「日めくり三日だけめくり」
これは、30年以上も前に早世した友人Fさん作の川柳だ。
新聞に投稿して入選したもの。著作権はもう時効だと思うのでここに書いておく。
恐らく覚えているのは私くらいで、消えていく運命の川柳だろうから。
彼女は亡くなったがこの川柳はいつも私の心にあった。
我が家の日めくりは、日めくりだけど日めくりでない。
スーツケースを購入した時のおまけ。
それはトイレの窓に引っ掛けてある。
めくると著名人のちょっといい言葉!が出てくる。
一応日付けは入っているが、年月無関係の破らないでめくるタイプなので、
私が気に入るとずっと同じページがぶら下がる事になる。
ここ数年
「千日の稽古を鍛といい、万日の稽古を練という。」宮本武蔵
が、ぶら下がっていた。
トイレに入ると否が応でもこの言葉が目に入る。
そのうちに見なくてもトイレに入るとその言葉が頭に浮かぶようになる。
何故かそこにぶら下がっているだけの言葉。
めくらない事でその言葉が身に染みるのを待つかのようにぶら下げてある。
今日、ふとその日めくりに目をやると、
「人間とは、一日中に何百遍と菩薩になり悪魔になり、たえまなく変化している。」吉川英治
になっていた。
ドキッ!(◎_◎;)
言葉にドキッ!(◎_◎;)としただけではない。
いつからこの言葉がぶら下がっていたのか?と思って更にドキッ!としたのだ。
誰がめくったのか?いつめくられたのか?
家族の誰も興味の無いだろう日めくりのはずだった。
私だけが見ていると思っていた。
だって、誰にも「見てね!」なんて言っていないし、数年間もそのままだったのだから。
「いい加減にめくれよ!」
って、誰かが思っていたのか?
娘に訊いたら「知らない」と言う。
夫か~Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
これから何年この言葉がぶら下がる事になるのか楽しみでもある。
そんな日めくりがあるので、Fさんの川柳がいつも私の心にあるのだ。
これは、30年以上も前に早世した友人Fさん作の川柳だ。
新聞に投稿して入選したもの。著作権はもう時効だと思うのでここに書いておく。
恐らく覚えているのは私くらいで、消えていく運命の川柳だろうから。
彼女は亡くなったがこの川柳はいつも私の心にあった。
我が家の日めくりは、日めくりだけど日めくりでない。
スーツケースを購入した時のおまけ。
それはトイレの窓に引っ掛けてある。
めくると著名人のちょっといい言葉!が出てくる。
一応日付けは入っているが、年月無関係の破らないでめくるタイプなので、
私が気に入るとずっと同じページがぶら下がる事になる。
ここ数年
「千日の稽古を鍛といい、万日の稽古を練という。」宮本武蔵
が、ぶら下がっていた。
トイレに入ると否が応でもこの言葉が目に入る。
そのうちに見なくてもトイレに入るとその言葉が頭に浮かぶようになる。
何故かそこにぶら下がっているだけの言葉。
めくらない事でその言葉が身に染みるのを待つかのようにぶら下げてある。
今日、ふとその日めくりに目をやると、
「人間とは、一日中に何百遍と菩薩になり悪魔になり、たえまなく変化している。」吉川英治
になっていた。
ドキッ!(◎_◎;)
言葉にドキッ!(◎_◎;)としただけではない。
いつからこの言葉がぶら下がっていたのか?と思って更にドキッ!としたのだ。
誰がめくったのか?いつめくられたのか?
家族の誰も興味の無いだろう日めくりのはずだった。
私だけが見ていると思っていた。
だって、誰にも「見てね!」なんて言っていないし、数年間もそのままだったのだから。
「いい加減にめくれよ!」
って、誰かが思っていたのか?
娘に訊いたら「知らない」と言う。
夫か~Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
これから何年この言葉がぶら下がる事になるのか楽しみでもある。
そんな日めくりがあるので、Fさんの川柳がいつも私の心にあるのだ。