
本書は、『大官(マンダリン)を殺せ』及び『縛り首の丘』の二つの短編を収録する。
『縛り首の丘』の主人公は、カスティリアの若き騎士ドン・ルイ・デ・カルデーナス卿である。
エンリケ4世治下の1474年、叔父からセゴビアの屋敷を相続した。信仰厚いドン・ルイは、毎朝夕ピラール聖母教会に参詣する。ほどなく教会で一人の女性を見そめた。ドン・アロンソ・デ・ラーラ卿の奥方リオノールの君であった。
気を引こうと試みるが、返ってくるのは無垢な、というより無関心な視線のみ。ドン・ルイは、希望なきことを悟って身をひく。
しかし、彼の情熱は嫉妬深い夫の注意を引いた。ドン・アロンソは妻とともに田舎の別荘へ移り、厳重に防備したが、憎悪と猜疑に心はなぐさまなかった。ある日、妻に強要して一通の書状をしたためさせる。愛の告白と密会の手配を告げたものである。リオノールの君は夫の詭計に気づき、同時に、自分に熱い視線を送っていた若者を記憶の底から掬い上げる。彼女は、若者のために聖母に祈った。
ドン・ルイは宵闇の訪れとともに出発した。月明りの道は縛り首の丘を通る。丘で呼びとめる声がした。声の主は、丸太から吊り下がっている死体であった。別荘まで供をした死体は、ドン・アロンソの一撃を受ける。ドン・ルイの身代わりとなったのだ。
翌日、ドン・アロンソは、ドン・ルイが健在で、自分の短剣は死体の胸に突き刺さっていることを知る。畏怖の余りしだいに衰弱していったドン・アロンソは、聖ヨハネの日の明け方、石のバルコニーの下でついに息絶えた。
ドン・ルイとリオノールの君は華燭の典をあげた・・・・。
要約すればかくのごときストーリーだが、じつのところ、要約しては妙味が洩れてしまう。
細部の味つけが抜群なのだ。
嫉妬に狂うドン・アロンソの奇矯な行動は、ドン・ルイ暗殺(未遂)の伏線となって説得力がある。
しばり首の丘の不気味な情景のていねいな描写は、読者を気づかぬまにすんなりと幻想へ入りこませるし、ひとたび幻想のうちに入りこめば、動く死体になんら奇異の念を抱かせない。聖母への祈りが間奏曲のようにくりかえし挿入されて、宗教とは縁のない読者にも、だんだんと奇蹟を受容できる素地をつくっていく。
神は細部に宿りたまう。
幻想小説も細部に宿る。
□エッサ・デ・ケイロース(彌永史郎訳)『縛り首の丘』(白水uブックス、2000)
↓クリック、プリーズ。↓


