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トルドー・カナダ首相の辞任と時代の潮流

2025-01-22 | 先住民族関連

 

西川恵・毎日新聞客員編集委員

毎日新聞 2025年1月21日

 カナダのトルドー首相が自由党党首の辞任を表明した(1月6日)。新党首の選出まで首相にとどまるが、4~5月に予想されている総選挙では政権交代は確実な情勢だ。かつて光彩を放っていたトルドー氏も、時代の潮流に取り残された感がある。

 トルドー氏は2015年、自由党党首として「新しい進歩的な時代を切り開く」との公約を掲げて当選し、首相に就いた。43歳の若さで、背も高く見栄えがよく、エネルギッシュでリベラル。「新しい世代の政治指導者の登場」として国際会議でもメディアの脚光を浴びた。

 政権を取った後のニューヨーク・タイムズ・マガジンとのインタビューでは「カナダには基本となるアイデンティティーはなく、あるのは価値の共有である。その価値とは開放性、相互尊重、共感、勤勉な労働、平等と正義の追求だ。これによって我々はナショナリズムを脱却(ポストナショナリズム)した最初の国になった」と語った。

 移民国家のカナダはアイデンティティーを追求していくと、特定の民族を重視することになりかねない。そうなると社会に対立と分裂を引き起こす。それを避けるため、「共通価値のまわりに人々が集まってできた国。これは偏狭なナショナリズムからの脱却でもある」と指摘したのだ。

 その理念的でリベラルな進歩的姿勢は際立っていた。子どもの貧困に取り組んで手厚い給付を行い、先住民族に対する政策の誤りを認めて和解を進め、最初の組閣で男女同数(各15人)の内閣を実現し、これは今日に至っている。18年には嗜好(しこう)用大麻を合法化した。なかでも注目されたのが寛容な移民政策だった。

カナダのトルドー首相=オタワで2024年11月26日、ロイター

 それまでカナダ政府は必要労働力として年間20万~30万人の移民を受け入れていたが、トルドー政権になって大幅に緩和。年間50万人台の移民が流入するようになり、14年に3500万人だった人口は23年には4000万人を突破。主要7カ国(G7)で人口増加率は最も高い(22年は年率2.7%)。

 ただこれに伴い住宅市場の逼迫(ひっぱく)、失業率の上昇、治安の不安定化、既存住民との摩擦が増加した。19年、21年の総選挙で自由党が単独過半数をとれなかったのも、移民政策に対する世論の強い不満があったとみられた。昨年10月、政権が25~27年の移民受け入れを年39万~36万人に抑制すると発表したのも政策の転換と受け止められた。

 トルドー氏に対して「移民には寛容だったが、移民が出身国や宗教で固まるのを防ぐための同化政策に力を注がなかった。将来的に社会に亀裂の種を宿した」との意見がある。また9年間の長期政権はカナダの寛容な社会の均衡を崩したと指摘する識者もいる。

 トルドー政権誕生前、民族問題を担当するカナダの閣僚に取材した時、「寛容な社会を維持するためには社会のちょっとした緊張も見逃さず、手を打つことが大事だ」と指摘した。一例として、ある私立学校が生徒にキッパ(ユダヤ教徒の帽子)をかぶるのを禁じて騒ぎになった時、政府がすぐに間に入って学校に撤回させたという。

 こうして保たれていた社会の寛容性と多民族融和のバランスが、移民の過剰流入によって崩れたとしたら、寛容な移民政策があだとなったと言わざるを得ない。政権の求心力の喪失には新型コロナウイルス対策、インフレ、スキャンダルなどもあるが、長期の移民政策がボディーブローのように効いている。

 トランプ米大統領(1月20日に就任)がカナダに米国との国境警備の厳格化を求め、関税の大幅引き上げを表明しているのも、リベラルなトルドー氏に対する意趣返しでないとは言えない。トランプ氏が米大統領だった17~21年、トルドー氏は米国とは対照的なリベラルな移民・社会政策を推進しており、トランプ氏は折々に同政権を批判していた。

 トランプ氏の再選を指摘するまでもなく、いま政治の潮流はナショナリズムへの回帰、反グローバリズム、理念の行き過ぎに対する反動という形で表れている。欧州でも一国中心主義や、移民に厳しい姿勢の政党が政権を握り(イタリア、デンマーク)、反移民の極右政党が閣外協力で政治に影響を及ぼし(スウェーデン)、オーストリアでは「極右」と称される自由党が昨秋の総選挙で第1党となり、連立政権を主導する可能性が高い。

 リベラルで進歩的なトルドー首相の辞任と一国中心主義のトランプ氏の大統領再登場は、時代の変わり目を象徴的に見せてくれている。

https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20250121/pol/00m/010/011000c

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