はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

味噌あれこれ

2013-11-30 12:00:56 | 女の気持ち/男の気持ち
 義母は味噌作りが得意でいつも届けてくれていました。彼女が亡くなり、寂しい思いをしいてました。
 モロッコに住む長女も帰省の折に味噌をたくさん買い込んでかえりました。しばらくしてその娘が泣きながら電話してきました。
 「これはいつまで冷蔵庫に入れておくの」と娘の義母のご機嫌を損ね、言い争いになったとのこと。10歳の孫娘が「バカと言っているよ」などと通訳してくれたらしく、とんだ国際味噌紛争が勃発したようです。「同居は無理よ。食文化が違うのだから、うまくいくはずがないじゃない」「そうね。私がバカだった」
 娘はすぐに引っ越し、今ではいい関係のようです。
 味噌を自分で造れたにいいなとずっと思っていましたが、やっと機会が訪れました。家庭でできる昔ながらの手法で、先生、助手、生徒6人のこぢんまりとした教室が開かれたのです。
 その教室から持ち帰ったすりつぶした大豆と蒸した麦に布団をかけて48時間。何回も布団をはぐって様子をうかがいました。
 「大丈夫? 発酵した?」と友達に声をかけてもらい、無事にできました。義母の名をとり「おフク味噌」と名付けました。

  鹿児島市 別枝由井 3013/11/28 ま今日新聞の気持欄掲載

赤とんぼ

2013-09-06 17:04:54 | 女の気持ち/男の気持ち


 朝5時、妹と2人で実家の田んぼの草取りを始める。
 夜明け前のにわか雨は日照り続きにあえいでいた大地にあっけなく消えてしまった。それでも1カ月ぶりの雨、久しぶりの涼風に葉ずれの音が心地よい。
 「あっ、精霊様だ」
 「父さん、父さんが雨を降らせてくれたんよ」
 朝もやの中、草に覆われた稲田の上を死者の化身、赤とんぼが無数に飛び交っている。
 独り暮らしの母が、今もなお手放さないこの田んぼ。気力はあっても体力の衰えは土地の荒れ具合を見れば誰だって分かる。
 「姉ちゃん、限界よね」
 「うん、私から話すから」
 「母さん……」
 母の耳が急に日曜日になった。意に沿わぬ話、都合の悪い話になると、何も聞こえなくなるらしい。それでも構わず米作りをやめるよう説得する。
 「人の手を借りるようになった時が引き際。思い入れを思い出にかえて──」と。
 相変わらず押し黙り、お手上げ状態の田んぼをじっと見つめる母。
 帰り際、1匹の赤とんぼがバックミラーにとまった。
 「父さん、ごめんね。もういいよね」
 手伝うのは今日が最後と決めた私たち。発進と同時に赤とんぼは飛び去り、いつまでも手を振る母の姿だけがだんだんと小さくなっていった。
  北九州市 安元洋子 2013/9/6 毎日新聞「の気持」欄掲載

最後の見舞い

2013-08-31 17:26:50 | 女の気持ち/男の気持ち
 姉が4年間の闘病の後、ホスピスで緩和ケアを受け始めたと聞き、もう一度会いたくて電車に飛び乗った。
 難聴の姉を驚かさないよう静かに病室のドアを開ける。ベッドにもたれ、膝を抱いてうなだれている。細い体を包んでいるのは、淡い桜色のパジャマだ。髪が生えかわり、首まで伸びている。ゆっくり歩み寄り「姉ちゃん、こんにちは」と肩に手を置いた。一瞬目が泳いだが、妹と分かると「あらまあ」白い顔がほころび、抱きついてきた。涙があふれ、言葉が続かない。
 転移があり、顔やおなかがむくんではいるものの、痛みもなく会話もできるし、おかゆも食べているという。
 引き上げてきた時は13歳。思春期は貧しい暮らしの中で送ったが、教育だけはとの母の強い意向で高校を卒業した。父譲りの達筆で洋裁や編み物は母譲り、妹たちの面倒見も良く、私の手芸好きも姉の手ほどきがあったればこそだ。
 愛を追いかけ、愛に破れ、疲れ果てた体を病魔がむしばんだのだろう。「一人息子が毎日来てくれるの」と嬉しそうに言う。「待ってるの」と。
 見舞いを終えての帰途、車窓に夕日が沈んでいく。今度会う時はもう…。そう思うと、別れ際の手のぬくもりがよみがえり、やりきれなさと切なさが全身を締めつける。
 姉が彼岸に旅立ったのはそれから2週間後だった。
  薩摩川内市 田中由利子 2013/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載 

待てるだろうか

2013-04-24 23:41:35 | 女の気持ち/男の気持ち
 地方在住の次男が2年ほどの予定で東京に研修に行くことになった。次男は29歳になる。長男は就職してすぐに結婚し、かわいい孫も2人できた。幸せと安堵をたっぷり味わった私は次男にも早く結婚してほしいと願っていた。それなのに……。30歳までにはと目標を立て、息子をせき立てていた私はすっかり気落ちしてしまった。
 今、お付き合いしている方はいるらしいのだが、2年も待ってくれるのだろうか。息子に「しっかりと約束しておくように」と言うのだが、忙しさにかまけて煮え切らない。もうそんなに日数もないのに、せめて婚約のまねごとだけでもしていってくれたら安心なのにと、私はひとりやきもきするばかり。
 周囲が言うように、彼女には仕事を辞めてもらい東京について行ってもらったら、どんなにか安心かわからない。でも私は息子と同じ職業の彼女に「女だから」という理由で仕事を辞めてほしいとは思わない。私たちの頃と今は時代が違う。女も男と対等に仕事をこなしていくべきだと思うし、その環境作りに社会は尽力すべきだと思っている。孫ができたら大張り切りで手伝いたい。
 ここまで考えてきて、ふと思った。もし2年後、息子と入れ替わりに彼女に研修の辞令が出たら「私は待てばいいよ」と寛容な母親でいられるだろうか。「家庭に入ってくれる人を探したら」と言いそうで怖い。
  鹿児島県出水市 清水昌子 2013/4/23 毎日新聞の気持欄掲載

のんきでいいよ

2013-03-30 11:40:34 | 女の気持ち/男の気持ち
 隣に住む小学5年生の孫娘はのんきで、母親やじじばばをハラハラさせたり、驚かせたりする。
 大事な通知表やランドセルを教室に忘れはするわ、下校中友だちと遊びに夢中になり、外した眼鏡を置き忘れるわ……。あきれることが多すぎる。特にびっくりしたのは2年生の時、水泳の後にスカートの下はノーパンで帰宅したことだ。心配したが、本人は気持良かったのか、ケロリとしていた。
 彼女は学校が大好き。7時前には家を出る。冬は懐中電灯を照らしていくので笑ってしまう。苦手な教科は算数と理科。原因の一つは居眠りらしい。そのため学校が長期休暇に入ると補習授業を受ける。
 「先生も大変だね」と皮肉ると「友達が何人も来るし、先生もうれしそうだよ」と答え、走って学校に向かう。
 絵が好きな孫はよく賞を取るが、はしゃぐことはない。温和な性格と絵の才能は9年前に亡くなった父親の遺伝子を受け継いでいるのだろう。習字も好きで、2月14日には鹿児島面の「墨跡観望」に「火の用心」が掲載された。家族は喜んだが、当人は平然としていた。
 その日はバレンタインデー。クッキーを作って友だちの家を自転車で配って回った友だち思いの孫──。
 のんきでいい。勉強はほどほどできればいい。今のやさしい心で働く母親を支え、成長してくれればうれしい。
  出水市 清田文雄 2013/3/29 毎日新聞の気持欄掲載

長男の傷痕に

2013-03-09 13:52:42 | 女の気持ち/男の気持ち
 年子の3人目を出産して間もなく、親の不注意から3歳の長男が車にはねられ、大けがをさせてしまった。運良く命は無事だったが、3ヶ月半にも及ぶ長い入院生活を送った。
 腰から下のギプスに身動きもとれず、果たして今後、歩行に支障はきたさないだろうかと不安で押し潰されそうな毎日だった。
 おかげで足の手術も成功し、その後は何ら不自由することなく大きくなった。それどころか、小中学校では選手として地区大会に出場する俊足を誇った。事情を知らない方には信じてもらえないほどだった。
 小学生の頃は制服が半ズボンのため、やけどの痕のようなケロイドに同級生から心ない言葉を浴びせられどれほど悲しい思いをしただろう。つらいいじめにもあったようだ。でも、生来元気な子で、それらをものともせず、親の心配をよそに明るく育ってくれた。
 その息子が高校卒業後はためらうことなくリハビリを学び、作業療法士に。多くの患者さんのために力を尽くし、社会に恩返しできるまでになった。
 本人は「この傷跡があったからこそ患者さんとも正面から向き合える。結果的に今の職業につながっているんだ」と親を慰めてはくれる。2人のかわいい娘にも恵まれ、幸せそのもの。あの苦しかった日々がまるでウソのようだ。
 30年以上昔を振り返り、現在もなお、お世話になった方々に感謝する。
  鹿屋市 中鶴裕子 2013/3/9 毎日新聞の気持ち欄掲載

放免しますか

2013-02-13 14:34:01 | 女の気持ち/男の気持ち
 「まるで猿のようだ」
 布に包まれた生まれたばかりの長女を見た夫が、思わず漏らした。もっとほかの言葉は思いつかなかったのかと、以来、私は長女の誕生日ごとに50回も同じ言葉を繰り返してきた。
 3人の子供は、いわゆる自宅出産だった。古来多くの女性がそうしてきたし、何よりも二重生活になるのが嫌だったからである。
 初産の長女は屋久島にいた時に生まれた。出産に備えて、1人暮らしだった母の所に夫婦で移り住み、夫は13㌔ほど離れた学校にバス通勤した。
 12月のある日、昼に往診した助産師は「明日しか生まれない」と、4㌔離れた自宅に帰ってしまった。
 日暮れになって、下にやった手が髪のようなものに触れたので、勤めを休んでいた母を呼んだ。母は「頭が見え始めた。気張って産まにゃいかん」と励まし、ちょうど帰宅した夫にも介助を頼んだ。私が夫の手を力いっぱいつかんだので、夫は「痛い」と言ってそばを離れた。すかさず母は、助産師に電話をかけて呼んでくれるよう頼んだ。
 当時、電話は地区の事務所に1台しかなかった。暗い上に地理に不案内の夫が用を済ませて戻ったのは25分もたってからで、既に長女は生まれていた。
 産湯も使えず、血の付いたままのわが子を見ることになった夫が、驚きのあまり正直な気持ちを吐露した言葉だったと後に知った。
 もう放免しますか。
  薩摩川内市 森孝子 2013/2/13 毎日新聞の気持ち欄掲載

名人の英知

2013-01-01 22:09:36 | 女の気持ち/男の気持ち

 リンゴの花に憧れて、庭にリンゴの木を1本植えて10年あまりが過ぎた。
 季節が巡ってその時期になると、毎年多くの花をつける。淡紅色の花が薫風に揺れる姿はいいものである。が、実がならないのはなぜだろう。
 すぐ近くの柿の木は毎年しっかり実をつける。リンゴは今までほとんど実をつけなかった。なぜ?
 ある時、自家結実率の低い果樹が多いことが分かった。柿の木は近所に必ずと言ってよいほどある。だから自然に交配して実をつけるのだ。だが、わがリンゴの木は独りぼっちだったのだ。
 トウモロコシ作りの名人の話を思い出した。名人は自然の交配のことを考えて、自分のトウモロコシの最良の種子を近所の人たちに分け、みんなで良いトウモロコシを作ったという。自分だけでは良いものはできないと考えたのだ。
 心を豊かにする良い話だと思ってかつて担任した中学生たちに機を見ては話した。
 国のあり方も同様なものではないだろうか。独りぼっちの国は資源に恵まれない限り、実りは少ないのではないか。自国の利益だけを主張すると戦争につながらないか。過去の戦争がそれを示している。
 トウモロコシ作りの名人のような考えの人は世界中にきっといる。歴史の流れもそうだ。名人の英知を結集して、心豊かな世界を作れないものだろうか。
  鹿児島県出水市 中島征士 2012/12/31 毎日新聞の気持ち欄掲載

「農を生きた友の苦境に」

2012-10-03 21:44:41 | 女の気持ち/男の気持ち
岩国市  会 員   吉岡 賢一

田地田畑のある農家の婿養子となった同級生のもとへ、半ば親切の押し売りみたいな形で稲刈りの手伝いに行ったのは去年の秋。

「今年も行こうか」と電話すると、「去年手伝ってもらった広いところは米作りをやめた。今年は家の前と後ろの小さな田んぼだけにしたから、手伝いは要らないよ」と言う。昨年までは2㌧ばかりの新米をJAに出荷してきたが、もう限界らしい。

老体にむち打って精出しても、先行投資した1000万円超の農機具の維持管理が難しい。しかも年々の必要経費高騰によって、米を作れば作るほど赤宇なのだというではないか。その上八十八の手間暇かける労力が要る。同級生の中では彼が一番痩せていて、苦労の跡が目に見える。

田や畑は作らなくても放っておくわけにはいかない。隣接する耕作中の田んぼに害を及ぼすので、草刈りや維持はしなくてはならない。しかも、一旦荒らすと復旧にまた大きな労力と資金が要る。苦労を数えりゃきりがない。大きな農家の婿養子になった彼を羨ましく思ったのも今や昔の物語。米作りこそ縮小したが農作業には追われる彼を、せいぜいカラオケに誘い出すくらいしか能がない。

それにしても食料自給率40%を割り込んだわが国の農業政策。外国からの兵糧攻めにあったらひとたまりもないのではないかと心配する。食糧他力本願からの脱却、急務である。

  (2012.10.03 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

桜島とともに

2012-06-20 21:31:51 | 女の気持ち/男の気持ち


 不意に日が陰り、室内が暗くなった。慌てて空をうかがうと、怪しげな黒雲が分厚く広がっている。あれは雨雲ではない。小走りで家中の窓を閉め、半乾きの洗濯物をひったくるように取り込む。今、頭上を桜島の火山灰が通過中なのだ。
 向かいの山がみるみるうちにかすんでいく。灰はとうとう地上に降り始めた。近所のアパートの出窓にある小さな鯉のぼりが、降灰にうなだれている。旧暦で節句を祝う鹿児島では、まだ鯉のぼりが飾ってあるのだ。空き地に駐車している白い車も赤い車も、すりゴマを振りかけられたようになっている。
 思わず天井を見上げる。去年の秋に瓦をふき替えたとき、業者さんが「屋根の下にたまった灰がものすごい」といっていたからだ。雨どいも灰の重みでゆがんでいたらしい。知人の家では、雨どいに灰が詰まったのが原因で、仏壇に雨漏りがしたそうだ。
 実は灰は重い。雪のように溶けないし、雨が混じればもっと重くなって、底に吸い付いたようにたまる。しかも近ごろの桜島の元気なこと。とにかく活発に噴火している。
 しばらくすると風向きが変わったのか、薄い青空が戻ってきた。灰だらけの庭に、小鳥も戻ってきた。
 さあ、今のうちに犬の散歩に行ってこよう。それから苗物の世話も。ニガウリ、アサガオ、ミニトマト。私も負けずにこの夏を乗り切らなくては。
  鹿児島市 青木千鶴 2012/6/19 毎日新聞の気持ち欄掲載

カムとの暮らし

2012-06-15 21:58:43 | 女の気持ち/男の気持ち
 カム。私の家に住む犬の名前である。近所の子どもたちは「変な名前。この犬、かむの?」と聞く。「犬の名前はカムだけど、かまないし、ほえないよ」と答えている。
 カムは千葉県・銚子の近くで生後すぐに捨てられたらしい。女子児童が拾ったが、家で飼ってもらえず、学校に連れてきた。その児童の担任だった私の次男が、もらってくれる人を探してみたが見つからず、保健所に依頼するしかないと決めた。しかし子犬が次男をじっと見つめる目にほだされ、自分で飼うことに決めたという犬だ。
 カムが6歳半になったとき、次男が大学院に入るから預かってくれ、と私の家に連れてきた。カムは賢い犬で、すぐになついた。それから8年が過ぎた。
 カムは犬小屋に入らず、玄関に居座り、居間への廊下で暮らす。妻はカムを次男の分身のように「カムさん」と呼び、座って話をする。朝の犬の散歩は妻、午後は私、夜は交代で欠かせない。散歩で会う人からは「健康なのは犬のおかげですよ」と褒められた。
 長男は「次男の唯一の親孝行は、カムを連れてきたこと」という。しかしそのカムが、命を終わらせようとしている。昨年、長命の犬を失った隣家の奥さんが「覚悟しときなさいよ。たまらん寂しさやけ」と忠告してくれた。犬は人間の心にまで住み着く生きものだったのか。私はカムの命の尊さを感じている。
  北九州市 井無田武 2012/6/15 毎日新聞の気持欄掲載

感謝の会計

2012-06-05 16:04:40 | 女の気持ち/男の気持ち
 親友といえる友が私には4人いる。20代の頃の職場の仲間たちだ。それぞれが結婚してからは、自然と付き合いが遠のいてしまったが、定年を迎えた主人と一緒に私が宮崎に帰郷してから、また交友が始まった。Mさん、Jさん、Hさんはずっと宮崎、Kさんは福岡在住である。全員、70代になった。自営業あり、バツイチあり、夫婦2人暮らしあり、私とKさんは寡婦である。
 先日、私の退院祝いで久しぶりの食事会をすることになった。福岡のKさんは、御主人の墓参りもかねて参加してくれた。入院中、親友には本当に御世話になった。足を向けて寝られないと思うほど感謝している。料理上手のMさんはお節料理を届けてくれた。病院食に閉口していた私には、涙がでほどありがたかった。「買い物があるときは電話して。遠慮せんでいいのよ」との言葉にすっかり甘えてしまい、パジャマ、リハビリ用の運動靴など、あっという間にそろえて届けてくれた。
 仲間で決めたルールがある。費用は必ず割り勘にすることだ。しかし私の退院祝いのこの食事会は、お見舞いのお礼として自分に会計をさせてほしいと願い出た。少しもめるかな、とも思っていたが、すんなり受け入れてもらい、気持のいい食事会を終えることができた。
 「みんな元気にしていてね」とお互いに手を振って別れた春の宴だった。
 宮崎市 十河三和子 2012/6/2 毎日新聞k気持欄掲載

家出の成果?

2012-05-01 15:22:54 | 女の気持ち/男の気持ち
 この1週間、歯痛の夫は機嫌が悪い。歯医者さんに行けばすぐ治るのに、頑として聞く耳持たずである。今朝だって──。
 「もう、こんな雑煮はいらん。ネギが餅にくっついて食えん。おかゆさんにしてくれ」
 歯医者には行かないで文句ばっかり。料理に苦心する身にもなって……とおかゆを作りながらぼやいて気を静めようとしたが、黙っていられなくなった。
 「歯を治さないと脳に悪いそうですから」
 「歯じゃないっ、庭仕事が次々あって、肩が凝って歯が浮いてるんだ」
 「じゃあ庭なんかしないでください。私は絶対歯が悪いと思うけど」  
 「うるさい! 愛子には分からん」
 こんな分からず屋とは知らなかった。もう我慢できない。昼ご飯の支度なんかするもんか。
 「ちょっと家出しまーす」
 庭の夫に声をかける。
 「ああ買い物か? ゆっくり行っておいで」
 ちっとも分かっちゃいない。ひるんだ心にむちを入れ、デパートへ。服も靴もバッグも気が済むまで買おうと思っていたが、やがてむなしくなってしょんぼりバス停へ。結局、夫がメモっていた差し込み肥料20ケースを買って帰った。
 夫は目を丸くし、そして言った
 「ええっ、愛子、こんな……。よく持てたなあ。ありがとう。明日、絶対歯医者に行くからなあ」
  北九州市 上西愛子 2012/5/1 の気持ち欄掲載

お義父さん、またね

2012-04-29 19:48:31 | 女の気持ち/男の気持ち
 義父が亡くなった。春の嵐が吹き荒れた日、お棺に入って義母と暮らした家を出ていった。
 その病が分かったのは13年前の夏。たまたま夫の実家を訪れていた私が、少し耳が聞こえづらい義父に付き添って検査結果を聞きに行くことになった。
 医師はCTスキャンの画像を示しながら「がんです。小さすぎても発見できません。この大きさでちょうどよかった」と言った。何の前置きもないがんの宣告だった。
 帰り道、義父の自転車を追いかけながらペダルを踏んだ。夕焼けがなぜだかとてもきれいで、涙がポロポロ止まらなかった。義父が泣いているのかどうかは分からなかった。
 あれから何度も手術を受け、大好きなボウリングを楽しみながら義父は命を全うした。
 「入院・痛いこと、一切お断り」宣言した通り、自宅で迎えた最期だった。意識がはっきりしない中で「今まで本当にありがとうね」と耳元でささやくと、ふうんと言ってうなずいてくれた。
 お義父さん、口に出しては言わなかったけれど、故郷にもう一度帰りたかったのでしょう? 和歌山の海をもう一度見たかったのでしょう。 ちゃんと飛んで行けましたか?
 私はお義母さんのように泣いてあげられないけれど、ふとした拍子にあなたを思い出し、鼻の奥がツンとして困っています。
  鹿児島市 岩井初美 2012/4/28 毎日新聞の気持ち欄掲載

怒りたくても

2012-04-29 19:29:41 | 女の気持ち/男の気持ち
 次男と2人で散歩をしていると「いつもお母さんと一緒でいいわね」とか、「いい親子関係ですね。うらやましい」と声をかけられる。
 19歳の次男に知的障がいがなかったら、多分、友達と遊び回り、母親の私なんか眼中にないだろう。口べたで人付き合いの苦手な私が寂しくないように、神様がこの子を授けてくださったのかなと思ったりする。
 でも、いつも一緒にいると、正直うっとうしい時もある。多分、次男もそうなんだろう。急に機嫌が悪くなり、私をかじったり、たたいたるする時がある。その日も私の手をかじって血が出たのを見て驚いたようで、慌てて薬をべたべた塗り、絆創膏を貼ってくれた。少し離れていようと、私は別の部屋へ移動した。
 1時間ほどして、作りかけの夕食の用意のため台所に立つと、「牛肉と納豆の旨煮」ができあがっていた。誰が納豆を入れたのだろと思いながら三男に聞くと「作ってない」と言う。
 まさか次男?
 よく見ると納豆の量がやけに多い。冷蔵庫の中の納豆15パックを全部使っていた。驚いたり感心したりしていると、今度はお風呂の方でジャーッという音が。行くと、風呂の栓をせずにお湯が出しっ放しに。電気温水器は空っぽになり、お風呂に入れなくなった。
 「あーあ、なんてことを」と怒りたくても、いつも私のそばにいて見よう見まねで覚えた次男の仕業。何だがおかしくて噴き出した。
  福岡県嘉麻市 浜野美雪 2012/4/27の気持欄掲載