共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日はスヴェーリンクの没後400年祥月命日〜バッハにつながる《半音階的幻想曲》

2021年10月16日 15時20分20秒 | 音楽
今日は朝から冷たい雨の降る、生憎のお天気となりました。風もどことなく冷たく感じられるようになりましたが、湿度が高い分若干の不快感もありました。

ところで、今日はヤン・スヴェーリンクの祥月命日です。



ヤン・ピーテルスゾーン・スヴェーリンク(1562〜1621)はルネサンス末期からバロック最初期にかけてオランダで活躍した作曲家・オルガニスト・教育者です。後の時代に活躍したブクステフーデやバッハにつながる先駆者的オルガニストとして、北ドイツ・オルガン楽派の育成に大いに寄与した人物です。

スヴェーリンクは作品の対位法の複雑さや洗練さにおいて、バッハ以前の鍵盤音楽を代表する作曲家のひとりといわれています。また声楽曲にも熟練した作曲家で、シャンソンやマドリガーレ、モテット、詩篇唱といった250曲以上の声楽曲を残しました。

スヴェーリンクは即興演奏の大家としても有名だったようで、現在70点以上残されている鍵盤楽曲の多くは、1600年頃にアムステルダムで行われた即興演奏と同じようなものだったのではないかといわれています。また鍵盤楽曲に比べればより保守的な書法にはなりますが、声楽曲でもリズムの著しい複雑さや対位法の技巧の比類ない豊かさが魅力となっています。

スヴェーリンクの教師としての影響力は恐らく作曲家としての影響力は絶大で、門人にはヤーコプ・プレトリウス(1586〜1651)やハインリヒ・シャイデマン(1595〜1663)といった後の北ドイツ・オルガン楽派を代表するような作曲家を輩出しています。またスヴェーリンクの作曲家としての影響力は国際的で、彼がイギリスのジョン・ダウランド(1563〜1626)作曲の世界的に有名な《涙のパヴァーヌ》に基づく変奏曲を作曲し、逆にイギリスの作曲家ジョン・ブル(1562〜1628)がスヴェーリンクの主題による変奏曲を作曲していることから、彼らがドーヴァー海峡をまたがって異なる楽派同士での密接なつながりを持っていたことが垣間見えてきます。

そんなスヴェーリンクの代表作といっても過言ではないもののひとつが、オルガンのために書かれた《半音階的幻想曲》です。この時代の幻想曲は今で言うフーガのことで、曲名のとおり半音階で下降する旋律が主題になっています。

ということで今回はその《半音階的幻想曲》の演奏動画を転載してみました。

ただ聴いていただくと分かりますが、この動画のオルガンは何だか調律が狂っているのでは?と思うような半音階に聴こえます。しかし、これは決してポンコツなオルガンで演奏しているわけではなく、現在広く使われている平均律が開発される前の『中全音律』という古典調律でチューニングされたオルガンで演奏しているのです。

難しい話で恐縮ですが、中全音律というのは主に三度音程(例えばドとミとか)の響きの純正度を確保するために開発された音律のことです。ミーントーンと呼ばれることも多く、15~19世紀に主に鍵盤楽器の調律で使用されました。

このチューニングで演奏すると、例えばドミソのような和音を弾くとかなり美しく響きます。ただ三度音程に特化している一方で隣りあう音同士の距離感が平均律よりもバラついているため、平均律の半音階に慣れきってしまっている現代人からすると、中全音律での半音階は思わずズッコケてしまうような調子っぱずれ感が否めません。

それでもいくつかのフーガが重なっていくと、中全音律の響きの美しさというものが徐々に発揮されてくることに気づきます。こうした仕上がりになることを予測して作品を構築したスヴェーリンクの音楽が後のバッハにつながっていくことを思うと、彼の果たした歴史的意義の大きさを感じずにはいられません。

かつてヨーロッパには、中全音律をはじめ、キルンベルガーやヴェルクマイスター、ヴァロッティといった平均律よりも古い調律法でチューニングされたオルガンが沢山ありました。しかし、そうしたオルガンの多くが20世紀に入って平均律チューニングに『改良』されてしまい、こうした古典調律のまま残されているオルガンは今や貴重な存在となっています。

今年はスヴェーリンクの没後400年のアニヴァーサリーイヤーでもあります。ということで、今日は半音階を多用したスヴェーリンクの名曲を、中全音律という独特の響きでお楽しみください。


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