語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【東京都】カモがネギしょって ~外添知事の「官民ファンド」~

2015年02月12日 | 社会
 (1)東京都が、高齢者施設や子育て支援施設などの整備を促進するために、「官民ファンド」を立ち上げるという。
 民間資金も呼び込む。都の信用力により資金が集まりやすくなる、という狙いか。
 外添要一・東京都知事は東京の国際金融センター化を掲げている。その政策の一環らしい。

 (2)昨年、東京都は豪ドル建てで個人向けの都債を発行する、というとんでもない金融構想をぶちあげた。証券会社のセールス・トークそのまま乗せられたような政策で、都民にとってはメリットがなく、証券会社だけ儲けさせる構想だった。
 もともと東京都は、金融関係者にとってはカモになる「おいしい」役所なのだ。
  ・役人は金融のことを知らない。
  ・素人のトップが誰かの口車で決めてしまっているような状況が続いている。
 かくて悲惨な事態が起きる。端的な例が、石原慎太郎・都知事時代の新銀行東京だ。
 新銀行東京は、東京都が1,000億円、民間が200億円弱出資した。「官民ファンド」みたいなものだった。2005年4月から開業したが、3年ほどで累積赤字が900億円となり、事実上倒産した。結局、東京都の1,000億円と民間の200億円は、ほとんど回収できなかった。

 (3)新銀行東京は、東京都の信用力で預金を集めて、それを融資して利益を上げるという目論見を持っていた。
 これは、外添知事が構想する「官民ファンド」とそっくり同じ構図だ。
 新銀行東京の問題点は、銀行業務の根幹である貸し付けがうまくできなかったことに尽きる。
 貸し付けは、「言うは易く、行うは難し」の典型だ。預金を集めることはできても、それをうまく貸し付けて利益を上げるまでいかなかった。それどころか、貸し付けの回収ができないで、不良債権の山ができて、銀行経営を破綻させた。
 「官民ファンド」は概して、資金調達はできても、それをどこに投資&回収するかがうまくできない。うまく投資&回収するには、多少の「えぐいこと」もやらなければならない。<例>回収する際に、ただ単に「返してください」というだけでは駄目で、サ ラ金の取り立てほどではないにしても、その一歩手前までは民間ならやる。とても役人や役人上がりではできないのだ。

 (4)金融というと、高給取りのイメージがあって、何やら知的な感じもする。こうしたものに東大出のエリート外添知事は弱いらしいが、金融の本当の怖さを知らない。
 以上のような事情を踏まえれば、「結果」の予想は難しくない。
 「官民ファンド」を作っても、官はカネだけ出させられて、それをちゃっかり利用するような百戦錬磨の人たちに身ぐるみ剥がされるだけだ。新銀行東京のように、多額の不良債権となって、出資金はパーになるのがオチだ。
 うまい話に乗せられやすい役人とのコンビは、金融界から見れば、カモがネギをしょってくる図だ。
 ほんの10年前の新銀行東京の悪夢が再現する日は近い。

□ドクターZ「カモられる? 東京都の官民ファンド ~ドクターZは知っている~」(「週刊現代」2015年2月21日号)
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【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~

2015年02月12日 | 社会
(1)格差拡大は本当か ~r>gは当然という素朴な問い~
 さまざまな国で所得格差および資産格差が拡大している。これが、『21世紀の資本』が示す最大の主張だ。
 (a)世界の格差に最も関心が高い人々は、世界銀行を始めとする開発援助関係者だ。彼らの常識では、世界のそれぞれの国の中で格差は開いているが、世界全体で見ると格差は縮小している。
   一見、われわれの常識とかけ離れているように見えるが、ここ数十年で、極めて人口の多い国(インドと中国)が急速に所得を上げてきた。これにより、世界全体で見ると、実は格差が縮まっているのは間違いないことなのだ。・・・・こう指摘した人の代表格は、ケネス・ロゴフ・元世界銀行チーフエコノミスト、ほか多数。
   実は、これに対して、すでに本書でコメントがある。
 こうした世界的な格差の縮小は、途上国が先進国に追い付こうとする高度成長により実現されている。でも、追い付いてしまったらどこも経済成長は停滞し、いずれは各国内の格差拡大だけが効いてくるのだ・・・・。
   国内の格差と世界全体の格差は、しばしば混同され、不毛な議論につながりかねない。格差問題を論じるには、この両者の区別を押さえておかねばならない。

 (b)独自のデータに基づき、特に米英の格差は開いていない、という反論がある。英「ファイナンシャル・タイムズ」紙が英語版刊行直後に出した。
   その内容の多くは、すでにピケティ自身が詳細に反論し、ほぼ否定されている。今でもピケティ批判に持ち出されることがあるから経緯を知っておくべきだが、反論としての内容に見るべきものはない。

 (c)r>gの式は『21世紀の資本』といえばこれ、というくらい有名になった。資本収益率は経済成長率より大きい! だから、資本を持っている人の方が、普通に働いて稼いでいる人より所得を増やしやすい。これが持てる者と持たざる者の格差拡大の原動力なのだ。・・・・これが非常に単純化した本書の主張だ。
   既存の経済学の一部成長論は、20世紀前半のデータに基づいてr=gだと想定していた。しかし、実際に数百年分を見ると話が違うよ。・・・・これが本書の大きなポイントとされる。
   これを見た人々、特にファイナンス系の人々は、学者も実務家も首をかしげた。資本の収益は投資だから、リスクを背負って行った結果だ。リスクを負うなら、その分儲かる見通しがないと、誰もヤバイ投資に手を出さない。だからrが高いのはリスクプレミアムに過ぎないのではないか。そもそもr>gでないと、資産価格の決定式が成り立たない。
   既存経済学からも反論が出てきた。その、現時点での集大成が米国経済学会総会(2015年正月)におけるピケティをめぐる討論会だ。その座長を務めたグレゴリー・マンキューがその場で発表した論文は、議論を面白くするため意図的に挑発的な突っ込みを満載していた。その題名からして意地が悪い。「r>gって、その通りですが、それが何か?」
   「いずれr=gになるにしても、それまではr>gが続くのは既存の経済学の枠組みでもごく当然だ。それは本当にすごい発見なのか? そして、これが本当に格差拡大をもたらすのか?」【マンキュー】
   ピケティの主張だと、格差拡大は資本の増大から生じる。そのためには、資本の所有者はrの一部を貯蓄・再投資しなければならない。でも、その投資を増やすと消費する分が減る。現在と未来の消費を最大化するよう効率的に貯蓄すると、格差は拡大せずにある一定の水準で安定する。マンキューは、これをシンプルなモデルで示した。すると、r>gが格差を生むと言えるのか?
   マンキューが突っ込んだセッションで、ピケティはマンキューの批判をおおむね認めた上で、r>gが格差に作用するメカニズムはもう少し複雑だと述べている。
   モデルはどうであれ、現実にデータで格差拡大が示されているのはピケティの強みだ。とはいえ、格差の生まれるメカニズムについては、まだ議論の余地があるようだ。

(2)人的資本の扱いと住宅比率の大きさ ~資本の中身への疑問~
 ピケティの扱う資本の中身に注目した批判も多い。
 (a)最たるものはピケティは人的資本を扱っていない、という批判だ。ピケティの資本(資産)は、物理資本や金融資本だけとなっている。しかし、現代の経済では、人間の技能を含む人的資本こそ、最も重要な生産資本といわれる。それを無視してよいのか?
   ピケティは、すでに本書の中でこの点に触れている。計測が困難だし、高い技能を生かすには高い資本が必要だ(<例>IT技能は高度なIT設備抜きには意味がない)。だから、物理資本にも人的資本が反映されている、とおいうものだ。
   が、(1)-(c)の米国経済学会総会で、ついに人的資本を試算し、それに基づき分析をやり直した結果をデヴィッド・ワイルが発表した。それによれば、資本の増分のほとんどは人的資本なのだ。すると、お金持ちが資本を独占して儲けを独り占めしているというピケティの構図とは、話が違ってくる。

 (b)ピケティは、トップ1%層の資産は事業資産、金融資産で、彼らのシェアが近年大きく伸びた、と述べる。たしかに、近年、経済の中での資本は大きく増えている。でも、その増分のほとんどは住宅なのだ。
   住宅は、むろん賃貸すれば収益資産になる。しかし、どの先進国でも6割程度は持ち家だ。ピケティは、持ち家でも賃貸に出した場合の家賃と同じだけの効用を得ているから、といってその保有者は資本収益を得ている、と言う。しかし、これは適切だろうか。rの計算の相当部分がこの実態のない仮想的な家賃なら、r>gの意味合いも変わってくるのではないか。
   これにつても(1)-(c)の米国経済学会総会で、アウエルバックとハセットが触れた。また、これをもっと精緻に計算したロンリー論文(マサチューセッツ工科大学学生)や、住宅価格を実際の家賃から求めて計算し直したボネ、ボノ、ワスマー論文(パリ政治学院)の分析だと、資本はそんなに増えていないことになる。
   こうした批判に関して明確な反論はまだない。ただ、これは資本価値の計測方法の想定による部分も大きい。いずれ、どこか中間の辺りで、資本増分は少し控えめになり、その一部は人的資本に帰属し、ピケティの主張は少し弱まるが、おおむね成り立つ、という具合に。コンセンサスができるまでに、当分議論は尽きそうもないが。

(3)格差縮小の手は他にないのか ~資本税への批判~ 
 ピケティが格差拡大への処方箋として挙げたのは、グローバルな累進課税だった。世界的な情報共有で、金持ちの保有資産を正確に捕捉し、累進税をかけよ。
 むろん、この案にお金持ちは即座に猛反発した。そんなことをしたら、金持ちのやる気がなくなるし、投資が減って経済が停滞する。成功者への敬意を欠いたけしからん提案だ、うんぬん。
 (1)-(c)のマンキュー論文は、これについても説得力のあるモデルで裏付けた。資本に課税すると資本投資は下がるし、その結果労働者の賃金も下がってしまう。これは得策か?
 実は、ピケティの本には、資本と経済成長をつなぐ議論はまったくない。全てはトレンドで議論されている。このため、資本がどうなろうと経済成長には影響しないことになっている。
 実際は、そんなはずはない。
 ピケティは、本書の中ですでに反論している。「1950年代や60年代は税率が高くても経済成長したし、投資もイノベーションも起きた」というものだ。確かにそれも事実だ。
 どう解釈すべきなのか。
 本書でピケティは、グローバルな累進資本税の長所を指摘するため、他の多くの格差削減にかなり手厳しい評価を行っている。このため資本税以外に格差縮小の方策があまりないかのような誤解も広まっている。
 これに対して、アンソニー・アトキンソン(ピケティの共同研究者)がちょっとくさす論文を英国社会学ジャーナルのピケティ特集に載せた。他にも格差縮小に役立つ方策はある、とその方策を羅列したものだ。相続税や所得税の強化、人材育成や労働組合の強化、最低賃金やベーシックインカムなどもあり得る。資本税ばかりを見ていてはいけない、うんぬん。
 こうした批判は、やっと登場し、広まってきたばかりだ。ピケティもすべてに反論できてるわけではない。
 また、当然のことながら、ピケティの議論を補い、もっと拡充発展させる議論も出始めている。<例>岩井克人が、企業統治の思想面でピケティの議論を補おうとしている。
 批判は否定ではない。今後、ピケティの格差論(特にそのデータ)を中心に、これまで光の当たりにくかった格差分析がますます活発となり、いずれ政策にも影響するはずだ。ここで触れた各種の議論も、その基盤を固める重要な貢献となるのは間違いない。

□「週刊ダイヤモンド」2015年2月14日号の「特集1 そうだったのか! ピケティ『21世紀の資本』」の「第3章 もっと知りたいピケティ」の山形浩生(『21世紀の資本』の訳者)「日本に先んじ米英で沸騰中 ピケティめぐる経済学論争」
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 【参考】
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~