語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】中野重治「Impromptu Ⅰ」

2015年07月09日 | 詩歌
 たかい書物を買いこんで
 おれはまたもや気がふさぐ
 そうしておれは思い出す
 おれの先祖のだれ一人
 おれに書物はくれなんだと
 なるほどお経は伝わったが
 あれはお経で本じゃない
 けれどもおれはやるだろう
 おれがじじいになっちまい
 息子が あるいは娘が大きくなったとき
 --これはとっつあんが若いとき
 こんなわけあいで手に入れて
 胸をときめかせて読んだもの
 受けた影響かぞえれば
 まずこれこれといったとこ
 おまえにゃ向かぬか知れないが
 まあ持ってって読んでみな・・・・
 息子の拒絶をおそれつつ
 いささか照れて言いながら

 さらにもおれは欲ばって
 その上こんなに考える
 おれの息子も孫を生み
 そいつが大きくなったとき
 じじいになった息子めが
 ある日孫めをつかまえて
 --これはとっつあんが若いとき
 じさまがわしをつかまえて
 こんな説教鳴らしつつ
 このとっつあんにくれたもの
 そしてやっぱりとっつあんが
 胸ときめかせて読んだもの
 受けた影響かぞえれば
 まずこれこれといったとこ
 おまえにゃ向かぬか知れないが
 まあ持ってって読んでみな・・・・
 孫めの拒絶おそれつつ
 いささか照れて言いながら
 例の本をば出すだろう

 してみれや本はやすいもの
 世間のおやじよおふくろよ
 または息子よ娘らよ
 たかい本なぞつい買って
 おまえの気分がふさいだら
 たとえ子持ちでなくっても
 おまえをとっつあん またかあちゃんに仕立てあげ
 息子や娘を配置して
 そして気分をなおすがいい
 それがほんとの本好きの
 本を大事にする仕方
 してまた子孝行孫孝行
 人の人たる気なぐさめ
 社会的衛生といったもの
 なんかんとおれが手のなかの
 買った本をば眺めつつ
 頬っぺたあたりをさすりみる

□中野重治「Impromptu Ⅰ」(『中野重治詩集』(岩波文庫、1978))
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 【参考】
【詩歌】中野重治「雨の降る品川駅」
【詩歌】中野重治「わかれ」
【詩歌】中野重治「あかるい娘ら」
【詩歌】中野重治「しらなみ」
【詩歌】中野重治「浦島太郎」
【詩歌】中野重治「豪傑」

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