語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【中東】に敵をつくった安倍政権 ~二つの愚策~

2015年02月07日 | 社会
 (1)日本と世界は大きな曲がり角に直面している。今回の事件が、その現実を突きつけた。広い視野で事件を捉え直さねばならない。
 安倍晋三・首相の中東歴訪は、中東の安定とは違う展開を招いた。つまり、シリア内戦で欧米が作り出したお化けのような存在(「イスラム国」)が、国際政治の一つのアクター(行為者)として機能する既成事実づくりを日本は促進した。「国ではない」と日本政府は強調するのだが、「イスラム国」は今やリアルな存在になってしまった。

 (2)日本政府のメッセージの中身と発信の仕方に重大な問題がある。
 1973年の二階堂進・官房長官談話(イスラエルのパレスチナ占領を警告)以来、歴代政府は中東の市民の間に「日本は欧米とは違う」との印象を確保し続けてきた。
 2001年からは、河野洋平・外相(当時)の提唱で、日本とイスラム諸国の知識人が「イスラム世界との文明間対話」を行い、「日本は欧米とは違う」との認識を分かち合ってきた。
 だが、このプロセスは2012年末(民主党政権下)に打ち切られた。

 (3)第二次安倍政権発足後、イスラエルとの関係強化が世界的に見て際立つ。
 その象徴が1月の首相中東訪問だ。首相は、イスラエルに多くの時間をあて、ホロコースト記念館で「特定民族を差別し憎悪の対象とすることが人間をどれだけ残酷にすることか」と語った。しかし、「ナクバ」(パレスチナ人の民族浄化や追放)には触れなかった。
 イスラム世界は、日本の立ち位置が大きく変化した、と観察したに違いない。
 その上首相は、人質事件の表面化を受けて、イスラエル国旗の脇で「テロに屈しない」と態度表明した。
 政府のみならず日本のメディアや識者の多くも、なぜかイスラエルのことに触れない。ここに大きな落とし穴がある。
 これでは、首相がいくら「国際社会とともに」と繰り返しても、日本の言う「国際社会」とは欧米であり、イスラエルであり、有志連合に加わる穏健イスラム諸国の政府である・・・・とイスラムの市民は認識することになる。

 (4)逆に、「イスラム国」は今回、日本を新たな「敵」と位置づけることで、国際政治における存在感を作り出した。世界のムスリム市民に、従来とは違った対日観を植えつけることに成功した。
 さらに問題なのは、対日観をめぐって、東アジアと西アジアの「一体化」が促進されてしまったことだ。
 日本は、東アジアの近隣諸国とは歴史認識問題を抱え、真の意味での戦後70年を総括できていない。そんな日本だが、西アジアないし中東では、ムスリム市民はこれまで、被曝国家にして平和国家の日本に敬愛の念を抱いてきた。
 しかるに、今回の事態を受けて、根本的に変化した。
 東西アジアの日本に対する認識が負の方向で合体する恐れがある。

 (5)拘束された日本人2人がいることを知りながら、それをなおざりにして中東を訪問した。
 しかも、発信されたメッセージが不用意に組み立てられたことに最大の問題がある。
 戦後70年の日本のありようが、アジアの東西から緊迫感を持って問われている。

□板垣雄三(東大名誉教授)「「イスラム国」リアルな存在に」(神戸新聞 2015年2月3日)
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 【参考】
【中東】なぜ「イスラム国」がはびこったのか
【中東】崩壊の抑止というシンポ ~「イスラム国」どこから来たか~
【古賀茂明】日本人を見捨てた安倍首相 ~二つのウソ~
【古賀茂明】盗人猛々しい安倍政権とテレビ局
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~

【中東】なぜ「イスラム国」がはびこったのか

2015年02月07日 | 社会
 (1)なぜ「イスラム国」がはびこったのか。
 「イスラム国」は、現在こそラッカ(シリア北部)に拠点を置くが、バグダディ指導者はイラク出身だ。側近二人も、もともとは旧フセイン政権の軍人だ。
 「イスラム国」構成員は、インタビューにおいて「われわれの存在は米軍の刑務所なしにはあり得なかった」と語っている。バグダディ自身、米軍管理下にあったアッカ収容所(イラク南部バスラ)に拘束され、そこで過激思想を持つようになった、とされる。
 イラクを占領した米兵は、テロ掃討作戦の名目で、地域の男性、ときには女性や未成年まで、テロに関与した証拠もなく拘束した。収容所では全裸にして殴る蹴るの暴行、電気ショックや性的虐待などが繰り返された。米軍への怒りゆえ「過激派の養成所」のようになった。

 (2)フセイン政権崩壊後に米国の後ろ盾で発足したイラク政府の罪も大きい。
  (a)旧政権の軍人や役人らを公職から追放。
    →これらの層が後に「イスラム国」に合流している。
  (b)イスラム教シーア派至上主義者が主導する政府によって、スンニー派を迫害。
    →これこそ、兵力2万~3万人程度の「イスラム国」がイラクでも勢力を拡大した原因だ。

 (3)2005年以降、イラク治安部隊やシーア派民兵は、スンニー派というだけで人々を数万人規模で拘束した。
 中には、電気ドリルで体中にアナを開け、そこに酸を流し込むなどのすさまじい拷問の末、殺害された者も多い。
 首を切断するなどの残虐行為は、「イスラム国」の「専売特許」ではなく、シーア派民兵もさんざんやってきた。
 昨年末、「アムネスティ・インターナショナル」がその実態を報告、責任追及を求めたが、国際社会の反応は非常に鈍い。
 1月にも、ディヤラ州(イラク中部)の村をイラク政府シンパの民兵が襲い、72人を殺害している。
 
 (4)イラク西部では、2013年末、非暴力の抗議活動を政府が武力で弾圧。
 以来、現在に至るまでテロ掃討の名目で、ファルージャやラマディなどの都市へ空爆や砲撃を実施し、数十万人が避難民となっている。
 これらの地域の住民にとっては、イラク政府こそ最大の敵だ。本音では「イスラム国」を忌み嫌いながらも、「敵の敵は味方」と手を組まざるを得ない状況にある。

□志葉玲(フリージャーナリスト)「シーア派による迫害が背景」(神戸新聞 2015年2月3日)
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 【参考】
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