老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

小説の中の言葉で気に、、、、

2021-05-30 18:22:26 | 迷えるシニア
 
       
 
さぬき市にある「門入ダム」へ息抜きに。
最高級の石だ?
庵治石を使用した石の碑が。
椿を彫っていて、さすが石の街をひかえた県らしい。
     
 
ダムのえん堤の向かい側には「イサム・ノグチ」のモニュメントが堂々と建っている。
これも高級な庵治石の作品。
 
   
 
今日は五月晴れ。
コロナ籠もりを一刻、忘れる日、日曜日だ。
 
     
 
キャンプをしている人や釣り人が豆粒のように。
このダム湖のおかげで、水不足の香川県だが、ここ、さぬき市だけ日照り続きで高松市に節水制限が出ても、さほどの苦労は無いと聞いた。
 
転勤をして来、二十数年になるが、水不足の経験はやったことが無い。
  
 
ダムにかかった橋の上から望む景。
遥かに八栗山が。
田植えの終わった山合いは緑が眩しい。
 
     
 
ダムへ来る道すがら、この キバナコスモス が道路の両側にさいていた。
繁殖力がおおせいらしい。
 
少しの時間だったが、美味しい空気をすい息ぬきができた。
 
 
< 最近、読んだ 宮本輝 の小説の中での言葉。>
 
「自分が死期、この世界は変化しつづけていくものだらけだのに、自分をそれを見届けることができない。なんと悔しく哀しいことだろう。そのようなことに自分は耐えられない、、、、
 
ヨハン・シュトラウスの名曲、壮大な「死と変容」を聴いていると、そのような悔しい思いの心境になる、、、、
 
この言葉を読んだ時から、自分の言わんとしていたもやもやとした気持ちが晴れた。
小説家も私も、死に向かうと何んと小さな人間、宇宙の中では芥子粒でよりも小さく目立たず、、、、
その一文をダム湖でしみじみと考えた。
 
イサムの彫刻も、キバナコスモスの花も半永久だ。
人間は無力だ。
杖をつかなねば歩けぬ私は、、、せいぜい時を充実させて、死後については思い煩わないようにしよう。
 
 
         先に着く宅急便の遍路の荷
 
        手造りのかけ香に染む身ぬちかな
 
     
 
      
 
 
 
 
コメント
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