名古屋の白ウサギ・1964年生

自称・宗教家・・宗教家とは職業ではなく「私の生き方」です。
職業・会社員、投資家  趣味・偽善事業

「 あの世 」の尺度

2013-01-16 | 宗教
人間の感覚で捉える 善 悪 とは
実に曖昧な、虚しい虚像にすぎない

悪業(あくごう)も、 本質的には存在しない

善業 も、本質的には存在しない

人間が感じることの出来る  
「 この世 」
の尺度で善悪を論じても本質は見えてこない

もし、仮に敵国が日本に上陸して来て、
自分の家に押し入って来たとする
自分の目の前で子供が
殺されそうな状態となった

〇永〇○ のような人なら
「 攻めてきたら殺られればいいじゃないか 」
と言って
自分だけ逃げ出すだろうが

普通の親ならまず子供をかばう
同時に自分の身も守ろうとする
もし、それでもダメなら反撃する

即ち、殺すか殺されるかの状態である
反撃した結果、相手を殺してしまったとする
これは、「 あの世 」の尺度で見て
罪なのか 正当な行為なのか
善なのか 悪なのか

私が思うに

善でも 悪でも ない

先に述べた「善も悪もない」とはこういう意味で言っている事です
決して、何をしても良いという意味ではありません


でも、当事者は 罪の意識を感じるだろう
自分と子供の身を守る為に反撃したのだが
結果的に相手を殺してしまったと言う事実を
生涯背負わなければならない
罪の意識 という十字架を背負って生きてゆかなければならない

戦いは嫌だ、争いは嫌だ と言って自分だけ逃げる人間と、
本能的に、自分の子供をかばう人間と

どちらが上等な人間なのであろうか?

神様の尺度 仏様の尺度 

「 あの世 」の尺度

をもって見極めるしか方法が無い
ならば、「あの世」の基準をどうやって知ればよいか?

残念ながら、神や仏は人間に直接言葉を語る事はない
世の中には、神仏の声が聞こえると言う人もいる

でも、その人が もし仮に 神仏声を聞くことが出来たとしても
その神仏が 本当の神仏である保証は無い
ひょっとすると悪霊の声かもしれない
自分の 潜在意識 の声かもしれない

神のメッセージをもし聞き取る事が出来たとしても
その真贋を見極めることは不可能である

かつて、オーム真理教は 仏教 の名のもとに
残虐な無差別テロを行った

彼らにしてみれば それは 悪 ではく
世の為、人のため と大真面目に信じ
善業 のつもりでやった事である

彼らは オカシな教義を根拠に 無差別テロ を行った 
このことが「 神の意思、仏の意思 」 
と信じていたのだろう
宗教の最大の危険性とは
神 仏を 持ち出せば どんな事も正当化されてしまう
と言う事ではなかろうか

それ故、宗教は 諸刃の剣 であると感じる
宗教家は、無宗教の人間以上に
宗教の危険性を十分認識し
警戒する必要があると思う

私は、 神を信じ 仏を信じる

それ故、無神論者以上に
宗教に対する 疑念 を持ち続ける義務があると思っている




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