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観・環・感

野鳥観察や旅行、映画などの趣味と日常生活や世の中の状況について、
感じる事を書いています。

滑った

2009年01月14日 | 日記
月曜日は今年になっての2回目のバードウォッチングだったのに、全くいいことなかった。東観察舎から西観察舎へ移動しているときにチュウヒが東観察舎の前に姿を現したり。
吹きさらしの観察舎の中は寒いので、駐車場の車の中で昼弁当を食べていたらその時に観察舎の前でノスリがゆっくり舞ったり(後でそこにいた仲間がデジカメの液晶モニタを見せてくれた。バッチリ写っていた)
その日は早々に切り上げ、アウトドアショップに行った。ネットカタログで見ていいなと思った2点のうち1点はあったが、イメージと実物は随分違っていたので買わなかった。
家に帰り、玄関に入って上がり框に足をつい途端滑って、壁に衝突しそうになった。メガネと壁は数センチしか離れてなかった。ほんの瞬間の出来事なのにスローモーションの世界になり、メガネが割れて顔に大怪我するのではないかと思ったりした。
これを運が悪いと思うか、伊勢神宮へ初詣したおかげで大事にいたらずに手の指の擦り傷だけですんだと思うかだ。
この週末は、野鳥観察も学問に関係すると勝手に解釈し、太宰府天満宮にお参りに行こうと思う。

イカルとシメ

2009年01月12日 | 日記
この日は随分久しぶりに眉山に行った。さほど天気もよくないがウォーキングに来てる人は実に多い。20代~40代の人はあまり見かけない。
平坦なコースだけでなく眉山の下ロープウェイ駅近くから坂道と階段を駆け上がってくる人も割合いるようだ。


ウィキペディアによると”イカルという名の由来は、奈良県の斑鳩とも、鳴き声が「イカルコキー」と聞こえるからとも言われるが、定かではない。厳密には「斑鳩」の文字を使うのは誤用であり、「鵤」は角のように丈夫な嘴を持つ事に由来する。”とある。




ちょうどこのイカルがいなくなったと思ったらシメがやってきた。
シメもイカルと同じくアトリ科で堅い実も難なく割りそうな大きな嘴をもっている。

野鳥の窓ガラスへの衝突事故

2009年01月11日 | 野鳥
昨日、勉強会(飲み会?)仲間から
「眉山ロープウェイ近くのビルの前に、鳥が死んでました。ビルのガラスにぶつかったのでしょうか?この鳥の名前は分かりますか?
自然界の調和を人間の造作物が壊しているんでしょうか。。。。
無念の死に合掌。」
という鳥の事故写真付きのメールがあった。
鳥は、シロハラだったが、最近、建物の全面がミラーガラスのようになっているビルが増えているが、あれは特に衝突しやすく、野鳥とっては大変危険である。
鳥は、ガラスへの空の写り込みを見て、そのまま激突する可能性が高い。特に晴天の日は危険度が高くなる。
野鳥の会のホームページを見ると、鳥の死亡原因について下記のとおり載っていた。
”柳川久. 1993. 北海道東部における鳥類の死因. Strix 12: 161-169.
鳥類の死因を明かにするために,北海道東部で1982年2月から1993年7月の間に集められた60種150羽の鳥類の死体を調べた。窓ガラスやその他の人工建造物への衝突死(70羽;46.6%)が最も重要な死因であり,次が交通事故(35羽;23.3%)であった。その他の死因は,衰弱死あるいは餓死11(7.3%),その他の事故死9(6.0%),ネコによる捕殺 7(4.7%),天敵による捕殺5(3.3%),不明13(8.6%)であった。衝突,交通事故,その他の人的事故により死亡する個体数は何種かの鳥類にとって重大な脅威となっていると思われる。これらの種類には,タンチョウ,シマフクロウ,オオタカ,ハイタカなどの絶滅危惧種,危急種,希少種が含まれている。”
窓ガラスへの野鳥の衝突についてネット検索すると
これと同様な事を指摘した鳥取県民に対し、鳥取県の当局者は次のような回答をしていたが、徳島県はどうだろうか。
”ご指摘のとおり、施設によっては周囲の条件によって建造物のガラスが見えにくくなり、野鳥が「何も無い」と勘違いして衝突し、一時的な脳しんとうを起こしたり死亡する例が見受けられます。その防止対策としては、ガラスにワシタカ類のシルエットや絵柄(バードセーバー)を貼ることが考えられますが、施設の構造、用途等によっては、そうした対応の困難なものもあると思われます。しかしながら、鳥獣保護の観点から、少なくとも過去の経緯等により野鳥が衝突する事例の多い県有施設については、バードセーバーの貼り付け等の防止対策を検討するよう要請していきたいと考えます。”

我が家も2階南側の窓ガラスにバードセーバーを貼っている。

オナガガモ

2009年01月10日 | 野鳥
オナガガモ、スマートなカモである。漢字名は尾長鴨、英名はPintail
若い女性が履くのはPinheel
英名も日本名と同じように長い尾に注目しているようだが、英名の方がぴったりのように思う。
このカモは尾も長いが頸も長い。実際、首長鴨という和名にしてもいいように思う。
これより長い尾を持つ鴨もいるそうで、そちらのほうはコオリガモ、和名は氷鴨。
まだ見たことはないが、オスの成鳥の冬羽はは白くて氷のようだから名付けたのだろうか。
このコオリガモの英名はずばり、Long tailed Duck 直訳するとオナガガモになる。ややこしい。


メス2羽の後にオスが続いている。


この3羽が飛び立ったところ

ウェルかめ

2009年01月08日 | 映画・テレビ
「マイコミジャーナル」にNHKが今年の9月28日よりスタートする連続テレビ小説が『ウェルかめ』に決まったと載っていた。
なにせ徳島がNHKの連続テレビ小説の舞台となるのは、1980年放映の「なっちゃんの写真館」以来。
なっちゃんとは写真家立木義浩のお母さん(高校の卒業アルバムの写真は、このなっちゃんのモデルである立木香都子さんに撮ってもらったと記憶している。)
早速、NHKオンラインで調べると
製作発表資料に詳しく載っていた。
この舞台となる美波町(旧日和佐町)の大浜海岸でウミガメの産卵を2回ほど見たこともあり、四国八十八カ所の札所薬王寺は5回は行った記憶はある。
最近は、もっと県南の町に行くときにこの町の「道の駅」で足湯に入るのを楽しみにしている。
ドラマのヒロインは、オーディションで選考し4月までに発表されるそうだが、故郷のPRふさわしい明るくさわやかな女性を期待している。

伊勢神宮初詣3

2009年01月07日 | 旅・風景・グルメ

赤福内宮前支店(本店より店は空いていると思い、ここで赤福餅を購入)
ここからおはらい町通りを見渡したところ


その少し奥


手前右側が赤福本店
賞味期限偽装などで無期限営業禁止処分が解除なったのが、昨年1月30日
今では誰もそんなことなど全く覚えていないかのような盛況ぶり


赤福本店と姉妹店の五十鈴茶屋など
昔の伊勢地方の商家を再現しているようだ。
五十鈴川に沿ったこの辺りはなかなか風情がある。時間があればゆっくり歩きたかった。

伊勢神宮初詣2

2009年01月05日 | 旅・風景・グルメ
ウィキペディアによると伊勢神宮は、皇大神宮と豊受大神宮からなり、通常は皇大神宮を内宮(ないくう)と呼び、
豊受大神宮を外宮(げくう)と呼ぶらしい。「内宮は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、外宮は豊受大御神
(とようけのおおみかみ)を祭る。」とされている。
そして、参拝も外宮、内宮の順で行なうのが正しいとされているが、バスツアーは、時間の都合で内宮のみである。
(正月三箇日は大変混雑しているので、内宮参拝だけで3時間組んでおり外宮の方は行程上無理。)


一体どの辺にいるのか、後どのくらい時間がかかるのか分からない。


ようやく社だしきものが見えてきた。
向かって右側が流れがスムーズだったので、そちらの方へ並んだら意外と早く賽銭箱の所までたどり着いた。(後で分かったことだが、こちらの方は鳥居をくぐらないから早いのだそうだ。この写真で確かめてみると分かる。左の方に並んでいる人しか鳥居はくぐれない。)


ここも人は多い。


「飲んだら乗るな」が徹底しているのか、ここだけは人があまり並んでいない。

伊勢神宮初詣1

2009年01月03日 | 旅・風景・グルメ

この日伊勢神宮初詣ツアーの昼食は三重県松坂市での昼食だった。
無論、このポスターほどは望むべくもないが、写すほどでなかった。


臨時のバス駐車場となっている三重県営総合競技場に着くと虹が見えた。
今日の参拝は吉とでるか凶とでるか。
天気も心配、雨傘は用意していない。


今日は内宮の参拝だが、人出の多いことは承知していたが、広い境内なのでこんな人混みになるとは思わなかった。

飛び立ち

2009年01月02日 | 日記

(ノスリが枯れ木から飛び立とうとしているところ)
このノスリでないけど、2009年へ飛び出すということで、今日、バスツアーで伊勢神宮に行ってきた。
世の中全体がグローバリゼーションという経済一極化のせいで、その中核の米国の経済がおかしくなったら、
私たちの暮らしにまで大きな影響が出ている。
御利益を求めてのツアーではないけれど、地元の大麻比古神社や中津峰山如意輪寺での探鳥が実りあることを祈念してきた。
大切な自然が失われている現在、神社・仏閣という神聖な緑地は大変な価値がある。


(ジャンプした瞬間)



このノスリが止まっていた枯れ木の後ろの垣根のような緑は、ゴルフ場と野鳥園のしきりである。
こういうように人が入れないようにするだけで、猛禽類が安心して飛べるようになっているのである。
それを観察舎の隙間から覗いているのである。