皿尾城の空の下

久伊豆大雷神社。勧請八百年を超える忍領乾の守護神。現在の宮司で二十三代目。郷土史や日常生活を綴っています。

黒糸威二枚胴具足

2019-05-14 19:37:51 | 郷土散策

 現在行田市郷土博物館では市制70周年記念として「忍藩の甲冑と刀剣」という企画展が見られる。

 企画展室奥に一際目立つ朱に輝く甲冑が目に入る。松平下総守忠明が大坂夏の陣で着用したと伝わる「黒糸威二枚胴具足」(くろいとおどしにまいどうぐそく)と呼ばれる見事な甲冑だ。

戦国時代より領主や武将は己の存在を示すため、具足に装飾性を求めた。要するに目立つことが求められた時代。昨今のインターネット動画にも似たようなことがあるのが面白い。炎上覚悟というものだ。特に兜は多様化している。ヘルメットの役割と共に、鉄板を尖るように張り合わせた形が出始める。突灰形兜と呼ばれる形だ。

(行田市HPより)

この具足は文政六年(1823)忍城主松平忠堯(ただあき)が忍東照宮に奉納したものとされる。具足が納められている櫃に「天璋院様御召替具足」とあり、天璋院とは松平家の祖松平忠明のこと。

松平忠明は父奥平伸昌、母は家康の娘亀姫で六歳で家康の養子になっている。

忠明は幼名を清匡と称したが二代将軍秀忠より「忠」の一文字をもらい受け忠明に改めている。以降松平家当主は名の一文字に「忠」をつけることが習わしとなっている。

姫路藩主時代、三代家光公より異国船が侵入した際は、西国大名を指揮するよう命じられたほど信任も厚い人物であったとされる。

甲冑が時代を超えてその人物の人柄まで伝えるようで実に面白い。

 また同じ黒糸威二枚胴具足は徳川四天王と呼ばれた榊原康政所有のものが有名で、こちらは国の重要文化財に指定されている。家康から直に拝領したとされるものだ。

 榊原康政は館林城主を務め、徳川家康を近くで支え幕府の成立に大きく貢献した人物であるが、二作前の大河ドラマ(おんな城主井伊直虎)

では尾美としのり氏が演じていた。井伊万千代(直政)演じる菅田将暉が必死に榊原康政に直訴するシーンが印象に残っている。

刀剣や甲冑が時代を超えて多くの物語を伝えてくるようだった。

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弘法大師と我空薬師(がっからやくし)

2019-03-11 22:25:49 | 郷土散策

行田市長野林地区に建つ薬師堂。縁起によればその昔弘法大師がこの地で加持祈祷をし、木を植え薬師如来を祀るよう人々に人々に諭したという。大師は「信仰の篤い人々が頼めば、必ずご利益を与えてくださる」といってこの地を去ったという。

 いつのころからか、植えられた木は光り輝くようになり、夜道でも薬師堂にたどり着くことができるようになったという。

その後、木の根元から泉がわき、その湯に浸かると万病に効いたとされる。「薬師の井」として評判が立ちそのころから夜になるとどこからともなく森の中から「ガッカラ、ガッカラ、、、」と唐臼を引く音が聞こえるようになった。その音が薬師様から聞こえるということで、「ガッカラ薬師」と名がついたという。

評判となった「薬師の井」は近隣からも水を受けに来る人々が絶えなかったが、いつしか心無い者が目を付け、勝手に浴場を開いて大繁盛となり「霊泉の町」となった。いつしか湯屋は歓楽街となり湯場のの権利で争いが絶えなくなると、享保期に忍城主阿部豊後守正喬は一帯の浴場を禁じてしまったという。しかし「薬水」の効き目は衰えず各地から水を受けに来る人は絶えることがなかった。

正徳六年(1716)この地の住職がなくなると、我空の森に葬られ、死体を埋めた人々は高熱にうなされたという。薬師様を穢した罰が下ったと口々にいうもので、亡骸を別の場所へ移すと、熱はたちどころに引き、皆正気を取り戻したことから、ガッカラ薬師の霊験あらたかと益々信仰を集めていったという。

弘法大師にまつわる伝承は若小玉地区にも残っており、全国でも五千以上あるとされている。特に大師がついた杖から泉が湧くという話は多く、その水は弘法水、御加持水と呼ばれ、大師が発見した温泉は近辺では群馬川場温泉や伊豆の修善寺温泉などがある。

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堰樋改築碑銘

2019-01-29 23:16:27 | 郷土散策

皿尾久伊豆神社大雷神社合殿境内には三基の石碑があり、うち二基は鳥居の脇に建っている。従軍乃碑と堰樋改築碑銘の二基。後者は特に皿尾の歴史を映す貴重な石碑だといえる。行田市教育委員会文化財保護課中島洋一先生にも一昨年地域の貴重な文化財として大切にするよう助言を頂いている。

 皿尾の地名の由来は、古く昔この地で陶器を製造した平坦な地という意味に由来する。同じ星宮地区の隣には関東最古の稲作集落遺跡小敷田中里遺跡があるように、古くから開けた場所であったという。皿尾村として忍領の中でも開けた農村部の歴史がある一方、忍川、忍沼(沼尻)と隣接し地下水位が高く排水に苦しむ一方、用水不足にも悩む土地であったという。

灌漑排水整備は近代まで続き、明治になって一度に煉瓦造りの堰が三基、樋菅一基が建造されている。『埼玉の神社』の記述にもあるように行田市は埼玉県でも最も多くの煉瓦水門が築かれ、その先鞭をつけたのがここ皿尾地区だという。

明治36年(1903)の建立で、碑文には皿尾村の用水路の水源は星宮村市西北の湧水であったこと、「外張堰」、「松原堰」、「堂前堰」と三基の煉瓦堰がいづれも同じ形式、寸法で建築されたこと、またその費用は県税の補助金のほかに、不足分は地元からの寄付金で賄ったここなどが記されている。

 高太寺裏に建つ「松原堰」


水源から引かれた水は外張堰から松原堰を通り、堂前堰を抜けて忍沼へ流れたという。

現在神社境内にはかつて東側(谷郷村)との村境に設置されていた「久保樋」と呼ばれる煉瓦管が残されている。いずれも日本煉瓦製造(深谷市)のもので、近代の灌漑設備需要に、近隣深谷市の煉瓦製造技術が大きく貢献したといわれている。

「田んぼの中の文明開化」と呼ばれ、県下でもいち早く農村部の開発が進められた土地としての歴史を物語っている。

 



 

 

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弘法大師と片萎竹(かたしなびたけ)

2018-09-15 20:17:34 | 郷土散策

 行田市指定記念物「片萎竹」は市内藤原町の民家にひっそりと残っている。不思議な竹で節間にできる縦じわと平滑な部分とが半分ずつ節ごとに交互にできるマダケの変種とされている。『かたしなびたけ』と読むそうだ。
『忍の行田の昔話』『忍名所図絵』にこのしなび竹にまつわる逸話が記されている。
 その昔弘法大師が若小玉の地を廻っていた際、歩き疲れふと見ると丘に竹林があった。農家の与八という男の家で大師は立ち寄り杖にと竹を所望した。ただの旅の坊主と思った与八は「家の山の竹は細く萎びているので杖にはなりません」と断ってしまった。すると翌年からは生えてくる竹すべてが細く萎びていて、丘そのものも平地になってしまったという。
 弘法大師はその後同じ村の千歳というものに同じく竹の杖を所望したところ、千歳は快く応じ、竹を切って差し上げたところ、大師は喜んで和歌残して去ったという。「しなび竹、色青く常の竹に変わることなし。俗にいう真竹なり。たとえば今年生えた竹を七月八月頃切りて乾かしたるがごとし」とあり一節おきに曲がっているので困った竹だといわれている。

その後成田村龍淵寺の指月上人という住職が弘法大師の跡を慕って千歳の宅を訪れ大師に倣って和歌を納めたという。
 とにかくに おもうようには なよ竹の
  ゆがまはゆかめ 人の世の中
(ゆがまはゆまめとは『そうはいかないよ』との意味)
思うにならない世の中で生きる意味を示しているように思う。
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忍の昔話 皿尾庚申様②

2018-06-07 22:18:35 | 郷土散策

 小高い丘の上に建つ庚申様は霊験あらたかで、地元の人々にも信仰されている。
その昔近くに住む小学校に上がる前の子供が、皿尾の庚申様の近くで遊んでいたとこのこと。庚申様の前で下駄の鼻緒が切れてしまったので手拭いを出して鼻緒をすげ変えようとしたがしゃがむのが面倒なので、庚申様の上に下駄をおいて鼻緒をすげかえた。
夕方になって仲間と別れて家に帰り、家の上りはなから座敷に上がろうとすると、急に腰が抜けてしまった。祖母が「どうしたんだ」と駆け寄って「どこかでいたずらしてケガでもしたんか」としつこく聞かれた。
 そこで庚申様の庭で遊び鼻緒が切れたので、すげ変えたことを話すと、祖母はどこですげ変えたのかと聞くので、仕方なく庚申様の上に下駄をおいて変えたことを話すと、「この馬鹿、庚申様が怒ったんだ」というと動けない子をおぶさってすぐに庚申様のもとへ行き、「ご勘弁ください」と祈った。すると痛みが消えて歩けるようになったという。

また別の言い伝えによれば、その昔「子隠し」の話が信じられている頃、よく子供がいなくなった。近所中が手分けして探し出すと、庚申様の前でうずくまっていたという。
今でも鬱蒼と茂る藪の中に建つ庚申様は人々のの暮らしを小高い丘の上から見ているようで、今日でも霊験あらたかのようだ。

 
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