はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

はがき随筆 5月度

2018-06-15 15:07:36 | 受賞作品
月間賞に甲斐さん(宮崎)
佳作は平野さん(宮崎)竹之内さん(鹿児島)、岩本さん(熊本)

はがき随筆の5月度受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)
【月間賞】24日「写真」甲斐修一=宮崎県延岡市
【佳作】2日「弟の涙」平野智子=宮崎市
▽10日「過ぎ去りし日」竹之内美知子=鹿児島市
▽20日「親子になっていく」岩本俊子=熊本県宇土市

 甲斐修一さんの「写真」は、いのちの尊さを感動をもって感じさせてくれる文章です。熊本地震2年の本紙企画に載った幼児救出の写真に対する印象が書かれています。幼児が救出され、それを抱く若い救助隊員たちの表情。そこに達成感と厳粛さと優しいまなざしとを見出したときの感激が描かれています。映像媒体としての報道写真のもつ効果は、たとえば少女殺害事件の可愛い少女の写真のもつ衝撃などからも知られますが、甲斐さんの文章には、報道写真にも匹敵する言語媒体としての文章の力を感じました。
 平野智子さんの「弟の涙」は、家族の中での役割について考えさせられます。父親の死後、母親が文字通り大黒柱として、一家の面倒をみたくれた。母親の老衰につれて、今度は弟がまるで自分が母親の親ででもあるかのように、世話をしてくれた。そして母の死。霊前で、弟は息子に還ったかのように、肩を震わせて声をあげて泣き、自分たちは肩を撫でてあげるしかなかったという文章です。それぞれが背負う役割の重さが実感されます。
 竹之内美知子さんの「過ぎ去りし日」は、咲き誇る庭のツバキの深紅の花を見ていると、二十数年前の御主人と息子さんとの間に起こった、小さな事件を思い出したという内容です。剪定を楽しみにしていた御主人が大事にしていた枝を、手伝っていた息子さんが切り落としてしまったときのことです。どうなるかと心配していると、ご主人の口から出た言葉は「すんだこっじゃ」の一言。思い出の中で御主人はまだ生きておいでのようです。
 岩本俊子さんの「親子になっていく」は、嫁と姑との関係が温かく描かれています。まったくの他人同士が、法律上親子となること自体が考えると不思議なことです。その法律上の部分が時間とともに薄れて、実子以上の話し相手になったという内容です。もちろん、双方の努力がそういう関係を作り上げたのでしょう。しかし、それを「時間ってすごい」と客観視されているところに感心しました。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

毎日はがき大賞に山下さん

2018-06-05 21:17:19 | 受賞作品
 第17回毎日はがき随筆大賞に山口県岩国市、山下治子さん(70)の「老いて『ごっこ』」(昨年8月20日掲載)が選ばれ2日、福岡市中央区のアークホテルロイヤル福岡天神で表彰式が開かれた。
はがき随筆は九州・山口の毎日新聞地域面に掲載しており毎年、各地の年間賞13作品から大賞などを選んでいる。
表彰式には約130人が参加。選者を務めた芥川賞作家、高樹のぶ子さんが山下さんの作品について「夫婦の会話が生き生きしている。小説を読むような感じがした」と好評した。山下さんは「思いがけない受賞で『まさか』と思いました」と喜びをかみしめた。
 また「働く」をテーマに募集した「文学賞」には167点の応募があり⑤作品が選ばれた。
【石井尚】

大賞受賞作品

老いて「ごっこ」 山口県岩国市・山下治子
 大きな水筒に冷茶を入れる夫に「暑いから今日はやめたら」と言うと「悪魔よ、ささやくな。野菜という子供たちが待っている」と畑へ向かう。昼近くに「こんちわぁ、奥さん」と裏口から声がかかる。「採れたて野菜はいかがスか」「あら八百哲さん、今日もすごい収穫ね」とバカな八百屋ごっこが始まる。

 定年してはや5年。ちびけた不細工な野菜ばかりだったのに、このごろは品数も増え豊作だ。ご近所にお分けする。「八百哲さん、お代は冷たいソーメンでいかが。スイカもつけるわ」

 あれほど肉食系だった夫は今、青虫のごとく菜食で元気だ。

はがき随筆 4月度

2018-05-21 21:52:37 | 受賞作品

月間賞に道田さん(鹿児島)
佳作は木村さん(熊本)、黒木さん(宮崎)

 4月から地域面の内容が変わり「はがき随筆」欄も3県合同の掲載となりました。広く皆さまの作品を拝読できることは大きな喜びです。選にあたりましては、月間賞は県にこだわらず、佳作は各県より一編ずつ作品第一に選びます。
 さて、4月度の月間賞は鹿児島・道田道範さんの「雨靴」(5日)です。子どもの頃の出来事を書かれておりますが、一つ一つがまるで昨日のことのように読者の胸に迫ってきます。自分の感情をはさまず、文章にスピードがあるからです。荷台の父ちゃんに新品の雨靴を投げ上げる時の母ちゃんの言葉が絶品です。最後まで読者に息をつかせません。月間賞にふささわしい見事な作品です。
 佳作は熊本・木村恵子さんの「ある日」(28日)。鹿児島・的場豊子さんの「3月26日」(7日)です。
 木村さんはデパートで勧められて帽子を買った。すぐかぶって歩いていたら「お似合いですよ」の声にホッとした気持ちを作品で語り、初めての物を身につけたときの女心を細やかに表現されました。木村さんの人柄を想わせる美しい文章です。
 的場さんは女優の有村架純さんの出演作にエキストラとして出た。予想外の展開だったが、お子様たちからは「女優デビューおめでとう」のライン攻勢。「思わず笑っちゃうデビューであった。(でも楽しかった)」と結んでおられ、読者も撮影現場にいるような楽しさを味わいました。
 黒木さんは1年生のお孫さんが無事に1年間無欠席で通学できた喜びを「じじとばばのうれしい記念日となった」と表現。このむすびが新鮮でほほ笑ましい作品になりました。
 他に印象に残った随筆は、平川克徳さんの「地賛地称」(13日)、野崎正昭さんの「脚力」(18日)、柳田慧子さんの「心残り」(23日)です。
 爽やかな若葉の季節をお楽しみください。
 戸田淳子(みやざきエッセイスト・クラブ会員)


はがき随筆3月度

2018-03-31 10:47:20 | 受賞作品
月間賞に清水さん(出水市)
佳作には若宮さん(志布志市)、西窪さん(鹿児島市)


はがき随筆の3月度月間賞は次の皆さんでした。
【優秀作】7日「ツルの北帰行」清水昌子=出水市明神町
【佳作】14日「人生のご褒美」若宮庸成=志布志市有明町
▽ 24日「うれしい出来事」西窪洋子=鹿児島市谷山中央

「ツルの北帰行」は、ツルの北帰行が呼び覚ます、シベリア抑留から帰還したおじの記憶です。私たちは歴史というと、自分たちとはかけ離れたところで起こっていることだと考えがちですが、実は、むしろ一人一人の個人の中で起こっていることだということを、静かに考えされられる文章です。
 「人生のご褒美」は、老夫婦の「健やかで穏やかな時を味わう幸せ」が描かれています。春はまだ浅いが、朝の陽光、風の音、河津桜や梅のつぼみなどに、近づく春の足音を夫婦で探している心地よい文章です。この「ご褒美」が、壊されないで永く続くことを祈りたくなります。
 「うれしい出来事」は、車の故障で困っている老夫婦を、長男がとっさの機転で手助けし、感謝されたという内容です。往々にして嫌味がつきまとう身内褒めの文章でも、それが感じられないのは、長男の自然体の親切と、ご主人の一周忌の帰りで、それが何よりの供養になったと感じられたためでしょう。
 この他に3編をご紹介します。
 種子田真理さんの「心を読んだ犬」は、「おブスな犬」に出会ってその顔を見つめていたら、心を読まれたのか、吠えつかれたという内容です。よほど不細工な顔の犬だったと見えて、そのブスぶりに本気で感心しておいでのところが、文章を面白くしています
 宮路量温さんの「訓練」は、奥様の留守の間の一人暮らしが内容です。強がって送り出したものの、一人では家も広すぎるし、家事はいちいち電話で問い合わせ、奥様は何事も不測の事態に対しての訓練だと言われるが、それが大変でした。
 本山るみ子さんの「ヘアドネーション」は、髪を伸ばしたり切ったり、一人で髪のおしゃれを楽しんできた。しかしある年齢から、癌治療で髪をなくした人へ髪を提供する活動の、ヘアドネーションに関心が向き始めたという内容です。それまで髪は自分一人のものだったのが、他人のものでもあることに気づかれた心理がよく描かれています。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

17年度のはがき随筆

2018-03-29 18:29:58 | 受賞作品
年間賞に伊尻さん
 母への切なる思い込め
 2017年に掲載された「はがき随筆」の年間賞に、出水市武本の伊尻清子さん(68)の作品「母の文章」(12月3日掲載)が決まった。また、はがき随筆など毎日新聞への投稿者でつくる毎日ペンクラブ鹿児島の会員が投票で決めるペンクラブグランプリに、鹿屋市新栄町の西尾フミ子さん(83)の「メリー」(10月24日掲載)が選ばれた。
【西貴晴】

ペンクラブグランプリに西尾さん


選評
 例年のように、12本の月間賞から、まず別府柳子さんの、劣等感の強い性格や傷害などを乗り越えての現在を描いた「大変身」(1月)、塩田きぬ子さんの、孫の服の墨汁の汚れをご飯粒でとってやった内容の「ひらめき」(7月)、小村忍さんの、「モンシロチョウの宿と夢」(9月)、若宮庸成さんの半睡の意識のままで、米軍の北朝鮮爆撃からの帰路かのジェット機音に驚いた「疑心暗鬼」(11月)、伊尻清子さんの、偶然見つけた母の文章で、子供から見たのとは異なる母親像に驚いたという「母の文章」(12月)の5本を候補として選びました。
 その中から「母の文章」を年間賞に選びました。「疑心暗鬼」の暗示する、現在の私たちにとって戦争の影のもつ不安は、非常に深刻なものだと考え最後まで迷いましたが、やや一般性に欠けるかとも考えました。その点で、「母の文章」が広く共感を得るかと考え、選びました。
鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

自分史の意味込めて
伊尻清子さん
 たまたま自宅の机の中から見つけた母の同窓会報の中に母の思いがけない文章が載っていた。いま93歳になる母だが、当時は現在の伊尻さんと同じ年。そこには年とともに腰が曲がり、徐々に歩けなくなっていく我が身を嘆く切々とした母の言が並んでいた。
 母から愚痴を聞かされたことはない。母は勤めをやめてもシルバー人材センターで頑張っていた。今は寝たきりとなったが、四半世紀前の母はこんなつらい気持ちを胸に過ごしていたのか。「もっと大切にしてあげればよかった」という思いを込めて作品にした。
 伊尻さん自身は7年前の東日本大震災の年に67歳だった夫をがんで失った。「病窓から」と題し、闘病中の夫のことを書いたのが最初の投稿。同じペンクラブの会員をはじめ、多くの読者に作品を読んでもらっていると思うことが支えになった。
 「はがき随筆」というネーミングに魅せられ、今もはがきに定規でけい線を引いて作品をつくる。「その時々に自分が何を考えていたのか、自分史としての意味も込めてはがきに書き残していきたいのです」


「戦争」にこだわり
西尾フミ子さん
 受賞作は戦争末期、空襲がひどくなって飼えなくなった愛犬との別れがテーマ。元々栃木県の出身だが、兄が鹿屋の航空隊に配属になり、母も一緒に鹿屋へ。兄は戦死したが、そのまま鹿屋に残った。以前から戦争にこだわった作品が多く、「体験したものが残しておくべきだ。忘れる事は罪だと思う」とその理由を語る。
 1991年に鹿児島版ではがき随筆が始まったころかりの投稿ファン。57歳のころ、戦争で苦労した義母のことを書いた作品が初採用となった。10年後にペンクラブ鹿児島が発足したときからのメンバーでもある。「年に1.2本であっても書き続けていきたい」と意欲はやまない。


◆ 年間賞作品
 ある時、母の文章を目にした。母は筆まめで、よく便りをくれた。達者な字で、いつも近況を添え私たちの健康や安全を気遣うものだった。
 しかし、その文は違っていた。「足、足、足というほど足が痛く……」「走ってみたい」「誰か治療法知りませんか?」とある。25年前、同窓会の会報に寄せられたもの。その頃から腰が曲がり、つえをつき、ついには歩けなくなった。私は見守ることしかできなかった。
 娘には言えなかった親の思い、苦しみが母の年になり深く骨身にしみる……静かに時雨が降り秋が行く。


◆ ペンクラブグランプリ
 線路わきの草むらを必死に嗅ぎまわるメリーの姿に驚き、思わず声をかけようとして、母に厳しく止められた。
 先の大戦末期、空襲が激しくなった街中では犬を飼うことが禁止された。その日私たちはメリーを預けた老夫婦宅を訪ね夢の再会を果たした帰りだった。
 子犬のときに別れたのに覚えていた。じゃれついて片時も離れない。大好きなおやつには目もくれずはしゃぎまわっていたが、帰りの列車の時刻も迫り、気付かれぬようにそっと駅に向かったのだった。
 列車の窓から小声でさよならしたメリーの思い出はせつない。




はがき随筆の9月度月間賞は次の皆さんでした。

2017-10-14 11:41:37 | 受賞作品
 【優秀賞】1日「モンシロチョウの宿と夢」小村忍=出水市大野原町
 【佳作】15日「流れる星は」田中健一郎=鹿児島市東谷山
▽21日「黒電話」竹之内美知子=鹿児島市城山

 「モンシロチョウの宿と夢」は、モンシロチョウはどこで眠るだろうという長年の疑問が、実際の観察で解決したという内容です。いくつになられても、こういう好奇心を持ち続けておられることに感心しました。文章も、その好奇心に従って、読む者の好奇心を解明に向かってみちびいてくれる魅力を持っています。
 「流れる星は」は、藤原ていの引き揚げ記『流れる星は生きている』の再読後の感想を紹介し、同時に戦争の弱者に及ぼす過酷さに触れた内容です。前にも触れましたが、戦争は政治家が始めて庶民が苦しむということを、現在の国情からも考えさせられる文章です。
 「黒電話」は、戦後しばらくは電話を容易には取り付けられなかった。それが取り付けられたときの家族の騒動(?)が生き生きと描かれています。電話のある家はかなり離れた家にも取り次いでいました。電話への興味も薄れた頃、受話器を取ると父の急死の知らせであったと言う悲しい思い出もあり、対比的な内容が効果的です。
 この他の3編を紹介します。
 宮路量温さんの「水鏡」は、美しく心和む文章です。田植えの前、田んぼに水がはられると、周囲の自然を写す水鏡と化す。それを母は「清風名月」と呼んでたたえていた。その美しさが分かるようになった今、その風景をさかなにビールを飲んで妻と親しむという内容です。
 本山るみ子さんの「エアコンが来た!」は、鹿児島移住13年、クーラー無しの扇風機生活を続けていたが、流石に今夏の暑さと熱中症騒ぎにエアコンを購入した。今までの意固地さが恥ずかしいくらい快適で、よく眠れるという内容です。
 田中由利子さんの「高校3年生」は、雨にぬれて、母親とケンカした孫が祖母の元に一時避難。着替えを出して、食事を出すと、黙々と食べ終わる。慰める言葉が思いつかない。親は怒るものだというと、気分が落ち着いたか、迎えの母親と素直に帰っていった。高校生の年頃の心理がよく描かれている内容です。
  鹿児島大学 名誉教授 石田忠彦

はがき随筆5月度

2017-06-22 16:50:48 | 受賞作品
 はがき随筆の5月度月間賞は次の皆さんでした。

 【優秀作】4日「断腸捨離」野崎正昭=鹿児島市玉里団地
 【佳作】17日「宝物」的場豊子=阿久根市大川
 △「80歳はヤバイ?」武田静瞭=西之表市西之表

 「断腸捨離」の表題は、断腸の思いと断捨離とのモジリです。いつ頃からかはやり出した身の周りの品物の整理と、それがなかなかうまく進まない心理を巧みに表現した内容です。バブルの時期頃から、私たちの所持品は増え続け、現在ではそれが殆ど不用品に化している。しかしモノには歴史が絡まっているので、捨てられない。なんとも厄介な事態です。
 「宝物」は、現在もあるかどうか、かつてあった吸い出し膏薬に関した逸話です。刺さったトゲや傷口のうみを、不思議なくらい吸い出して直してくれる塗り薬です。水産加工業の家に嫁いだ私に、母親の持たせた花嫁道具の一つでした。今でも残り少ない薬を、爪ようじでかすり取って使っているというところがいいですね。
 「80歳はヤバイ?」は、老いの自覚は自分ではなかなか難しいという、誰にでも訪れる経験が内容です。80歳を迎えたとき、たまたま身内の人たちが、3人も来訪し、直接にまたは間接に、運転が荒っぽいと言い置いて帰って行った。自分では気づいていなかったが、ありがたい忠告と感じている。
 この他に、美しい文章を3編紹介します。
 年神貞子さんの「身ぶり」は、最近とみに立ち居が不自由になっている。歌舞伎の玉三郎とまではいかないものの、加齢に逆らっても美しい立ち方をしたい。玉三郎の立ち姿やご自分の立ち居の描写がみごとで、鮮やかに目前に浮かぶようです。
 伊地知咲子さんの「ふるさと」は、高隈連山を眺望できる故郷の情景が、時間の経過とともに美しく描写されています。たそがれ時の、刻々とその色合いを変えていく夕空の様子、次第に浮かんでくる星や月、その色彩の変化、やがて明りのともる家々の夜景。美しい叙景詩です。
 山下秀雄さんの「菖蒲湯」は、高校生の頃の下宿近くの銭湯の思い出です。銭湯は年齢を問わない社交場で、巨人阪神戦が終わる頃、番台のお姉さんに挨拶され、一日が終わった気がして、菖蒲湯の移り香に包まれて帰って来た日々。
 鹿児島大学 名誉教授 石田忠彦

はがき随筆4月度

2017-05-25 11:19:56 | 受賞作品
はがき随筆の4月度月間賞は次の皆さんでした。
 【優秀作】6日「竹が鳴く」有村好一=指宿市十二町
 【佳作】8日「慰霊の旅で」秋峯いくよ=霧島市溝辺町
 ▽14日「あれから10年」若宮庸成=志布志市有明町

  
「竹が鳴く」
は、古里の過疎化を嘆いた文章です。全国どこも同じだと言ってしまえばそれまでですが、やはり寂しい現象です。漢詩に「年々歳々花相似 歳々年々人不同」という句があり、人はすぐ「半死の白頭翁」になってしまうという、人の世の無常をうたったのがあります。その無常感が社会現象として現れたのは、なんとも皮肉です。表題は「竹が泣く」がよかったかもしれません。
 「慰霊の旅で」は、フィリピンでの父親の慰霊祭に参加したときの、言葉にならない悲しみの風景が描写されています。首相は前のめりで軍事解決へ走っているようですが、戦争での悲しみはいつも庶民のもので、70年以上たってもそれが消えないことを思い知らされる文章です。
 「あれから10年」は、散歩の途中でついてきた子犬を飼って10年。今では白髪の増えた老犬だが、すっかり家族の一員となり、自分では番犬のつもりでいるという内容です。予防接種のときに。奥様が、柴犬・4月8日花まつり生れと登録されたユーモアには、心が和みました。はがき随筆は短文ですから、一句一文、それにこのような逸話が決め手になります。
 この他に、3編を紹介します。
 久野茂樹さんの「雲散霧消」は、かつての文通・ペンフレンドの逸話です。今は電話で話すこともせず、メールなのだと推測しますが、あの頃は中高生の間で文通が大流行でした。メル友という言葉があるようですが、文通と比較考証(?)してみたくなります。
 武田静瞭さんの「島の桜は次々と……」は、種子島の緋寒桜・河津桜・山桜それに暖流桜と次々に咲く桜の楽しみが書かれています。読んでいてうらやましくなる文章です。
 中馬和美さんの「もうだいじょうぶ」は、お泊りに来たお孫さんの可愛さが描かれていて、親ばかならぬ爺ばかぶりです。初めは夜中に起き出して、帰ると泣き続けたが、翌日帰るかと思ったら、また泊ると言いだした。その時のお孫さんの表情が目に浮かぶようです。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦


ペンクラブグランプリ

2017-04-23 22:07:11 | 受賞作品


ペンクラブ鹿児島の総会は16日、鹿児島市内で開催され、ペンクラブグランプリの表彰式がありました。
2016年のグランプリに選ばれたのは、本山るみ子さんの「2人でお茶を」です。
二度目のグランプリ受賞となった作品は、歳月を経た、大人の恋を描いた味のある作品です。

はがき随筆2月度

2017-03-23 21:28:54 | 受賞作品
 はがき随筆の2月度月間賞は次の皆さんでした。
 【優秀作】4日「至極の時」若宮庸成=志布志市有明町
 【佳作】8日「忘れられた集落」高野幸祐=鹿児島市紫原
 ▽15日「霊は感じる」鳥取部京子=肝付町新富

  
 「至極の時」は、静謐な、品のある美しい文章です。屋外のヒヨドリの鳴き声、詫助椿、室内に籠る香と茶の薫り、羨ましい世界です。現在のわが国では、なかなかこういう時間は送れません。いつまでも続くことを願っています。
 「忘れられた集落」は、高齢で独居の正月に、同じ境遇の同級生を思いだして電話したが出ない。気になって訪問したが留守。隣近所も無人。見放されたかと寂しく帰って来たという内容です。自分が見放されたという感受は理解できますが、同級生の様子が気になるのは、まだ他者との関わりがあり、見放されていないのではないでしょうか。
 「霊は感じる」は、病院の帰途、実家に立ち寄ってみたが、空家の庭は荒れ放題。部屋は整理され、両親の遺影が飾られてあった。両親に感謝して、庭の大掃除をして帰って来た。その夜父親の夢を見たという内容です。自分の行為を父が見て喜んだのだと感じたという、霊の交感はいいですね。
 この他に
 3編を紹介します。
 坂元佐津夫さんの「人生の旅立ち」は、高校卒業時に、父の勧めとは別の職業を選んだ。それでも快く送りだしてくれ、そのときの、3年は頑張れという父の言葉が励みになった。今あるのは父のお陰だという感謝の文章です。最近ミス・マッチングとかいう言葉がはやって、若者の離職が多いようですが、職業に自分を合わせるという教育はできないものでしょうか。外薗恒子さんの「鳥たちのおとし物」は、庭の万両の赤い奇麗な実は、すぐ野鳥に食べられてしまう。正月三が日は食べないでという願いがかなって、今年はその美しさを鑑賞できた。視点を変えてみると、野鳥の落としていったものの自然発芽の万両ではあった。
 内山陽子さんの「老いる」は、朝のゴミ出しのとき、デイサービスの迎えを待っておられた老人も、ゆっくり散歩されていた方も見かけなくなった。わが身の老いとともに、生きるということを考えされられたという内容です。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

はがき随筆12月度

2017-01-24 17:35:14 | 受賞作品
 はがき随筆の昨年12月度月間賞は次の皆さんでした。

 【優秀賞】14日「私でおしまい」種子田真理=鹿児島市常盤
 【佳作】20日「下宿再訪」山下秀雄=出水市西出水町
 ▽22日「グリム童話」田中健一郎=鹿児島市東谷山


 「私でおしまい」は、むずかしい問題を提起されました。先行きの見えない時代に子孫を残すことについては、私もよく考えます。一方では、確かドイツの作家ゲオルグだったと思いますが、「明日世界が滅びるとしても、リンゴの木を植える」という言葉についても考えます。人生は選択ですから、自分の選んだ生き方を全うするしかないようです。
 「下宿再訪」は、熊本地震の後、高校時代にお世話になった下宿を訪ねてみたが、そこの主婦は数年前に亡くなっていた。仏壇も壊れていたのでお参りできず、お元気なときの新聞掲載の写真を見せてもらった。その笑顔の写真に涙してしまったという内容です。災害とは直接関係はないとしても、こういう再会は悲しいですね。
 「グリム童話」は、半世紀以上も前の経験ですが、夏休みに担任の先生の宿直の夜に泊まりがけで遊びに行くと、グリムの怖い話を聞かせてもらった。今は先生もその時の2人の友も鬼籍に入ってしまったが、古き良き時代が懐かしいという内容です。読んで、単なる懐旧談としては受けとれず、現在の教育界を相対化しているとも感じました。
 この他、3編を紹介します。
  奥吉志代子さんの「ありがとう」は、転校生の自分を遊びに誘ってくれた級友も校庭も懐かしいが、その小学校も閉校になってしまい、校舎だけが昔のたたずまいで残っているという内容です。日本の社会が、じんわりと消滅していっているような印象をもたせる文章です。
 野崎正昭さんの「努力にメダルを」は、リオ五輪のとき、優勝しても勝ちを奢らない大野将平選手とボルト選手に感動したという内容です。スポーツがショー化している現在、確かに敗者の努力への敬意は大切ですね。
 萩原裕子さんの「サンタクロース」は、同じマンションの住人が、「はがき随筆」用の手作り原稿用紙を、郵便受けに入れておいてくれたことへの感謝の文章です。「はがき随筆」共同体(?)のようなものができるといいですね。
  鹿児島大学名誉教授 石田 忠彦

はがき随筆11月度

2016-12-19 20:56:50 | 受賞作品
 はがき随筆11月度月間賞は次の皆さんでした。

 【優秀作】30日「変わりました」口町円子=霧島市国分中央
 【佳作】4日「今言える」中島征士=出水市武本
 ▽「吹奏楽部」塩田幸弘=出水市下知識


 「変わりました」は、料理に鋏を使う話です。若い人が使うのに、初めは抵抗があったが、使ってみると便利で、最近では当たり前のように使っている。世の中の変化になじむのに違和感を持ちながらも、次第に変わっていく自分の生活を、客観的に観察されているところが、落ち着いたよい文章になっています。
 「今言える」は、若いときにはいろいろの希望があったが、なかなかかなえられず、結局はへき地の中学教師に落ち着いた。ところが、恵まれた自然環境のなかで、伸びやかに生きる学生たちに、素直に生きることを教えてもらったという内容です。教えてやっているという段階は半人前で、教えてもらっていると気づきだすと教師も一人前のようです。
 「吹奏楽部」は、集団就職を吹奏楽で見送った悲しい思い出です。半世紀ほど前には中学卒が特別列車で都市部へ送りだされていった。それを、5㌔も離れた駅に楽器をもって見送りに行き、涙ながらに「蛍の光」を演奏した。現在の吹奏楽部員にあのときのような涙の演奏はさせたくない。実感です。
 この他に3編を紹介します。
 堀之内泉さんの「川幸彦」は、6歳の男の子は釣りがうまく、いろいろ教えてくれる。釣り上げた4匹のニジマスを4種類の料理にしてあげていると、「古事記」の世界に入り込んだ気分になり、我が家の海幸彦ならぬ川幸彦が喜んでくれたという内容です。
 宮路量温さんの「道」は、終戦後の困難な時代を、両親は自分を大事に育ててくれた。弟や親との死別もあったがなんとか自分の家庭を築いた。何の変哲もない道ではあるが、平凡なりに確実な足跡は残っている。このような穏やかな心境にはなかなか達せません。
 萩原裕子さんの「母と子のリレー」は、母の死後2週間目に子供が生まれた。亡母に孫の顔を見せられなかったと悲しんでいると、お腹の子が蹴って応えた。これはお葬式のときも同じだった。母と子に励まされながら、私も亡母の年齢に近づいてしまった。
 鹿児島大学名誉教授 石田忠彦


はがき随筆10月度

2016-12-10 12:57:38 | 受賞作品
はがき随筆10月度月間賞は次の皆さんでした。
 【優秀作】3日「駅長ニャン太郎」小向井一成=さつま町宮之城屋地
【佳作】5日「雨の音」山下秀雄=出水市西出水町
▽18日「スカイプ」下内幸一=鹿児島市紫原


「駅長ニャン太郎」は、聴覚障害の若い2人づれと、心の通う意思の疎通ができた喜びが書かれています。そのきっかけを作ったのは、肥薩線の古い駅の駅長に任命されている可愛らしい猫でした。はじめは躊躇していましたが、障害者だから会話はできないと思いこむのではなく、一歩を踏み出した結果が、暖かい文章になっています。
 「雨の音」 近くの学校の「水滴石をも穿つ」という垂れ幕は、日ごろのたゆみない努力の大事さを教えたものですが、そこから起こる連想が書かれています。大きな雨音からは、熊本の被災地の方々の苦労が、そこから被災者の日常の復帰への道のりへの同情、そして僅かな水滴が落ちるような日々をくり返すことのできる自分の幸福を今更のように感謝されています。
 「スカイプ」 この随筆ではお孫さんの可愛さがよく素材になりますが、今度はテレビ電話での2人のお孫さんとの会話です。文明の利器の利用には、拒絶される方も重宝される方も、それこそ人それぞれですが、離れた相手の顔を見ながら話ができる。それが当然のことのように私達の日常の生活に入り込んでいることには、軽い驚きを感じます。
 この他に3編を紹介します。
 有村好一さんの「立ち寄り湯」は、日当山温泉でスウェーデン人の青年に会うと、温泉が好きで指宿に行くという。自分の住んでいる街なので、方々を案内してあげたら喜んで帰って行ったという、心温まる内容です。
 高橋誠さんの「スペイン語辞典」は、毎日ペンクラブの勉強会の際、スペイン語辞書の忘れものがあり、スペイン語を勉強している奥さまに持ち主を探させようとしたら、偶然それは奥さまのものでした。
 野崎正昭さんの「からいも神様」は、なんとなくおろそかにされがちなサツマイモ礼賛の文章です。大飢饉のときも薩摩藩からは「からいも」のために餓死者は出なかったという。山川の徳光神社や千葉の昆陽神社など、いも神様は大事に祭られている。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦

はがき随筆9月度

2016-10-19 17:22:37 | 受賞作品
 はがき随筆の9月度月間賞は次の皆さんです。

 【優秀作】21日「義母」伊尻清子=出水市武本
 【佳作】10日「遠い南の空」新屋正興=曽於市大隅町
 【佳作】25日「ざんげ」清水昌子=出水市明神町

「義母」は、94歳で亡くなった義母への追悼が内容になっています。夫に戦死された後、田畑を守り、子供を育て上げ、孫に優しかったその生きざまが、毎日一輪車を押して田畑に向かう後ろ姿に象徴されている文章です。戦争は政治家が始めて庶民が犠牲になるといいますが、70年間というその影響には考えさせられます。
 「遠い南の空」は、ニュージランド留学しているお孫さんが、滞在先のご主人の早逝に出会った。その体験にどのように対処しただろうかと、遠くから心配になっているという内容です。昨今肉親の不幸にもなかなか出会わない実情から考えれば、貴重な体験になるかもしれません。
 「ざんげ」は、肉親へのしつけの難しさが軽い後悔とともに描かれています。遊びに来た孫をかき氷を食べに連れていったら、オマケにおもちゃを一つずつもらった。ところが彼は二つも取ってきた。すかさずおじいさんはそれを注意したが、自分は見て見ぬふりをしてしまった。あの孟子でさえ、自分の子の教育は他人に頼んだといいますから、難しいものです。
 この他に3編を紹介します。
 種子田真理さんの「Tさんに大感謝」は、随筆や川柳などでご活躍のTさんに、映画についての情報を教えてもらったことへの感謝の内容です。単なる連絡や告知板では困りますが、随筆仲間の横の広がりは貴重なものだと思います。
 山下留美さんの「富士登山」は、山の日も設定されて、家族で挑戦した富士登山の印象記です。多い日の登山者は7000人を超えるというが、その目的はそれぞれ異なるとしても、それぞれの吐く息は富士の裾野に漂っているだろうという印象が興味深い。よほど大変だったのでしょう。
 永野町子さんの「夕顔」は、夕闇の中で一瞬にして咲く夕顔が、今年は猛暑のせいかなかなか咲かない。それが9月になって咲きはしたが、一瞬ではなく、「徐々に渾身の力」で咲いた。夕顔への愛情が表れている文章です。地球温暖化も心配です。
鹿児島大学名誉教授 石田忠彦