撮りさるく

有名かとこっちゃ無名のとこっちゃ 写真ば撮ってさるくざい

長崎駅 2024年8月8日

2024-10-19 07:01:50 | 長崎
2024年8月8日(木)一泊二日の故郷出張を終え、墓参りも済ませでレンタカーを返却し


14時00分、長崎駅東口に至った。



何か看板があったので撮りたかったが、近くに中華系の人々が集まっていたゆえ、真正面からは断念し斜めから撮影



新幹線改札前に行ったら、迎えの人だかりが結構あって、改札からは白人や黒人の方々が出てきていた。翌8月9日は長崎原爆忌だったゆえ、報道関係者だったのであろう。その光景を見ながら、プー沈 お前いい加減にしろよ、妬ニヤフ お前やりすぎだろう と思いながら帰路に付いたのだった。

ダリルディクソンとリンガーハットちゃんぽん

2024-10-18 06:56:55 | 長崎
2024年8月7日(水)故郷 長崎へ一泊二日の出張


14時39分、長崎駅東口に降り立った。



駅隣接の商業ビルが完成していた。JR九州のアミュプラザというそうな。レンタカーの借り受け時間まで間があったゆえ入ってみた。



4階の電器屋さんに行ったらダリルディクソンの衣装というのがあった。ダリル ホールなら知っているが、ダリルディクソンというのは知らない。流行に疎くなったものだと思いつつトイレ小を拝借し、喫煙室で一服して退店した。



駅とアミュプラザを眺めた。アミュプラザ後方にある白いL字形の建物はマリオットホテルである。調べたら日本にマリオットホテルは9個しかなく、九州では長崎だけである。そういえば西口にはヒルトンもあったがそんなに需要はあるのだろうかと疑問に思った。この後レンタカーを受領して実家に寄り、墓参りなどした後、訪問先へ向かいひと仕事終えた。



そして23時43分、宿の近くに食うところがなく、何十年ぶりかで浜勝グループのリンガーハットちゃんぽんとギョウザを食った。味であるが、筆者が故郷にいた頃の40年前と比べたらウマくなっていた。

ピーチ176便にて長崎から帰った

2024-09-28 06:56:46 | 長崎
2024年6月2日(日)故郷での所用を済ませ、単身赴任宅へ戻る。


15次41分、長崎空港1階でピーチ自動チェックイン完了。最初に間違えて近くにあった全日空の機械でチェックインを試みて、ピーチの人にチェックインできないと申し出たのはちょっとした旅の思い出となった。



往路で見た龍踊りの飾りを見て



さらに龍踊りの陶板を見て2階に移動した。



窓から大村湾と多良岳を見た。



保安区域に入って16時29分、搭乗する機が入ってきた。折り返し17時05分発 18時15分関空着のMM176便となるのだ。



16時50分、搭乗開始



17時03分、着席



17時10分、滑走路に向けて動き出した。



17時14分、離陸後眼下に大村湾を見た。



17時16分、彼方に見えるは佐世保であろう。一泊二日の短い帰省であったが、故郷はやはりいいものである。

満寿美でウナギ食って安田産業汽船に乗船

2024-09-27 06:52:57 | 長崎
2024年6月2日(日)一泊二日帰省の所用をすべて終え


11時36分、弟と妹夫婦と四人で満寿美という料理屋に入った。店の前にカトリックのシスターがふたりおられた。



朝食をしこたま食ったので腹もさほど減っておらず、ウナギを食って生ビール一杯飲んだ。この後実家で少し休んで



妹夫婦にクルマで時津港まで送ってもらい



14時55分、長崎空港行き安田産業汽船が来たので



15時00分、長崎空港に向けて乗船、出航



15時02分、まだ時津港内というに結構上下に揺れ、波しぶきも往路より激しい。波は高くないのだが風が強く、海がうねっている状態だったので、波というより風にあおられての揺れと思うが、往路の快適さとは異なる船旅だった。
内湾で25分の乗船ではあるが、屋形船をちょっと大きくした船でスピードも出るので揺れやすいと思う。風が強い、白波が立っているという場合、船に弱い方は事前の酔い止め服用をお勧めする。

住吉亜紗藤ノ屋はウマかった

2024-09-26 07:07:08 | 長崎
2024年6月1日(土)所用で帰省、弟と妹夫婦の四人で晩餐


19時37分、生ビールで乾杯、ちなみに義弟は全く酒が飲めないのでノンアルコールビールであった。



造り盛り合わせ、やはり故郷の魚はウマい。



ごぼうチップス。初めて食ったがこれが激ウマ、ビールによく合う。



たしかアナゴだったと思う。



山芋たんざく、釜揚げシラス



五島牛の何か。激ウマだったが兄としての威厳を保つため、一口食って「あとはわいどんで食わんへ」といって弟と妹夫婦に譲った。長兄のツライ所である。



20時54分、何かのパイ。ウマそうだったがビールで腹いっぱいだったのでこれは3人に任せた。
この後妹が会計を済ませ退店。いくらだったか聞いたが支払いはいいという。判らないので万札を渡したら多すぎるというので、6千円渡したら受け取った。これから推測してひとり6,000円くらいだったと思う。

この後義弟の運転で帰宅。酔っ払いが3人も乗って申し訳ないが、こういう時の下戸というのは大変ありがたいもので義弟には感謝しかないのであった。

住吉亜紗藤ノ屋に行った

2024-09-25 06:25:02 | 長崎
2024年6月1日(土)所用で帰省、弟と妹夫婦と四人で晩餐という事になり


19時19分、住吉のアーケード街の中にある



住吉亜紗 藤ノ屋という居酒屋に行った。妹によれば長崎市内にいくつか店があり、長崎市役所の近くにあるのが本店と言っていた。人気の店ゆえ予約しなければ入れないという事で、妹が19時30分で席を予約済みだったのだ。入ろうとしたら、19時30分にならないと入れませんと言われ



206号線の佐世保方



長崎方を見たり



サンモール住吉アーケードを散策したりして19時30分入店



19時32分着席

安田産業汽船で時津港着

2024-09-24 06:55:58 | 長崎
2024年6月1日(土)所用で帰省


16時32分、長崎空港に降り立った。龍踊りの飾りを見た。長崎市民であれば帰ってきたという感慨が湧くであろうが、佐世保や島原の人々にしてみればあまり興味がないものと推測された。
この後ゆうちょATMで現金をおろしたら手数料100円だったか200円だったかを取られショックを受けた。長崎空港のゆうちょATMは時間帯にかかわらず手数料を取られるのでご注意いただきたい。



予定外の出費が痛かったゆえ、安い手段で実家に戻らんと



安田産業汽船の時津行き高速船に乗ることにした。往復2,600円でバスを乗り継ぐより安いのだ、



17時12分、長崎空港行きが反航、内湾ゆえ海況も良く快適な船旅だ。



船内はこんな感じ、三人掛けが通路を挟んで並んでおり乗船率は60%くらいだった。高校生の団体が20人くらい乗っていたがみな整然と真ん中から後ろに固まって乗船していた。



17時26分、時津港着、この後、妹夫婦と東京からやって来た弟と落ち合い、晩餐に出掛けた。

ピーチ175便長崎着

2024-09-23 07:01:13 | 長崎
2024年6月1日(土)所用で帰省、関空15時10分発 長崎16時25分着のピーチ175便に搭乗


16時13分、濁った諫早湾が見えた。



16時14分、雲仙岳千々石湾が見えた。



16時27分、長崎空港に着陸



16時31分、乗ってきた飛行機を見た。ありがとうございやす。

大野原高原

2024-02-23 08:12:50 | 長崎
2023年8月16日(水)


15時07分、東彼杵町は大野原高原に至った。



海洋県 長崎とは思えぬ風景だ。北海道のどこかだと言っても疑われぬであろう。



標高450m、自衛隊の演習場が高原の多くを占めている。



この高原は佐賀 長崎の県境に位置する。長崎県道6号線大村嬉野線の長崎 佐賀県境の辺りから、やって来た方向、長崎県東彼杵町側を振り返る。何もない。



県境の辺りからこれから進む佐賀県は嬉野市側を見た。茶畑があって、民家も散在しており、ここに限って言えば、佐賀の方が長崎より都会であった。

龍頭泉

2024-02-22 07:36:52 | 長崎
2023年8月16日(水)


14時42分、東彼杵町は龍頭泉の入口に至った。



急坂を下ると



千綿川が見えてくる。



そして14時46分、龍頭泉に到着、落差およそ15mという。



説明看板。東彼杵町のHPによると、弘化2年(1845年)、当地を訪れた豊後日田の儒学者 広瀬淡窓がこの渓谷の美しさに驚き、千綿渓四十八潭と称し世に広め、かつこの渓谷全体を一匹の龍に見立て、上流にある一番大きな八間滝と呼ばれていたこの滝を「龍頭泉」と名付けたとの事。



接近



下流の方向、沢山の家族連れで賑わっていた。



滝を堪能後、戻る。坂を登っていると、白人男性二人と黄色人の女性ひとり、合わせて3人とすれ違った。
ここは東彼、クルマのナンバーも佐世保ナンバー、長崎の経済圏を外れて佐世保経済圏という土地柄を踏まえると、男性は行楽で来た米海軍関係者、女性は恰好からしてガイドの人だったかもしれぬ。



上りは結構急で汗だくとなった。



そして14時56分、駐車場へと戻ったのであった。