「富士通スタジアム川崎」と聞いて、すぐに会場が思い浮かぶ人は、かなりのサッカー通か、アメリカンフットボールのファンであろう。実は、かつて大洋ホエールズ、ロッテオリオンズが本拠地としていた「川崎球場」の現在の姿である。試合中に外野席で観客が流しそうめんをする、というくらいに閑散としていたロッテ時代の川崎球場の面影は、もはや照明塔くらいのものである。
現在は、J1の川崎フロンターレが施設管理者となり、アメリカンフットボールやサッカーの競技場として運営されている(一応草野球レベルの利用は可能)。
この会場で2015年11月22〜23日に、第5回日本アンプティサッカー選手権大会2015が開催され、全国から6チームがエントリーしていた。
アンプティサッカーとは、上肢、下肢の切断障害を持つプレイヤーが、クラッチ以外の特別な用具を使用せずに行うサッカー競技である(ゴールキーパーは上肢障害者、フィールドプレイヤーは下肢障害者)。
本大会は、アンプティサッカーの日本一のクラブチームを決める、健常者サッカーにおける天皇杯の位置づけである。
マルチアスリートからの誘いで観戦
マルチアスリート・金井隆義からの知らせで、AFC BumbleBee千葉の今回はじめて競技を見る機会を得た。金井は、アンプティサッカーの他にも、さまざまな競技に取り組んでいる(そのひとつにはアイススレッジホッケーも含まれる)。
「クラッチ」という補助装具を使うのは簡単ではない。クラッチを借りてみたことがあるが、仲間のように機敏に動くことはままならない。それが、フィールド上のプレイヤー達は猛烈なスピードで走るし、クラッチに全体重をかけて飛び上がったりする。危険な接触は禁じられているとはいえ、なかなかアクロバティックである。
いくつかのチームには、小学生も在籍している。絶対的な競技者人口が少ない中で、ジュニアのみのチーム編成はできないが、大人に混ざり、小さなプレイヤーもピッチを走り回る。大人達も、子供扱いはしていない。小さくとも、一人のプレイヤーであった。
「大人も子供も、障害の状況もさまざまなチームメイト達が、自分の持ちうる力、使えるすべてをむき出しにして戦う競技」それが、この日初めてアンプティサッカーを観戦した筆者の、正直な感想である。
試合後、SNSで試合の写真を公開したところ、他のチームの選手・関係者からも友達申請をいただいた。
筆者の活動の中心は冬季競技であるが、夏季競技のプレイヤー達と触れ合える機会を得られた事は新鮮だった。ぜひこれからも観戦・撮影の機会を持ちたいと考えている。
〜パラスポーツに共通な課題、担い手不足、普及の難しさ〜
メンバーの貸し借り
応援していた金井の所属チームは、23日の5位決定戦に勝利したが、残念ながら、生で観戦した試合では相手の気迫に負けてしまった。
実は、今大会、金井のチームは千葉と北海道の連合チームであった。事前に合同練習することもできず、いわば、ぶっつけ本番で挑んだ大会であった。
団体競技では、仲間の調子や癖を理解した上で、自らのポジションを考えていかなければならない。それが得点を重ね、失点を防ぐという行為につながる。
筆者達もクラブ対抗の試合で、プレイヤーの貸し借りを行うことはあるが、日ごろから一緒にいるわけではないレンタルプレイヤーを生かすためには、チーム内でのコミュニケーションが重要である。
サッカーの場合は、任意にメンバーチェンジをすることができず、またピッチが広いだけに、プレイヤー間での声かけが重要になってくるのだなあと感じる。ピッチ上でコミュニケーションの取れていたチームは、自らチャンスを作り出していたし、しっかりと得点を伸ばしていた。
苦戦するファンの獲得
今大会の入場料金は無料。富士通スタジアム川崎のスタンドは、メイン/バック共に各2000名ずつだが、筆者が見た2試合の間で、メインスタンドが満席になることはなかった。
川崎球場は、川崎駅から徒歩15分の立地。加えて競輪の本場に隣接しており、これは、川崎時代のロッテが集客に苦しんだ一因でもある。
昨日もまさに競輪開催中であり、試合中に残り周回がわずかとなったことを伝える鐘が聞こえてきた。
フリーの客、たとえば家族連れなどは期待できない状況で、スタンドにいるのは、恐らくは選手・チームの関係者、家族とその友人までだろうか。
天候が今ひとつの連休だったこともあり、会場に行くことを諦めた方も多かったかもしれない。
実は筆者も、神奈川県に在住の同僚に声をかけてはいたのだが、体調を崩したり、家族の予定と合わず、観戦できなかったという状況であった。
歴史の浅いアンプティサッカーは、頻繁に体験会などのイベントを開催し、競技の認知をあげ、試合のアナウンスを行っている。今回の大会でも、地元川崎のNPOが、アンプティサッカーを含む障害者競技の体験イベントを併催されていた。
決してアンプティサッカーの関係者達がプロモーションをしていないわけではない。むしろ、他の競技と比べて積極的な、放送媒体への登場も含めて、彼らの活動は非常に活発であり、その取り組みは他競技にも伝わってきている。
それでも、もともと興味があったり、接点がある者に伝わっていても、広がりは限定的にならざるをえない。
これは筆者の推論に過ぎないが、アンプティサッカーのプレイヤーやスタッフ達は、「サッカー」をやっているのであって、「アンプティサッカー」をしているという意識はないと思う。たまたま、クラッチを使っているだけだと。
しかし、健常者サッカーのプレイヤー、あるいはサポーターからすると、別の競技をやっているようにしか見られていないというのが現状だろう。
連休の場合、大人も子供も遠征や大会があることが多いので、どうしても人の試合の応援よりも自分のことで精一杯になってしまうのは、競技に参画する以上仕方ない。自分自身がプレイする関わり方であれば、なおさらである。対戦競技は、ゲームこそが一番の楽しみなのだから。
また、今大会は、川崎フロンターレが協賛企業として名を連ねている。施設管理者としての協力はもちろんのこと、等々力でのフロンターレの試合でも、フロンターレサポーターへのプロモーションなどの協力があったそうだ。
しかし、筆者が富士通スタジアム川崎を訪れたその日、今シーズンのJ1の最終節。フロンターレも等々力で試合をやっているのだからサポーターの優先順位としては等々力のほうが高いのも、当然の事である。
〜担い手不足・普及の難しさ解決のために〜
少年サッカーとコラボはどうか?
アンプティサッカーの場合、ピッチのサイズは少年競技用と同じ。ということは、少年の健常者サッカーの試合会場でアンプティサッカーの試合もできるということではないか。
同じ場所で、同じ日に試合ができれば、試合の終わった少年達や、少年を応援していた家族や友達が、アンプティサッカーという、聞いたことはあるけれど珍しい競技を生で見る機会ができる。また、アンプティサッカーのプレイヤー達も、少年サッカーの試合から、自分達の戦いのヒントを得ることもできる。
お昼休みなどに体験会をやって、双方の選手やスタッフが直接交流することで、違う世界に感じたものが、実は同じサッカーなのだということが理解できるようになりはしないだろうか。
日本サッカー協会による障害者サッカーの一元化
日本のサッカー統括団体である日本サッカー協会は、障害者サッカーについても一元的に対応し、普及や強化について取り組んで行く方針である。9月のブラインドサッカーアジア選手権の際に、原博実氏(日本サッカー協会専務理事)が来賓としての挨拶で述べている。
おそらくは、代表チームの指導者や、審判の派遣という形での支援を想定しているのだろう。地域に根ざすクラブチームの姿として、ユースチームなどと共に、障害者サッカーチームを組織的に包含することが想定されているのだろうか。残念ながら現時点で具体的な支援策は(少なくとも門外には)伝わっていない。
いきなりJリーグや天皇杯というわけにはいかないにしても、地域の大会などの際に、1枠でも障害者のゲームが開催されれば、同じ会場に集まる、サッカーの好き同士が互いのゲームを見て、刺激を受けたり、感想を伝えたり、アドバイスを与える機会ができる。
そのような対話こそが、健常者と障害者の間の「壁」を取り除くきっかけになるのではないか。
ファンの質、日本人の問題点
遠藤オリパラ担当大臣や舛添都知事は、2020年東京大会の最重点課題として、パラリンピックのロンドン大会以上の成功、をあげる。
2012ロンドン大会では、すべてのパラリンピック競技のチケットが完売し、常に満員の観客で会場が埋め尽くされた。単に座席を売るだけであれば、2020年東京大会でも可能だろう。しかし、それでは1998年長野大会や、これまでのパラリンピックと何ら変わらない。
熱しやすく冷めやすい、そしてさまざまな刺激に囲まれる日本人の生活の中では、4年に1度のアスリートの活躍など、あっという間に記憶からも消えてしまうものである。
そもそも、日本代表のワールドカップでの大善戦直後の、日本のラグビートップリーグですら、すでに引き渡された法人枠のチケットが消化できず、客席はがらんとしてしまった。
世界のプロ選手が集まる野球のプレミア12であっても、日本代表が敗れた後の試合では、まったく観客が入っていない。
競技を楽しむということは
日本代表を応援する、日本人選手を応援することが、もっとも簡単で楽しい応援であるが、それは競技を楽しむのではなく、代表を応援するというお祭りを楽しんでいるに過ぎない。
試合をする選手がどの国であろうと、競技を、競技者を、見て、興奮して、楽しむことができるのは、同じ競技を楽しんでいる仲間ではないだろうか。
だからこそ、競技と共に、チームや障害者選手個人を、もっと仲間以外にも知られていくことを、組織委員会や統括組織が直接的に、積極的に動かなければ、イギリスに根付きつつあるディスエイブルへの理解と共存を超えることは、難しいのではと感じる。
今大会の6エントラントは、2日間全力で戦われた。それぞれのチームに、選手に、悔しさもうれしさもあった2日間であったと思う。また、大きな会場での大会だけに、オペレーションの難しさもあったと思う。
実行委員会をはじめ、日本アンプティサッカー協会の関係者の皆様に感謝を意を込めて、本稿を終わりたい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/f1/d4858f63d768526158bc34ff24bc9e5c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/af/0cdbc44a073f983fe92fabaf744846c6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/65/062f1f891a4ef7fb7f54c3b4ec267225.jpg)
2015年12月2日 アンプティサッカー