官能小説を“音声”で届ける意義
目の見えない視覚障害者が本をどのように「読む」のかご存知でしょうか。点字で書かれた本を指で触るだけではありません。実は、多くの視覚障害者が、全国のボランティアが本を朗読した音声を聴くことで本を読んでいます。
東京・高田馬場にある視覚障害者のための図書館「日本点字図書館」では、一般のベストセラー小説同様に、官能小説も多く借りられているという現状があります。性のコンテンツに関しても、音声が彼らの消費の入り口になっているようです。
12月12日に、視覚障害に関わるNPO団体スタッフが中心となる有志団体「カフカ」さんが、DJ・作家のロバート・ハリスさんや落語家の立川志の彦さんを読み手・話し手としてゲストに迎え、官能小説の朗読や色恋にまつわる落語の鑑賞イベント『聴いてたのしむ「おとなの色恋ナイト」』を開催します。「“障害者のために”という偏った想いではありません」と話す、カフカの水谷オサムさんと内田ミワさん。お二人に、イベント主催の想いや視覚障害について我々が考えるべきことを伺いました。
点字図書館では官能小説の音声コンテンツが人気
――今回は、カフカさんの立ち上げイベントでもあるそうですね。
水谷オサムさん(以下、水谷):僕たちは普段、フリークライミングを通じて視覚障害者の人々の可能性を広げるNPO団体「モンキーマジック」のスタッフとして活動しています。モンキーマジックは28歳の時に網膜の病気を患い、失明をした小林幸一郎という視覚障害クライマーが代表をしています。
そこではイベントや教室などでクライミングというスポーツを行うことをメインとしています。しかし、代表やイベントに来てくださる視覚障害者の方々と接しているうちに、点字図書館での官能小説の貸し出しに関することや様々な情報を得ていくうちに、「聴くこと」にはもっと色々な可能性があるのではないかと思うようになりました。そこで、モンキーマジックとは別軸で、視覚障害者、健常者問わず「聴いて楽しむコンテンツ」を作り上げていこうということでカフカを結成し、今回のイベントを企画しました。
――音声コンテンツを聴くイベントのトピックとして、なぜ官能小説の朗読や落語を選ばれたのでしょう。
水谷:落語は以前暗闇で楽しむ落語会を開催したことがあり、視覚障害者からも健常者からも好評だったので今回も行おうとなりました。落語は目の前で噺家さんが演じているのを「見る」のではなく「聴く」、と言います。情景を一人一人が好きに想像しながら聴ける楽しみがあること、それから、愉快な登場人物の色恋やロマンスをテーマにした演目も多いので、今回のイベントにぴったりだと思いました。
官能小説に関しては別の文脈もあります。視覚障害者のための点字図書館では全国のボランティアが本を朗読した音声コンテンツの中でも、官能小説が多く借りられているという現状を聞いたことがありました。しかし、ボランティアというのは中高年の女性も多く、声のプロではない彼女たちが文章を淡々と読むだけなので情緒やエロティックな雰囲気はほとんどない、とも聞きます。また、視覚障害者が音声を聴く時には、我々晴眼者(視覚に障害のない者)が本を読むのと同じくらいのスピードなので2倍速、3倍速にして聴いているそうです。
それではせっかくの官能小説を楽しむというよりも、「性に関する情報を得る」という体験にしかなっていないですよね。それではもったいない。近年はオーディオブックサービスが続々と登場しているので、付加価値のある音声コンテンツはもしかしたらこれから先、視覚障害に関係なく全ての人にとって可能性があるのではないかと思いました。そこでDJのロバート・ハリスさんをはじめとした声のプロによる官能小説朗読や、噺のプロである落語家の立川志の彦さんによる色恋落語が楽しめるイベントを企画したのです。
視覚障害者の多くは点字が読めない
――点字図書館では点字図書だけでなく、音声コンテンツも貸し出されているとのことですが、そもそも視覚障害者の方々は音声の方を多く借りられているのでしょうか。
内田ミワさん(以下、内田):実は、全ての視覚障害者の中で、点字の識字率というのは1割程度なんです。つまり、多くの視覚障害者の方は点字が読めません。
生まれた時から目が見えない先天性の視覚障害を持った方であれば、我々が小学生の時に読み書きを学んだのと同じように点字を習得しています。しかし視覚障害者の中には、モンキーマジックの代表小林のように、成人してから目が見えなくなったという方が圧倒的に多いです。目が見えなくなってから、イチから点字を勉強し直すというのはハードルがものすごく高いので識字率も自ずと低くなっています。
――そうだったんですか。無意識に、視覚障害者はみんな点字が読めるという認識を持っている人は多いと思います。その他にも、後天的に障害を持った方の特筆すべき現状はありますか。
水谷:今まで目で見えていた視界がなくなったり、今まで聴こえていた人の声や音が聴こえなくなったりと、当たり前にできていたことが全くできなくなることで戸惑わない人間はいませんよね。健常者が便利に過ごせるように作られた外や公共の場は不安だし不便なので行きたくなくなる。実は後天的に障害者になった方は、鬱になったり引きこもりがちになったりする方がものすごく多いんです。
映画館や美術館などにある「障害者割引」については、優遇や逆差別などの色々な意見があるかもしれませんが、個人的にはこのおかげで彼らが外に出やすくなるという見方ができると思っています。一般よりも料金が安いことで「行ってみようかな」という外出のきっかけになる。今回のイベントも、「なんか面白そうだな」と思ってもらえて、彼らを外に連れ出したいということは一つの目的でもあります。ただ、我々のイベントでは障害者も晴眼者も境目がないことを意識しているので障害者割引は一切ございません(笑)。
偏見をなくすには「同じ場所を共有する」
――2、30代が障害者や障害を持つことについて考えていくべきことはなんでしょう。
内田:私たちは障害者を助けたいという考えではなく、「面白そうなことを考えたから気軽に遊びに来て一緒に楽しもう」というスタンスです。障害者は、障害者であるからといって特別扱いをされたい訳ではなく、社会の中で生きにくくなることが不都合なんだと思うんです。そのためには我々が「障害者だから~」という意識や境目を取り払っていくことが重要な訳ですが、言葉であれこれ言われても実感が沸きづらいですよね。
例えば電車の隣に白杖を持っていたり盲導犬を連れていたりする方がいたら、まだ多くの人は戸惑ってしまうでしょう。でも目が見えなくて健常者のような生活がしにくい人が当たり前にいる環境を一度でも体験すると、彼らが歩きやすいようにスペースを作る、あるいはサっと腕を貸すといったことが自然なことになります。でもそれは怪我をしている人や高齢者、妊婦さんに対してすることと同じ。私たちが行うイベントには障害者もやってきます。でも、案内が必要な参加者さんをスタッフが駅までお迎えに行くくらいで、あとは健常者の方と同じです。そうして、健常者も視覚障害者も同じ場所で同じコンテンツを楽しむことで、実は健常者の方も自信がつくと思うんです。「一度障害者と同じ空間を体験したことがあるから、もう彼らに偏見は無い」と。
水谷:僕らの目論見をばらしてしまうと、イベントのコンテンツに興味を持って参加してくれた健常者の方が、会場で「たまたま」障害者と同じ空間、同じコンテンツを共有した、という小さなきっかけづくりをしたいと思っています。その方はもしかしたら、その場に来なければ障害者との関わりを一生意識しなかったかもしれない。私自身が、障害者と関わりを持ったことで、街の見方や人との関わり方など、視野が広がったり深まったりしたことがとっても嬉しかったんです。その喜びを共有したいという思いもありますね。とはいえ、堅苦しくなって欲しくもないので純粋にイベントを楽しんでいただければ嬉しいです。
たまに、晴眼者に「目が見えなくなったらどうしますか」という質問をすると、「自殺します!」なんて軽々しい答えが返ってくることがあります。要は、「自分は絶対に視覚障害者になるはずがない」と思っていて本当に想像力を働かせて考えてはいないんです。
実際に、平成23年のデータでは視覚障害者は約31万人いるのですが、そのうち30歳より下は1万人にも至らず、40歳より下でも2万人に至りません。データで見ても、視覚障害者が身近・同世代にいないという方は仕方のないことだと思います。同じように、聴覚・言語障害や肢体不自由、内部障害の方も若年層は多いわけではなく、いずれも60歳以上の高齢者が圧倒的に多い。でもそれはつまり、いずれは誰しもが将来的に障害を持つ可能性があるということです。視覚障害を持つ友人の中には、朝目覚めたらいきなり目が見えなくなったという人もいます。障害者と実際に接したり、そうした事実と向き合いながら想像力を持っていつか自分にも起こり得ることだと実感したりすることで、障害者や障害に対する考えや視界は変わってくると思います。
■開催情報
『聴いてたのしむ「おとなの色恋ナイト」』
日時:2015年 12月12日(土)18:00開演 (17:30開場)
場所:co-ba library(東京都渋谷区渋谷3丁目26−16第五叶ビル6F)
参加人数:45名 (対象:18歳以上)
参加費:2,500円(ワンドリンク付き)
協賛:株式会社TENGA/WORLD WINE
参加申し込み先はこちら (石狩ジュンコ)