思うのよ。障害年金はもらえないのかしら」
障害年金は、年金に加入中に、もしくは年金に加入していた人が病気やケガが原因で障害のある状態になったときに受け取ることができるものです。障害年金には、障害基礎年金、障害厚生年金、障害共済年金があります。障害基礎年金の障害等級は1級(自分で身の回りのことが行えず、常に介護を必要とする状態)と2級(自分で身の回りのことを行うのが困難で、場合によって介護を必要とする状態)があり、1級では年間約100万円、2級では約80万円が支給されます。
2人がインターネットで障害年金のことを調べてみると、こんな情報を得ることができました。「お義父さん、2級に該当するわよ。障害年金をもらえれば介護費用はずいぶん助かるわ」とナオコさんが言ったとき、マサオさんがその言葉をさえぎりました。
「おい、待てよ。初診日における要件で、65歳以上は原則として対象にならないと書いてあるぞ。じゃあ、おやじはもらえないのかなあ」
「えっ、高齢者はもらえないの? ここには65歳以上で老齢年金を受け取る権利がない厚生年金・共済年金加入者は対象になるとも書いてあるわ」
「それは、高齢者になっても現役で働いている人のことだろう。おやじは違うよ、老齢年金をもらっているもの」
「そうか……、やっぱりもらえないのかしら。厚生年金に加入していると、障害厚生年金も受給できるみたいよ」
障害厚生年金は、初診日に厚生年金に加入していたときの病気やケガによって障害がある状態になったとき、障害の程度に応じて支給されるものです。障害等級には1級、2級、3級(自分で身の回りのことを行うのが難しく、場合によって介護を必要とする状態)があり、1級、2級に該当する人は障害基礎年金と両方を受け取ることができます。また、3級よりも軽い障害の場合には一時金として支給される障害手当金もあり、国民年金加入者より手厚い制度となっています。
「どれか一つくらい、おやじがもらえる障害年金はないものかね。制度のことはややこしくてよくわからないなあ」。
「そうねえ。ダメ元でもいいから一度、聞いてみたいなあ。退職したら会社のサポートはなくなるし……。こんなときは、どこに相談すればいいのかしら」
解決策②
障害年金をもらえるかどうかを知りたいときは、年金事務所、市区町村の国民年金窓口に問い合わせるほか社会保険労務士に相談するとよい。日本司法センター「法テラス」でも障害年金に関する相談を受け付けており、必要に応じて最寄りの相談窓口を紹介してくれる。年金制度は複雑なので、専門家に一度は相談を。
●日本年金機構「全国の相談・手続き窓口」
http://www.nenkin.go.jp/section/soudan/
●日本司法センター「法テラス」サポート・ダイヤル
http://www.houterasu.or.jp/service/hoken_nenkin_shakaihoshou/shougainenkin/index.html
ナオコさんが自宅近くの年金事務所に問い合わせたところ、義父はやはり初診日における要件を満たせず対象外になってしまいました。しかし、ここであきらめるわけにはいきません。
「そういえば……」とナオコさんはあることを思い出しました。回復期リハビリテーション病棟に入院していたとき、ソーシャルワーカーのアドバイスを受けて、義父は身体障害者手帳を取得していたのでした。
身体障害者手帳とは、身体障害者福祉法に基づき、手帳の交付対象となる障害に該当すると認められた人に交付されるもので、各種の福祉サービスを受けるために必要となります。所得税・住民税など税金控除のほか、医療費の助成、補装具・日常生活用具の給付や助成、電車、バス、タクシー、航空機、フェリーなど乗り物運賃の割引、NHK放送受信料や水道基本料の減免、在宅サービスなどの福祉サービスを受けることができます。
「こうした福祉サービスを上手に利用して、介護保険サービスを減らすことができれば介護の質を落とさずに費用を節約できるわ」とナオコさんは思いました。
このほか各自治体では、高齢者の生活を支えるためのさまざまなサービス――介護保険外のサービスを行っています。また、地域包括ケアシステム(*)を構築するうえで高齢者の生活支援が欠かせないことから、そのサービスの提供者として老人クラブや自治会、ボランティア、NPOを活用する動き(互助体制)が各地で起こっています。
*地域包括ケアシステム…厚生労働省が推進している政策で、2025年をめどに高齢者が住み慣れた地域で自分らしい生活を最後まで続けることができるよう住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される仕組みのこと。保険者である市区町村や都道府県が地域の自主性や主体性にもとづき作り上げていくことが求められている。
「認知症の伯母さんのときもデイサービスがない日の午後に出かけられる場所として住民ボランティアが運営している地域サロンを利用していたわよ」
「そういう場所がおやじの住んでいる地域にもあれば、デイケアを1日だけ振り替えて介護保険サービスを減らす手があるかもしれないなあ……」
「ケアマネジャーさんに相談してみましょうよ。介護保険外のサービスを組み合わせるのは、ひと手間がかかって面倒くさいけど、まだまだ費用を節約できる可能性はあるわ」とナオコさんはがぜんやる気になってきました。
解決策③
身体障害者手帳を申請したいときは、主治医に相談し、実際の手続きはかかっている医療機関のソーシャルワーカーにサポートしてもらおう。また、各地域で行われている介護保険外サービスを組み合わせて利用したい場合はケアマネジャーにまず相談を。また、介護費用をはじめ、経済的な困りごとがあるときは地域包括支援センターのソーシャルワーカーに早めに相談したい。
こうしてナオコさんとマサオさんは、さまざまな機関に相談して介護費用の節約に取り組みました。脳梗塞の人が対象となるすべての制度を利用できたわけではありませんが、義父母が介護サービスを手控えるという事態を回避することはできました。
「それにしても中流家庭にとって、ますます厳しい時代になりそうだから、老後の資金の中には介護費用をきちんと見積もっておかなきゃ……。マサオさん、うちも家計を引き締めますよ」とナオコさんは宣言しました。
さて、脳梗塞にまつわる悩みは今回で終了します。次週からは、ナオコさん世代を直撃する問題――女性の更年期にまつわる悩みについて取り上げます。
アピタル編集部より
この連載は、架空の家族を設定し、身近に起こりうる医療や介護にまつわる悩みの対処法を、家族の視点を重視したストーリー風の記事にすることで、制度を読みやすく紹介したものです。
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渡辺千鶴 (わたなべ・ちづる)
愛媛県生まれ。京都女子大学卒業。医療系出版社を経て、フリーランスに。1988年より医療・介護分野を中心に編集・執筆に携わる。共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』『知っておきたい病気の値段のカラクリ』(共に宝島社刊)『がん―命を託せる名医』(世界文化社刊)などがある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。現在、総合女性誌『家庭画報』の医学ページで、がんの治療をはじめ療養に伴う心や暮らしの問題に対してサポートしてくれる医療スタッフを紹介する「がん医療を支える人々」を連載中。