「紙づくりに必要な材料はなにか」と尋ねると,返って来る答えのなかに必ずといってよいほど「糊!」が入ります。それも,自信満々に。理由を尋ねると,「繊維と繊維をくっ付けるため」という答えが返ってきます。「洗濯用の液体糊を入れるのを見たことがある」「実際にそれを入れて漉いた経験がある」なんていう声も出てきたり。
それらは,糊が接着役を担っているという先入観にもとづいています。ただ,“先入観”はあくまで思い込みです。紙を漉くのに,糊の類いを入れる必要はちっともありません。水の中で繊維をかき混ぜて均一に近くバラけさせておき,それを使えばいいのです。紙材料として要るのは,植物繊維,そして水だけ。
私家版『野草和紙作り入門(Ⅰ)』
これはずっと以前に取り上げた話題でもあります。簡単にいえば,水が接着役を果たしているからなのです。ミクロの世界の話になりますが,水分子が繊維と繊維とをくっ付ける役を果たして,それが蒸発すれば繊維同士はなかよく手をつないでいるというわけなのです。これを化学用語で“水素結合”と呼んでいます。
ちなみに,水以外の液体のなかで漉くと紙はできません。たとえば,身近で扱いやすいものにアルコールや石油があります。このなかに植物繊維を入れて漉いても,乾いたあと繊維を触ると,もろくもボロボロッと崩れてしまいます。植物繊維なのに紙にならないのです。
話をもとに戻しましょう。先に,この水に紙料を入れてかき混ぜると説明しましたが,実際に漉くとなると,均一な紙にはなかなかなりません。漉いた直後に湿紙を透かしてみればわかりますが,繊維があちこちで綴ったようにかたまっているところ,繊維がすくないなあと感じるところが入り乱れています。
わたしたちが日常使っているふつうの紙も,透かして繊維を見ると,濃淡があることがわかります。別の言い方をすれば,まだら模様に見えるでしょう。それも繊維の微妙な多さ。少なさを物語っています。繊維が多いのは繊維同士が密着しているからです。濃淡がはっきり確認できる紙ほど,紙質としてはよくありません。
この濃淡を防ぐ方法が“粘剤“を入れる手なのです。粘剤は“ネリ”とも呼ばれています。“ノリ”ではありません。この点が重要です。粘剤は文字通り,粘りのある液です。たとえば,オクラを食べるときの粘り気,納豆を食べるときの糸を引っ張るような感触を想起してみてください。
これを水に加えて,紙料とともに万遍なく手で撹拌します。すると,はじめ指に絡みついていた紙料が指の間からスルスルッともれ落ちて,指に残らなくℬなります。これは,繊維一本一本が粘剤にくるまれて,繊維同士が密着しなくなるからなのです。この状態で紙を漉けば,繊維が均一に散らばった紙がつくれます。
粘剤を入れる効果はもう一点あります。漉き枠から水がしたたり落ちるのに,時間がある程度かかるという点です。粘剤が入っていなければ,水はあっという間に落ちてしまいます。ゆっくり水が落ちる場合,漉き枠を前後左右に軽く揺すって,紙の暑さを均一に整えることができるのです。
わたしの知る職人さんは,粘剤の材料としてトロロアオイの根から取り出す粘液を利用されています。自宅近くにあって,卒業証書を毎年手漉きしている小学校でも同じです。
トロロアオイはアオイ科の栽培です。からだの至るところに粘性物質が含まれています。根にはとくべつたくさんあります。それを木槌で叩いて,木綿生地で包んで水に浸しておくのです。木綿袋を持ち上げると,粘液がしたたり落ちるようになります。この液は生物性なので,夏期は腐りやすく,できるだけ早く使わなくてはなりません。保存は,防腐剤をつけた根を冷蔵庫に入れておきます。
この粘液には接着効果はありません。生物性ということばを使いましたが,粘液のまま外で放置していると,夏だと一週間で粘性がなくなります。はじめネバネバ,一週間でサラサラ,という感じなのです。要するに,漉くときだけにその性質を活かしているわけで,先人がこれを発見したスゴサを感じずにはおれません。
学校で紙をつくるとき,合成洗剤を入れる例があるようですが,以上のことを踏まえて,敢えて粘財として活用しようということでしょうか。繊維同士を接着しようということでしょうか。ちょっと気になります。
では,わたしたちが少量の紙を漉く場合,どうすればいいかという話になりそうです。この続きは次回に。