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世界文学全集

 今どき、「芥川賞」など誰も気にかけないかもしれないが、新聞では受賞者が決まると必ず報道される。私も大して気にしていないが、それでも記事を見つけると一応チェックだけはする。16日に、第136回目の芥川賞に青山七恵という23歳の女性が受賞したという報道を読んだときも、「最近は若い女の子の受賞者が多いな」と簡単な感想しか持たなかった。新しい作家の作品など読むつもりはあまりないから、誰が受賞しようとさほど興味はもてない。
 しかし、現在の選考委員の顔ぶれを見たときには少し驚いた。池澤夏樹・石原慎太郎・黒井千次・河野多惠子・高樹のぶ子・宮本輝・村上龍・山田詠美の8名が現在の選考委員であるようだ。石原慎太郎の名前を見て、「へええ」と思った。東京都知事っていうのは案外閑職なんだなと初めて知った。色々物議をかもすことの多い都知事ではあるが、芥川賞の選考委員までやっているとは・・。知事の仕事に専念しろよ、と思わず突っ込みを入れたくなった。石原は「いろいろな人が都会の孤独を書いてきたけれど、この作品では特にそれが凝縮して描かれており印象深い」と感想を語ったと言うが、読み手としての石原慎太郎がどれほどのものなのか知らないので、一度読んでみなければいけないとは思った。

 と、別に石原慎太郎のことが言いたかったのではない。私は今、「文学全集を立ちあげる」(文藝春秋)を読んでいて、その中に、若い小説家たちにあてた大事なメッセージが含まれており、できれば青山さんにも一読して欲しいと思ったのである。これは、丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士という古今東西の文学に通暁した碩学3人が、架空の世界文学全集と日本文学全集を立ち上げるという企画のもとで、全集に誰のどの作品を入れるべきかを議論していく内容となっている。私は非常に興味深く読み進めて、やっと世界文学全133巻の内容が決定したところまで読み終えた。ここまで読んできて、ただただ感心するのは、この3人の文学に対する造詣の深さだ。どうしてこんな作家のそんな作品まで読んでいるの?とあっけに取られることがしばしばだった。
 全集編纂の基本的方針は、キャノン(知識人が必ず読んでいなければならない、あるいは読んだふりをしなければならない、そういう文学作品)を選ぼうということであった。丸谷いわく、「さて、このキャノンですが、これは人間の文化にとって非常に大切なものです。人間の文化は言葉が基本になって形成されていますが、その言葉の高度なものの核心部にあるのが古典なんです。その古典を精選したリストがキャノンでしょう。ホメロスとか、「聖書」とかシェイクスピアとか、ゲーテとか、そういうものですね。日本なら「古今」「新古今」とか、「源氏物語」とか、「論語」「唐詩選」とか、そういうものがないと文明の拠り所がない。文明がグラグラ、グズグズになって、社会がうまくまともに機能しない」。ところが、最近は文学全集が発行されなくなってしまい、「キャノンを読者に読ませるための絶好の容器」がなくなってしまった。そこで、彼らが架空の文学全集を立ちあげるという魅惑的ではあるが、困難な仕事を引き受けたのだ。
 しかし、彼らはこの全集の立ちあげに、もう一つ別の意図をもって臨んでいる。それを鹿島が次のように述べている。「僕は、一年間文藝時評をやったことがあって、その時、痛感したのは、新人作家がいっぱい出てくるんだけど、彼らがほとんど昔の文学作品を読んだことがないまま小説を書いているということでした。小説というものの本質、技術もなにも知らないで、いきなり新人賞でデビューする。そして、とりあえず自分のまわりのことを二、三作書くと、もう書くこともなくなって消えていってしまう。小説の骨法がわかっていれば、もっと伸びる才能があるはずなのに、残念だなあと思いましたね」「ところがいまの日本の小説を書きたいという連中はひどくて、無知であることを少しも恥ずかしいと思っていない。信じているのは自分の感性だけなんですよ。だからこそ、今、こういうものを知らないと恥ずかしいよ、という文学全集を作りたい、作らなきゃいけない」
 
 確かに出来上がった133巻の世界文学全集のリストを見ると、ため息が出てしまう。すごいなあ、美しいなあ・・。名前は知っているが、読んだことのない作品がたくさんある・・。
 果たして、芥川賞を受賞した青山七恵さんはどれくらい読んでいるのだろう。聞いてみたい気がする。
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