水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」
ワシの「氣入れ水晶」がモテだした。
だがワシの「氣」が認められたわけではない。
御先祖様の「氣入れ」が認められているのだ。
これって・・・超ラッキーだぁ。
ワシはいわば他人のフンドシで相撲をとってる。
い、いや、これは正しくない言い回しだ。
御先祖様は他人に含まれない。
ワシは相撲をとるほど根性が無い。
だが御先祖様は現実にいない。
そして、利があるとしたらワシだ。
フッフッフ・・・ラッキーだぜ。
い、いや、それも正しくない言い回しだ。
利があるとしたら・・・購入した人達だ。
多分・・・購入金額の百倍超の影響を出すだろう。
ワシがキチンとした値段をつけられないからだ。
貧乏が身に染みているので、安いのだと思う。
元々、値を付けられない対象物だ。
だが、ウソだと思う人は決して買ってはいけない。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
ワシは(御先祖様の御蔭で)根性無しだ。
だから鉱物は純化作業をしないモノ。
それなら水晶が適している。
原石をそのまま使える。
純化のままの結晶だ。
ワシは御先祖様の御蔭で「氣入れ」が得意だ。
しかも・・・もしかしたら・・・
通常の氣功よりもマトモかもしれない。
マトモな御先祖様からの能力だからだ。
通常の氣功はワシの「いいかげん」が混じる・・・
混じっている・・・かもしれない。
ま、まぁ、小さな事にこだわるなよ。
だが「氣入れ水晶」は御先祖様のマトモな能力の塊だ。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
そうかぁ・・・そうだったのかぁ。
ワシの根性無しの謎が解明された。
御先祖様がマジメに働きすぎたのかぁ。
子孫のワシの分まで根性を使ったのかぁ。
ということは・・・・
ワシの子孫達は遠慮せず根性を使えるのだ。
ワシが今生では根性を使わういからだ。
子孫達はワシに感謝するだろう。
偉大な先祖(ワシのこと)を称えるだろう。
このように御先祖と自分と子孫は繋がっている。
それが何であっても御先祖様達の御蔭だ。
ワシの場合は「氣入れ」能力だった。
生命を賭けて「氣入れ」した御先祖様の御蔭だ。
御先祖様達には感謝している。
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鉄を純化する。
熱して打つ。
そして水で冷やす。
その過程で鉄(Fe)にC(ビタミンではない)が混じる。
すると鋼になる。
鋼は硬いのだ。
「氣入れ」の対象が硬いモノは「氣入れ」も難い。
(とても高度なダジャレだが、意味ねぇし受けない・・・)
だが上手く入れば、強固に結びつく。
ちなみに本妻は恭子というが、
ワシと強固に結びついているとは思えない・・・。
ワシなら鉄を鋼に変えるような根性は無い。
「氣入れ」は容易いが、純化作業は大変だ。
槌は重いし、火は熱い。
たぶん・・・御先祖様達はマジメに一生懸命した。
だから、ワシが使う根性分まで使ったのだと思う・・・。
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御先祖様達は(たぶん)マジメだった。
マジメでないとケガをする。
真剣でないと・・・真剣は創れない。
何代も続いていたのだろう。
そのマジメさと「氣入れ」の能力。
そして不幸な事に
子孫にワシがいたのだ・・・。
しかも、その能力はワシが引き継いでしまった。
肝心のマジメは引き継がれなかった・・・。
この世はヒネクレているのだ。
モンクはグレちゃん(創造主)に言ってくれ。
御先祖様達が、そんな生業をしていたとは知らなかった。
だからノーテンキに過ごしてきた。
「氣入れ」なんて簡単だと思ってきた。
どうして、あまり他の人が出来ないのか不思議だった。
カチッとスイッチが入るのが自分でもわかる。
氣功師なら誰でも出来るのだと思っていた。
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刀鍛冶もいろいろある。
人を切る刀は「人切り包丁」という。
祖先が作っていたのは人切り包丁ではない。
守護の剣
破邪の剣
どの国でもあった宝剣の類だ。
刀鍛冶というより神職だった。
白装束で禊をする。
結界を張って祝詞を上げる。
あるいは真言(マントラ)を唱える。
そして鉄を純化する。
鉄を打つのに「氣」を入れる。
一打一打に「氣」を入れる。
一打一打を純化する。
「氣入れ」が出来なければ、この職は成り立たない。
守護と破邪の剣は「氣入れ」の塊なのだ。
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ワシの祖先がいる。
アナタにもいる。
祖先は・・・嘆いている?
ま、まぁ、そ、そんなもんだよ。
この世に生きている者は誰も同じようなものだ。
至らない事を体験する為にこの世にいる。
失敗を体験する為にこの世にいる。
嘆くのは祖先の仕事だ。
いずれアナタも子孫を見て嘆くのだ。
自分の事は棚に上げて・・・。
ワシの母方の曾祖母の話だ。
新潟の三条という所にいた。
曾祖母の家は代々の刀鍛冶。
やがて徳川時代から明治時代に移る。
それまでは幕府御用達の刀鍛冶だったそうだ。
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もともと故御師匠様はこう言った。
「この【氣】は光だからな」
だから「氣功」を「氣光」と書いた。
そう言われても、よく解らないし証明できない。
だけど、霊に対しては確かに影響が大きい。
霊が勝手に消えていく。
闇(病)や霊は光に弱いらしい・・・。
お前ェら、ドラキュラの親戚か・・・。
除霊だの浄霊だの騒がなくてもいい。
結構簡単に消えていく。
(まぁ、シツコイのもいるけど・・・)
この手の話は怪しくなるから適当に誤魔化す。
本気で話せば話すほど、怪しい・・・。
「霊」はもっと根本的な問題だけど、
それを理解してくれる人は少ないんだ。
だからまだ適当でいい。
わかる人だけがわかればいい。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
霊が霊のままで留まるのは「こだわり」があるから。
「こだわり」を解き放つのは「いいかげん」
そこで最近はワシの「氣入り水晶」がモテる。
置いておけば勝手に浄化されてしまう。
霊A「なんかさぁ、ここにいるのがバカバカしいやぁ」
霊B「この、いいかげんな雰囲気のせいね」
霊C「体(霊にも体がある)が勝手に軽くなるし」
霊ABC「あっ、浮かび上がるぅ・・・」
こうして、霊達は勝手に消えていく・・・。
「いいかげん」も活用できるもんだ。
ワシのようなタイプの氣功師も活用できるもんだなぁ。
当然、自画自賛唯我独善しようぜ。
ワシはエライ!
い、いや、エラクは無いけど、タマには役立つ・・・。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
どうも最近は霊の活動が活発だ。
霊といっても珍しいモノではない。
そんじょそこらにウヨウヨしている。
人間や他のモノと同じだ。
ただ目に見えないだけだ。
霊は本来は別の世界に行く予定だ。
だが予定が狂うのは日常茶飯。
それにしても「狂い」が多いなぁ。
この国はどうなってしまったのかなぁ・・・。
霊だけでこの世界(物質界)にいるのは場違いだ。
物質界は物質が主体の世界だ。
どうやら勘違いが増えたせいらしい。
世界は物質界のみだと勘違いしたままらしい。
霊もオッチョコチョイなんだなぁ・・・。
物質に「こだわり」過ぎてる。
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)