庭の「サンシュユ」の木に、黄金色の花が咲き、辺りをパーッと明るく映しています。
‘サンシュウ‘の花を見る度に、あの九州宮崎の民謡「ひえつき節」の一節を口ずさむ人は多い
と思います。
この地方では、民謡「ひえつき節」と共に椎葉平家の落人伝説「那須大八郎と鶴富姫の恋物語」
が語り継がれているのです。
「那須大八郎と鶴富姫の恋物語」
今から800年ほども前、壇ノ浦(山口県下関)で、平家と源氏の最後の戦いがくり広げられ、激戦
の末に平家は敗れました。 敗れた平家の兵士達は落ち武者となって、散り散りに全国各地に
に落ちて行きました。
その中のある一行は、険しい道なき道を通り山越え野を越えて、ようやく山深い「椎葉の里」に
たどり着きました。
「ここまでくれば大丈夫だ、こんな山奥までは追い掛けて来ないだろう。」・・・平家の一行はホッ
と胸をなでおろしました。
しかし、人のうわさは風に乗っていち速く、敵に知れ渡ることとなってしまい、源氏の総大将‘源
頼朝‘は、家来の那須与一(なすのよいち)に追討を命じました。
ところが与一は、この時病の床にあり、これに代わって弟、大八郎が椎葉の里に向かいました。
ようやく椎葉に辿り着いた大八郎でしたが、そこで目にしたものは・・・戦いを忘れ一心不乱に
畑をたがやす平家の人々でした。
「この者たちには、もはや源氏に対する憎しみや、敵意などない。」と知った大八郎は、「残党
どもは一人残らず討ち果たしました。」と、頼朝に偽りの報告をしました。
大八郎は、その後この地に屋敷を建て、この地で生きて行こうと心を決めたのでした。
それからというもの、大八郎は平家の守り神をまつる神社を建てたり、平家の人々に農業を
教えたりして、彼等の生活を助けながら、ともに暮らしておりました。
そんな生活の中で、大八郎は平家の「鶴富」という名の美しい姫と出会いました。
静かな山里で親しく話をするうちに、二人の間に恋心がめばえて行きますが、しかし二人は
源氏と平家のかたき同士です。
最初、二人は人目を避けて逢っていましたが、そのうちに大八郎は愛する鶴富姫と生涯をと
もにすることを決め、村人達も二人の結婚を祝福しました。
しかし、幸せな日々はそう長くは続きませんでした。・・・・
ある日のこと、「すぐに椎葉を離れ、戻ってくるように・・・」との頼朝の命が下りたのです。
その時、すでに鶴富姫は大八郎の子が宿していましたが、頼朝の命に背くことは叶わず
都に戻らなければなりません。
とうとう、椎葉の地を離れる日がきました。
大八郎は鶴富姫に向かって、
「とうとうこの日がきてしまった。おまえのお腹の子は確かに私の子だ。もし生まれてくる
子が男の子なら、私のふるさとによこしなさい。 もし女の子ならこの地で育てるがよい」
と言い残すと、親子の証しの品として刀を与えました。
大八郎が椎葉の地を離れた後に、鶴富姫は出産しました。 生まれた子は女の子でした。
母となった鶴富姫は、その子を大切に育て、その子が成長すると婿を取りました。
そして、愛してやまない大八郎の「那須」の姓を名乗らせたと言います。・・・・・・・・・
そう言えば、ひえつき節の歌詞からも、大八郎と鶴富姫の逢瀬が見えて来るようです。
この那須家の屋敷は、文化財として、今も椎葉の地に保存されているそうです。
※ひえつき節に「サンシュユ」とあるのは、正しくは「山椒」を指すようですが・・・・
~今日も良い一日であります様に~
稗搗節 hietukibusi 神楽坂はん子