橋下大阪市長が、慰安婦について発言し、問題視されている。
今日のブログは、擁護するために書いているのではない。
観点を変えて考えてみよう。
人類が生まれ、どの時代でも、決して無くならないものがある。
その一つが、売春と称されるもの。
日本の売春防止法では、『「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交すること』と定義されている。
その歴史は、紀元前6世紀のギリシャのソロンの時代と言われている。
詳細は、このWiipediaを参照:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%B2%E6%98%A5
時代劇を見れば、ヤクザが、借金のかたで、町人、農家の娘を奪い、遊郭に放り込む下りがある。
遊郭が職業としてなりたっていた。
どの時代にも、売春はあり、防止法をつくらないと減らすことができないと考える。
このWikipediaを読むと、ヨーロッパでは、売春を合法としている国がある。
人類の歴史上、無くならないから、違法とせずに、認めちゃうという考え方か。
認めた国は売春は悪いことではないと判断している。
もう一つが、賭博。
賭博に関するWikipediaはここを参照:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%AD%E5%8D%9A
この記載記事によると、日本では、飛鳥・奈良時代には、すでに博奕などの賭け事の取り締まりが行われており、本人のほかその家の主人も同罪とされた。
中国では、三千年の歴史を持つと書いてある。
もっと、手短な事例を言えば、小学生の時からギャンブルの素養を持っている。
学校からの帰り道、電信柱毎に、ジャンケンをし、負けた子は他の子のランドセルを持って運んだ遊びをしていた。
ギャンブルという意識が無いにもかかわらす、ギャンブルを初めている。
ゲーム感覚で、ギャンブルは始まる。
賭博は、胴元が儲かる仕組みを簡単に作れるてしまうので、民間は駄目だが、公営としては認めている。
簡単に儲かる仕組みは、上がりの何%を胴元の沙婆代として取るかに、掛かっている。
競馬では、75%が配当金。25%は主催者の胴元に入る。
宝くじは、50%弱が配当金。
一攫千金の夢を持つのは、誰の心にもある。
どっちが勝つか賭けようは、ギャンブルである。
TV番組の矛盾(ホコタテ)も、お金こそ賭けていないが、ギャンブル番組と言える。
『お試しかっ!』 帰れま10!も、ギャンブル番組とも言える。
ノーミスでベスト10。全てを当てることができれば、出演者には賞金100万円。
こう考えると、クイズ番組は、ギャンブル番組と言える。
この2つ(売春と賭博)は、多分、今後も無くならないと考える。
私は、推奨している訳ではない。
何千年の人類の歴史上、今まで、無くならなかったと言っているだけである。