共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

甦った渡辺崋山『厚木六勝図』

2020年10月25日 17時50分35秒 | アート
今日も穏やかないいお天気に恵まれました。そんな陽気に誘われて、今日はちょっと出かけてみることにしました。

やって来たのは厚木市の郊外、隣の愛川町との境にほど近い《あつぎ郷土博物館》です。現在こちらでは



特別展『優しい旅びと渡辺崋山展〜「厚木六勝」と「遊相日記」』が開催中です。



三河国(現愛知県)田原藩の藩士であった渡辺崋山(1793〜1841)は文人・画家・蘭学者でもありました。田原藩家臣の長男として生まれた華山は学問に励む一方、貧しかった家の家計を助けるために凧や行燈の絵を描いていました。上の華山の肖像画は、門弟の一人である椿椿山(つばきちんざん)によるもので、重要文化財に指定されています。

やがてその画才が認められ、谷文晁(たにぶんちょう)をはじめとした著名な画家に師事します。その華山の傑作のひとつとして名高いのが



現在国宝に指定されている『鷹見泉石像』です。この絵はかなり有名なので、日本史や美術の教科書で御覧になったことのある方も多いかと思います。

この『鷹見泉石像』で華山は、烏帽子や装束の線には日本古来の画法を用い、顔の細かな描写には西洋の陰影法を用いるという革新的な手法を採用しています。当時としては、かなり画期的な肖像画だったことでしょう。

崋山は天保2(1831)年、39歳の時に厚木を訪れています。その頃の厚木は相模川を利用した河川貿易や大山詣の宿場として繁栄しており、華山はその様子を

「厚木の盛(せい)なること、都とことならず」

と書き残しています。

二日間に渡って現在の厚木神社の近くにあった万年屋という旅籠に逗留した華山は、心に留まった厚木の六つの風景を描き『厚木六勝図』として残しました。それが



上の絵で、左上から「仮屋喚渡(かりやのかんと)」「雨降晴雪(うこうのせいせつ)」「菅廟驟雨(かんびょうのしゅうう)」「相河清流(そうがのせいりゅう)」「桐堤賞月(どうていのしょうげつ)」「熊林暁鴉(ゆうりんのぎょうあ)」の六点です。

この絵は厚木に華山を招いた斎藤鐘助の元にあったのですがその後行方不明となり、上に掲載した大正期に撮影されたという白黒写真のみがその存在を伝えていました。ところが近年、その『厚木六勝図』がアメリカ・ハーバード大学で発見され、話題となったのです。

この展示会では、ハーバード大学所蔵の華山の原本を基にして作成され、厚木市に贈られた写本が展示されています。チラシには





フルカラーの『厚木六勝図』が掲載され、



華山の描いた優しい色調の『厚木六勝図』全図を鑑賞することが出来ます。

この他に、



江戸を発った華山が、矢倉沢往還を西に向かい厚木に至るまでの様子を挿し絵や雑記と共に記した『遊相日記』も展示されていて、人々で賑わっていた江戸後期当時の厚木の風俗を垣間見ることができます。

当時一流の文化人として名を馳せながら、厚木を訪れた8年後の天保10(1839)年に幕府によって高野長英をはじめとした先進的な考えの知識人が捕らえられた蛮社の獄によって華山も投獄され、江戸から在所である田原藩の屋敷に蟄居を命ぜられてしまいました。その蟄居中の華山一家の貧しい生活を助けるために、華山の門人たちは密かに華山の絵を売って生活資金を作り出していましたが、それが反って世間から「罪人の分際で身を慎んでいない」という悪評を立てられてしまったのです。

藩や藩主に迷惑が及ぶことを恐れた華山は、屋敷で自刃して果てます。49年の、多彩にして波乱の生涯でした。

『厚木六勝図』に描かれた場面は、現在でも厚木市内のあちこちに残されています。「仮屋喚渡」は本厚木駅からほど近い相模川沿いにある史跡の厚木の渡し場、「熊林暁鴉」は現在の旭町にある熊野神社、「桐堤賞月」は現在の富士見町近くのきりんど橋近辺、「菅廟驟雨」は現在の厚木中学校付近、「相河清流」は相模川の川原、「雨降晴雪」は厚木のいたる所から臨める雨降山=大山です。

厚木に居を構えて30有余年、今や生まれ在所よりも長く生活している厚木という街の歴史の一端を、今回渡辺崋山という文化人を通して知ることができました。

この展示会は来月8日㈰まで、あつぎ郷土博物館で開催されています。開館時間は9時から17時(最終入館16時半)、入場は無料です。

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